スホイ・ベールクルト、散る
「相対距離25キロメルテ、目標到達まで2分!」
戦術情報表示に映るのは、赤い輝点。敵である赤い輝きに向かって、青い輝点が二つ、猛烈な勢いで迫ってゆく。
それらは反撃の鉄槌だ。魔法のミサイルによる先制攻撃のお返しとして、こちらが放った突撃型のワイン樽ゴーレムたちだ。
「俺の可愛いゴーレム・クウウドから逃げられると思うな」
回避行動などでは逃げられない。
ワイン樽ゴーレムは数機で魔法通信をリレー中継し、遠距離での魔法情報通信ネットワーク――ゴーレム・クラウドを形成している。
互いが得た敵の位置、速度、進路などの情報を共有。攻撃の誘導精度を向上させている。
「賢者ググレカス、しかし二十キロメルテを超える遠距離では、体当たり攻撃のさいの終端精密誘導が難しいですわ。自分で目標を捉えるあの子たちも、ステルス化された相手では見失う可能性も……」
妖精メティウスが心配そうに戦術情報表示を眺める。
相手の赤い輝点が進路を急速に変えた。こちらから放った二機のゴーレムの接近に気がつき逃げようとしているのだ。
「敵もステルス処理をしている飛行物体となれば、直撃は厳しいかもな……。よし、ここは炸裂スライム弾頭による近接炸裂だ」
「えぇと、それってつまり?」
ワイン樽ゴーレムは体当たり戦法を得意とする。『形態維持魔法』により硬質化処理を施したワイン樽は、地上戦においては回転による推進と破砕を行う。
空中戦においては『流体制御魔法』によって圧搾空気の噴流を制御し、空中を自由自在に飛翔する。いずれも百キロ近い質量による物理攻撃。
体当たりによる破壊力は、大型の翼竜でさえ一撃で叩き落とせる計算だ。
「相手に最接近した瞬間を狙う。直撃させる必要はない。すり抜けざまにスライム粘液の散弾を浴びせるのさ」
「それならワイン樽ゴーレムたちも傷つきませんわ」
無論、浴びせるスライムの粘液のシャワーには仕掛けがある。
元々仕込んである『流体制御魔法』により、翼や飛行用の魔導装置に付着すれば、気流を乱し操縦不能へと陥れる効果が期待できる。
「それに、相手も脱出する時間があるだろう」
できれば操縦不能にして地上に叩き落とし、生きたまま捕虜にしたい。
十字架に張り付けてやるもより、恩赦を与えて無言の圧力を加えるもよし。それは地上をゆく魔導列車チームが考えることだが。
「賢者ググレカス、目標は依然回避行動中……! 蛇行し振り切ろうとしております」
「逃がすものか……!」
戦術情報表示のなかで蛇行する軌跡を残す赤い輝点を、二つの青い点が鋭角的な機動で追う。
上下から挟み撃ちを試みる。翼を持つと思われる敵の飛行型ゴーレムは、ワイン樽ゴーレムの機動性には及ばない。
一機のワイン樽ゴーレムが真正面から仕掛け、それを避けようと進路を変える。そこを狙って斜め後方、更に上空から急降下を仕掛けた。
距離が五十メルテ、三十、十メルテと狭まってゆく。
戦術情報表示上では、ワイン樽ゴーレムが急接近し敵とほぼ重なった状態を示す。
「今だ!」
直撃はしなくていい。近距離を通過する瞬間、ワイン樽の空気排出口から、スライムの粘液飛沫を撒き散らした。
「スライム噴霧、付着を確認!」
「まるで放屁だな」
我ながら苦笑するが、霧のように青い輝点が広がった。赤い輝点がそこを通過すると、直後から急激に速度を落とした。
ゆらゆらと揺れながら、高度を下げてゆく。
「速度が低下しましたわ……」
「制御不能に陥ったな」
相手の機体に付着したスライムの粘液が、乱流を引き起こしているのだ。錐揉み状態にでも陥れば、そのまま地表に激突、あるいは空中分解する。
勝負はついたかに思われた、その時。
「賢者ググレカス! 輝点多数! 3つ、4つ……! 武装を放った模様ですわ!」
「くそ、諦めの悪い奴め」
「高速でこちらに接近! さっきと同じ武装かと」
「最後の悪あがきというわけか……!」
敵もなかなかどうして。操縦不能になりながらも、搭載していた武装――魔法のミサイル兵器を発射したらしい。
「賢者の館に接近する前に迎撃する。すまないがメティ、レントミアを起こしてくれてないか」
「はいっ!」
これで決着をつける……!
◆
アラートが鳴り止まない。
真っ赤な警告が明滅し、機体の異常を告げる。機体の飛行制御は失われ、空力を司る方向舵が動かない。
「動け、動け……!」
避けたはずが、すり抜けざまに浴びせられた、あの汚らしい緑色の噴霧が原因だ……!
清らかにして穢れなき大空で、あのような汚物を撒き散らすなど、愚弄するにもほどがある。
翼に付着していたスライムが蠢き、翼の内側や接合部を浸食する。ミシミシ、ミリミリと白い機体が悲鳴をあげる。
緑色のスライムに覆われた尾翼が、へし折れ吹き飛んでゆく。
「よくも、よくも! 美しい私のフランカートに、こんなっ……!」
だが、ただではやられない。
怨嗟の叫びを発しつつ、しゃにむに武装を全開放する。レバーを引き全ての武装のロックを開放……発射!
――オールウェポンズ・リリース!
「せ、魔法聖者連に栄光あれ……!」
――序列第5位の名にかけて、スホイ・ベールクルトが必ずや仕留めてご覧にいれましょう……!
皇帝陛下の御膳でそう息巻いた。
だが、この体たらく。
敵を侮っていたわけではない。
ただ相手が悪かった。
賢者ググレカス――!
あの卑劣で許しがたき魔術の使い手は、身を隠すステルス系魔法、他人を欺く魔法に長けたペテン師なのだ……!
「おのれッ、賢者ググレカァアアスッ!」
怒りがこみ上げてくる。計器盤を拳で叩きつける。
敵の位置はそう変わっていないはず。武装を射ち放してしまえば、あとは『魔法火炎直撃槍砲』が食らいつく。
「いけ……! 焼き払えッ」
錐揉み状態となった機体はもはや制御不能だった。
地表が近づいてきた。
視界の隅に魔導列車を捉える。
このまま、せめて体当たりを……!
だが、その願いは届かなかった。主翼が重い空気抵抗に耐えきれず、崩壊し砕け散った。
「うぉおおおっ!」
スホイ・ベールクルトは脱出し機体を捨てる。
マントに纏わせた飛行術式を広げ、滑空、森林地帯に降りて身を隠しこのままプルゥーシアまで逃げ――
だが、次の瞬間。
突如として魔導列車から放たれた衝撃波が、空中にいたスホイを殴りつけた。
「ぐはぁああッ!? な、何ィ……こ、これはっ!」
鳶のように滑空していたスホイ・ベールクルトは、まるで見えない拳で殴られたように空中で真横に吹っ飛んだ。
ズタズタに裂けた飛行マントが、鳥の羽のように舞い散った。
そして眼下の立木に激突、ベキベキと次々と木立をへし折りながら、地表へと落下した。
それは『魔法のステッキ』による一撃。
魔導列車に乗る、姫殿下の近衛魔法使いマジェルナが放った魔法だった。
「っしゃぁあ! 落ちたヤツをひっ捕らえ、列車の屋根に磔だ!」
青い髪の筋骨隆々とした魔女は、魔導列車の屋根の上で勝どきをあげた。
魔導列車の車両内からは、歓喜の声が響く。
王国軍女性将校用の制服に身を固めていたマジェルナは、堅苦しい制服の襟首のホックを緩めながら、空に視線を向けた。
そこには巨大な岩塊が浮かんでいた。
悠々と先を飛行する『賢者の館』だった。
浮遊する館の周囲を、ハチのように飛び回っているのは、ワイン樽ゴーレムだ。
賢者ググレカスが操るゴーレムの群れが、向かってくる赤い炎の槍を空中で撃破する。
ドォン……!
重々しい衝撃音が森の木立を揺らし、小鳥たちが一斉に飛びたった。
「まだ、戦っているのか?」
首謀者と思しき鳥のような飛行ゴーレムを迎撃したはずが、まだ攻撃は止んでいない。
見えざる戦い、魔法による空中戦が展開されている。
また一発、空中で赤い炎が花開いた。
「……ま、ググレカスに任せるしかないか」
速度を緩める魔導列車の屋根の上で、マジェルナは軽く肩をすくめた。
◆
「賢者ググレカス、あと二つ……! 直撃コースです!」
妖精メティウスの声が緊迫する。
赤い輝点が急速に接近してくる。もう目視できる距離だ。
「くそ、この距離では欺瞞もデコイも、効果がないか……!」
「先行する一発、距離300!」
「緊急、垂直発射!」
ワイン樽ゴーレムを垂直発射。
バリバリッとガレージの屋根を吹き飛ばしながら、ワイン樽ゴーレムが二機、垂直上昇。くいっと上空で進行方向を転換し、迎撃に向かう。
通常はゴロゴロ庭先に転がしてから空へと飛ばすのだが、間に合わない。
残存しているワイン樽は十二。全弾撃ち尽くしてでも迎撃する。
ドォン! と二百メルテ前方で爆発が起きた。ワイン樽ゴーレム十五号が犠牲になった。
まだ赤い輝点が残っている。
「あと一発……! 何ッ!?」
「賢者ググレカス、直上です!」
「しまった!」
先行する一発は囮だった。賢者の館へ二発が真っ直ぐ突撃すると見せかけて、一発は直前で上昇……! ポップアップ機動を行ったのだ。
魔法のミサイルは真上から運動エネルギーに位置エネルギーを加えた状態で突入してくる。
「上空距離二百、近いですわ!」
「垂直発射ッ!」
ワイン樽ゴーレムを更に二機、緊急垂直射出する。矢のような速さで二機のワイン樽ゴーレムが上昇。
だが、真上からの太陽の光と熱が影響し、目標を捉えきれない。
「外れましたわ!」
妖精メティウスが悲鳴をあげた。
「くそ、直撃できない……!?」
距離は百五十メルテ。
直撃されれば館が炎上しかねない。それだけは絶対にさせない。
「仕方ない、全開、賢者の結界……ッ!」
俺は両手を突き上げ、賢者の結界を最大出力で展開する。『隔絶結界』ならありとあらゆる攻撃を防げるが間に合わない。
最強の対物理障壁系結界を32層、それであの質量弾を防ぎきれるか……?
「距離百メルテ!」
「あぁ、最後はやっぱり僕の出番ー?」
「レントミア!」
「レントミアさま!」
あくびをしながら庭先に出てきて、空を見上げるハーエルフの魔法使い。
両手の人差し指と親指で四角い枠を作り、迫りくる黒い点を確認する。
「――距離、方角よし。着弾まで8秒、7、6」
ぶぉんっ、とレントミアの周囲で魔力が急速に膨れ上がった。空気を振動させる程の励起は炎のような輻射熱を伴っていた。
「熱いっ」
妖精メティウスが慌てて俺の首の後ろに逃げ込んだ。賢者の結界を上空に全展開しているので、守りが手薄になってしまったのだ。
魔法のミサイルの距離は五十メルテを切っていた。
「レントミア、頼む!」
真っ赤な火炎が凝縮し、空に向けて突き出した細い腕の先で、ブドウの粒のような真っ白な輝きを成す。
「超高熱・指向性熱魔法!」
甲高く、空気を切り裂く音が弾けた。
焦点温度1万度にも達するというレントミアの熱魔法――超高熱・指向性熱魔法は、太陽の光と同じで光を目視できなかった。
ただ、賢者の館の真上では赤い炎の輪が音もなく広がってゆく。
「ば、爆発は……?」
「蒸発させたんだ……! 超高熱で、魔法のミサイルを」
「まぁ、凄い……!」
「数が多かったら火炎の壁を作ってもよかったけど、こんなもんでしょ?」
「レントミア、愛してるぞ」
「朝からもー」
思わず俺は駆け寄って、レントミアを抱きしめていた。
<つづく>




