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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆9章 海と空と賢者と、新たなる旅路 (英雄達の消失 編)
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 ディカマランの英雄たちの消失

「どうしたんだ、レントミア!?」


 右手に輝く銀の指輪にむかってもう一度呼びかけるが、反応は無い。


 俺は、寝台(ベット)の背もたれに寄りかかったまま、甘えたように身を寄せてうずくまるイオラとリオラの背中をそっと抱いていたのだが、銀の指輪による突然の通信に慌てて身を起こした。


 左右で横になっていた双子の兄妹は、何事かと身を起こし、にわかに緊迫した俺を不安げな面持ちで伺っている。

 二人は俺が魔法のアイテムでプラムやレントミアと通じている事を知っているが、もちろん「声」は俺にしか聞こえない。


「ぐっさん、どうしたの?」

「賢者さま?」


『……賢者、……る』


「通話が遠い! くそ、どうしたんだ?」


 指輪を通じて伝わってくる声は不明瞭で雑音が交じっている。それにこちらからの声は届いていないようだ。向こうの指輪側の魔力糸(マギワイヤー)の出力が弱いのだ。


 音声での通話を諦め、戦術情報表示(タクティクス)制御用魔力糸(マギワイヤー)を指輪に接続する。伝わってくる魔力の波長を音声ではなく、文字に変換し表示する方法に切り替える為だ。


 空中に浮かび上がった戦術情報表示(タクティクス)を、次々と指でなぞる俺の様子を、イオラとリオラは心配そうな顔つきでじっと眺めている。


「せっかく気持ちよくウトウトしていたのに、すまないな」

「俺達は別にいい。それよりそっちに集中しなよ」


 幸せ気分だったところを起こしたことを詫びつつも、そんな気遣いの出来るようになったイオラの成長を少し嬉しく思う。

 そうしている間にも俺は即席で術式を組み上げた。すぐに自動詠唱(オートロード)させてみると、画面に文字が表示され、上手く通話を拾えたようだ。


「よし、これでどうだ?」


『消えたでござる……! 拙者だけが……退避でき』


 ――レントミアじゃない、ルゥローニィ!?


 その口調は間違いなく猫耳の剣士(サーベリア)ルゥローニィのものだった。しかもそれは、俺の問いかけに反応したものではななかった。言葉は一方通行の独白調で語られている。


「こっちの声が聞こえていないのか」


 明らかに何らかの異変が起こっているのだ。

 俺は焦りを感じつつ、辛抱強く指輪を通じて送られてくる文字列を読んでゆく。

 それは断片的で、どうやらレントミアの指輪をルゥが借りるか、あるいは拾って代わりに語りかけているらしかった。

 ルゥローニィ自身は魔力を持っていないので、銀の指輪通信は使えない。


 今伝わってきているルゥの言葉は、緊急通話モードのようなもので銀の指輪に蓄積された魔力を消費しながら辛うじて繋がっているだけにすぎない。

 

『戦闘がはじまって、すぐに異変が――』

『エルゴ殿も、ファリア殿も、レントミア殿も! ……消えてしまっただでござる……』

『拙者だけが……なんとか離脱』


「……消えた、だと?」


 ――そ、そんな、バカな!?


 俺は愕然として眩暈がした。フラフラと立ち上がると、よろめいて壁に頭をゴンとぶつけ、立ち止る。イオラとリオラは「ぐっさん!?」「賢者さま!」と声をかけてくれたが、どうしてよいかわらずに、戸惑っている。


「エルゴ、ファリア……、レントミア、一体……何が」


 拳で部屋の壁をぐいっと押して、自問自答する。

 今までこんな事は無かったはずだ。

 どんな強い相手でも、決して負けなかった真の勇者、エルゴノート・リカル。あいつが持つ宝剣は雷を纏う最強の武器だし、何よりも戦闘の経験が豊富で、イザとなれば知恵が回る男なのだ。数々の修羅場を潜り抜けてきた経験値が、あらゆる危険を察知し回避するのに役立つのだ。

 ファリアだってそうだ。誰があの最強の女戦士を倒せるというんだ? 隣国最強の魔法軍団を率いた四天王、二人を相手にまったくの余裕だったじゃないか。

 レントミアに至っては、炎系の魔法をはじめ、氷系、呪詛系、肉体破壊系、それに結界術に必殺の「円環魔法(サイクロア)」。あらゆる魔法を使いこなす達人だ。

 純粋な魔法勝負なら俺はあのハーフエルフに勝つことは出来ないだろう。


 その三人が同時に、――消えた。だと?


「ありえない! 何かの間違いだ……。あいつらが消えるなんて!」


 だが、間違っても死んだりするような連中では無いのは確かだ。


 図書館での俺のように、閉鎖空間に捕らえられたのだろうか? だとしたらエルゴかレントミアが破れるはずだ。

 あるいは、そうできない別の何かのカラクリがあるのかもしれない。しかもディカマランの三人が揃っていても脱出不能の、何かが。


 俺は呟くと身を翻し、そのまま部屋を出た。

 イオラとリオラにはそこで待っていろ、と言い残す。


 火の気の無い廊下はひんやりとしていて、底冷えがする寒さだ。

 そのまま隣のドアをノックもそこそこに開けて身を滑り込ませる。そこはマニュフェルノが普段使っている侍女用の小部屋だ。


「マニュ! 大変だ――のぅわ!?」

悲鳴(きゃぁ)。早いよ!?」


 マニュフェルノは着替えの最中だったらしく、半裸の下着姿をばっと上着で隠す。髪は昼間のとおり綺麗なままで、艶かしいほどに白い肌が、香油ランプの明かりにほんのり朱を帯びて見えた。


「すっ! すまんっ!」

 慌てて部屋を出ようとする俺を、マニュが待ってと呼び止めた。


「平気。もう、おわるとこ」

「あ、あぁ?」


 俺はしどろもどろとドアの方を回れ右する。しかし、最初に言ったマニュの「早い」とは何がだ?

 と、俺が使っている寝台(ベット)の半分ほどのサイズかしかないマニュの寝台の上に、小さな布キレが何枚か並べておいてあるのに気がついた。

 紫にピンク。そして透けるような薄絹。

 

 ……下着だった。

 

 どれも際どいデザインのヒモで横を結ぶタイプだったり、ヒラヒラのレースがついたようなものだったり、これはただのヒモだろ? と思うものまで様々だ。


「希望。ありますか?」

「きぼっ……希望って?」


 髪を下ろしてメガネを外した新マニュフェルノが、そこだけは以前のままのニヘラっとした笑みを口元に浮かべたまま、下着をちょんっと指さす。


「下着。わたしの勝負下着について」


 マニュフェルノはどうやら「勝負下着」とやらを選んでいる最中らしかった。もう、何との勝負なのか、何と戦って勝つつもりなのかはこの際どうでもいい。


「ななな、何言ってんだ!? って、今はそれどころじゃないんだ! みんなが……エルゴやファリア、そしてレントミアが消えたんだよ!」


 マニュフェルノはそれを聞いて目を細め、急に真面目な顔になり、俺をじっと見つめた。そして何かを決意したかのように唇をきゅっと結ぶ。


我儘(わがまま)。そのお話を聞く前に。ひとつだけ……ググレくんに聞いていい?」

「え、あぁ……いいよ」


「質問。今日、わたし、少しは……普通の女の子になれた、かな?」

「普通の……?」


 俺はその質問の意味を測りかねた。

 生まれ故郷の村で忌み子として幽閉され続け、エルゴノート達に救われてからは冒険に明け暮れる日々を送った僧侶マニュフェルノ。そして今、世界は平和になった。

 俺はようやく、この館での暮らしがマニュにとっての初めての普通の日常なのだと気が付く。


 ランプの淡い光に照らされたマニュの顔は、よく見れば愛嬌のある柔らかいつくりで可愛いのだ。髪はとても綺麗だしメガネをはずした瞳は潤んで見えて、それは普通どころか、もう充分に可愛い「普通の女の子」だ。


 髪形を急に変えてみたり、下着を選んでみたり。妄想の男同士の恋愛にしか興味を示さなかった女僧侶に、いったいどんな心境の変化があったのだろうか?

 けれど、今言える事はひとつだけだ。


 マニュは自信なさげな眼差しで俺の返事を待っている。


「普通どころかそれ以上だよ。……可愛い、と思うぞ」

 

 まったく、いつもは雄弁な口は、こういうときは働かない。

 上手く、伝えられただろうか?


「感謝。それを聞いて安心した。すこし自信がもてた」


 微笑んで、すっとメガネを取り出してかける。そして、


「冒険。いくんだよね? エルゴノートやファリア、みんな、待ってるんでしょ?」

「あ、あぁ!」


 ――と、

 

 俺の指輪の向うからルゥの声が再び響いた。その声はマニュニも聞こえたらしく、はっとして俺の右手に視線を這わす。

 

『この指輪が、通じているか……わからぬでござるが、ググレ殿、もしも聞こえていたら……拙者に……ぐす……』


「お、おいルゥローニィ?」

「猫耳。ルゥちゃん?」


『にゃ……拙者、どうすればよいか……わからんでござる……にゃぁああ』


 ルゥが、いつもは凛々しい顔の剣士が、指輪の向うで泣きはじめた。


「はは、こりゃぁ、急いでいかなきゃダメそうだな」

「同感。準備しようか」


 俺達は肩をすくめて、互いに顔を見合わせた。


<つづく>


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