嫌疑、犯人はググレカス?
『……グ、ガ……!』
黒い悪魔じみた怪物は動きを止めた。
ヘムペローザの蔓草魔法による物理攻撃によりダメージを受けるや、色褪せた石像のように変色。頭や四肢の先から黒い砂となって崩れ落ちた。
「どうやら合成ゴーレムの一種のようじゃな」
一定のダメージを受けると活動を停止、元の素材へと戻る。その特性からみてヘムペローザは彼らがゴーレムでることを見抜いた。
魔法力で錬成された魔物、あるいは実体を与えられた死霊なら、何も残さずに消え失せるはず。つまり何かの素材をベースに練られたゴーレムなのだ。
しかも複数の個体を同時に、バラバラに稼働させ操るなど、並みの術者が出来る芸当ではない。
最上位クラスの魔法使い、それもゴーレム術式に定評のある賢者並みの実力がなければ難しいだろう。
「つまり、ググレ様のような人がいるってことですね!」
屈託のない笑顔で、プラムが黒い魔物を蹴飛ばした。窓から乗り込もうとしていたもう一匹の顔面を蹴り砕く。黒い魔物は砂と化しながら地上へと落下していった。
「そうじゃな、ゴーレムを操る賢者にょのよーな術者がこの騒動を起こしているにょ」
プラムの言葉にヘムペローザも頷く。
魔物を粉砕したばかりの蔓草魔法が花を咲かせ、豆のような鞘が育っていた。そこへ別の魔物が窓へととりついた。
鞘は破裂音とともに勢いよく弾け、黒い種をまるで散弾のように浴びせかけた。
『ギュバッ!?』
黒い魔物は頭部の半分、そして胸と肩に穴を穿たれ吹き飛ぶと、そのまま落下していった。
「なんですって……!?」
あっというまに三体の魔物を撃破した少女たちを目の前に、パンティラスキ・ケジャルコフが顔色を変えた。
「納得。ググレ君みたいな魔法使いが黒いゴーレムをけしかけて、お茶会の邪魔をしようって魂胆ですか」
マニュフェルノは丸いメガネのレンズを光らせて何やら呆れたようにつぶやいた。
黒い悪魔じみた魔物を操っている者がいる。それもゴーレムの扱いに長けたググレカスのような人物が。
外では衛兵たちの叫びや侍女たちの悲鳴が響いていた。既に中庭を中心に、十数匹の魔物が出現し暴れているのだ。
まさか城の中庭に魔物が出現するなど、想定していなかっただろう。警備は手薄で衛兵もまだ駆けつけていない。城の外側の警備は厳重でも、アークテイルズの城内は手薄もいいところだ。
「仕方ない、ワシらでなんとかするかの」
「ですねー」
ヘムペローザとプラムがここからが本番とばかりに、ドレスの裾をまくりあげた。
平和で和やかな(?)お茶会をひっちゃかめっちゃかにして、城内を混乱させ、人命さえ奪おうとしている。王妃やマニュフェルノ、そしてポーチュラにミント。護るべき者たちがいる。
賢者の一番弟子として、賢者の娘として、戦うのは必然、当然の流れだった。
このような邪悪な行いを企てるメリット。それは自分が不利な立場にいる側だろう。つまり交渉で不利な側にいる方が、盤上の駒をぐちゃぐちゃにして、ノーゲームを狙うように。
プラムとヘムペローザ、そしてマニュフェルノは、おのずと室内のある人物に視線を向けた。
「んなっ!?」
プルゥーシア最強の魔法使い集団、魔法聖者連序列2位。
女神官長、パンティラスキ・ケルジャコフ。
どうみてもこいつが怪しい。お茶会が始まった最初から呪詛めいた魔法でちょっかいを出し、メタノシュタット陣営の力量を測ろうとしていた。
怪しい。完全にこいつが怪しい。
「なっ! 何を見ているのよあなたたち!? たったいま、自分たちでググレカスが怪しいって、言いまくっていたじゃありませんの!」
扇子で口許を隠しながら必死の形相で叫ぶ。
「うーん、でもググレ様は、こういうのは美意識に反するーって、造らないと思いますねー」
「そうじゃのぅ。ワイン樽こそが究極の美、引き算の美学とかなんとかぬかしよるしのぅ」
プラムとヘムペローザは顔を見合わせると、苦笑しながら小首をかしげあう。
「粘液。ググレくんなら、どろどろのびちゃびちゃしたやつで襲いますね間違いなく」
流石は本妻。よくわかっているにょ、とヘムペローザは感心する。実際、ググレカスは巨大なスライムで魔物を押し流したり、この城の地下で白いスライムを大増殖させたりした前科がある。
「なんなのよアンタたち!? 見なさい! こんなにも華麗……じゃなくて、恐ろしい魔物が襲撃してきてるのよ!? あたしを狙ってきているのは明らかだし、メタノシュタットの陰謀に違いないわ! ぜったいに賢者ググレカスの差し金よぉおおお!」
ヒステリックな金切り声で叫びつつも、なぜか魔物をフォローする。
完全にこの女が首謀者だ、クロだ。ヘムペローザはジト目で睨み付けた。しかし証拠は今のところ何もない。
パンティラスキの声に呼応するかのように、再び激しい破砕音が響いた。
『ギュルルルァア!』
『ゴリュァアァア……!』
さらに二匹の魔物が、同時にガラス窓を突き破って室内に侵入してきた。今度はパンティラスキと王妃の方に近い。いつのまにかパンティラスキは回り込み、出口を塞いでいた。まるで、元王妃が室内から逃げられないようにブロックするように。
「王妃様、ここはあたくしにおまかせを」
「あら、あら……まぁ」
女神官長、パンティラスキ・ケルジャコフが颯爽と一歩前に進み出た。
二匹の巨大な黒い悪魔が金髪の女神官を狙っている。
「危険。あの人も助けなくては……!」
「仕方ないにょ……」
「心配には及びませんわ」
だが、パンティラスキ・ケルジャコフは両手を胸の前で合わせ、祈るような仕草をした。金髪をなびかせると光が溢れ出す。
「にょほ!?」
「おー? なんだか光ってるですー?」
『ガ……!?』
『ギッ……!?』
まばゆい輝きが室内を満たすと、二匹の黒い魔物は眩しそうに身をよじり、後ずさった。
「去れ……! 邪悪なる魔物たちよ……! 清廉潔白パンティラスキ・ケルジャコフ、癒しと浄化の光……! ホーリー・ハートフル・クリーナァアアア!」
パワワワ……! とハート形の光を放った。光が黒い魔物どもを包み込むや、二匹の魔物はあっというまに石化したように固まり、サラサラと崩れ去った。
「あらあら、まぁ……!」
「この聖なる神官、光の巫女、美しき神の加護を戴く聖職者たるあたしにかかればこのとおり」
パンティラスキ・ケルジャコフはそのまま窓辺に歩み寄ると、砕けて無くなった窓から階下を見下ろした。そこには十匹ほどの魔物どもが蠢いていた。
不思議なことに逃げ出した人々を追わず、うろうろと同じ場所を歩きまわっている。
ようやく城内各所から衛兵や、引退組らしい年老いた竜撃戦士たちが手に手に武器を携え、集まりつつあった。
「皆様ぁん! ご心配には及びませんこと……! 邪悪なる賢者ググレカスの放った魔物たちを、このあたくしが浄化してごらんにいれましょう!」
パンティラスキ・ケルジャコフが叫んだ。
「なっ!? あやつめ……ぬけしゃぁしゃぁと」
「おー、ググレさまが真犯人」
「に、されてしまうにょ」
「ヤバイですね」
実に稚拙で下らない扇動。けれどルーデンスのこの城には、嘘を信じてしまう素地があった。
「魔物が賢者ググレカス様の仕業じゃと!?」
「まさか、そんな……!?」
「でも以前、城の地下でスライムを大増殖させたって噂だし……」
「まさか、また……?」
ざわざわと動揺と戸惑いが広がる。パンティラスキ・ケルジャコフはそれを見届けると、にんまりと口角をつりあげる。
「純情無垢なこのパンティラスキ・ケルジャコフ、浄化の光で、邪悪なる賢者ググレカッスの魔物を打ち破ってごらんにいれましょう! 癒しと浄化の光……! ホーリー・ハートフル・クリーナァアアア!」
再びハート形の光が放たれた。ピンク色の光が黒い魔物どもの群れに降り注ぐ。するといとも簡単に、あっけなく黒い魔物どもが崩れ落ちてゆく。
どぉおおお! と歓声があがる。
「すごい!」
「流石はプルゥーシア皇国の聖女さまだ!」
「邪悪な魔物を放った犯人を探し出せ!」
その様子を満足げに見届けると、パンティラスキ・ケルジャコフが室内に向き直った。
元王妃、衛兵、侍女。マニュフェルノとヘムペローザに勝ち誇った表情を向ける。
「どちらが正義でどちらが悪か、これでハッキリしたでしょう。賢者ググレカスは邪―――」
「ところでですけどー」
パンティラスキ・ケルジャコフの声を遮ったのはプラムだった。
金髪の聖女が殺気だった視線を向ける。
「ちっ……半竜人の薄汚い小娘……。確か賢者ググレカスのホムンクルス」
悪意のこもった言葉など意に介さず、プラムは足元の黒い粉を手のひらで掬い上げ、さらさらと再び床におとした。
「どうして、さっきの黒い魔物とおばさんの魔法は、同じ臭いなのですか?」
「なっ……!?」
偽りの聖女を見据えたプラムの緋色の瞳には、静かな怒りの炎が揺れていた。
<つづく>




