決着! 黒き聖女パンティラスキVS賢者の弟子ヘムペローザ
「ぐぉおお!? こ、これは!?」
「今日はお茶会に免じて……特別に見せてやるにょ」
ヘムペローザが巨大な緑の玉座に包まれながら、黒い悪魔を睥睨する。
「圧倒。すごい迫力」
「ヘムペロちゃんが巨大化したですー!?」
「にょほほ……! 賢者にょには止められておったがの」
水芭蕉の花苞に似た構造が中心のヘムペローザを護り、背中からは自在に動く十本近い緑の触手が伸びている。そして触手の先端は獰猛な毒蛇のように牙をむく。
無数の触手を生やした魔力強化外骨格装甲――蔓草魔法・妖緑装甲が襲いかかる。
「ぐぉォオオオオッ!?」
パンティラスキ・ケジャルコフの纏う黒い悪魔に次々と咬みつき、鋼のように硬い装甲を食い破り、そしてギリギリと締め上げる。同時に相手に魔法の種子を植え付ける。発芽すれば魔力を吸う蔓草となる種子を。
「この姿は華麗とは程遠いからにょ。だが、お前さんとの戦いにはお似合いじゃ」
「お、おのれ汚らわしい魔女の分際デェェエ!」
パンティラスキ・ケジャルコフは全力で腐食性の瘴気を撒き散らし、緑の触手を朽ちさせた。
「類を見ぬほどひどい魔法じゃの」
「う、うるさぃ黙れ……黙れ小娘ェガァア!」
魔力強化外骨格装甲――デーモニア・ジャケッツの黒い肉体が膨れ上がり、力任せに触手をひき千切ると、真横へと跳ねた。
「逃げる気かにょ!」
「ウォォオオオ!」
緑の触手が追撃する。デーモニア・ジャケッツの羽を引き裂き、左腕を食いちぎる。
全身から黒い体液を散らしながらも緑の触手の追撃を振り切ると、窓枠と壁を突き破って外へと逃れた。
「ま、魔物が中庭に!」
「取り囲め……!」
地響きとともに十メルテもの高さを物ともせずに着地する。中庭にいた衛兵たちが慌てふためき右往左往する。
「邪魔だ雑魚どもガァアア!」
デーモニア・ジャケッツは黒い瘴気とともに衝撃波を放ち、衛兵たちを吹き飛ばした。
しかし、グラリとバランスを崩し片膝をつく。ヘムペローザの攻撃によりダメージを受けているのだ。
「逃さぬにょ!」
吹き抜けの天井に届きそうな妖緑装甲も後を追う。破壊された壁の穴から外へ、垂直に一階へ向かって下りる。
妖緑装甲の脚部は短い百足のような構造になっていて、垂直の壁でも移動できる。人型の黒い悪魔と比べれば機動力では劣るが、ここで逃がすわけにはいかない。
「私も行くです!」
プラムがヘムペローザの背中へと飛び乗った。
「助かるにょ!」
「深追。気をつけて、二人とも!」
「マニュ姉ぇは子どもたちと合流するですー!」
「了解。わかったわ」
ヘムペローザが中庭に降り立つと、パンティラスキ・ケジャルコフはデーモニア・ジャケッツの羽と左腕を再生し、再び戦闘態勢を整えていた。
「グゥフフ、賢者の弟子が……魔法装甲を使う魔女だったとは驚きね! ゲェヘヘ!」
黒い悪魔が耳まで裂けた口で嗤う。
両手には黒い瘴気を凝縮した刃が握られていた。触れたものを腐食させる、致命的な魔法の武器であることは見ただけで理解できる。
「魔法聖者連序列2位の聖女様が、醜い性根の悪魔だったとは驚きじゃ」
黒い悪魔と緑のタコのような妖緑装甲が対峙する。互いに魔眼で睨み合い文字通り火花を散らす。
緊迫の沈黙、その均衡はすぐに破られた。デーモニア・ジャケッツが両手に握っていた漆黒の刃を投げつけてきた。
「なんの!」
ヘムペローザは触手を振り上げて刃を迎撃、弾き飛ばした。壁に突き刺さった黒い刃の周囲が爛れたように変色し白煙をあげる。
妖緑装甲の弾道予測術式と自動迎撃術式は賢者ググレカスの「仕込み」によるものだ。しかし、迎撃と同時に失った二本の触手は腐食し、再生しなかった。
「グゥフフ、流石にすぐに再生はできまい……いくわよ!」
デーモニア・ジャケッツが両手に漆黒の刃を出現させながらつっこんできた。触手で殴りつけ、漆黒い刃を叩き落とす。
「ギャハハ……! こんなもの!? ほら、ホラァアア!」
「うぬぅ、少々……辛いにょ」
攻勢に出た相手に対しヘムペローザは守勢にまわらるざるを得なかった。
いくら触手で迎撃しても、次々に瘴気を集め腐食性の刃を出現させてくる。デーモニア・ジャケッツのダメージの再生速度といい、パンティラスキ・ケジャルコフの魔力は無限なのかと思えるほどに威力が衰えない。
ヘムペローザは守勢から劣勢へと追い詰められた。
「とどめよ……!」
デーモニア・ジャケッツは二本の刃を一つに集め巨大な黒い刀剣にし、上段にふりかぶった。
「く……!」
その時だった。
「というわけで、視えたの……ですっ!」
ヘムペローザの背中からプラムが飛び降りた。地面を蹴って跳ねる。
「――ッ!? ちょこまかと!」
ブォンッ! と漆黒の大剣が振り下ろされた。
「プラムにょ!」
しかしプラムは怯まなかった。逆にデーモニア・ジャケッツの股下めがけて突っ込み、スライディングしながら背後に回る。
「こいつっ! ……ハッ!?」
そして、プラムはスライディングしながら地面に爪をたてていた。
猫がまるで地面をひっかくような仕草で、勢いもそのままに地面を切り裂く。その手にはまるで黒い蜘蛛の糸のような束が握られていた。
「プラムにょ……! それは」
「魔法のカラクリ、魔法円を仕込んでいたのですねー」
プラムは地面に隠されていた巨大な魔法円をビキビキと引き千切った。複雑な文様を描いた黒い輝きが崩れ、破壊されてゆく。
「きっ……貴様ぁああ!? なぜそれをおォオオオオッ!?」
デーモニア・ジャケッツの巨大な体がグラリと傾き、漆黒の刃が溶けはじめた。
魔力循環の巨大な魔法術式は、お茶会の直前にパンティラスキ・ケジャルコフによって仕込まれていたものだった。無数の黒いゴーレムを出現させた魔法円。それは黒い瘴気として発散した魔法力を循環させて再利用する術式でもあった。
「ウォオノォレェエエエ!」
グズグズに崩れはじめた黒い悪魔が突進を仕掛けてきた。
ヘムペローザの妖緑装甲は残った触手で思い切り顔面を殴りつけた。
「ふっぐぉ!?」
見事なまでのストレートパンチが決まり、パンティラスキ・ケジャルコフは真後ろに吹き飛んだ。
「ナイスパンチですー、ヘムペロちゃん!」
「にょほほ! プラムこそ絶妙なフォローじゃ!」
互いに親指をサムズアップして微笑みを交わす。
地面に倒れ伏したデーモニア・ジャケッツにさらなる変化が起きた。ボコボコと全身が波打ち緑の芽が無数に生え、双葉を広げはじめた。
「なっ、なによこれは……!? いやぁあああ!?」
「……腐食の力が弱まれば、あとは発芽が始まるだけじゃ。お主の魔力を滋養としての」
蔓草が一気に繁茂し、デーモニア・ジャケッツを見えなくなるまで覆い尽くした。
金髪の聖女パンティラスキ・ケジャルコフは蔓草に搦め捕られ、蔓草の渦に飲み込まれた。蔓草は絡み合い巨木のように成長しながら城の屋根に届くまでに成長する。
「魔力が……吸われ……あ、あアァアッ!? 気ンモチィイイイ……ッ!?」
恍惚とした聖女の絶叫が中庭に響き渡り、やがて白い花を咲かせた。
「にょほほ……! 腐った魔力が、よほど良い肥料になったようじゃ」
「お茶会の余興にしてはやりすぎですけどねー」
<つづく>




