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空戦と、賢者の薄れゆく記憶

 ◆


 強力かつ短い魔力の波動が、爆ぜた。

 それも同時に二発。何もないはずの前方の空中で。

「魔力波動!? 索敵、探知用か……!」


 何も存在しないはずの空間から、突如として魔力の波動が放たれた。銅鑼を叩きつけるような強烈な波動が、進行方向の左右、二方向から発せられた。

 スホイ・ベールクルトは素早く魔法の計器を操作する。

 空中に何か潜んでいるのか? 

「いや、これは賢者の探知魔法か……!」

 ガラスの板に塗布した特殊な魔法塗料に、検知した敵の位置情報を輝点として表示する仕組み。飛行ゴーレムが搭載した魔法の検知装置により、遠距離の目標も見つけられるはず。

 だが、前方の空域には反応がない。魔力波動の発信源が特定できない。

 ただひとつ確認できているのは、前方約五十キロメルテの空中に浮かぶ『賢者の館』と思われる巨大な飛行物体だ。

 肉眼では到底見えない遠方だが、赤々とした輝点(ブリッツ)がそこに存在することを示唆している。


「進路を変えない? こちらに気づいていないのか?」

 相手の飛行速度は時速三十キロから五十キロメルテ。進路は変わらず。ゆっくりとした速度で、地上の魔導列車と歩調を合わせながら北へ向けて飛行している。


 スホイ・ベールクルトが操る飛行ゴーレムは南下している。

 相対速度を考えれば、およそ十分後には目視できる位置へ到達することになる。

 だが、そうなる前に決着はつく。

 相手の視界に入る前に、一方的な攻撃を叩き込むからだ。

 悟られぬよう、超遠距離から先制的に一撃を加え、即座に反転離脱する。

 それがプルゥーシア皇国、次期主力・航空騎士団用飛行ゴーレム、フランカートの基本戦術だ。


 先程の探知用魔力波動は気になるが、いまだ賢者の館に変化は見られない。

「ふん、驚かせやがって。そう簡単に悟られるものか」


 おそらく、此方を見つけてはいないのだ。

 飛行ゴーレム(フランカート)は特殊な魔力波動吸収塗料によりステルス化されている。特殊な見えにくい形状と併せ、永続的に相手から姿を隠せる最新機能の効果だろう。

 いかに賢者ググレカスとはいえ、これほど遠距離にいる此方を見つけられるとは思えない。


「ファーストルック、ファーストキル! この勝負、もらったも同然よ!」

 このまま距離三十キロメルテにまで接近。そこで翼下の『魔法火炎直撃槍砲(ヴェルファード)』を放つ。

 魔法聖者連(セントモレア)序列五位の名に懸けて、必ず作戦を成功させる。それが祖国プルゥーシアのため。

 圧倒的な力を誇示すれば、国境交渉で有利に事が進むはずだ。

 

 優先攻撃目標は魔導列車だ。しかし魔導列車の走行を不能にするという第一目標達成のため、どうしても『賢者の館』は排除しておかなければならない。

 既に互いの距離は四十キロメルテにまで縮まっている。


「安全装置解除、『魔法火炎直撃槍砲(ヴェルファード)』に目標位置入力」

 最大射程三十キロメルテに及ぶ最新鋭の、無人魔法火器。

 極超遠距離を水平飛行し命中させるなど、通常の魔力波動による遠隔制御では不可能だ。

 だが、偉大なるプルゥーシア皇国の誇る魔法兵器開発局(マギアウェーポ・アーガンス)は、使い捨ての「人造妖精」を弾頭の制御に組み入れることでその問題を解決した。自己学習進化型の疑似霊魂(ミリリアンソウル)の発展系、『ゼロ・リモーティア・エンクロード』の技術を応用したものだ。


 ゆえに一度放てば命中までの目標誘導は不要。

 目標の位置を教え込み、撃ち放す。あとは弾頭に仕込まれた炸薬も兼ねる人工精霊が自律飛行を行い、目標を補捉し突入する。そして、火力換算で1バレリア(※爆発性油1樽分に相当)に及ぶ火炎系魔法を炸裂させ、全てを焼き払う。


「さぁ思い知るがいい、賢者ググレカス!」

 プルゥーシア皇国最先端の魔法工学の結晶、大いなる叡知の力を……!


 ◆


「ぐぅ兄ぃさん。お茶をもう一杯どうぞ」

「ありがとうリオラ」

 庭先では和気あいあいとお茶会の最中だ。

 リオラがコポコポと注いでくれたお茶を頂きながら、虚空を見つめる。


 進行方向の北の空。

 そこから見えない脅威が確実に迫っている。


「賢者ググレカス、相手の速度に変化はございません。依然、進路そのままで接近中」

 肩に戻ってきた妖精メティウスがささやく。


 数秒前、こちらから放った魔力波動による対空探知。

 それは先行して飛んでいる早期警戒型ワイン樽ゴーレムが放った魔力波動だ。ワイン樽ゴーレム1号機と三号機から探信波動(ピンガー)を発振した。

 相手にわからせるよう、放ったのだ。波動に気づかないはずがない。

 だが、相手の飛行進路も速度も変わらない。

 慌てる素振りをみせない。

 自らの不可視(ステルス)化処置に絶対の自信があるのだろう。事実、通称の対空警戒網では見つけられなかった。

 熱検知と、魔力波動のダブル発信により、ようやく見つけることができた。相当に高度な魔法技術、技能をもった相手ということになる。

 ゆえに「探知されていない、見えていないはず」とタカをくくっているのだろうか。


「見えないことを良いことに奇襲するつもりだな。そうはさせん」

 『賢者の館』の周囲に展開している結界は、既に不可視化、ステルス化済みだ。魔力波動により検知はジャミングし中和。これにより魔力波動による敵からの索敵、探知を防ぐ。


 更に(おとり)、デコイとしてワイン樽ゴーレムを五百メルテ前方に飛行させる。

「ワイン樽ゴーレムは囮ですね?」

「あぁ、賢者の館に見えるように偽装した」

 擬態、とっ言ったほうがいいだろうか。擬似的に『賢者の館と同じ波動』を反射するよう偽装結界を展開している。

 相手が魔力検知で探った場合、本物と見間違う。魔導列車よりも目立つ『賢者の館』を狙って来るはずだから。


 と、その時だった。

 前方に展開していた二機の早期警戒型飛行ゴーレムが、何らかの「別の物体」に関する熱探知(・・・)警告を発した。


「賢者ググレカス、前方、熱反応を検知!」

「早速来たか……!」

「飛行している本体から分離、何かを放ったようですわ」


 戦術情報表示(タクティクス)に赤い警告がポップアップ。

 眼前に浮かんだ戦術のマップ上では赤い三角形の輝点(ブリッツ)が一つ、こちらに向け接近してくる。

何らかの飛翔体が放たれ、急速に接近してくる。その速度は母機の倍以上だ。

「速いな」

「それに小さい、検知できるギリギリのサイズですわ!」

「何か魔力波動は?」

「未検出、しかし熱探知で追えますわ」


 弾道飛行はしていない。つまり鉄杭砲ではない。

 高速飛翔体は、戦術情報表示(タクティクス)上の青い輝点、賢者の館に向けて一直線に向かってくる。さりとて魔力波動、あるいは魔力糸(マギワイヤー)による誘導はされていない。


 俺の中の記憶が何かを警告する。

 似ている。危険だ、と。

 もう薄れてほとんど思い出せない。以前の世界の記憶。そこで見た何かに似ているのだ。


「賢者ググレカス!?」


「これは……ミサイル(・・・・)だ」

「ミサ……イル?」

 脳裏に忘れかけていた知識が浮かぶ。おぼろげながらイメージできたのは飛行機械から放たれる、空とぶ槍のような対空兵器の映像だ。それは誘導、あるいは自律飛行し目標物に命中する。


「自律飛行して目標に向かう、無人の魔法武装だ。おそらく爆発系の火炎魔法を仕込んでいる」

「まぁ!?」

 判断できるのはここまでだ。


「着弾まで60秒!」

 妖精メティウスが緊迫した声で告げる。


「デコイを前面に……!」

 偽装し『賢者の館』のふりをしているワイン樽を、ミサイルの進路上に配置。五百メルテ前方だ。

 貴重で愛着のある仲間を一機失うのは惜しいが仕方がない。

 さらにもう一機、三百メルテ前方に移動させ万が一に備える。


「着弾まで30秒!」

 姿は見えない。だが早期警戒型ワイン樽ゴーレムたちは飛翔する槍のような熱源を捉え、位置情報を伝え続けてくれている。


 魔法のミサイル――!


「着弾まで15秒……! 囮に突っ込んで来ますわ!」

「食いつけ……!」

 祈るような気持ちで前方を見据える。

 10、9、8……とカウントダウンするメティ。シュブォォ! と、聞き慣れない鋭い音が聞こえてきた。

 赤い点のような光が見えた。ミサイルの後方から吹き出す炎だ。

「3、2、着弾……!」

 前方で、バッと真っ赤な光が炸裂。

 わずかに遅れてドォン……! という重々しい爆発音が轟く。


「ワイン樽十四号機……すまない」

「デコイのワイン樽に直撃! 反応、双方ともに消滅……。飛翔体も爆発四散したようです」

「くそ、相当な威力だな」 


 直撃したら『賢者の館』が崩壊しかねない。

 無論、二重、三重の対空防御策は講じているので、そう簡単に直撃させるつもりはないが。


「何にょ……!?」

「あれは、花火ですか?」


 流石にお茶会の面々も騒然となった。

 歓迎の花火にしては、美しさのかけらもない。


「みんな心配はない。お茶会を続けてくれ」


「苦笑。ググレくんの大丈夫は、大抵大丈夫じゃないの」

 マニュフェルノがすました表情でいうと、皆もすぐに察した様子だった。

「賢者にょのことだから、どーせまた何かと戦っておるのじゃろ」

「そうですねぇ、あるあるです」

 ヘムペロもプラムも動じる様子はない。

 他の面々も、この場は俺に任せるしか無いとばかりに、悟りきった様子だ。

 カチャカチャとお茶を片付けはじめるが、慌てたようすはない。


「素晴らしい家族の絆、信じる心ですわね。賢者ググレカス」

「うーん、信頼されている……のか?」


 さて。


「賢者ググレカス、どうなさいます?」

「反撃だ。思い知らせてやる」


 ◇

 ◆


「やったか……!?」


 赤い輝点が消えた。

 放った『魔法火炎直撃槍砲(ヴェルファード)』が命中したのだ。

 プルゥーシア皇国の宿敵、賢者ググレカスは空中で爆発四散……! これは大きな戦果だ。誰も成し得なかった、あの憎き賢者をついに屠った……!


「はは、は……?」

 ビーと警報が鳴った。

 赤い光の点が二つ、何もないはずの空中から出現。まっすぐ スホイ・ベールクルトの乗る飛行ゴーレムに向かってくる。

「飛翔体!? なぜ、何処から……!?」

 まさか――! 

 賢者ググレカスは生きている!?


「くっ!」

 操縦桿を操作し進路を変える。急速回避、高度を下げずに避ける機動にはいる。

 飛行ゴーレムの翼が重い空気を纏い、ミシミシと悲鳴をあげはじめた。


 ◆


 戦術情報表示(タクティクス)を視線で操り、空中に放ったワイン樽をニ機向かわせる。


「賢者ググレカス! 目標、回避行動に移りましたわ」

「フハハ……! 逃げられると思うか? 機動性ならこちらが上だ!」


 ワイン樽十四号機の仇、とらせてもらおう。


<つづく>


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― 新着の感想 ―
[良い点] 39章 極北の覇権と新しき戦争 編 空戦と、賢者の薄れゆく頭髪 >「さぁ思い知るがいい、賢者ググレカス!」 「ぐぅ兄ぃさん。ビンタをもう一発どうぞ」 「ありがとうございますリオラさ…
[良い点] 何やらタイトル的には、負けフラグが立っているような!? それでは読ませて頂きます。 やれ! スホイ・ベールクルト。 仲間の仇を討つ時。 頭髪を一本、一本と毟るように攻撃するのだ。 という…
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