魔導列車の襲撃者とマジェルナ軍団
◇
ググレは気づいてる?
この巨大な結界が「普通じゃない」ことに。
「魔力の循環が妙だ」
レントミアは妙な違和感を感じていた。
上位クラスの魔法使いとなれば、自らの戦いに有利な結界、戦闘領域を形成する。
例えばプルゥーシアの神域極光衆の魔法使いたちが使った、『輝石監獄』や『焦熱煉獄』といったものだ。
それらは敵を領域内に閉じ込め、術者の魔法の能力を最大限に引き出し圧倒する。
だが、この結界はそういった攻撃的な気配がない。ここから仕掛けてくるのか。あるいはこの結界は何らかの効果を既に発揮しているのだろうか。
いずれにせよ、今まで感じたことのない違和感。魔力の……言い換えれば『魔素』そのものの循環がおかしいのだ。
魔導列車と賢者の館を覆うように展開されたドーム状の結界。そして賢者の館から感じた魔力波動の乱れ。既に賢者ググレカスが接敵し、戦っている。
眼前に浮かぶ『戦術情報表示・簡易版』には周囲のマップが表示されている。味方を示す青い輝点が魔導列車に集中、一つの赤い輝点が賢者の館に忽然と出現。すぐさまググレカスとの戦闘状態に入った。
「そっちはググレにまかせるね」
館をわざと手薄にしたとはいえ、簡単に敵に後れを取るとは思えない。
しかし油断しているように見せかけて、本当に油断している。それがググレカスの危ういところなのだけど……。
レントミアは魔力糸を束ね『円環の錫杖』を実体化、感触を確かめる。
杖の先端、環になった部分に対象となる魔法をくぐらせることで、威力を倍増させる『円環魔法』。レントミアだけに発現した固有魔法。杖がなくても使うことは可能だが、安定的にかつ連続して使うためには杖があったほうがいい。
「さて、敵の狙いは……君かな?」
レントミアがいる客室の奥は、貨物室になっている。そこには捕虜となった魔法使い、スホイ・ベールクルが監禁されていた。
魔法聖者連序列、第4位の空飛ぶハーフエルフ。飛行型ゴーレムを操っていたが、飛行系の魔法を使う術者であることが判明した。自らが鳥のように空を舞い、あるいは人物などを対象に浮力を与える魔法使い。
巨大な結界で広範囲を覆った意味はなんだろう。単なる威力偵察、メタノシュタット側の魔法戦力の排除が目的なら、容赦なく射程外から火炎魔法なり爆裂魔法を叩き込めばいい。
ググレカスへの攻撃は陽動で、足止めすることが目的かもしれない。
そう仮定すると、襲撃者の真の目的は、仲間の救出と考えるのが妥当だろう。
つまりここを狙ってくる。
ならば、僕はここに陣を張る。
レントミアは杖の先で壁や床を突き、いくつかの魔法術式を流し込んだ。狭い列車内で効果的に相手を倒せるトラップを。
魔導列車の車窓から外を眺めると、既にマジェルナや配下の魔法使い、魔女たちが警戒態勢に入っていた。メタノシュタットから魔導列車に乗ってきた精鋭部隊――魔法特務戦隊スパイシスの面々だ。軍属の魔法使い、戦闘系の魔法に特化した中位、上位クラスが五名。
それを束ねるのがスヌーヴェル姫殿下の近衛魔女、マジェルナだ。
「ナメやがって。術者を探し出せ!」
純白のマントをラフに羽織った青髪のマジェルナが指示を下す。
「はっ……!」
手下の一人、白髪で大柄な魔法使い、ジールキントだ。両手を突き出すと手のひらに目玉のような魔法円が浮かび上がった。目をつぶり集中、気配を探っている。
賢者ググレカスやレントミアが使う『索敵結界』とは違う原理の魔法。
おそらくは空間内位相検知。時間差で同じ空間を索敵し、違和感を検知する魔法術式だろう。
見えざる敵、認識撹乱魔法や幻惑、光学迷彩系で姿を隠す相手。ステルス系の魔法術式破りだ。
それはつまり対・賢者ググレカス用の戦闘術式でもある。
魔法特務戦隊スパイシスの秘められた目的は、賢者ググレカスを圧倒、制圧することにあるとレントミアは察していた。想定しうる最悪の敵としてあれほど対処しにくい相手は居ないだろう。故にあらゆる戦いかたを日々研究しているのだ。
裏を返せばそれがメタノシュタットの魔法使いたちの練度向上に繋がっている。
「いました! 対象一名、男、前方2時の方向、三十メルテ。移動速度は徒歩、なおも接近、魔導列車、右前方より三両目にむかっています」
ジールキントが侵入者を検知したようだ。
指し示すエリアには何も見えない。荷馬車が二台、地面は背の低い草に覆われているが、人が動いている気配もない。何らかの方法で姿を消し、悠々と近づいてきているのだ。
マジェルナが人差し指と中指を動かして、仲間たちに無言で指示を出す。
若いハーフエルフの魔女、ミルキアリが魔法力を励起。ジールキントが指し示した位置の更に向こう側、真後ろに魔法円を出現させた。
光の矢が放たれ地面を穿つ。
ドッ! と爆発が起きたところへ二射目が更に炸裂する。
――速い! しかも後ろから二発!
レントミアは思わず目をみはる。車窓に顔を近づけ、思わず息を飲んだ。
通常、魔法は術者を中心にしか励起できない。しかし彼女は遠く離れた位置に魔法円を出現させ、そこから攻撃魔法を放った。あれでは相手は不意を突かれる。真後ろから攻撃されるなど思ってもいないのだから。一定エリア内の自由位置から光の矢による攻撃を受けるとなれば、全方位に結界を張り続けなければ防げない。
「やったか!?」
「いいえ、手応えがありませんでした」
魔女ミルキアリが上空三箇所に射出点となる魔法円を励起する。
「目標、喪失……! 再捜索! どこだ……?」
何故か白髪の魔法使い、ジールキントが焦りはじめた。避けたにせよ、逃げたにせよ、痕跡を残さずに消えたとしか思えない。
「くそ! 索敵範囲を広げろ。この結界を展開している術者は外側にいるはずだ! そいつを見つけ出し、叩き潰すほうが先だ」
おそらく、この謎の結界が発見を困難にしている。
侵入を容易に、襲撃を支援するための結界なのだ。マジェルナの指示は射を得ているだろう。しかし、侵入者はどこへいったのだろう。
レントミアも既に索敵結界を展開している。
ググレカスと同じ魔力糸放射、魔力の波動を同心円状の糸のように展開し、僅かなゆらぎで敵をみつける方式だ。物理、魔力、霊力、幅広い次元のエネルギーを検知できる。
と、静かな波が感じられた。
まるで魔力糸の波を受け流すような、静かな動き。
普通なら検知できない。わずかなゆらぎ。
「――列車内に……!?」
はっとしてレントミアが素早く視線を動かす。
「君たちはなかなかどうして、優秀なようだ」
声がした。
列車の廊下の向こう側。二両目の入り口に。
警戒していたはずの兵士たちが倒れていた。一瞬で気を失っている。
いや、それだけじゃない。
外に居た魔法使いたちにも異変が起こりつつあった。
「な、なにぃ!? 」
「魔法の攻撃だ……!」
「何だ!? どこから攻撃されているッ!?」
マジェルナだけは耐えているが、部下たちが次々と膝を折り倒れてゆく。
「君の仕業? ハイエルフの魔法使い」
「そうだとも雑種。私の名はヴォズネッセンス。無論、魔法の通名だが」
雪のような白い肌。細面の顔を覆う長い銀糸のような髪。鋭い眼光を放つ青い瞳。
稀有な純血種のハイエルフ。アルベーリーナ先生とは正反対、純白のハイエルフ。
赤いスリットのような、薄い唇が不穏につりあがる。
レントミアは何かを言おうとして気がついた。
口がこわばっている。
恐怖?
自分を圧倒する存在。底知れぬ魔力、威圧感。アルベーリーナ先生に出会ったとき、いやそれ以上だ。
「こ、ここは通さない」
「無駄なこと。抵抗さえできまい。賢い君ならば理解できるだろう。……次元違うんだよ。古の魔法の真髄を知る私と、君たちではね」
ぐらりと視界が揺らぐ。
魔法の術式が発動しない。仕掛けていたはずのトラップも無効化され……た。何の魔法だ? どういう攻撃かさえ理解でき……。
いや、ちがう……これは魔法じゃない。
――そうか……!
ググレに……知らせなきゃ……こいつの……能力は……
「危害は加えない。仲間を返してもらうだけだからね。出来は悪くても大切な仲間なのさ」
<つづく>