表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1428/1480

白昼堂々の襲来、誘いに乗って

「賢者ググレカス、もしかして索敵結界(サーティクル)を弱めていたのですか?」

「少々気を抜いていたのさ」


 突然の来客により短い休息は終わりを告げた。


「進ませるわけには参りません」

「ここを何処だと思っているのダー?」

 リオラが毅然と言い放ち庭先で行く手を阻む。ミリンコも同じく立ちはだかっている。


「邪魔だぁ小娘ども、お前らに用はねぇ! グッグレカァス、用があるのはてめぇだ!」


「やれやれ、ご指名のようだ」

 物騒なことを叫ぶ客が来た。とはいえメティウスが言い当てたとおり、警戒を緩めた振りをして待っていた、というのが正直なところだ。

 今の賢者の館は手薄。特別な警備も置かず、敵対勢力にしてみれば、つい手を出したくなるだろう。

 来ないに越したことはないのだが、来てしまった以上は仕方ない。

 こうも簡単にエサに食いつくとは……。


 賢者の館には俺とメティウスとリオラ、ミリンコしか残っていない。

 マニュフェルノと子供達、プラムとヘムペローザ、それにラーナと弟のラーズ、スピアルノも含め全員がアークテイルズの城に行っている。ファリアとの久方ぶりの再会を美味しいアフタヌーンティーとともに楽しんでいる頃合いだ。

 相棒のレントミアも館にはいない。百メルテ離れた位置に停車中の魔導列車に赴き、他の魔法使いたちとともに防御陣地を展開しているからだ。


 俺はリビングダイニングを飛び出した。壁に掛けていた賢者のマントを手にとって肩に羽織り、足早に館の玄関へと向かう。

 不審者に対し、リオラとミリンコが対応しているが無理は禁物だ。


「ぐぅ兄ぃさま!」

「変なの来たですヨー!」

 玄関扉を押し開けて外へと出ると、二人が叫んだ。

 リオラもミリンコも相手と適度な距離を保ちつつ、足止めをしてくれていた。相手はハーフ・ダークエルフの魔法使い。殺気を隠すこともなく、何をしでかすかわからない。


「ふたりとも下がりなさい」

 リオラとミリンコは頷くと同時に地面を蹴った。

 相手から視線を逸らさずにバックジャンプし、俺の左右へと立ち並ぶ。


「突然あの人が現れて。気配なんて全然しませんでした」

 リオラが視線を鋭くし身構えている。栗毛がさらりと頬にかかる。

「ミリンコも、リオラでさえも気づかなかった?」

「足音しなかっター」

「はい。ミリンコと洗濯物を干していましたが、近づいてくるところは見ていません。鉄門扉の内側に急に……」


「わかった」

 認識撹乱魔法(イマジンジャマー)だろうか。俺が得意とする魔法と同系列、あるいは幻術魔法(イリジュニア)など別の原理かもしれないが。要警戒だ。


「よく訓練されたメイドだなぁ! 身のこなしといい、間合いといい、戦闘メイドというやつかぁ? 呪詛を仕込んでやろうと思ったが、仕込み損なったぜ」


 相手は、リオラの研ぎ澄まされた感覚と身のこなしに感心したふうだった。不用意に近づかず、対応できる間合いを保っていたのだ。

 だが奴の言葉は、寝ぼけ気味だった俺を本気にさせるには十分だった。

「うちの子らに手出しは無用、警告しておく」

 リオラやミリンコに手を出したら、ただでは済まさない。もっとも、既にただで済ますつもりはないが。


「心配すんな、オレさまはお前と違って正々堂々、戦って殺す!」

「ところでどちら様かな? 招いた覚えはないし、戦う理由も無いのだがね」

 小さく肩をすくめてみせる。


「オレ様の名はマトリョー・シルカス! お前になくても、俺には用があるんだよ」

 自らを親指で指しながら名乗りをあげた。

 浅黒い肌のハーフダークエルフの鋭い眼光、自信に満ちた面構え。ふてぶてしく尊大な態度といい、若く見えるが年齢は見た目どおりではないだろう。


「なるほど、貴公がマトリョー・シルカス殿か。プルゥーシア王宮魔法使い総長代理、でしたかな」


 そして、魔法聖者連(セントモレア)序列、第3位。

 ついに最上位クラスのお目見えか。こんな口の悪い下品な男が宮廷魔法使いの代表代理とは。


「はぁん? なかなかに博識だな。流石はなんちゃって賢者のグッグレカッスといったところかぁ?」

「お褒めに預かり光栄だ、お客人」

「というわけで、俺はお前を殺すには、十分な理由があるんだよ」

 びし、と指差すシルカス。

「さぁ何の事だか」

「とぼけんなクソメガネ! ここへ来る途中、スホイ・ベールクルトを落としやがった! それにボキュートのじいさんもだ! てめぇにゃ仲間をやられた恨みがあんだよ」


 俺はあごを指先でなでながら、

「さぁて、存じ上げませんな? スホイ……誰だったかな。プルゥーシアの魔法使いは倒しすぎて、いちいち覚えていないものでね」


「ッ! てめぇえええッ!」

 案の定、目を血走らせてブチ切れた。

 両手をバッ! とこちらに向けるや否や呪詛を放った。青黒く渦を巻く蛇のような呪詛だ。魔法防御を持たない人間なら即死しかねない程の、凶悪な代物なのは即座にわかった。


「話し合う暇も無しか」

「うっさい、死ね!」

 俺はさして動かず、賢者の結界を戦闘出力で展開。目の前で呪詛が激突し、青白い光がスパークする。

 呪詛の奔流を受け止めつつ解呪(ディスペル)。飛び散った呪詛の破片がリオラやミリンコに影響を及ぼさぬよう、分解した呪詛の魔力の流れを制御。結界の表層を滑らせて地面へとアースしてみせる。


 呪詛術式の解析、解呪、分解、魔力の流動制御。これらを瞬きほどの間にして見せたわけだが、並みの魔法使いなら顔色を変える芸当だ。

「ちっ……!」

 マトリョー・シルカスの顔から余裕の色が消えた。


 今の戦いに刺激され、庭先で遊んでいた館スライムたちが蠢き始めた。ぽよぽよと揺れながら這いずり、思わぬ魔力(エサ)に喜んでいる。


「危ないな、殺す気か」

「最初からそう言ってんだよ!」


 戦いは始まっている。

 魔法使い同士の魔法の撃ち合い。真正面からストレートに来るとは微笑ましい。血気盛んな手合いは久方ぶりだ。


 だが、何のつもりだ?

 真正面からやりあって勝てると思っているのか。いや、時間稼ぎ……か?

 空を覆う薄紫の結界、そして謎の魔素密度の上昇。別の術者が何かを仕掛けようとしている。目の前で大口を叩いているこいつは、俺の足止めが目的か。


「リオラとミリンコは後ろへ。メティは二人と一緒に」

「おひとりで大丈夫ですの?」


「周囲を警戒してほしい。俺はヤツに集中する」

 天を覆うように展開された半球形ドーム状の結界。薄紫色に変じた空と風景が、外部との通信手段を途絶させる結界なのは明らかだった。

 妖精メティウスが困惑の色を浮かべた通り、魔法の通信が阻害されている。戦術情報表示(タクティクス)には、仲間たちの位置を示す輝点(ブリッツ)が点々としているが、直径三百メルテ外側のメンバーの位置が消えている。

 つまり隔離されているのだ。

「承知いたしましたわ」


「もう一人の術者は、レントミアたちが何とかするさ」

 リオラとミリンコ、妖精メティウスに個別に賢者の結界を委譲する。瞬時にそれぞれ5層ずつ重ね、魔力による影響への阻止しておく。


「さて」

 索敵結界(サーティクル)を戦闘モードで展開。

 相手の出方を窺うため、受動的(パッシブ)な状態で待機。すると戦術情報表示(タクティクス)が警告を次々と発し始めた。


 ――未知の属性を有する魔素(マナ)を検出、濃度上昇中。

 ――呪詛系の術式による攻撃を確認。防御結界表層面にて中和、第二層まで浸食。

 相手は邪眼じみた呪詛を叩きつけている。しかし攻撃は単調、特筆すべきものではない。だが「未知の属性を有する魔素(マナ)」が気にかかる。目の前のマトリョー・シルカスが放出しているわけではない。巨大な隔離結界を現出させている術者の仕業のようだ。しかし謎の魔素(マナ)を解析している時間は無さそうだ。


「噂どおり、固ぇ結界だな」

「挨拶代わりにしても芸がないな」


 十六層重ねた賢者の結界の表面では、文字通り火花が散っている。見えざる攻撃の正体は、麻痺性の呪詛毒。

 無防備なら数秒で呼吸困難、全身の筋肉が麻痺しかねない。

 もっとも、この程度は涼風に等しいが。


「あらゆる種類の呪詛が効かねぇ……だと? 宮廷で鍛えた暗殺術が、こうも簡単にはね返されるたぁな」

 半ば呆れたように呟いた。

「プルゥーシアの王宮では暮らしたくないな」

「軽口を叩けるのはここまでだ。……本気でいくぜ」

 ユラリ、とマトリョー・シルカスが妙な動きを見せた。

 俺の魔法の目では、ヤツが別の戦闘用の術式を展開しつつあるのが見えていた。体表に張り付くタトゥのような、うごめく不定形の魔法円の一種だ。


「ぐぅ兄ぃさま、気をつけて!」

 リオラが叫んだ次の瞬間、マトリョー・シルカスが消えた。


 索敵結界(サーティクル)、ロスト――!?

 赤い輝点が不意に消失した。


「――なにっ!?」

 俺は咄嗟に、肩に羽織っていた紺色の賢者のマントを脱ぎ捨てた。マントに術式を流し込み、その場から跳ねる。

 脚に展開した魔力強化外装(マギノティクス)の反発力で三メルテを跳躍。

 着地した次の瞬間、賢者のマントがズタズタに切り裂かれた。そしてマトリョー・シルカスが陽炎のような残光とともに、その場に姿を再び現した。


「っくそが!? かわしやがったか――!」

 ズシャァア、と片膝で勢いを殺しながら停止するハーフ・ダークエルフは、口惜しそうに地面を殴り付けた。


「なるほど、高位の幻惑魔法か」


「気づきやがったのは流石だぜぇ。この初見殺し(・・・・)を避けやがるぁたな!」

 マトリョー・シルカスが両手の拳に、渦巻く魔法を励起しながらゆっくりと立ち上がった。

 賢者のマントの残骸を踏みつけて、嗤う。


「マントを囮にしやがったか。直前まで見抜けなかったぜ……。噂に聞く、賢者の認識撹乱魔法ってやつか」

「まぁな。今の攻撃は少々、冷や汗をかいたよ」

 こちらも称賛で応える。


「オレ様の秘術、空間歪曲マトリョーシカ! 今まで避けられたやつぁ一人しかいねぇ」

 俺が二人目か、嬉しくはないが。

「もう一人とは?」

「序列一位、ヴォズネッセンス……! あいつは今、魔導列車を絶賛襲撃中……! 何人いようが、勝てるやつぁいねぇさ」

 自信に満ち溢れた表情で拳を打ち鳴らす。青黒い火花が散り、地面が焼け爛れた。

 館スライムたちが慌てて逃げ出してゆく。


「なに……!」

 やはりもう一人来ていたか。しかも魔法聖者連(セントモレア)序列の最高位が。


 ――油断するなよレントミア、マジェルナ。


<つづく>


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 賢者の館を襲撃したのは魔法聖者連序列、第3位のマトリョー・シルカスでした。では隔絶結界を張っているのは誰なのか!? てっきり魔法聖者連の総がかりでググレカスを始末しに来たと思っていたのです…
[良い点] >浅黒い肌のハーフダークエルフの鋭い眼光、自信に満ちた面構え。ふてぶてしく尊大な態度といい、若く見えるが年齢は見た目どおりではないだろう。 「なるほど、貴公がマトリョー・シルカス殿か。ス…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ