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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆9章 海と空と賢者と、新たなる旅路 (英雄達の消失 編)
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★泣き虫ルゥと、魔王大戦回顧録

『誰か……返事をして欲しいでござる……、ぐしゅっ……うぅ……にゃ……』


 ルゥが泣いていた。

 いつも凛として振る舞い、剣士(サーベリア)であることを誇りにしていた俺の仲間が。


 指輪を伝わって心に響いてくる声は、俺やマニュフェルノにはっきりと聞こえている。マニュははっとした表情で手を口にあてがい、涙声に耳を傾けている。

 

「心痛。ググレくん、どうにかならない?」

「港町ポポラートは、ここから馬車を休みなく走らせれば一日半で着く距離だが……」

 いや、そうじゃない。


落涙(らくるい)。止めてあげられないかな?」


 マニュが言っているのは、今、ルゥの涙を止めてあげられないか、という事だ。

 不安と絶望に苛まれながらいつとも知れない救援を待ちつづけるのと、必ず来ると信じて待つ時間とではまるで意味が違うのだ。


 ――剣士(サーベリア)のルゥローニィ。

 

「ルゥ……」


 俺はネコ耳少年剣士の名を呟きながら、これまでの冒険の日々を逡巡する。

 

 ◇

 

 この世界(ティティヲ)でも珍しい猫型の獣人の血を引く少年は、3年前に出会った頃はまだ14歳。丁度イオラやリオラと同じような感じだった。

 生意気で元気がよくて、意味も無く駆け回っていたし、そして時折にゃーと鳴く顔が可愛かった。

 だけどとても臆病で、戦闘ではよく泣いていたし、普段はファリアの後ろをついて歩いてばかりいた。

挿絵(By みてみん)


 だが、ルゥは徐々に剣士として成長し、戦闘においてパーティの要として重要な位置を占めるようになった。

 前衛であるファリアがその攻撃力と防御力を生かし、敵に真正面から切り込み粉砕する。一歩も怯むことなく敵と対峙するファリアの傍らには、常にエルゴノートが並び、ファリアでは裁ききれない相手を強力な剣術と、準備さえ整えておけば即時励起(スピンドライヴ)可能な雷撃系(ライオスタン)魔法で切り崩してゆく。そして魔法使いレントミアが強力な火炎魔法で支援し、後続の敵を次々と粉砕する――。


 それは、見ていて胸のすく様な連携だった。

 俺はといえば、魔法で遠隔攻撃をしてくるような相手や、特殊な術を駆使する敵など、アウトレンジからパーティを狙おうとする敵に常に目を光らせた。強力な結界でファリアやレントミアを守り、攻撃補助として様々な賢者の魔法を駆使し、戦術情報表示(タクティクス)で状況を把握しながら陣形を保つように前衛に声をかけ、レントミアとマニュフェルノを護るのが仕事だからだ。


 そんな中、剣士(サーベリア)のルゥローニィは、即ちエルゴノートとファリアという鉄壁の二枚看板である前衛二人と、俺とレントミアそしてマニュによる「魔法使い後衛組」との間を埋める存在だった。


 敵の数が多ければ、前衛に加勢し、討ち漏らした敵がレントミアやマニュに襲い掛かる前に、その俊敏性を生かしてディフェンスに回り撃退する。

 呪文詠唱の時間と、安全圏を確保するという意味で、ルゥは欠かせない存在だった。


 今から1年前――。


 魔王の城を「奇襲」する「一番星作戦」に集められたパーティは、俺達を含め、総勢300を超えていた。

 各国の護衛業者ギルドから選りすぐられた精鋭や、俺達のように何処にも属さない自由冒険者達、そして国を捨てた元騎士などの傭兵崩れ――。

 本来は徒党を組む事の無い2千名ほどの「冒険者達」が一つの目的の為に集結したのだ。


 名の知れた高レベルの冒険者達は、高い戦闘力を誇り、一癖もふた癖もある連中ばかりだった。

 その目的はただ一つ。

 

 ――魔王の居城、ディカマラン城を急襲し魔王デンマーンを討ち取る事。

 

 「魔王大戦」と呼ばれたかつての戦いは、「魔王軍」――魔王直属の『12魔将軍』率いる十万近くの魔物の群れと、「多国籍人類自由連合軍」数十万の軍勢がノイターン平原で激突した戦いを指す場合が多い。


 「多国籍人類自由連合軍」――メタノシュタット王国、カンリューン公国、マリノセレーゼ王国、モフラル自由都市国家連合、ストラリア諸侯国、それにルーデンスなどの衛星国家からの志願兵を加え、総勢数十万に及ぶ人間(亜人・獣人)連合軍が、イスベリア・ノイターン平原で魔王軍を迎え撃つ形で激突した人類史上最大の戦いだ。

 勇者エルゴノート・リカルの故郷である砂漠の民の国であるイスラヴィアを一夜にして滅ぼした魔王軍は、進路上の村々を蹂躙しながら侵攻する悪虐な魔物の群れだった。


 ノイターン平原で激突した両軍は、三日三晩の激しい戦いへと発展した。人類はそこで熾烈な激戦の末、魔王軍の主力を打ち破ることに成功し、人類の反転攻勢のきっかけになった。


 実は、俺達エルゴノートのパーティは、「正規軍」同士の激突を囮として、手薄になった魔王の城――ディカマラン城に対する「奇襲部隊」として突入した、三百を超える冒険者パーティの一つに過ぎない。


 城への突入戦で三分の一のパーティが戦闘不能に陥るも突入路を確保、そこからいよいよ塔のようなディカマラン城の攻略戦へと移行する。

 だが、全12層にもなる城の各階層を守護する魔物「フロアボス」との戦闘で、次々と屈強なパーティが戦闘不能、もしくは命を散らしていった。


 最上階にたどり着けたのは、俺達を含む僅か十数パーティにすぎなかった。

 

 魔王謁見の間と呼ばれる最終エリアの前に立ちはだかったのが、悪魔神官ヘムペローザだった。

 究極進化させた魔力強化外装(マギネティクス)をまるで暗黒の鎧のように身に纏った妖艶な悪魔神官との、文字通り「死闘」は熾烈を極めた。

 俺達は対魔王用にと準備していた必殺の連携攻撃を使い、なんとか勝利を得る事に成功する。

 しかし、ファリアを庇ったルゥが傷つき倒れ、マニュフェルノの治療を受けることになった。


 皮肉にも……その「休息のターン」が運命を分けた。

 

 魔王謁見の間を目の間に、一度は倒れた俺達に代わり、魔王デンマーン戦に挑んだ残存パーティは、次々と魔王の超絶な戦闘力を前に全滅していった。


 しかし俺は、その戦況を冷静に分析し続けた。

 戦術情報表示(タクティクス)を展開し、悟られぬよう張り巡らせた魔力糸(マギワイヤー)で、魔王の驚異的な魔法と戦闘力を解析し、突破口を見つけ出すことに成功したのだ。


 この真実を知れば「何故助けなかった!?」と罵るものいるだろう。


 魔王と戦い尊い命を落としてしまった者たちにも、愛する人や待っている者がいたのだから。だが、それ無くしては俺たちの、いや……人類の勝利は無かったのだ。 


 そして、俺達は最終決戦へと挑み、勝利する事になる。


 全力で真正面から戦うエルゴノートとファリア。そして全員の防御結界の維持と魔王の結界の解除(ディスペル)に全力を注ぐ俺や、レントミアが「円環魔法(サイクロア)」を詠唱し終えるまでの時間を、剣士ルゥローニィは身を挺して守り続けた。


 魔王の常軌を逸した連続攻撃を、ルゥは一身に受けながらも、耐え抜いたのだ。

 

「拙者は……! 拾ってくれたエルゴ殿や、可愛がってくれたファリア殿……ッ! 仲良くしてくれたレントミア殿や、ググレカス殿やマニュ殿を……護り抜くでござる…………倒れるわけにはいかないで、ござる」


 ◇


 臆病だった猫耳の剣士は、必死に歯を食いしばって痛みと恐怖に耐え、剣を床に突き刺して、「剣気」だけで魔王の破壊的な波動を弾き返し続けた。


 ――そうだ。

 

 俺は、銀の指輪から伝わってくるルゥの嗚咽を聞きながら回想してしまったが、それはわずか数秒の記憶の旅だ。


「……ルゥはいつだって、俺達の力になろうと必死だった」


 つい先日だって、デスプラネティアに食われた俺を助けようと、エルゴノートと共に駆けつけてくれたのだ。その後の彼の活躍は言うに及ばずだ。


『拙者は、どうすればよいのでござる……一人は……嫌で……うえぐっ……』


 指輪の魔力はもう残り少ないのが、声が徐々に遠くなりはじめた。


 胸の奥がぎゅっと痛くなる。

 いつも俺や仲間達の事を思う猫耳の少年になんとか、一人ではないよ、と声を届けたい。


 ――考えるんだ。何か、手はあるはずだ。


「提案。ググレくん、ルゥに声を届けられない?」


 マニュフェルノが俺の横から指輪を覗き込む。ふわりといい香りが鼻をくすぐる。


「俺も同じ事を考えているんだ。だが、ルゥは魔力を使えない。こちらから波動を送る事はできても、それを声として聞くことができないんだ……。奇蹟でもないかぎりな」


「奇跡。それは無理だけど、幸運ならすこし呼び込める」


「――! そうだ……! それだマニュ!」


 マニュの肩を掴んで、目を丸くするマニュを傍らのベットに腰掛けさせて、俺も横に座る。

 俺はマニュフェルノのちいさな手をとって、そっと右手を重ねた。


「赤面。こんな近く、ちょっと……照れるかも」


 暖かくてフワリと柔らかい指先に怯みそうになるが、意を決し指を絡ませる。

 恥ずかしいとか、今はそんな事を言ってるときじゃないんだと自分に言い聞かせる。


「マニュ、指輪に祝福(フェス)をかけてくれ。幸運、いや、奇跡が起こるくらいの!」

祝福(フェス)。 ? わかった……」


 マニュは静かに頷くと、手を重ねたまま静かに呪文を詠唱した。ポウッと指輪が光を放ち、効果が現れた事を示す。


 そして俺は「伝われ」と強く願い、叫ぶ。


「聞こえるかルゥ! 必ず助けに行くから、心配するな!」


 音声で伝わるはずの無い声が、魔力糸を通じて相手の心に伝わる、そんな小さな奇蹟ぐらい起こってもいいじゃないか。


 と――、


『グ……ググレ殿の……声?』


「伝わった!」


『……にゃ……わかったでござる! わかったで……』


 音声はそこで途絶えた。

 魔力が完全に尽きたのだ。だが、小さな「幸運」は確実に、涙目だった猫耳剣士を笑顔に変えたはずだ。

 

「流石。ググレくんですな」

「はは、マニュの幸運を呼び込む力のおかげだろ」

 

 絡んだ指先は熱を帯びていて、俺はその指をほどくことを、躊躇う。

 それはたぶん、もう少しだけこのままでいたい、と思ったからだ。


<つづく>

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