空のお茶会と、見えざる脅威
◇
「さぁ、お天気もいいですしお茶にしましょう」
リオラが籠を抱えて庭先へとやってきた。藤を編んだ籠にはクッキーが山盛りだ。
「おぉ、これは美味そうだな」
「余り物の大麦、小麦、はと麦……。いろいろブレンドして捏ねて焼いたクッキーです。おやつにと思って」
栗色の髪をリボンで一つにまとめ、柔らかい印象の笑顔を見せるリオラ。最近は大人っぽくなって、みんなの精神的支柱、賢者の館の看板娘となった。
「ちょうど一息つきたいと思ってた」
「だと思いました」
服装は爽やかなブルーのメイド服、白いエプロンが眩しい。
賢者の館の飛行は順調で、見慣れたフィノボッチ村を抜け、北部の平野へ差し掛かっていた。
更に北へと進めば、リオラの故郷、ティバラギー村へと至る懐かしい道中だ。
高度30メルテの空の旅。あまり高いと館の皆が怖がるので、このぐらいの高度と速度がちょうどよい。
「賢者ググレカス、魔導列車があちらに」
肩に腰掛けていた妖精メティウスが、耳元で囁きながら指差した。
「どうやら追いついたな」
進路方向を見下ろすと、北へ真っ直ぐに延びた木道レールの上を魔導列車が滑るように走っていた。
国境線交渉団が乗っている三両編成の特別列車だ。馬車の三倍にもなる速度で一路、ルーデンスを目指している。
「追い越しますわ」
「おっと、速度を合わせて……と」
賢者の館が追い抜いたので、少々減速する。飛行速度を合わせ、前進配置したまま適度な距離を保つ。
ここからは露払いと護衛を兼ねての旅となる。
ちなみに魔導列車が走る『木道レール』は、ヘムペローザの蔓草魔法がベースになっている。複雑な制御系の魔法術式を組み合わせ、直線的に伸びるように仕込んだ「生きたレール」だ。
満足行く品質の木のレールを生成できるようになるまで、開発期間は実に一年を要した。
使い方は「木道レールの苗」に魔法使いが魔力を注ぐことで、簡単に根を張った木のレールが育つ。これを繰り返すことで、線路を敷設出来る優れものとなっている。
ヘムペローザには毎月、メタノシュタット国土管理省から莫大な利権が転がり込んでいるようだが……。
王立中央銀行に振り込まれた預金残高については「秘密にょ」と、俺にも教えてくれない。
「はいはい、テーブル通りマース」
「おぉ?」
大きな折り畳みテーブルを軽々と抱えてやって来たのは、メイド見習いの亜人の娘、ミリンコだった。エキゾチックな顔立ちに、プラチナブロンドの髪をおかっぱに切り揃えている。
「椅子も通りまーす」
凛々しい青年となったチュウタが、折りたたみ椅子を何脚か小脇に抱えている。
「チュウ兄ぃまってよ、騎士の隊列ごっこしよーぜ!」
チュウタの後ろからは、ラーズとラーナが続く。
十歳ほどの少年の後ろを、緋色の髪の少女がすこし呆れ顔でついてくる。
「子供みたいなこと言わないの、ラーズ」
「はぁ? ラーナも子供じゃん」
「お姉ちゃんだから年上、子供じゃないもん」
子供扱いしているが、ラーナとラーズは双子の姉弟だ。
スライム細胞から生み出した、人造生命体ホムンクルス。それがラーナ。彼女から分裂したのが、ラーズ。
二人はこうみえて館スライム達を束ねる『御庭番』、立派な門番でもある。
「騒がない、走らない、慌てない。庭から落ちたら大変だよ」
「わかった!」
というそばからダッシュするラーズ。
チュウタは今回の旅では「賢者ググレカスの護衛」を仰せつかり、騎士団から派遣された。
実際は帰省のようなものだが、あるいは他に志願する騎士が居なかっただけかもしれない。
すっかりくつろいでいるチュウタだが、今や立派な騎士だ。
本当の名前はアルゴート。スヌーヴェル姫殿下の王配、エルゴノートの実弟という重要人物ではあるが、ここでは皆がチュウタと呼んでいる。
「騎士チュウタどの、かたじけナイでゴワス」
「ゴワスって丁寧語じゃないとおもうけど……」
ミリンコの謎の南国訛りの丁寧語に、チュウタも思わず苦笑い。
「……共通語は難しいデス、マス」
「あはは」
どんっと庭先に折りたたみテーブルを置き、チュウタと二人ですばやく組み立てる。椅子をテキパキと広げて並べる手際は、騎士の訓練を見るようだ。
ラーナとラーズも手伝って、あっというまにお茶会の場所が完成した。テーブルクロスを広げ、リオラのクッキーの入った籠を置く。
「はい、グゥ兄ぃさんも一服しましょう」
リオラに両肩を押さえられ、椅子に腰掛ける。
「楽しいお茶会の時間だな」
「ですねっ」
リオラも楽しそうだ。いろいろな種類の麦を粗挽きにして混ぜて焼いたクッキーは実に美味そうだ。
香ばしい甘い匂いがたまらない。
「リオ姉ぇのクッキーにぴったりの、お茶も準備しましたー」
「愛くるしいワシらの淹れたお茶じゃぞ」
「あはは、愛くるしい?」
「にょほほ、そうじゃろ?」
明るい笑い声とともに、お茶のはいった急須を持ったプラムと、カップをお盆に載せたヘムペローザもやってきた。
二人は涼しげな普段着姿で、髪も自然に下ろしている。なんとも場が華やぐ。
プラムとヘムペローザがそろうと何が面白いのか、いつもきゃいのきゃいのと笑っている。そういうお年頃なのだろうか?
「これで全員集合か、いやレントミアがいないな」
「レントミアさまは、朝早かったから……と、お昼寝をされていますわ」
「仕方ないな、じゃぁ早速、いただくとするか」
「奥方。こちらへ」
「微笑。あらあら」
チュウタに優しくエスコートされ、椅子に腰掛けるマニュフェルノ。
「さぁ、久しぶりの旅だ、気楽に行こうぜ」
「「いただきまーす」」
そして。お茶会がはじまった。
「夫君。ポーチュラをたのんでよい?」
「まかせて、むしろ抱かせてくれー」
「ふにゃぁ……」
「おーよしよし」
マニュフェルノからおくるみに巻かれたポーチュラを受け取って抱きしめる。マニュフェルノは弟のミントを抱っこしている。
むちゃむちゃと小さな手を動かし、口を動かすポーチュラが実に愛らしい。
「うにゃぁ、にゃぁ……」
「なんか喋っているぞ! 天才か!?」
「うふふ、賢者ググレカスが普通の親バカに」
「バカでもいい。そうだ、赤ちゃんの喃語を翻訳できないだろうか」
「賢者ググレカス、それは面白い考えですわ」
兎にも角にも、久しぶりに皆で集まっての空の旅。
庭先の館スライムたちも、クッキーのおこぼれを目当てに集まってきている。
美味しいクッキーと、マニュフェルノ特製のハーブティ。優雅なひとときは過ぎてゆく。
「うーん、実に平和……」
――警報
眼前に戦術情報表示の警告が、黄色いポップアップで浮かび上がった。
俺とメティウス以外には見えない魔法の小窓。お茶のカップを口につけながら、視線を向ける。
――早期警戒ゴーレム2番機より探知情報
――微弱な熱源反応を探知
――距離、前方五十キロメルテ、高度三百、尚も接近中
――対象物体詳細不明、アンノウン
「賢者ググレカス、前方から何か来ますわ」
「北からのお客さんか。しかし距離が遠いな」
前方に進出し、ずっと先を飛行してるワイン樽。早期警戒型の飛行ゴーレムが、何かの飛行物体を探知したらしい。
飛竜か、飛行する魔法の乗り物か、詳細は不明。
――ロスト、目標ロスト
消えた?
見失ったのか?
「賢者ググレカス、どういたしますか?」
「相手の出方をみよう、アクティブな探知を仕掛ける」
メティウスと目線で会話を交わしつつ、索敵結界を受動的監視から動的探知へ切り替える。
「魔力波動を放つと、こちらの位置を特定されますわ」
「特定されるのはワイン樽だけさ。探信波動を発振すると同時に、館を不可視化する。さらにデコイを飛ばして囮をつくる」
「まぁ、念入りですこと」
妖精がふわりと舞い上がり、テーブルの上に降り立った。
メティウスの言うとおりだが、俺は油断しない。
遠距離での探知が可能なのは、早期警戒型飛行ゴーレムの熱探知のみだ。
それから逃れたのなら考えられる可能性は二つ。
大型の翼竜ならば熱源として探知されつづける。それが地上に降りて隠れた可能性。
もうひとつは、熱探知されないステルス性能を備えた飛翔体である可能性。高度な技術をもつ魔導師、あるいは魔法使いの手によるもの。
ならば、こちらから派手に魔力の探知波動を浴びせることで、何らかの反応を示すはずだ。
「楽しいお茶会を邪魔されたくはないんだよ」
「わかりましたわ。前衛の飛行ゴーレムはおまかせを」
レントミアは眠っている。皆は日当たりのよい庭先でお茶会中。
空からの脅威ならば、遠方で排除し近づけさせない。
賢者の館も、魔導列車も速度は遅い。
有視界で戦うような状況になれば、一気に不利となり危険が増す。
ゆえに、接近拒否戦術をとる。
「戦術を組み立てる」
更に戦術情報表示を展開し、地図上の飛行経路と位置関係を確認する。
地上をゆく魔導列車と、空を飛ぶ賢者の館が三次元の立体模式図となって表示される。輝点、ブリッツは青。
さらに戦域マップを拡大。
前方に四つ、青い輝点がある。
先行して飛行する、空飛ぶゴーレムたちだ。
賢者の館からの距離は、前方五キロメルテ。
二機ずつのチームに別れ、館の進行方向から見て、2時の方角と10時の方角に位置している。それぞれ同じ速度で飛行中。
既に肉眼では見えないが、魔法通信による情報通信が成立する余裕の範囲内だ。
飛行高度は地上から五十メルテと、高度三百メルテ。
二機がそれぞれ低空と高空に分かれ、受動的な索敵結界を展開している。
見下ろす索敵――ルックダウン索敵と、対空索敵を同時に行い、半径数キロメルテ圏内ならば仔細に脅威となる相手を発見、分析できる。
対空索敵に関してはもうひとつ、超遠距離探知が可能だ。
原理は熱検知。特別な術式を施した輝石を表面に張り付け、熱を探知。
天候などにもよるが、最大で五十キロメルテ遠方の熱源を探知可能になっている。
無論、これらのスペックは非公開。メタノシュタット王国軍や魔法使い仲間にも知らせてはいない。
視線誘導により魔法術式を自動詠唱。指令を送る。
賢者の結界を変質させ、ステルス化する。
対魔力波動による敵からの索敵、探知を防ぐ、ステルス機能を有する結界を展開。少々、魔力の消耗は増えるが支障はない。
結界表面に接した相手の魔力波動は減衰し、跳ね返ることはない。有視界では意味がないが、互いに見えない遠距離ならば有効な隠れ蓑だ。
――ワイン樽ゴーレム1号機、三号機から探信波動を発振!
カーンと鋭い波動が放たれる。
前方に展開していたワイン樽のうち、上空の二機からだ。
戦術情報表示のマップ上に、波紋のように輪が広がってゆく。
全方位に対して放たれた魔力波動。その反射波が黄色いブリットとなって表示される。その多くは鳥や小型の飛竜など。それらは、ノイズとして除去する術式でフィルタする。
明らかに異常な、人工物を探し出す。
波紋が交差したさらに前方。三十キロメルテに赤いブリッツが反応した。
「みつけた……! 俺の目は欺けんぞ」
微弱だが、いた。
明らかに人工物だ。二重の探知により、反射波の位相を捉えることで、ステルス処理を施した物体でも検知できる。
「空でお互いに見えないのに戦いが始まっているなんて……。なんだか不思議な気持ちですわ」
「見えないもの同士の戦い、か」
今までにない新しい形の戦い。
新時代の魔法戦闘の火蓋が切られた。
<つづく>




