魔法使いたちの夜宴への誘い
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「状況が変わった。次はこちらから殴り込む」
マジェルナが地図に拳を振り下ろした。どんっ、と机が鈍い音を立てる。机に広げられた地図はルーデンス領都の周辺が描かれている。
「穏やかじゃないね」
腕組みをしながらレントミアが口を開く。
「ナメられっぱなしだからな」
「うまく撃退してきたと思うけど? まぁお茶会の件は、ググレの娘ちゃんたちの活躍だけどね」
ハーフエルフが肩をすくめる。若草色の切り揃えた髪に似合う濃いグリーンの上着に金のボタン。品のいい少年貴族のようだ。
「やつらは追い詰められ、悪手を選択した」
マジェルナが地図上に配置した駒を睨むと、手を触れていないのに倒れた。魔眼の一種、魔力で操る『念動』だろう。彼女の破壊的な魔法を構成する要素だ。
倒れた駒はプルゥーシアの魔術師たちが飛び去った方向だ。
竜に変身し飛び去った彼らは、どうやらプルゥーシアの駐屯地とは違うところに降り立ったらしい。
地図はルーデンス近郊の要衝と地形が描かれていた。赤い丸で囲まれたそこは『七色砦』と目と鼻の先のエリアだった。
「飛んでいった竜たちは『七色砦』の真横に降りたっていうの? 自陣まで後退したのかと思ったけど」
メタノシュタットとプルゥーシア両国が睨みあう国境紛争の最前線。暫定国境の敷かれた『七色砦』には現在、ファリアと妹のサーニャがいる。特に重要な節目ということもあり、自ら竜撃戦士団の主力、およそ50名を指揮している。
「やつらは帰投せず、そのまま魔法の陣を展開した」
「……まずいじゃん」
「追い詰められて人質をとったということか」
俺はレントミアと顔を見合わせた。
あそこに駐屯している竜撃戦士団は、攻撃力は高いが魔法耐性が低い。
呪詛でも仕掛けられたら大変なことになる。
「最前線を監視していた魔法使いたちの観測結果による映像です。やつらは『七色砦』一帯を取り込む形で直径3百メルテにおよぶ半球状の結界を展開しました」
マジェルナの部下の一人、ベテランの魔法使いが『幻灯投影魔法具』を操り、地図上に立体的な図形を投影した。
地図と重なり半透明のドーム状の結界が表示される。
「大きいな。儀式級魔法なら一月は準備が必要な規模だ」
「事前に仕込んでいたのかもね。プランBとしてさ」
「……さすがレントミア」
「最近は儀式級魔法もやってるからね」
レントミアはメタノシュタットの王宮魔法使いとして、城や王都を守護する儀式級魔法にも参加している。王立魔法協会会長、アプラース・ア・ジィル卿とともに。
ちなみに俺は儀式級魔法の展開には参加していない。
「強力な侵入拒絶の結界です。突入を試みた魔法使いの報告では、魔法力が拡散、幻惑され、内部には入れなかったとのこと」
「最上位クラスの魔法使いによる結界なのだから当然だろうな」
「いわずもがなだ。竜に化けた魔法聖者連連中の仕業だからな」
マジェルナが苛立たしげにドームを睨む。
「魔法聖者連の連中は、プルゥーシア陣営側まで後退するのかと思ったが。仕事熱心なことだ」
「ってか、あのままじゃ帰れないんじゃない?」
「面目丸つぶれと、いうわけか」
「たぶんね」
「ははは」
レントミアの指摘は的を射ているのだろう。
空中からの急襲、列車への襲撃、そしてお茶会へのテロ攻撃。
ヤツらは嫌がらせのレベルを越える挑発を繰り返した。プルゥーシアの魔法使いたちは圧倒的な魔法を見せつけ、こちらの出鼻をくじこうとしたのだろう。
だが、いずれも失敗。格下と舐めていた我がメタノシュタット陣営はことごとくを撃退した。
「奴らなりの悪あがきだろうが、まったく面倒な連中だ」
「七色砦の駐屯兵団との連絡は可能でしたが、体調を崩し始めているものが数名でている……とのこと」
報告を続けた魔法使いが表情を曇らせた。
案の定、結界内部でなんらかの影響が出ている。呪詛をかけられているのかもしれない。
「ファリアたちが危ない、助けに行かなきゃ……!」
「いや、通信自体がすり替えられ、偽装されている可能性もある」
「ググレじゃないんだから、そこまでする?」
レントミアは少々呆れ顔だ。
「ファリアが呪詛ごときでどうこうなると思うか?」
「……あ」
「もし七色砦の仲間に異常が起きれば、怒り狂って内側で暴れまくるだろ。相手が魔法使いならなおさらだ」
以前も似たようなことがあった。氷結の魔法使いキュベレリア・ハマーンとの死闘だ。その時も七色岩塊――七色砦の周辺で繰り広げられた。そのときは俺が呪詛をくらったが、ファリアは怒り狂った。
「確かに……。ということは」
「通信が欺瞞されている可能性もある」
「いずれにせよ誘ってやがる。七色砦の駐屯兵団を人質にな」
マジェルナが吐き捨てるように言った。
メタノシュタット陣営の魔法使いを誘っている。
七色砦のファリアたちを人質に。
決闘を申し込まれたも同然だ。
「――粛々と王国の魔法師としての職務を遂行せよ。……というのが王政府のお達しだ」
青いショートカットが印象的な魔女は、苛立っている様子だった。
国境交渉団を護衛する部隊のリーダーは、スヌーヴェル姫殿下の最側近として現場での判断を一任されている。
「だが、状況が変わった。あの結界に突入し、舐め腐ったプルゥーシア側の魔法使いども、魔法聖者連どもを……討つ!」
バリン! と地図上に置いた駒が砕けた。
「殺せば国際問題だ。戦闘不能にするぐらいでいいか?」
壁際に立っていた俺が口を挟む。
「生ぬるい覚悟で挑んで死んだやつは戦場でゴマンと見た。殺す気でやるんだな」
「肝に銘じるよ」
討伐対象は魔法聖者連。
序列第5位、飛翔術使い、スホイ・ベールクルト。
序列第3位、無幻術使い、マトリョー・シルカス。
そして、最強の序列第1位のハイエルフ。時空監察魔法師、アドミラル・ヴォズネッセンス。
序列第2位の女神官、パンティラスキ・ケルジャコフは脱落しているので対象外だ。ヘムペローザに完膚なきまでにやられ再起不能。観測班の知らせによると、北方のプルゥーシア側の駐屯地にそれらしき人物が帰投したという。
「お前たちにはここを任せる。魔導列車と賢者の館をなんとしても死守するのだ!」
「「「はっ!」」」
マジェルナ直属の魔法兵団が、賢者の館も警護してくれる。
マニュフェルノや子どもたちリオラのことも心配だ。しかし、賢者の館には心強い家族達がいる。プラムにヘムペローザ、それにスピアルノ。魔法騎士見習いのチュウタもいる。俺は皆を信じ、背中を預けることにする。
「結界への突入部隊はオレと賢者ググレカス、そしてレントミア殿だ」
マジェルナ直々にありがた迷惑なご指名を受ける。
まぁ、そういう人選になるわな。
「……ふぁ、わたくしもご一緒ですわ」
「愛してるよメティ」
眠っていた妖精メティウスも目を覚ました。
姫殿下の懐刀。自由に身動きの取れる俺はこんな時のための駒だ。
似たような食客魔女、ダークエルフの魔女アルベリーナなら指名されたところで「嫌だね」と断るだろうが……。雇われ賢者の悲しさで、俺はそうもいかないのだ。
ルーデンスの首都と離れた七色砦の駐屯地で、敵の魔法使い共と雌雄を決する。
どういう結果になるにせよ、それは歴史の表沙汰になることはない。
国境交渉は明日。それまでに決着をつけることが使命だ。
国家の威信をかけ闇の中で行われる、魔法使いたちの夜宴――暗闘なのだ。
「いっしょにがんばろ、ググレ」
「あぁ、長い夜になりそうだ」
俺は相棒のレントミアと拳をぶつけあった。
<つづく>




