魔法使いたちの暗闘
◇
「まったく、休むヒマもない」
「忙しいのは良いことですわ、賢者ググレカス」
「他国の魔法使いとやりあっても、稼ぎにはならんのにな……。貧乏ヒマ無しとはよく言ったものさ」
冷たい風を全身に受けながら空を飛ぶ。
襟元にいる妖精メティウスからヒヨコのような温もりが感じられる。
俺はアークテイルズ城を目指していた。
プルゥーシア皇国から来たハイエルフ、大物魔法使いとの名刺交換を終えたところで、マニュフェルノからの緊急通信があったからだ。
「ルーデンスの空には、小さな竜がたくさん飛んでいるのですね」
「翼竜の幼生体だな。王都ではハトばかりだが」
しばしの空中散歩で気分を切り替える。
おとぎ話の魔女はホウキで空を飛んだらしい。しかし、最先端の現代魔法を駆使する賢者は、『飛行型ワイン樽ゴーレム』で空を飛ぶ。
魔力で浮くわけではなく、空気を噴出することで推力を得る、物理的な方式だ。
高圧縮空気を噴出するワイン樽ゴーレムは左右二機。自律駆動術式によって協調制御し安定した飛行を実現。樽は背負うかたちで強化型賢者のマントの、背中から両肩の部分にジョイントしてある。
脇や腰を固定され、後ろから抱えられる仕組みなので少々足元が怖いのが難点だが。
眼下に街並みを見下ろしながら、高度百メルテほどを維持。アークテイルズ城へと向かう。
郊外に着地した賢者の館から、直線距離にして3キロメルテほどの距離。街中を早馬で移動するより、飛んだほうが早い。
「対空索敵結界、近接空域内に敵影はございませんわ」
「白いハイエルフの一味は離脱したか」
「お仲間を連れて、北北西へと」
対空索敵結界には、赤い輝点が遠ざかって行く様子が検知されていた。
飛竜に変化し、アークテイルズ城へ向かった白いハイエルフ、ヴォズネッセンスは仲間と合流。そのまま北北西の森へと離脱していった。
だが、その方角は国境紛争の中心地。
七色岩塊、通称『七色砦』のあるエリアだ。
ルーデンス警備軍が実効支配してはいるが、プルゥーシアの国境警備軍が南下し陣地を築き、睨みあっている最前線だ。
砦には元ルーデンス王家の長女、竜撃戦士ファリアがいる。さらに弟のセカンディアと妹のサーニャ姫もいるという。
「ファリア、大丈夫だといいが……」
「賢者ググレカス、お城から煙が!」
メティウスの声で我に返る。アークテイルズ城から煙があがっていた。
「おおう……? ずいぶん派手に暴れたようだな」
「楽しいお茶会のはずでしたのに。たいへんなことになりましたわね」
「城が爆発するお茶会ってどんなだよ……」
苦笑しつつ、お茶会に参加していたマニュフェルノや家族たちの安否を確認する。
マニュフェルノが身に付けている『金の腕輪』による魔法通信で、全員無事の知らせは受けている。
しかし、呪詛や毒性の強い魔法への接触など、本人が気づかぬうちに蝕まれている可能性もある。
「……全員の生体反応を確認、異常なし」
「よかったですわ」
ひと安心だが、そうこうしているうちに城の上空へと到着。
旋回しながら高度を下げる。眺めてみると中庭の被害が大きく、ニ階の壁が崩れている。
何よりもひときわ目を引くのは、クリスマスツリーのように成長した巨大な蔓草の塔だ。絡み合いながら成長した緑の塔は、ヘムペローザの魔法以外にありえない。
ヘムペローザは、かなり本気で戦ったようだ。
相手は魔法聖者連の序列二位の魔女だという。聖女を名乗ったというが、とんでもない暗黒の魔力を撒き散らす魔女だったわけだ。
「中庭に降りる」
「おぉ!? 見ろ!」
「け、賢者様が……空から!」
「す、すごい……! 空を飛べるのか!?」
「空から失礼……! 少々離れていてくれまいか」
シュゴーと空気を直下に噴出しながら、ゆっくりと降下。
城の衛兵たちやスタッフ、大勢の関係者が見守るなか、穴ぼこだらけの中庭に着地する。
出力を下げたワイン樽ゴーレムは自動でパージ。ゴロゴロと周囲を旋回すると、行儀よく「普通の樽」のように自立してみせた。
「ぐぅ兄ぃ!」
「もう、おそいよ!」
桜色の髪の少女と少年が駆け寄ってきた。体当たり気味に抱きついてくるのでよろけてしまう。
「っとと……。ラーナにラーズ、すまない」
「黒い怪物が暴れたの! けどプラム姉ぇとヘムペロ姉ぇが、がんばったんだよ!」
「オレも戦うつもりだったのに、ラーナにめちゃくちゃ止められた……」
「ラーズはダメにきまってるでしょ! 一発で殺されちゃうわ」
「そんなに弱かねーよ!」
「まぁまぁ、お二人とも。無事で何よりですわ」
俺の腰を挟んで喧嘩し始める二人を、妖精が間に入ってなだめる。
「賢者様! どうも、城内衛兵隊、副隊長のムンケットともうしやす。ぼっちゃんたちの言うとおり、黒い化け物が突然、暴れだしまして……。どうやらお茶会に参加していた外国のボインボイン……あ、いや魔女が悪さをしたってぇ噂でして」
髭ズラの衛兵が近寄ってきて事情を説明してくれた。
マニュフェルノからの連絡と、俺の認識とも一致している。衛兵や城のスタッフたちは、すでに事情を察している様子だった。
「話は概ね聞いています。ゼロリア王妃やゲストたちにも怪我はなかったと。大変でしたね」
「いえいえ、とんでもねぇ! 黒髪の魔女さまが……確か賢者様のお弟子さんと聞いておりやすが、怪物の親玉をブッとばしてくれやした。いやぁ、痛快でしたぜ!」
「それはよかった……」
中庭にそそりたつ蔓草の塔を見上げる。
魔法の目で眺めると、そこかしこに不浄な暗黒魔力の気配が残っていた。
案内されて城内に入ると騒然としていた。状況確認や後片付け、城のスタッフたちは大忙しだ。
「……こんなご様子で、明日の領土交渉なんてできるのでしょうか」
「向こうは交渉などするつもりがないのだろう。テーブルを蹴飛ばして、戦争をしたいのかあいつらは」
「魔法通信を確認してみましたが、メタノシュタット側から、この件もふくめて公式コメントは今のところ出ておりませんわ」
「魔法使いの暗闘は、常に歴史の裏側さ」
暗澹たる気持ちでメティに答えつつ、ここに至るまでの道中を思い返す。
ルーデンスへと来る途中の空中テロ攻撃。
交渉団が乗る列車への襲撃。
そして、あろうことかお茶会へのテロ。殊更にも非戦闘員やルーデンスの要人さえ参加していた友好親善行事でこのありさま。
明らかにプルゥーシア側は明確な殺意をもち、交渉そのものをブチ壊したいのだ。紛争状態にすることで自国――プルゥーシア側に有利に、利益を得られると思っているのだろう。
だが、そうはさせるものか。
今や世界の国々が魔法通信を使い、瞬時に情報を得ている。国境交渉の行方にも注目している。
手探り状態ながらメタノシュタット王国は、国際的な秩序の形成と、国際平和に向けて努力してきた。
国同士のいざこざを減らし、国際協調と法の支配により世界を安定させる。
それこそが第二、第三の魔王を生まない、世界平和への道なのだ。
「賢者にょ!」
「ググレさまー」
「ヘムペロ、プラム……! ったく、おまえら……服も汚れているじゃないか」
「にょほほ、思いっきりバトったからにょぅ!」
「甘いもの食べ過ぎでしたし、良い運動でしたけどねー」
あっけらかんと笑う二人を見て、安堵のため息が出た。幼い頃なら思わず抱きしめていた場面だが、今は二人とも年頃の娘に成長した。
今はセクハラだなんだと、うるさいのだ。
「ところで、マニュやスッピたちは?」
「地下で子供達におやつと授乳してますよー」
「なるほど、それならいいが」
「六人も子供がいると保育園みたいですわね」
「ははは」
こうして。俺たちは無事に合流し、賢者の館へと戻ることにした。
そして――。
メタノシュタット交渉団を仕切る王国軍より、新たなる密命が下された。
<つづく>




