白昼堂々の襲来、誘いに乗って
「賢者ググレカス、もしかして索敵結界を弱めていたのですか?」
「少々気を抜いていたのさ」
突然の来客により短い休息は終わりを告げた。
「進ませるわけには参りません」
「ここを何処だと思っているのダー?」
リオラが毅然と言い放ち庭先で行く手を阻む。ミリンコも同じく立ちはだかっている。
「邪魔だぁ小娘ども、お前らに用はねぇ! グッグレカァス、用があるのはてめぇだ!」
「やれやれ、ご指名のようだ」
物騒なことを叫ぶ客が来た。とはいえメティウスが言い当てたとおり、警戒を緩めた振りをして待っていた、というのが正直なところだ。
今の賢者の館は手薄。特別な警備も置かず、敵対勢力にしてみれば、つい手を出したくなるだろう。
来ないに越したことはないのだが、来てしまった以上は仕方ない。
こうも簡単にエサに食いつくとは……。
賢者の館には俺とメティウスとリオラ、ミリンコしか残っていない。
マニュフェルノと子供達、プラムとヘムペローザ、それにラーナと弟のラーズ、スピアルノも含め全員がアークテイルズの城に行っている。ファリアとの久方ぶりの再会を美味しいアフタヌーンティーとともに楽しんでいる頃合いだ。
相棒のレントミアも館にはいない。百メルテ離れた位置に停車中の魔導列車に赴き、他の魔法使いたちとともに防御陣地を展開しているからだ。
俺はリビングダイニングを飛び出した。壁に掛けていた賢者のマントを手にとって肩に羽織り、足早に館の玄関へと向かう。
不審者に対し、リオラとミリンコが対応しているが無理は禁物だ。
「ぐぅ兄ぃさま!」
「変なの来たですヨー!」
玄関扉を押し開けて外へと出ると、二人が叫んだ。
リオラもミリンコも相手と適度な距離を保ちつつ、足止めをしてくれていた。相手はハーフ・ダークエルフの魔法使い。殺気を隠すこともなく、何をしでかすかわからない。
「ふたりとも下がりなさい」
リオラとミリンコは頷くと同時に地面を蹴った。
相手から視線を逸らさずにバックジャンプし、俺の左右へと立ち並ぶ。
「突然あの人が現れて。気配なんて全然しませんでした」
リオラが視線を鋭くし身構えている。栗毛がさらりと頬にかかる。
「ミリンコも、リオラでさえも気づかなかった?」
「足音しなかっター」
「はい。ミリンコと洗濯物を干していましたが、近づいてくるところは見ていません。鉄門扉の内側に急に……」
「わかった」
認識撹乱魔法だろうか。俺が得意とする魔法と同系列、あるいは幻術魔法など別の原理かもしれないが。要警戒だ。
「よく訓練されたメイドだなぁ! 身のこなしといい、間合いといい、戦闘メイドというやつかぁ? 呪詛を仕込んでやろうと思ったが、仕込み損なったぜ」
相手は、リオラの研ぎ澄まされた感覚と身のこなしに感心したふうだった。不用意に近づかず、対応できる間合いを保っていたのだ。
だが奴の言葉は、寝ぼけ気味だった俺を本気にさせるには十分だった。
「うちの子らに手出しは無用、警告しておく」
リオラやミリンコに手を出したら、ただでは済まさない。もっとも、既にただで済ますつもりはないが。
「心配すんな、オレさまはお前と違って正々堂々、戦って殺す!」
「ところでどちら様かな? 招いた覚えはないし、戦う理由も無いのだがね」
小さく肩をすくめてみせる。
「オレ様の名はマトリョー・シルカス! お前になくても、俺には用があるんだよ」
自らを親指で指しながら名乗りをあげた。
浅黒い肌のハーフダークエルフの鋭い眼光、自信に満ちた面構え。ふてぶてしく尊大な態度といい、若く見えるが年齢は見た目どおりではないだろう。
「なるほど、貴公がマトリョー・シルカス殿か。プルゥーシア王宮魔法使い総長代理、でしたかな」
そして、魔法聖者連序列、第3位。
ついに最上位クラスのお目見えか。こんな口の悪い下品な男が宮廷魔法使いの代表代理とは。
「はぁん? なかなかに博識だな。流石はなんちゃって賢者のグッグレカッスといったところかぁ?」
「お褒めに預かり光栄だ、お客人」
「というわけで、俺はお前を殺すには、十分な理由があるんだよ」
びし、と指差すシルカス。
「さぁ何の事だか」
「とぼけんなクソメガネ! ここへ来る途中、スホイ・ベールクルトを落としやがった! それにボキュートのじいさんもだ! てめぇにゃ仲間をやられた恨みがあんだよ」
俺はあごを指先でなでながら、
「さぁて、存じ上げませんな? スホイ……誰だったかな。プルゥーシアの魔法使いは倒しすぎて、いちいち覚えていないものでね」
「ッ! てめぇえええッ!」
案の定、目を血走らせてブチ切れた。
両手をバッ! とこちらに向けるや否や呪詛を放った。青黒く渦を巻く蛇のような呪詛だ。魔法防御を持たない人間なら即死しかねない程の、凶悪な代物なのは即座にわかった。
「話し合う暇も無しか」
「うっさい、死ね!」
俺はさして動かず、賢者の結界を戦闘出力で展開。目の前で呪詛が激突し、青白い光がスパークする。
呪詛の奔流を受け止めつつ解呪。飛び散った呪詛の破片がリオラやミリンコに影響を及ぼさぬよう、分解した呪詛の魔力の流れを制御。結界の表層を滑らせて地面へとアースしてみせる。
呪詛術式の解析、解呪、分解、魔力の流動制御。これらを瞬きほどの間にして見せたわけだが、並みの魔法使いなら顔色を変える芸当だ。
「ちっ……!」
マトリョー・シルカスの顔から余裕の色が消えた。
今の戦いに刺激され、庭先で遊んでいた館スライムたちが蠢き始めた。ぽよぽよと揺れながら這いずり、思わぬ魔力に喜んでいる。
「危ないな、殺す気か」
「最初からそう言ってんだよ!」
戦いは始まっている。
魔法使い同士の魔法の撃ち合い。真正面からストレートに来るとは微笑ましい。血気盛んな手合いは久方ぶりだ。
だが、何のつもりだ?
真正面からやりあって勝てると思っているのか。いや、時間稼ぎ……か?
空を覆う薄紫の結界、そして謎の魔素密度の上昇。別の術者が何かを仕掛けようとしている。目の前で大口を叩いているこいつは、俺の足止めが目的か。
「リオラとミリンコは後ろへ。メティは二人と一緒に」
「おひとりで大丈夫ですの?」
「周囲を警戒してほしい。俺はヤツに集中する」
天を覆うように展開された半球形ドーム状の結界。薄紫色に変じた空と風景が、外部との通信手段を途絶させる結界なのは明らかだった。
妖精メティウスが困惑の色を浮かべた通り、魔法の通信が阻害されている。戦術情報表示には、仲間たちの位置を示す輝点が点々としているが、直径三百メルテ外側のメンバーの位置が消えている。
つまり隔離されているのだ。
「承知いたしましたわ」
「もう一人の術者は、レントミアたちが何とかするさ」
リオラとミリンコ、妖精メティウスに個別に賢者の結界を委譲する。瞬時にそれぞれ5層ずつ重ね、魔力による影響への阻止しておく。
「さて」
索敵結界を戦闘モードで展開。
相手の出方を窺うため、受動的な状態で待機。すると戦術情報表示が警告を次々と発し始めた。
――未知の属性を有する魔素を検出、濃度上昇中。
――呪詛系の術式による攻撃を確認。防御結界表層面にて中和、第二層まで浸食。
相手は邪眼じみた呪詛を叩きつけている。しかし攻撃は単調、特筆すべきものではない。だが「未知の属性を有する魔素」が気にかかる。目の前のマトリョー・シルカスが放出しているわけではない。巨大な隔離結界を現出させている術者の仕業のようだ。しかし謎の魔素を解析している時間は無さそうだ。
「噂どおり、固ぇ結界だな」
「挨拶代わりにしても芸がないな」
十六層重ねた賢者の結界の表面では、文字通り火花が散っている。見えざる攻撃の正体は、麻痺性の呪詛毒。
無防備なら数秒で呼吸困難、全身の筋肉が麻痺しかねない。
もっとも、この程度は涼風に等しいが。
「あらゆる種類の呪詛が効かねぇ……だと? 宮廷で鍛えた暗殺術が、こうも簡単にはね返されるたぁな」
半ば呆れたように呟いた。
「プルゥーシアの王宮では暮らしたくないな」
「軽口を叩けるのはここまでだ。……本気でいくぜ」
ユラリ、とマトリョー・シルカスが妙な動きを見せた。
俺の魔法の目では、ヤツが別の戦闘用の術式を展開しつつあるのが見えていた。体表に張り付くタトゥのような、うごめく不定形の魔法円の一種だ。
「ぐぅ兄ぃさま、気をつけて!」
リオラが叫んだ次の瞬間、マトリョー・シルカスが消えた。
索敵結界、ロスト――!?
赤い輝点が不意に消失した。
「――なにっ!?」
俺は咄嗟に、肩に羽織っていた紺色の賢者のマントを脱ぎ捨てた。マントに術式を流し込み、その場から跳ねる。
脚に展開した魔力強化外装の反発力で三メルテを跳躍。
着地した次の瞬間、賢者のマントがズタズタに切り裂かれた。そしてマトリョー・シルカスが陽炎のような残光とともに、その場に姿を再び現した。
「っくそが!? かわしやがったか――!」
ズシャァア、と片膝で勢いを殺しながら停止するハーフ・ダークエルフは、口惜しそうに地面を殴り付けた。
「なるほど、高位の幻惑魔法か」
「気づきやがったのは流石だぜぇ。この初見殺しを避けやがるぁたな!」
マトリョー・シルカスが両手の拳に、渦巻く魔法を励起しながらゆっくりと立ち上がった。
賢者のマントの残骸を踏みつけて、嗤う。
「マントを囮にしやがったか。直前まで見抜けなかったぜ……。噂に聞く、賢者の認識撹乱魔法ってやつか」
「まぁな。今の攻撃は少々、冷や汗をかいたよ」
こちらも称賛で応える。
「オレ様の秘術、空間歪曲マトリョーシカ! 今まで避けられたやつぁ一人しかいねぇ」
俺が二人目か、嬉しくはないが。
「もう一人とは?」
「序列一位、ヴォズネッセンス……! あいつは今、魔導列車を絶賛襲撃中……! 何人いようが、勝てるやつぁいねぇさ」
自信に満ち溢れた表情で拳を打ち鳴らす。青黒い火花が散り、地面が焼け爛れた。
館スライムたちが慌てて逃げ出してゆく。
「なに……!」
やはりもう一人来ていたか。しかも魔法聖者連序列の最高位が。
――油断するなよレントミア、マジェルナ。
<つづく>




