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マニュフェルノの回想と、密かなる願い

 ◇


 アークティルズ城が揺れ動いた。

 連続する爆発音と衝撃で、窓枠がビリビリと音を立てる。


「マニュ(ママ)、こっちっス!」

 マニュフェルノを呼び止めたのは、犬耳の半獣人スピアルノだった。


「安堵。スッピ、そこにいたのね……!」

「子どもたちは無事ッス」

 お茶会が行われていた部屋の隣、控室のクローゼットルームにスピアルノは籠城していた。

 お茶会のあいだ、マニュフェルノは幼いポーチュラとミントを、スピアルノに隣室で預かってもらっていた。窓側に向けて盾として立てたテーブルの陰に隠れ、二人の幼子を抱えている。


 マニュフェルノが駆け寄ると、ポーチュラとミントは泣きもせず、満足げにスピアルノの胸に抱かれていた。

 流石、四人の子供を育てているだけはある。安心感が違うのだろう。おっかなびっくりのリオラの抱っこだとすぐにぐずり出してしまう。もしかして胸の大きさに関係があるのだろうか。


「感謝。ありがとう」

 マニュフェルノはスピアルノからそっと、二人の幼子を抱き取った。花束のように抱きしめると、重みと温もりに安堵し涙が出そうになった。

「おっぱいあげといたっスよ」

「授乳。助かるわ」

「最近うちの子らは飲まないっスから」

 マニュフェルノは、スピアルノの四つ子(・・・)たちが近くに居ないことに気がついた。

「四子。スッピの子どもたちは!?」

 わんぱくざかりで目の離せないちびっこ軍団も、一緒に隠れているかと思ったのだが。

 犬耳の長女ミールゥ、猫耳の長男ニーアノ。猫耳の次女ニャッピ、犬耳の次男ナータ。それに引率(・・)役のラーナとラーズも見当たらない。


「みんな大丈夫ッス。城の地下の食堂ッス。ラーナとラーズと一緒に、美味しいものを食べに行ったところで。ファリアの妹さんの、えぇと……フォンディーヌさんが誘ってくれたっス」


「了解。なら安心ね……」

 全員の安否がわかって胸をなでおろす。


 スピアルノも地下の食堂に避難する選択肢もあっただろう。しかし危機察知能力の高い彼女は、状況が見通せる位置で待機し、マニュフェルノと離れない方が良いと判断したのだ。身体能力に優れたスピアルノならイザとなれば素早く逃げ出すこともできるだろうし。

 穏やかなはずのお茶会は、とんでもない大騒動になってしまった。

 黒い悪魔じみた怪物を召喚し、こともあろうに賢者ググレカスのせいにしようと目論んだ、聖女の企みはプラムの看破で脆くも崩れ去った。

 途中からはもうひっちゃかめっちゃか。プルゥーシアの魔女が錯乱して暴走。もはや魔法の殴りあい、大乱闘へと発展した。


 大きな衝撃とともに外が静かになった。

 

「わっ!? 何か大技が発動したッスね」

「驚愕。あれは……ヘムペロちゃんの魔法」

 窓から見えたのは、天に届かんばかりに成長した蔓草の塔だった。

 二階の屋根よりも成長した蔓草は、ヘムペローザの魔法で間違いない。世界中を探してもあんな魔法を使えるのは、賢者の弟子である彼女だけだ。


「あっちは、片付いたみたッスね」

 スピアルノが窓に近づき様子を確認する。

 蔓草が絡み合って成長した緑の塔の先端には、モズの速贄(はやにえ)のように、あの聖女が全身を搦め捕られていた。

 蔓草のそこかしこに白い花が咲き、まるで葬儀のような様相を呈している。


「撃破。魔女を倒したのねヘムペロちゃん」

「あーあ。あの様子だと再起不能ッスね。流石は賢者っスの一番弟子、容赦ないッスねぇ」

 豪快な勝利に微笑むスピアルノ。

 プルゥーシアの聖女、パンティラスキ・ケジャルコフは白目を剥き、大口を開けた酷い表情だった。


 どうやら事態は終息しつつあるらしい。

 慌ただしく人々が駆け回る様子が聞こえてきた。衛兵たちの号令、怪我人を救護しようという城で働く様々なスタッフたち。


「合流。スッピの子供達とも合流しましょ」

「そうっスね」

 部屋を先に出たスピアルノ。追おうとしたマニュフェルノは、ふと足を止めて振り返った。


「……」

 緑の塔の先端に囚われ、哀れな逆さ磔の状態でパンツを晒してしまっている聖女。

 いや、魔女のパンティラスキ・ケジャルコフ。彼女の姿が一瞬、自分と重なって見えたからだ。


「同質。貴女は……私と同じだった」


 プルゥーシアの聖女。そう呼ばれていた彼女が使っていた魔力の本質は、暗黒に属するものだった。

 マニュフェルノと同系列の、腐朽(・・)の系譜だった。同郷なのか、あるいは血筋がどこかで繋がっているのか。知る術は無いし知りたくもないが、とても似かよっていた。


 忌まわしき闇に属する魔力――。

 腐朽の魔力は対象物を劣化させる。

 生物ならば呪詛として放てば衰弱し、死に至らしめる。生物毒素を生み出し、心臓を止めることも、敗血症にすることもできる。植物ならば枯死させる。

 古来より様々な魔導書に記されて、闇の魔術の源流の系譜として知られている。


 マニュフェルノは毒性の強い腐朽の力を制御することで、稀有な「治癒魔法」という体裁を保っているにすぎない。

 過剰な毒は生命体を死に至らしめるが、微量であれば薬として使えるのと同じ理屈だった。

 分解を司る微細精霊(注釈、微生物)の過剰な活動を抑制し、生命力活性化の効果を高め、治癒として利用する。

 ただ、それだけの違いに過ぎない。


 思い出したくもない過去が脳裏に浮かぶ。


 マニュフェルノの故郷は、プルゥーシア領に属するずっと北の名も無き寒村だった。

 そこは何もない灰色の空と、痩せこけた大地だけしかない貧しく寂れた村だった。


『この子が触れただけで花が枯れたわ!』

『呪われた子だ……!』

『悪魔の力を宿しているぞ』

『作物が弱って病気になっちまった、おまえの仕業だろう!?』

『うちの牛が死んだのはおまえのせいだ!』

『保存していた食料が全て腐ったぞ! おまえが昨日近くにいたからだ……!』

 魔力が制御できず、周囲に影響を与えたのは間違いない。でも言いがかりに等しいものもあった。

沈黙(……)

 殴られ、蹴飛ばされるままに耐えた。

 何も答えずに口をつぐみ、村で家畜と同じ酷い扱いを受けた幼少期。

 太陽の昇らない極北の土地は、人々の心から光と優しさを奪っていたのだろう。


 永遠に続くかと思われた冬。

 周囲の人間が病でバタバタと倒れはじめた。流行り病によるものだった。しかし、当然のようにマニュフェルノのせいにされ殺されかけた。

「殺せ!」

「この呪われたガキのせいだ!」

「村のなかで殺すと災いが降りかかる……!」

「追放だ、北の無人の荒野に!」

 幼いマニュフェルノは冬の荒野に追放された。

 裸足でさ迷い歩いたが、程なくして意外な手が差しのべられた。

「見つけましたぞ、我らが聖女様」

 悪魔崇拝「常闇の教団」に救われ、囲われることとなった。

 常闇の教団。各地の寒村に深く根付く闇から生まれた悪魔崇拝の邪教。


 ――光は我らを、この地を見放した。だが闇は決して見捨てはしない。虐げられし者を、世界の最果て、荒野に追放されし者を、全て平等に常闇で包み込む。


 悪魔の力を宿す闇の具現、暗黒の聖女(・・)として、マニュフェルノはこの上ない逸材だった。

 生活は一変した。

 衣食住の不自由は無くなった。

 籠の中の鳥として暮らすうえでの自由は与えられ、本も知識も与えられた。絵を描く時間さえもあった。妄想に耽り、想像の翼だけは自由だった。


 周囲の大人たちは、まるで腫れ物にでも触るように接しつづけた。目を合わせると盲目になる、触れれば四肢が腐る――。

 孤独にも、怖れられるのにも次第に慣れた。


 歪みながらも平穏な日々が続いた。

 しかし、転機が訪れる。

 魔王デンマーンを名乗る狂人が全世界に宣戦を布告したのだ。

 最初は教団の人間たちは歓喜した。これで闇の時代、自分達の時代が来る……と。しかし魔物が活性化し人々を襲い始めると状況は一変。

 森の魔物たちは、闇の教義に殉じる教団の人間さえも容赦なく、見境なく襲い、食い殺した。


 絶滅した教団のアジトは森の中にあった。魔物がうろつき死肉を漁る。檻の中から出ることもできず、マニュフェルノは衰弱し、死にかけていた。


 閃光が煌めくと魔物どもがバラバラになった。

「俺たちと行こう!」

 救いだしてくれたのが、エルゴノートとファリアだった。

 旅の途中で偶然、通りかかったのか。あるいは魔王軍から逃げ延びてきたのか。二人はかなり身分の高い人間であることはすぐにわかった。

「にゃぁ」

 可愛らしい猫耳の、まだ幼い少年も連れている。首と足首に残る痛々しい拘束の跡が、奴隷だったことを物語っていた。


「……首肯(うん)


 こうしてマニュフェルノは救われた。

 本当の自由を手に入れた。

 それは同時に、生きるための戦いのはじまりでもあった。

 魔王討伐という過酷な戦いの旅。沢山の仲間たちとの出会いと、壮大な冒険のはじまりで――


「まぁま」

「だぁ」

「回想。ごめんね、ちょっと昔を思い出して」

 辛かった過去はもう遠い記憶の彼方へ。

 こんな自分をググレくんは愛してくれた。必要だと、一生共に生きようと言ってくれた。

 信じられないほどに嬉しい。


 大切な二人の幼子をそっと胸に抱く。

 涙がこぼれた。


 神様。お願いです。

 ほんとうに神様が居るのなら……。


 この子達が……ポーチュラとミントがごく普通の、魔法とは縁のない、普通の子でありますように。


 ググレくんは子供たちに期待しているけれど。

 私は、この子達に魔法を望まない(・・・・・・)

 魔法の力の無い普通の子でいい。

 リオラとイオラのように、がんばりやさんで。ううん、元気に育ってくれさえすればいい。

 町の片隅で普通に暮らす、ささやかな普通の幸せをつかんでほしい。

 勝手な、親の望みかもしれないけれど。


 マニュフェルノは祈るように、子供たちに頬を寄せた。


 窓の外の彼女、パンティラスキ・ケジャルコフは黒い魔力の暴走に、欲望に抗えなかったのだろうか。

 すこしは理解できる。

 自分にも状況こそ違えど、腐朽の魔力を暴走させ周囲の森林を枯れはてさせたことがある。

 あの時は、ググレくんが身を挺して止めてくれたけれど。彼女には果たして、そういう誰かがいるのだろうか。


「あああ! マニュ(ママ)! 何ぼーっとしてるんスか!?」

 スピアルノが慌てて戻ってきた。手を引いて部屋から連れ出そうとする。

 もう一度振り返る。

 と、信じられないものが見えた。


「ド、ドラゴンっす!?、三びきも! ヤバイ、ヤバイッス!」

 スピアルノは震え上がり、マニュフェルノの背中を押した。


 空から巨大なドラゴンたちが舞い降りてきた。黒と緑の竜。それに美しいまでの白銀の鱗をもつドラゴンの計三びき。

 翼をもつ空とぶ竜たちだった。


『――まったく、ざまぁないな』

『――ケジャルコフ、お前はもう再起不能だぜ』


 人語を発した。いや、魔力波動による念話だろう。ということはあのドラゴンたちは、プルゥーシアの魔法使いたちだろう。


『――だが、我らの仲間だ』


 ひときわ大きな白銀の竜が爪でパンティラスキ・ケジャルコフを掴み、蔓草の拘束を引きちぎった。


「あ、あぁあ……! 麗しきヴォズネッセンスさま……! 助けに来てくださったのですね! 嬉しゅうございます、嬉しゅう……」

 歓喜し涙を流すケジャルコフ。


『――勘違いするな。お前はまだ使える。ゼロ・リモーティア・エンクロードの実戦型を、ガーゴイルに応用したのは素晴らしい成果だ。自律型の完全なる魔法兵団のヒントになる……。しかし、結果は散々だな』


 魔法通信は本来、他人には聞こえない。しかしこうして聞こえてくるのはマニュフェルノとケジェルコフと魔力の波動が類似しているからだろうか。彼らはマニュフェルノの存在に気づいていないのだ。


「こ、これは、その……。賢者の……ググレカスの弟子めにやられてしまいました……」


『――フン。情けねぇ、そのザマでランキング二位を名乗るとはな」

『――賢者ググレカスなど怖れるに足らず。きゃつめなど偽りの魔法使い。次に会うときは完全なる私の勝利で幕を閉じる』


「流石は敬愛するヴォズネッセンス様……!」

『――ここま退きましょう、ヴォズネッセンスさま』


 竜たちが空へと舞い上がってゆく。


 ――仲間がいるのね、よかった。


 聖女と、竜たちはやがて遠ざかり見えなくなった。マニュフェルノは少しほっとして、スピアルノとともに歩き出した。


<つづく>


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― 新着の感想 ―
[良い点] ヘムペローザの蔓草魔法に囚われたパンティラスキ・ケジャルコフ。 マニュフェルノはケジャルコフとの類似点に過去を思い出した。それは、とても悲しい過去だった。 という事で、ケジャルコフに対して…
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