ルーデンス終着駅前の決起集会
◇
メタノシュタット王国、北部自治領ルーデンス。
そこに魔導列車の終着駅がある。
森に囲まれたルーデンスの州都、アークテイルズ。伝統的な建物が美しく静かな雰囲気が心地よい。街の南側は開けた大きな広場になっていて、東西南北から延びる街道が交差する要衝だ。
行商人や貨物運搬の荷馬車、牛車がひっきりなしに行き交い活気に満ちている。
そこへ首を突っ込むかたちで延びているのが魔導列車の木道レール。街への入り口となる真新しい平屋の駅舎が併設されている。
駅といっても乗り降りをするための細長い廊下のような足場があるだけ。突貫工事感は否めないが、二日に一本しか発着しない列車の駅だからこんなものだろう。
俺たちの『賢者の館』は空から舞い降りて、七両編成の魔導列車の脇へと着地している。
珍しい組み合わせを一目見ようと、大勢のルーデンス市民や、行商人たちが集まり人垣を成し、周囲はすごい人だかり。
商魂逞しい行商人が土産を売り、串焼き肉やお菓子の屋台を出すなどすっかりお祭りムードだ。
だが、俺たちにしてみれば友好親善の旅行ではない。国家の威信を賭けた国境線確定という、重責を担った会議へと赴くためのものだ。
そして俺は今、気を引き締めるという意味を兼ねて……というわけではないが、青髪の筋肉系魔女マジェルナを追い回していた。
「まてよ、逃げるんじゃない!」
駅のホームの片隅に追い詰める。
「ばっ! 誰がそんな得体の知れない魔法なんざ術式受領するもんか!」
「大丈夫だ、心配ない、安全だから。な?」
「安心できる要素が何ひとつ無いんだよ!」
青筋をたてて叫ぶマジェルナ。拒絶されるなんて心外だ。
「副作用もなければ、個人情報も漏れない。な?」
「嘘つけ!」
俺が笑顔でにじり寄ると、青髪のマジェルナが顔色を変えて後ずさった。だがもう逃げ場はない。駅舎の壁を破壊でもしない限り逃げることは出来ないだろう。
運動部の女子を連想するショートカットの魔女は、どうも俺の魔法がお気に召さないらしい。
「俺たちは仲間だ、ワンチームだ。必要なことなんだよ」
「近寄んな、ぶん殴るぞ!」
笑顔で指先をワキワキさせながら一歩近づく。なんだか泣きそうで実に面白い反応だ。
「お、おまえたち助け……ハッ!?」
マジェルナが助けを乞い、仲間の魔法使いや魔女たちに視線を向けた。
しかし残念。時すでに遅し。
彼ら彼女らは俺の術中だ。
「あぁ……すごい!」
「これ……すごいですよマジェルナさまぁ」
「マジェルナさまもお早く……わぁ?」
メタノシュタットから魔導列車に乗ってきた精鋭部隊――魔法特務戦隊スパイシスと呼称される彼ら彼女らは、俺の魔法を体内に受け入れて、今や恍惚とした喜びにうち震えている。
王国魔法兵団の選りすぐりは、俺から魔法を術式受領したばかり。
戦術情報表示・簡易版のすごさと便利さを実感しているようだ。
「私の部下に何をしたググレカァアアス!」
マジェルナが飛びかかってきた。がっ! と俺の襟首をつかむや、両手でガクガクとゆらす。
「ややや、やめんか、メガネが落ちるだろうが」
「プルゥーシアの連中を殺るまえにお前を殺す……!」
「そ、そうはいくか。フハハ、お前も受け取れ」
捕まえてしまえばこっちのものだ。
意外にも細くて女子っぽい手首を掴み返す。そして特製の『逆浸透型自律駆動術式』に仕込んだ魔法術式を流し込んでやった。
「しまっ……!?」
「今さら遅い、対抗術式なぞ効かんぞ」
近接戦闘に優れた魔女マジェルナ。呪詛や攻撃魔法に対する対抗術式が得意な彼女とはいえ、直接肌を介して注入する俺の魔法術式を避けるすべはない。
「うわぁあああ!? 何か入ってくるっ……ぞわぞわする……!」
自分の腕に浮かんだ魔法の紋様をかきむしるようにして足踏みしながら、あわてふためくマジェルナ。尖ったナイフみたいな彼女だが、虫を怖がる乙女みたいで面白い。
「ははは。今後の戦いに必要なんだよ。大人しく受け入れてもらおう」
仕込んだのは『戦術情報表示・簡易版』。仲間同士で通信しながら、敵味方の位置を把握できる相互通信術式だ。
「な……なんだこれは!? 視界に……窓と地図が……!? 凄っ……!」
マジェルナが視界に映りはじめた魔法の小窓に戸惑い、空間をつかむような仕草をしながら驚きの声を上げる。
「ようこそ、新しい魔法の世界へ」
俺はズレたメガネを指先で持ち上げた。
『ようこそ! マジェルナさま』
『マジェルナさま』
「お、おおぅ!? 文字が」
ぽん、ぽぽんと目の前の魔法の小窓に文字列が流れてゆく。既に使い方をマスターした部下たちからの魔法通信だ。
「言葉に出さずとも、視界の左下の『言葉文字アイコン』を一秒間凝視してオン。すると思考を文字列化して送信できる」
「はぁ!? なんだそれは……」
マジェルナは戸惑いながらも視線をくりくり動かす。
『――考えたことを文字にする? なんだか怖……あっ!? 文字になってる、すごい! えっ!?』
『余計なこと考えないのがコツですよ』
『う、うまく……考えるのが難しいな。えぇと……こんにちは? きゃっ、恥ずかしい……ってこれも文字になるの!?』
「文字だけだと可愛いな」
狂暴なマジェルナも脳内思考は意外に普通の女子っぽい。
「うっ! うるさい黙れ!」
『微笑むな!』
「停止は同じアイコンを一瞬凝視。いいな?」
「はぁはぁ……ググレカス、おまえ……普段からこんなもんつかってるのか?」
汗を滴しながらマジェルナが睨んできた。
「まぁな。これで双方向通信ができる。各種結界、敵が仕掛けてくる魔法妨害、それらに邪魔されず通話が出来る」
「なるほど……それは便利だが」
「現代の魔法戦闘に置いて、魔法をビシビシ打ち合うのは最後の最後だよ。まずは情報戦。情報を制し、戦況を把握し、戦力の適時投入と連携をうまく行ったほうが、勝つ」
極北を統べる大国、プルゥーシア。
古来より魔法を極め、高度な魔法文明の発祥地と喧伝する彼らとの戦いはし烈を極めるだろう。
空とぶ魔法使い、スホイ・ベールクルトも戦闘力では圧倒的に向こうが上だった。勝敗は、情報処理能力の差で俺が凌駕したからに過ぎない。まともにやりあえば、一方的にワンサイドゲームで魔導列車が破壊されていてもおかしくなかった。
もはや魔法使いが向き合い、術を撃ち合い殴り合う。そうした古典的な魔法戦闘で勝敗がつかないということは、マジェルナも痛感したはずだ。
青い髪をかきあげながら、神妙な顔つきでうーんと唸り、腕組みをする。
「協力した方が強いってことだな?」
「一言で言えば」
「ならいい、勝つためなら」
「そうこなくっちゃ」
拳を突き出す魔女に俺も応じる。
数名のマジェルナの部下たちも同じく拳をあわせる。
これから始まるプルゥーシアの魔法使い、魔術師たちとの戦いに向け、俺たちは結束することを誓い合った。
<つづく>




