蠢道、魔法聖者連(セントモレア)上位三人衆
◆
「スホイ・ベールクルトが墜ちた」
巧妙に偽装された結界の内側で、魔法の窓を眺めていたハイ・エルフの青年が静かに言葉を発した。
それは凛とした歌のようで、耳に心地よい声だ。
知性と気品に満ちた美しい顔立ちに、長く尖った耳。絹糸のような髪も肌もすべてが純白で、瞳だけがサファイアのように青い。それは神々しいまでの美しき存在だった。
――魔法聖者連序列、第1位
――時空監察魔法師、アドミラル・ヴォズネッセンス
遠隔視魔法の向こうでは、白い鳥のような飛行型ゴーレムが地表に墜落し、メタノシュタット軍に回収されている様子が映し出されていた。
拘束されたハーフエルフが力無くうなだれ、停車中の魔導列車へと連行されてゆく。
背中には見覚えのある記章。世界の頂点を意味する三角形に、全てを見通す神の眼を模式化したものだ。それはプルゥーシア最強の魔法使い集団、魔法聖者連を意味する。
「ふん、所詮ヤツは魔法聖者連の中で最弱……」
ソファに寝そべっていた灰色髪のハーフ・ダークエルフは、仲間が敗北した知らせに、億劫そうに顔を上げた。
――魔法聖者連序列、第3位
――無幻術使い、マトリョー・シルカス
「メタノシュタットの似非魔法術士ごときに負けるとは、魔法聖者連のとんだ面汚しよ!」
少し離れた位置に立っていた聖女が吐き捨てた。
金色の美しい髪とは対照的に、険しい表情で怒りを露わにする。
――魔法聖者連序列、第2位
――神官長・輪転魂使い、パンティラスキ・ケルジャコフ
「仲間の敗北は辛く、悲しいもの。彼に非はありません」
静かに二人を嗜めたのは、魔法の窓を展開していたハイ・エルフ――アドミラル・ヴォズネッセンスだった。
仲間たちは皇国のため戦った。国益と核心的利益をおびやかす敵勢力と果敢に戦い、そして散っていった。
「ですがヴォズネッセンス様……! ボキュート・タイタニアに続き、スホイ・ベールクルトまで。このままでは私達の立場が危うくなりますわ!」
パンティラスキ・ケルジャコフは苛立たしげに爪を噛む。
白地に金糸の刺繍が施された豪奢な服は、プルゥーシア聖教の最高位を意味している。聖女として知らぬものはない女性神官長は、自分の地位が危うくなる事だけを心配していた。
美食に美酒、お布施として手に入る金貨に宝石。ありとあらゆる贅を尽くした暮らしが保証されているこの身分を手放したくない。
神官長の地位をなんとしても守らねばならない。
「戦力の逐次投入は愚策。わかっていながら我々は、単独行動を選択し、敵に挑み、そして敗北しています。魔法聖者連は一蓮托生。互いがプライドを捨て、力を合わせなければ、勝利はつかめません」
物静かな口ぶりだが、美しいハイ・エルフの青年の言葉には説得力と、思わず聞き入ってしまう言の葉に力があった。
「そのとおりですわ、ヴォズネッセンス様……!」
うっとりとした瞳でパンティラスキ・ケルジャコフが身体をくねらせる。
「確かにね……。ドワーフのじっちゃんも、弟子のスホイ君も、一人が好きだったもんなぁ。ま……研究を誰かに盗まれたくないってのはわかるけどさぁ」
若いハーフ・ダークエルフはソファから起き上がり、頭をかいた。
魔法聖者連序列第5位に名を連ねていた、スホイ・ベールクルトの単独出撃。それは序列第4位のボキュート・タイタニアが再起不能にされた事が発端だ。
スホイ・ベールクルトはゴーレム制作を通じ、ボキュート・タイタニアと師弟関係にあった。
師匠であるボキュートが賢者ググレカスに破れ、再起不能とされた。
対魔法戦闘を考慮した試作ゴーレム自体は素晴らしかった。
しかし賢者ググレカスの仲間に敗北。さらには狡猾で卑劣な賢者ググレカスにゴーレム制御用の魔法通信網をハッキングされ、利用されてしまった。あろうことか国家中枢のゴーレム開発拠点への侵入を許し、施設は壊滅的な被害を被った。
ボキュート・タイタニアは研究成果を失い、全ての責任をとって失職。再起不能となった。
スホイ・ベールクルトとしては、師匠の「仇討ち」のつもりだったのだろう。
飛翔術に長けていたスホイは、ボキュート・タイタニアの協力を得て、夢の空とぶゴーレム、魔法の飛行ゴーレムの研究に傾倒していた。
その結果完成した「白き翼をもつ美しき飛行ゴーレム」は、他に類を見ない遠隔攻撃が可能だった。ボキュート・タイタニアが開発した自動追尾可能な魔法の武器を装備していたからだ。
最大射程は三十キロメルテにも及び、爆炎魔法を相手にアウトレンジから叩き込める。
ステルス機能を有した飛行ゴーレムで低空侵入、相手に悟られる前に精密爆撃を行う戦術は画期的で、確実な勝利をもたらす。
メタノシュタットが有する、鉄杭砲は射程千キロメルテを超える桁違いの戦略級魔法兵器だ。
それに対抗しうる戦術級の使いやすい魔法の武器は、プルゥーシア皇国にとって「ゲームチェンジャー」となりえるはずだった。
だが、それが敵の手に落ちた。
これは由々しき事態だ。
プルゥーシア皇国にとって痛手となる。
「国境交渉は政治的、平和的な話し合いの場です。しかし、実情は違います。国力で圧倒したほうが有利となり、交渉の主導権を握るのです。我らが正当たりえる道理、国境の主権を掌握することになります」
国境交渉は国内向けには「現状維持」「次の世代に解決を任せる」という友好的かつ、玉虫色の宣言が出されて終わるだろう。
だが、裏ではこうして熾烈な諜報戦、魔法戦が火花をちらしている。決して表には出ない暗闘と死闘が繰り広げられる。
歴史の裏側では常にこうした戦いが繰り広げられた。
それが世の常であり、真の歴史でもある。
ハイ・エルフは最年長者として歴史を見てきた。
二百八十歳になる時空監察魔術師、アドミラル・ヴォズネッセンスはプルゥーシアの地に根を下ろしてから二百年ものあいだ、祖国を愛し、素朴な暮らしを営む人々を見守ってきた。
古来よりプルゥーシア皇国や西国ストラリア諸公国は魔法文明の中心であり、多くの優秀な魔法使いや魔女を輩出してきた。
数百年の伝統を誇る魔法学校に魔法大学も数しれない。
故に、彼ら彼女らの頂点たる『魔法聖者連』は最強かつ、最高位であらねばならない。
魔法界の尊敬を集め、畏怖されなくてはならない。
だが――。
ここ十年で急速に力の均衡が崩れた。
震源地は新興軍事国家メタノシュタット。
古よりの長い歴史を誇る王国ではあったが、農業と商業の盛んな国に過ぎなかった。
魔法界では取るに足らない、魔法よりも魔術を良しとする、新しく活力溢れる国でしかなかった。
だが、魔王大戦が歴史の転換点、ターンニング・ポイントになった。
プルゥーシア出身の竜人が「魔王」を名乗ったことに端を発する世界的な戦乱は、世界のあり方を変えた。
国家間の力が大きく変容したのだ。
消極的対応と自国防衛に徹したプルゥーシア皇国は、世界のなかで急速に信頼を失い、国際的地位を弱め、発言権さえも失いつつあった。
代わりに台頭したのは、国家を蹂躙され、甚大な被害を被ったはずの国。メタノシュタットだった。
時代の混乱による偶然か、あるいは魔力の歪みが招いた突然変異か。
賢者ググレカス……!
身の程知らずにも、魔術の真髄さえ知らぬはずの若者は「賢者」を名乗った。
出自さえも怪しい、ぽっと出の魔法使いが魔王を倒す一翼を担い、幅を利かせはじめた。
――若造が。
「ググレカス。お前は、罰を受けねばなりません」
アドミラル・ヴォズネッセンスは珍しく、静かな怒気を孕んだ声でつぶやいた。
同じ部屋に居たマトリョー・シルカスとパンティラスキ・ケルジャコフはハッと息を呑んだ。
ここはルーデンス州都アークテイルズの郊外。
魔導列車発着駅にほど近い、森林に囲まれた別荘地。
ルーデンス領の没落貴族が売りに出した邸宅は、プルゥーシア国境交渉団の宿泊施設として借り上げられていた。
「マトリョー・シルカスは、到着する魔導列車のお出迎えを。メタノシュタットの交渉団は急病につき会議に参加できない。スホイも解放されるでしょう」
時空監察魔法師、アドミラル・ヴォズネッセンスが発したのは、まるで「予言」だった。
「わかった。殺す」
ハーフ・ダークエルフの青年が瞳に剣呑な光を宿す。
皆殺しだ。
無論、ばれないように。巧妙に。
「パンティラスキ・ケルジャコフは賢者の館へ。着陸したところをお出迎えなさい。不幸にも、賢者ググレカスは目の前で家族を失い、深い悲しみに暮れる……」
「フフフ……御意」
聖女がぺろりと舌なめずりをした。
邪悪な笑みを浮かべ、女子供も関係ない。皆殺しの享楽を夢想する。
聖女の姿など仮の姿。心根は欲望に溺れるうちに腐り、悪魔のように淀んでいた。
「私は悲しみに沈む賢者ググレカスを、時の彼方へとお連れします。プルゥーシア皇国の先人、偉大なる魔法使いたちが逝ってしまった約束の地へと」
転生を繰り返した聖人バッジョブ。
神根聖域勧誘組合の十二神託僧。
悪魔に通じた怪僧エラストマ・プラスティカ。
皇国魔法協会最強の神域極光衆。
無敗を誇った彼ら。名だたる魔法使いや魔女がここ十年で、メタノシュタットに次々と破れ、倒された。
そこには常に賢者ググレカスが暗躍していた。
しかし多大な犠牲を払いながらも、徐々に手の内が明かされた。
強固な結界。
超高速詠唱。
豊富な魔力。
分析力に優れた明晰な頭脳。
魔法のセオリーに囚われない柔軟かつ斬新な発想……!
それがら賢者ググレカスの強さの源に他ならない。
だが奴は失態を冒した。
世界の秘宝『賢者の石』を友好の証として献上してきたのだ。最初は偽物かと疑った。しかし間違いなく、千年帝国の人造霊魂が封入された本物の聖遺物だった。
価値のわからぬ愚か者か、お人好しなのか。若さゆえの傲慢と油断か。意味不明なことを言う『賢者の石』をもて余したのか。
双方向対話が可能な人工幼女、『賢者の石』をコアとするアレクシアを保有する今、魔法聖者連が敗北する道理は無い。
「慎重に、連携し戦いましょう。さすれば勝利は我らのもの」
「えぇ!」
「そうだな!」
アドミラル・ヴォズネッセンスは仲間たちに微笑んだ。
◆
<つづく>




