戦力の逐次投入は愚策らしい
◇
空は雲ひとつない晴天。爽やかな風が、ルーデンスの森の香気を運んでくる。
のんびりとした森と牧場のリゾート気分を味わいたいところだが、ルーデンス自治州へ到着してからというものの、目の回るような忙しさに追われていた。
旧ルーデンス王家への表敬訪問にはじまり、ルーデンス州政府関係者との会議、駐在武官たちによる現地最新情勢の説明と、立て続けに会議会議……。
今回は単なる二国間の会談ではない。長年の懸案だった北の大国プルゥーシアとの国境線の確定という、互いの覇権をかけた前哨戦なのだ。王国の本気の意気込みが伝わってくる。
緊迫の度合いに輪をかけたのは道中の襲撃だ。空飛ぶゴーレムによる奇襲は、メタノシュタット側の軍事的な緊張の度合いを高めた。
――やれやれ、まるで開戦前夜だな。
しかし、奇襲攻撃の口実を与えたのはメタノシュタット側だった。
というのもスヌーヴェル姫殿下直属の戦闘部隊――中央即応特殊作戦群の一個旅団が、渦中の国境線未確定領域、『七色砦』岩塊付近に電撃的に展開したのだという。
当然、プルゥーシア側も国境警備軍が展開しており、一触即発のにらみ合いになっていた。
最新鋭のゴーレムを有する魔導機甲部隊を展開したことで、完全な膠着状態へと陥っているという。
そこで緊張が続く密林の上空を飛び越え、背後への一撃。相手の交渉団に一撃を加えてやろう……と考えたのだろう。
だが彼らのもくろみは失敗に終わった。
虎の子のステルス型飛行ゴーレムは墜落。メタノシュタット王国軍が残骸を回収、ハーフエルフのパイロットは捕虜として魔導列車に囚われる結果となった。
これにより情勢はこちらに有利に傾いた、ともいえなくもない。
いずれにせよ概ね状況は把握できた。検索魔法で読み解いていた軍事情報と併せて、状況を理解するには十分だった。
軍事力と魔法力、国家の威信をかけた暗闘が既にはじまっている。熾烈な鍔迫り合いが行われている表舞台では、着飾ったエリート官僚たちが笑顔で交渉のテーブルにつく。
国家同士の交渉とはこういうものなのだろう。
動員された魔法使いチームとしては、交渉の間「睨み合い」だけで済んでくれたら御の字だが……。
「はぁ、会議ばかりで疲れたよ」
分刻みのスケジュールに追われ、流石にぐったりだ。
ルーデンスの首都アークティルズ近郊。草地に着陸した「賢者の館」にて遅めの昼食を取る。
リオラとミリンコが、のんびりと庭で洗濯物を干している光景を眺めながら、サンドイッチを頬張る。
「あら、お疲れですわね、賢者ググレカス」
光の粉を散らし妖精がふわりと肩に腰掛けた。
妖精メティウスはここへ来る途中の空中戦で疲弊し、本の中でしばらく休息していた。
飛行型ゴーレムとの戦闘において、妖精メティウスに負荷をかけすぎた。ワイン樽ゴーレムの制御や、敵の飛行経路の予測など、多大な情報処理を任せてしまった。
「俺は大丈夫さ。それよりメティ、君のほうが心配だ」
「あら、嬉しいお心遣いですわ。ですが私はおかげさまで。このとおり」
半透明の羽も金色の髪も艶やかだ。
「よかった。やはり俺は君がいないとダメみたいだ」
「それ、ダメ男のセリフみたいですわよ」
「うっ……」
王政府関係者の面倒な説明を聞いていると眠くなる。有能な秘書のメティがいれば、寝ぼけていても話を聞いてくれるのだが……。うむ、確かにダメ男っぽいな。
「皆様はお城へとお出かけですか?」
静かな館のなかを見回して、妖精がテーブルへと飛び移った。
「あ、あぁ。マニュフェルノはポーチュラとミントを連れて、アークテイルズ城へ。表敬訪問という名のお茶会さ。プルゥーシア側の奥方様も来るというが、友好親善は大切な役回りさ」
城からは護衛付きの馬車が迎えに来た。それは若くてピチピチした婿をもらったばかりのファリア姫からの招きだった。
情勢が複雑なだけに少々心配だが、アークテイルズ城は警備も厳重だ。流石にプルゥーシア側も明日の会議の場となる城で、しかもお茶会の場で仕掛けては来るまい。
お茶会を攻撃したところで、交渉がプルゥーシアに有利に働く事も無いだろうし。
「お城のお茶会ですか……。少し心配ですわね」
「プラムとヘムペロも一緒なんだ。心配はないさ」
対魔法の戦闘スキルを持つに至ったプラム。それにいっぱしの魔女に成長したヘムペローザも一緒いるのだ。
それにマニュフェルノもキレたら最後。禁忌レベルの腐朽の魔力を使う「魔女」であることを忘れてはならない。
「いえ、賢者ググレカスがお屋敷に残っているほうが心配で」
「ぬ……?」
「敵に狙ってくれと言わんばかりの布陣かと思いまして」
「うーむ……言われてみれば」
皆がファリアと会うのは久しぶりと楽しみにしていたが、俺は持ち場を離れられない。
賢者の館のすぐそばに停車している魔導列車の護衛任務。車内には交渉団のお偉かたが留まっているからだ。
交渉は明日の朝。今夜一晩、護りぬけばよい。
「魔導列車には捕虜もいる。スホイ・ベールクルトとかいうハーフエルフの魔法使いだ」
「そうですわよね。手札になると思っているのかしら? お仲間が奪いに来ないとも限りませんわ」
「うむ……。列車には近衛魔女のマジェルナと、レントミアがいる。それに手練れの上位クラスの魔法使いと魔女もいる。そう簡単に手出しはできないと思うがな」
「となると……手薄なのはここではございませんこと」
「嫌なことを言うね」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
だが、妖精メティウスの杞憂はもっともだ。
俺は庭に視線を向けた。
心地の良い日差しを浴びて洗濯物が揺れている。
風が少し強くなり、リオラと亜人の娘ミリンコの髪をなびかせた。
と、不意に一人の人物が現れた。
忽然と庭先に姿を現したのは、灰色髪のハーフ・ダークエルフだった。黒と灰色を基調とした高貴な衣服に身を包んでいる。
「!? メティ侵入者だ!」
「あのお方、索敵結界をすり抜けて……!?」
バカな!
俺の索敵結界が何の反応も示さなかった。
「魔法聖者連の術者か……!」
ミリンコがいち早く気づき、リオラもはっとしている。
「どなた!?」
「ここが賢者の館かぁ!? よぉ! 中にいるのかググレッカァス! 殺しに来たぜ!」
まるで「遊びに来たぜ!」と言うような軽い調子で片手をあげ、ズカズカと庭先に入り込んできた。
「勝手に入られては困ります」
リオラが行く手を塞ぐ。
ダメだリオラ……!
俺は飛び出した。
と、その時だった。
空を覆うように薄紫の結界が広がってゆく。
まるで天蓋のように巨大な隔離型の結界が、魔導列車と賢者の館全体を包み込んだ。
「なにぃ!? 広域結界……! 別の術者か!」
こんなにも広範囲の結界術を励起できるとなると、魔法聖者連の術者がもう一人来ている……ということか。
<つづく>




