ググレカスの秘策と妖精の受難
◇
「敵は魔法聖者連の上位ランカー、しかも三人。まともにやりあえば面倒だ。特にハイエルフのアドミラル・ヴォズネッセンスの結界は……」
「ググレが頑張ればいいと思うよ、ふぁ」
「真正面から乗り込んでブン殴るだけだ」
「みなさま! まずは気持ちを一つになさってはいかがでしょう?」
てんでバラバラな3人に、さしもの妖精メティウスも言葉をはさむ。
七色岩塊、通称『七色砦』へと向かう馬車の車中。
闇に紛れての強行軍は危険だが、国境交渉の始まる明日の朝までに決着をつけねばならない。マジェルナの有能な部下が、馬に「夜目の利く魔法」をかけてくれたおかげで移動できている。馬車の客室で連携と作戦を練ることにしたのだが……。
「俺はずっと分析と作戦について話していたが?」
「んー、眠いし」
「私の作戦ではダメなのか?」
「みなさまバラバラすぎですわ! 賢者ググレカスはブツブツ独り言ばかりですし、レントミアさまは眠たそう……。マジェルナ様の作戦も単刀直入すぎるかと、わたくし具申いたしますわ」
妖精メティウスは客室内をひらひらと飛び回り、それぞれに意見を述べた。よほど腹に据えかねたのか鋭い舌鋒を浴びせたのだ。
「うむ、メティの言うことはもっともだ」
「そうだねメティウスの言うとおり。真剣に考えよ……ググレ」
横に座っているレントミアは眠そうで頭を俺にあずけている。相変わらず可愛い顔してやがる。
「わかった妖精どの。莫迦正直に真正面からは殴らん」
「背後から殴れる相手でもないだろ」
脳筋魔女のマジェルナに、緻密な作戦を考えろというのは無理か。
馬車は暗闇の中、森の中を進んでいる。あと小一時間ほどで『七色砦』へと至るだろう。そこには魔法聖者連が強力な結界を展開している。
ルーデンスの竜撃戦士たちとは連絡が取れているが、事実上の人質状態だ。仕掛けようと思えば呪詛でも魔法毒でもなんでもできるのだから。
つまり、俺たちは奴らに誘われている。
決着をつけよう、というのだ。見方を変えると緒戦で連敗を重ねた奴らには、もう後が無いということでもある。
「……というわけで対策は考えておいた。話を聞くか?」
「聞く。あふ……」
「聞いてやってもいい」
「賢者ググレカス、私が図解を表示しますわ」
「助かるよ、メティ」
俺はまずは現状分析から話し始めた。
妖精メティウスが魔法の小窓を展開し、図解しながら。
「出発前、魔導列車でブリーフィング済みだが、おさらいだ。『七色砦』に展開されている結界の直径は300メルテ。索敵結界で探りをいれてみた限りでは、どうやらアドミラル・ヴォズネッセンスの『時空結界』に酷似している」
序列第5位、飛翔術使い、スホイ・ベールクルト。
序列第3位、無幻術使い、マトリョー・シルカス。
序列第1位、ハイエルフのアドミラル・ヴォズネッセンス。
「結界内で時間を操ったっていうアレ?」
レントミアが目をこする。
「あぁ。俺はヤツと対峙したとき、『時空結界』内部で、時間停止による攻撃をくらった。瞬時の消失と出現。魔法詠唱無しでの極大呪文攻撃をな。索敵結界でも追いきれない。超高速移動、極速の呪文詠唱のような……。ほぼ時間停止したとしか思えなかった」
「結界の中に入ればこちらが圧倒的に不利。かといって外から破壊するような攻撃は、竜撃戦士たちを危険にさらす。内側に入り込むしか無いってことだな」
マジェルナが珍しく推測したとおり。だからこそ突入して勝負をつけるしかない。
無論、無策のまま突入するわけではない。
「時間停止のカラクリについては、おおよそ見当がついている」
「すごいじゃん、ググレ」
「完全に解析出来たわけじゃないが。俺も似たような事を考えていたからな」
「同じようなこと? 時間停止?」
「いいやちがう。だが、原理は同じかもしれない」
おれはとある「面倒な魔法」を考えて実験を重ねていた。
実戦で使うには少々時間のかかる、儀式級魔法のようなものだが。
タネ明かしをしてもいいが、誰かが聞いていないとも限らない。空を飛ぶ魔法使いが夜陰に乗じて上を飛んでいるかもしれないのだ。
「戦ったとき、ヴォズネッセンスは言った。――真の魔法。古の魔法を超越した、魔法の真髄。私はそれを極めし存在。ゆえに可能だ、と」
「ふぅん? てことはやっぱり古の魔法系列なのかな。あいつら、簡単に竜に化けて空を飛んでいたものね。おとぎ話に出てくる魔法使いみたいにさ」
レントミアの言うとおりだ。
連中は魔法の極意、究極の秘技と云われた『古の魔法』を標準で実装していやがる。
「なんにせよ魔法であることには違いない。限界があり、持続時間、効果の範囲は限定される。だからこそ時間の完全停止は不可能だ。おそらく『時間を停めた』ようにみせかけているだけだと、睨んでいるがな」
時間停止は「まやかし」で、限定的なものだ。事実、幾重にも重ねた賢者の結界が、時間停止の効果を防いだのだから。
「で、どうする。どうやって時間停止を防ぐ?」
マジェルナがイラついているのがわかる。
「作戦は二段構えだ。まず、ひとつめはこれだ」
俺は手のひらから粘液魔法でスライムの雫を生み出した。
ヘムペローザが手のひらから蔓草を生み出すのと同じ、生粋の魔法使いの証、固有魔法だ。
可憐な草花とスライムでは随分と違うが、魔法としての意味は似かよっている。
手からこぼれ落ちた水色の半透明な雫がバウンドし、ぽにょんと床の上で跳ねた。かわいい疑似スライムちゃんだ。
「まぁ? やはりスライムですの?」
「そうさ。これをこうして……こんなふうに、加工して……形成して……と」
人型の結界をつくり内部をスライムで満たす。魔力を注いで成長させ、人形に育てるのに十数秒。
そして擬似的な骨骼、筋肉を生成。皮膚をの色を人に似せて偽装、髪の毛も生成しフサフサと生やす。
「いつ見てもすごいや」
「お前のような者が姫の側近とは……」
誉めてくれるレントミアに対し、マジェルナはジト目。
「褒め言葉として受け取っておこう」
神経代わりにするのは、束ねた魔力糸。背骨から全身に張り巡らせる。
指先や脚、まぶたや口元。精巧に動くように制御系の魔法術式を流し込む。
「こうして操るのさ……」
指先から伸ばした魔力糸で微弱な魔力信号を操ると、人形はゆっくりと立ち上がった。
スライムのゴーレム人形だ。
「わ、人間みたい。これ……ググレ?」
「気持ち悪っ!」
マジェルナはドン引きで、椅子の上に脚をひっこめて抱きかかえた。
メガネは予備のダテメガネを装着させると俺と瓜二つ。
スライムで合成したゴーレム人形、俺の分身たるアバターゴーレムがゆっくりと目をあけた。
「気持ち悪くなどない! 魔法の芸術作品と呼んでくれたまえ。自分で言うのも何だが、ここまで精巧で緻密な人間型ゴーレムをスライムから作れるのは、世界広しといえども俺ぐらいなものさ。フフフ、ハハハ……!」
心地よく高笑い。
「え、えぇ、素敵ですわ……」
「誰もやろうとしないよ」
「黒魔術だろこれは」
「ええい、なんとでも言え」
さっそく、俺と同じ動きをトレースさせてみる。
優雅にメガネを持ち上げる仕草、髪をかきあげるセクシーな仕草。
どれも賢者にはかかせないものだ。
馬車の中は絶賛の嵐……かと思ったが、微妙な空気が漂っている。
「名付けてフェイク・ググレカス。俺の分身さ!」
『名付けてフェイク・ググレカス。俺の分身さ!』
「声までマネできるのですね!?」
「確かにすごいね。ここまでくると狂気……至高の領域というか。見分けもつかないや」
「いやつくだろ、全裸だし」
棒読みで感想を述べるレントミアにマジェルナがツッこむ。なかなかいいコンビだ。
「服はこれから着せるんだよ」
馬車に予備を積んでおいた。服を着せて、賢者のマントのお古を羽織らせてやろう。
「む……?」
『む……?』
器用に操って着せようかと思ったが、揺れる馬車のなかでは案外難しい。
「仕方ない」
『仕方ない』
ずりゅにゅん……! と、全身を変形させ、蛇のように身体をくねらせる。そして服の中に潜り込ませて、ふたたび全身の形状を人間に再構成した。
「「「気持ち悪ッ……!」」」
三人で声を揃えやがって。
「で……このニセググレで敵と戦おうっての?」
「確かに似てはいるが魔法も使えない木偶人形ではバレるし、秒殺だろ」
レントミアとマジェルナのいうとおりだ。
自律的に動けない「操り人形」では、連中と戦ってもすぐにバレてしまい、戦いにならない。
「そこで、メティ。君にこの美しい俺の分身に乗ってもらいたい」
「断固拒否しますわ」
にっこりと笑顔で拒否するメティ。
「君にしか乗れないんだ。神経接続できるよう、魔力糸も調整してあるから!」
後頭部にエントリー・魔力糸プラグをつくってある。そこから入り込んで、擬似神経系にアクセス、動かせる仕組みになっている。
「これに乗って、あの方々と戦えと申されますの!?」
「そうだ。ちょっとのあいだの時間稼ぎを頼みたい」
「嫌ですわ、私でなければいけませんの?」
「他の人間には無理なんだ」
「もう……」
しばしの押し問答の末、メティはフェイク・ググレカスに搭乗することを決意してくれた。
妖精メティウスは俺から十数メルテ離れると、魔力の供給が途絶え存在が危うくなる。だが、このフェイク・ググレカスは全体が魔力で構成された存在だから魔力切れの心配もない。
「……この首の後ろから、入ればよろしいのですか?」
「頭の中は空洞、操縦席になってるから」
「頭が空っぽ、ぷっ」
「きゃはは……!」
マジェルナとレントミアが腹をかかえて笑う。
「気が進みませんわ、どうせ中はヌルヌルしてるんですよね?」
妖精メティウスは嫌々ながら、フェイク・ググレカスの首の後ろに立つ。首の後ろの穴をちょんちょんとつついている。
「潤いを保つコラーゲンさ。頼むよ、危険になれば頭部ごと射出して脱出できるから」
「嫌すぎる……」
「戦う相手もビックリじゃねぇか」
「もう、今回だけですからね!」
妖精が首から入り込む様子は、なんだか寄生生物みたいだった。
やがて頭部に入り込んだ妖精メティウスの声が聞こえてきた。
『ひぇ……本当に空洞なのですね……きゃ!? 触手が絡みついてきましたわ……いやぁあ!?』
戦術情報表示のポップアップウンドゥを通じて、中の様子が見える。
神経節でメティを触手責め……全身に這わせて接合、インターフェイスの微調整を行う。
「問題ない」
『うう、あとでぜったい夢の中で仕返ししますからね……!」
「いけるかメティ」
「……えぇと、フェイク・ググレカス、起動?』
フェイク・ググレカスがカッ! と目を見開いた。
ビクビクと動き出し、ガクガクと首を揺らし、全身が痙攣する。見ていて怖い動きだ。
「おおぅ!?」
「だ、大丈夫!?」
「シンクロ率上昇……! いけメティ」
全身の痙攣が止まる。すると、ゆっくりと瞳を瞬かせて、周囲を見回す。
その様子は。まるで目覚めたばかりの人間だ。
『あら……?』
完全に自然な動き。それは中の人、いや妖精メティウスの動き、思考の信号をとらえ完全にトレースしているからだ。
『ま、まぁ!? これが私? 視界も……全身も感覚も……なんだか身体が大きくなった感じがしますわ!』
「実際大きくなったんだよ」
メティが一体化したフェイク・ググレカスは、確かめるように手でペタペタと顔や身体を触る。
そして、脚の動きを確かめるように足踏みし、くるくるとその場でターンしてみせた。
ぴょんと跳ねて、飛べないことにガッカリした仕草をする。
『飛べませんわ……』
「ははは、まぁ羽はないからな。でも平気だな?」
『はい、大丈夫ですわ。違和感はありますが、不思議と馴染んでおります。新鮮な感覚ですわ』
両腕をたかくかかげ、照れくさそうに微笑んだ。
「乙女っぽいな」
「中身、メティだもんね」
マジェルナとレントミアの言う通り。動きがいちいち可憐で可愛いらしい。
「うぅ……確かに」
妖精の少女が操るのだからこうなると予想すべきだった。
『椅子にも座れますわ』
ちょこん、と腰掛けるフェイク・ググレカスは内股ぎみだった。
俺ってこんなに可愛かったのか……。
「ま……まぁいい。これが作戦その1。その2は……結界の中に突入してからのお楽しみだ!」
「もう嫌な予感しかしない」
「やはり真正面から殴るか」
<つづく>