急襲、上位三人の魔法聖者連(セントモレア)
◆
「か……感謝いたします、ヴォズネッセンス卿」
「無事で何よりだベールクルト」
魔法の拘束具から開放されたスホイ・ベールクルトは、手首を擦りながら礼を述べた。
魔導列車内を警備していた兵士は眠りこけ、メタノシュタット側の魔法使いたちともども無力化されている。立っているのがやっとという状態だ。
たった一人でこれほどのことが出来るのか……。スホイ・ベールクルトは戦慄しつつ、純白の法衣を身に纏うハイエルフに頭を垂れた。
「助けに来ていただけるとは、思いませんでした」
「当然さ。私達は共に魔導の深淵を目指す仲間だからね」
「は、はい」
圧倒されるほど美しいハイエルフの魔法使い。しかしその言葉や声も冷たく、まるで感情が籠もっていない。
雑種であるスホイ・ベールクルトを常に見下し、歯牙にもかけなかった男。にもかかわらずこうして自ら救出に来るとは、よほど都合が悪い事態だったのだろう。
事実、スホイ・ベールクルトによる急襲の失敗は、プルゥーシア陣営にとって大きな失点だった。
「敵に有利な交渉カードを、そのままにはしておけないから」
「も、申し訳有りません」
「それに、仲間が人質にされたとあっては、我らの沽券に関わるのだよ」
「は……」
それが本音か。
救出に来た理由。それはプルゥーシア側に不利だということよりも、顔に泥を塗られることを恐れたのだ。急襲作戦が失敗し仲間が捕えられた。
あろうことかプルゥーシア最強魔法使い魔法聖者連の上位ランカーが、だ。
ゆえに不動の絶対王者、永遠の序列一位としては、これ以上名声を汚したくなかったのだろう。
いずれにせよメタノシュタット陣営の重厚な警備体制を易々と突破し、無力化するとは驚きだ。
あらためてハイエルフの魔法使い、ヴォズネッセンス卿の底知れぬ魔力に戦慄する。序列二位と三位とは明らかに力の差がある。そもそも序列一位は別格で魔法の次元が違うのだ。
「敵は、このままにするのですか? この機会に殲滅すれば……」
「我々の目的は殺戮ではない」
ハイエルフの言葉に、スホイ・ベールクルトは拳を握りしめた。
うつむき、視線を魔導列車内にはしらせる。すると車両の向こう側で一人の魔法使いがよろめきながらも立ち上がっていた。若草色の髪のハーフエルフの魔法使い。白マントはメタノシュタットに数人しかいない最上位魔法使いの証だったはず。
「あの者を人質にしましょう! 意趣返しです。飛翔の魔法を使い、連行します! さすれば……」
スホイ・ベールクルトは魔力を手の先に集めながら、ゆっくりレントミアへ近づく。
「やめておいたほうがいい」
ヴォズネッセンスがスホイの行動に待ったをかけた。
「何故です!? やつらは俺を辱しめた! 拘束し屈辱を与えた! 今度はあの者を同じ目にあわせねば腹の虫が収まりません!」
「止まれ」
ヴォズネッセンスが短く一喝すると、スホイ・ベールクルトが踏み出した足を止めた。
視線に炙り出されるように、床や壁に魔法円がいくつも浮かび上がった。レントミアが仕込んだ魔法の罠だ。
「トラップ……!」
「魔法を対物術式で固定し仕込んでいたようです。魔法と判別させない仕掛けとは恐れ入りました。メタノシュタットの雑種もなかなかやるものです」
ヴォズネッセンスが淡々とした
口調で看破する。
「……ちぇっ。魔法地雷を踏めばらよかったのに」
レントミアは険しい表情のまま、口角を持ち上げた。接触した部分から高熱を放射して肉を焼く、魔法の罠を床板に仕込んでいた。熱伝導は魔法の結界や防具では防げないからだ。
レントミアが車両の壁に肩をあずけながら、手にした杖を向ける。しかし魔法が励起しない。やはり周囲の魔力が変調を来していた。
全周囲を覆う特殊結界。その効果に違いない。しかし魔法を励起できないのはメタノシュタット側の魔法使いだけなのだ。
――いったい、どういう原理なの……!?
「捨て置きなさい、スホイ」あ
「くそっ」
二人が踵を返した、その時だった。
魔導列車に衝撃がはしり、車体が大きく揺れた。ガコン……ゴゴゴと外から機械的な音が響くと、車窓の外を黒い影が横切った。
ガシガシと動く六本脚の、蜘蛛のような姿、それはゴーレムだった。
「メタノシュタットの戦闘用ゴーレム……! 『タランティア・タイプセブン・ストライダ』の車載タイプか!」
ゴーレムには一家言あるスホイ・ベールクルトがその機種を言い当てる。
全長四メルテに達する中型の機体。それは蜘蛛そっくりの多脚を有する下半身と、人間の上半身を模したウェポンベイ・ユニットを組み合わせたゴーレムだった。
メタノシュタット王国軍の新鋭機。特務部隊にのみ配備されているゴーレムだが、車載用に軽量装甲に換装されている。
「魔力を持たぬ者は眠らせ、魔力を持つ者は等しく力を奪ったはずですが……。アレは別というわけか」
ヴォズネッセンスが感心した様子で眉根を寄せた。
タランティアはヴォズネッセンスの居る客車の前で停止。客車に向けて武装を展開しはじめた。左腕には金属のダーツを連射する魔法装置の照準を向け、右手で対人用大型剣を抜き放つ。
背中には対魔法鋼線捕縛用ネットランチャー。魔法妨害用のチャフ射出装備も見える。
『――投降しろ! この機体に魔法は通じんぞ!』
音声拡張魔法を通じて侵入者への警告が響いた。
「スホイ、君ならアレに対処できますか?」
「いいえ残念ながら。あの機体は装甲が厚く、操縦者席は密閉され、いかなる呪詛も魔法も操術者に届きません。魔導機関と魔力蓄積機巧も外部からの干渉を受け付けぬよう密封され……。つまりヴォズネッセンス卿の魔法とてアレには通じない可能性が……」
「生身で戦うには少々厄介な相手か。では、ここは退くとしよう」
ヴォズネッセンスの決断は早かった。腕を天井に向けると魔法を励起。列車の屋根の一部が爆発とともに吹き飛んだ。
「うわっ!?」
レントミアは爆風で吹き飛ばされながらも、魔法の矢を放とうとした。しかしやはり魔法が励起しない。
――こっちだけが魔法を使えないって、そんなのアリ?
相手は魔法を使え、こちらは使えない。
こんな理不尽な結界など想像もできなかった。
賢者ググレカスならば強固な結界で魔力の流れを遮断し、魔素の流れを阻害。魔力を枯渇させることは可能だろうが……。ヴォズネッセンスが展開したと思われる結界は、原理そのものが違うのだ。
マジェルナが爆発のした車両に向け突進してくる。
「総員、格闘系魔法に切り替えろ! 体内の魔素を練れ!」
魔法を無力化されたメタノシュタット魔法使いたちは、為す術もなく一旦列車から離れていた。しかし青い髪の魔女だけは、物ともせずに突っ込んでくる。
「あの魔女は気づいたか……」
励起して放つタイプの魔法は使えないが、魔力強化内装のように体内に蓄積した魔力を、己の肉体のみで利用する魔術なら使えることを。
「ヴォズネッセンス卿、飛びます!」
スホイ・ベールクルトが二人を包むサイズの魔法円を励起。ヴォズネッセンスとスホイの身体を青白い光で包む。するとふわりと身体が浮かびあがった。
「『古の魔法』の飛行術……!」
レントミアがその光景に目を奪われた。光の粒子となり、肉体の端から徐々に姿を別の形に転じてゆく。
「ご明察だよ雑種、いずれまた会おう」
太古に滅んだはずの極彩色の翼竜の姿へと変身すると、薄い被膜を張ったコウモリのような翼を羽ばたかせた。
ブワッ……と風圧で列車から跳ね、空高く舞い上がる。
「ちいっ! 逃がすか! 撃て!」
駆け寄ってきたマジェルナがゴーレムに指示を出す。
『――了解! 左腕ダーツ速射砲!』
ゴーレムが左腕から銀色の矢を連射する。だが列車に穴を穿つだけで、上空に逃げた翼竜には届かなかった。
二匹の極彩色の翼竜は一気に上昇。
そのまま逃げるかと思いきや、くるりと方向転換。
数百メルテ先の賢者の館へと方向を変えた。
「あいつら、賢者の館に向かう気だ!」
マジェルナが叫んだ。
「ググレを襲撃している魔法使いと合流する気だ! 追って!」
「あぁ!」
青髪の魔女がゴーレムの背中に飛び乗る。多脚のゴーレムがガシガシと方向転換し、賢者の館に向かって移動を開始する。
しかしその間に、二匹の翼竜はあっというまに賢者の館へと急降下していった。
◆
「死ねぇえ! 賢者ググレカス!」
マトリョー・シルカスが叫び再び空間から出現。手刀のような刃の魔法で俺をズタズタに切り裂いた。
「うわー」
「ハッハー!? 大したことはねぇな! 賢者ググレカ……」
胸と腹を切り裂き、首に刃を向けたところで攻撃を止めた。
「い、幻術……!?」
流石に気がついたようだ。
俺は庭片隅のベンチに腰掛けて、ハーフダークエルフの一人芝居を見学していた。
空間を歪曲して出現したように視えたが、タネはわかった。濃密な光学迷彩系の魔法術式により光を湾曲。それを鏡のように重ねることで視界から姿を消しているのだ。
原理がわかれば対処もできる。このスキに索敵結界を改良しアップデート。魔力波動の乱れ以外にも、遮断しきれていない赤外線領域、空気の流れ、音などあらゆる情報を総合して空間検知可能とする。
既に眼前に浮かぶ戦術情報表示には赤い輝点が庭で暴れているのが視えている。
「ぐぅ兄ぃさまのシャツがボロボロですが……」
「なぁに構いやしないさ」
「くっそがぁあ!? そこかぁあ!」
ベンチでリオラからお茶を受け取ったところでマトリョー・シルカスが激昂。
斜め前方の庭木に向かってつっこんでいった。額に青筋を浮かべ、マジギレした顔が実に愉快である。
実は初撃で俺に斬りかかった瞬間、勝負は決していた。
賢者のマントにはたっぷりと認識撹乱魔法が仕込んであったのだ。接触したことで奴は術中に囚われた。
「ナメやがって……!」
ガシガシと庭木を斬りつける。柑橘が成る大切な木なのでほどほどで止めてほしい。
「あぁ美味しいお茶だね、リオラ」
「はい」
その時だった。魔導列車の方向から二つの赤い輝点が急接近。一直線に向かってくる。移動速度から空を飛んでいる。
「飛行術か……!」
「賢者サマー! 空から怪鳥がくるのダー!?」
ミリンコが空を指差し叫んだ。
「おおっ!? ド派手な怪鳥が二匹……!」
「またお客さんですか!?」
ぶぉっ! と翼を羽ばたかせながらホバリング。二匹の極彩色の怪鳥が、ゆっくりと敷地の外へ着地する。
「ちっ……」
戦闘出力で展開中の『賢者の結界』、濃密に展開した俺の戦闘領域の内側に不用意に踏み込まなかった。相手は相当の手練れのようだ。
『――マトリョー・シルカス、何を遊んでいる』
「はっ……!? ヴォ、ヴォズネッセンス卿……!」
『――やはり君では相手にならなかったようだね。賢者ググレカスは高みの見物をしていますよ』
『――こちらは三人、相手は一人! やりましょう、ヴォズネッセンス卿!』
もう一匹の怪鳥が翼を閉じ、顔を低くして俺を睨みつけた。
「三対一で勝って嬉しいのカー! この卑怯者ー!」
ミリンコが叫んだ。全くそのとおりだ。
『――ぬ、ぐっ!』
「やれやれ。無粋の極みだな」
俺はベンチから立ち上がり、客人をもてなすことにした。魔導列車の方角からは友軍が向かってきている。せいぜい三分、持ちこたえれば援軍がかけつける。
『――時間はありませんが、少し思い知らせてやるのもいいでしょう』
極彩色の怪鳥が光の粒子を散らしながら人の姿へと戻る。
それは純白のハイエルフの魔法使いだった。
「……貴殿がヴォズネッセンス卿か」
「いかにもだ。偽りの賢者ググレカス」
<つづく>




