新しき時代の空の覇者
「周囲一キロメルテ圏内クリア、脅威となる飛行物体は存在しませんわ」
妖精メティウスが告げる。そして眼前に浮かべた小さな戦術情報表示の魔法の窓を、なれた手付きでスライドさせる。
妖精は、自分より大きな向日葵の花の天辺に腰掛け、今から向かう空の先を見つめている。
「了解、浮上して城の周囲を表敬飛行をしよう」
「威圧の間違いでは……」
「はっはっは、思い知らせてやるだけさ」
「もぅ」
賢者の館の庭先で、呆れ顔のメティウスと共に館の飛行制御を行う。
賢者の館は、ゆっくりと上昇。
メタノシュタットの王城を横目に、ゆっくりと左旋回しながら周囲を飛行する。
城の窓やバルコニーから、王侯貴族や大臣、騎士や働いている人たちが顔をのぞかせ歓声をあげている。
最上階の王の居室やバルコニーよりも高く飛ぶと、不敬だのなんだのと煩いので、ほどよい高さを維持しつつ城を後にする。
「進路を北北西へ」
眼下に広がる街並みでは、大勢の人たちが足を止め、上空を見上げて手を振っている。
少々おさらいになるが――。
賢者の館を浮上させるには、俺とレントミアの息の合ったコラボが必要だ。
最強結界『隔絶結界』をレントミアの『円環魔法』により超駆動。魔力注入が不要な隔絶安定臨界状態を作り出す。これにより館の周囲に極薄の隔絶空間を形成。地面ごと半球形に切り取った状態で浮上することが可能となるのだ。
一見すると重力を遮断して浮かんでいるようだが、実際は空間そのものを切り取って、シャボン玉のように「ほぼ質量ゼロ」の状態で浮上している格好だ。
「よし、各種飛行安定術式を自動詠唱」
戦術情報表示を視線誘導で操り、魔法スクリプトを連続的に自動詠唱する。
以前はワイン樽ゴーレムを館の周囲に並べて推進力を得ていたが今は違う。館の周囲の空気の流れを『流体制御魔法』で制御し、効率化と飛行安定性を向上させている。
「水平状態を維持。館内、形態維持魔法による固定を解放……。よし、あとは自動飛行でおまかせだ」
これであとは目的地まで、一定速度、一定の高度を保ちながら飛びつづける。
「不可視化は、行わないのですか?」
「大々的に出発をアピールした方が良い場合もあるのさ」
「この館が囮になる、ということですの?」
青い瞳を眇める妖精メティウス。
「……今回の旅は『賢者が後ろ盾になっている』ことをプルゥーシアに知らしめる必要があるのさ」
「お子さまたちや、皆さんもおいでなのに……」
心配そうな顔の妖精を、差し出した手のひらに乗せる。
「ありがとうメティ。危険が無いよう細心の注意は払うさ」
「それならば。私も共に賢者ググレカスと飛行の安全を見守りますわ」
「助かるよ。安全のため、早期警戒ワイン樽ゴーレムたちが先行して飛んでいるから、その情報を見ていてくれ」
「おまかせあれ」
俺は視線を空の先へと向けた。
すでに四体のワイン樽ゴーレムたちが、飛行経路のずっと先の空を飛んでいる。
見た目は普通の「空飛ぶワイン樽」だが魔法の「目」としての術式が満載された早期警戒型だ。
正確な呼び名は『ワイン樽ゴーレム、バージョン5.0、戦域情報リンク・ブロックB、早期警戒機能強化型』となる。
自律飛行しながら、飛行経路の地上と空を含めた周囲を広く索敵。脅威となる情報を検知し送信してくる。
樽の中身は「人造スライム」で以前と変わらないが、改良を重ねて育成した特別製。
魔力を大量に蓄積し、飛行のために空気を噴出する魔法、索敵するための魔法などを仕込み、常に改良しアップデートを重ねている。
かつてはゴロゴロと地上を転がる事しか出来なかったワイン樽ゴーレムも、今や空を飛び、魔法のデータリンク機能も拡充しつつある。魔法の情報通信ネットワークは秘匿化、更には無人戦闘クラスタを形成、驚異に対しては連携しながらの空中戦闘が可能となっている。
プルーシアに名声(悪名か?)を轟かせてしまった以上、あらゆる魔法の脅威に対抗できなければならない。
最先端の魔法戦闘に打ち勝ち、圧倒できなければメタノシュタット側が劣勢となる。
だから常に油断せず近代化改修と、改良を怠らない。ゴーレムたちも、自分自身の魔法もだ。
――これで万全の防空体制のはずだが……。
既に空は「賢者の館」の専売特許ではない。
南国マリノセレーゼでは、鳥のような飛行型ゴーレムの実用化が成され使われはじめている。陸戦型のタランティアシリーズといい、メタノシュタットを凌駕する開発力には舌を巻く。
また、プルゥーシア皇国やカンリューン公国でさえ、次世代の飛行型のゴーレムの研究は行われているという。
「メタノシュタット王都、市街地を抜けますわ」
「よし、巡航高度を30メルテに。時速50キロメルテまで増速」
賢者の館は、誰からも見える位置、速度で北を目指し飛び続ける。
王都周辺の街や、村を抜けると広大な森と、延々とつづく麦畑が広がる平野へと至る。
懐かしいフィノボッチ村だ。
麦畑と家々を通過するころ、館から皆が庭先に出てきて景色を眺めはじめた。
「おー! 前に住んでいた村ですねー」
「にょほほ、相変わらず田舎じゃのー」
プラムとヘムペローザのやりとりを聞いていると懐かしい思い出がいくつもよみがえる。
「郷愁。始まりの村ね」
「いまとなっては、何もかも懐かしいなぁ」
愛しの我が子、ポーチュラとミントを抱きながら、マニュフェルノと並んで村の風景を見渡した。
このまま、何事なく旅が続けば良いのだが……。
一抹の不安を感じつつ、賢者の館は北へと飛び続けた。
◆
景色が流れてゆく。
雲も、針葉樹の森も、どんどんと後方へと。
むき出しの操縦席は、結界で防いでいても風が吹き込んでくる。
飛行帽のすきまから覗く銀色の髪がはためく。
細身のハーフエルフの魔法使いが、操縦装置のレバーを握っていた。
――魔法聖者連序列、第5位
――飛翔術使い、スホイ・ベールクルト
プルゥーシア皇国の王宮魔法使い。
王宮魔法使いの最高位にして、もっとも皇帝陛下の寵愛を受けしもの。
「良い子だ、フランカート」
キリリとした表情をわずかに緩める。しかしすぐにハーフエルフの魔法使いは、正面の空へと紺色の瞳を向けた。
薄いガラスに投影された各種情報に目を走らせる。
高度、三百メルテ。速度時速百二十メルテ。高速回転式魔導機関、オールグリーン。
真っ白な鳥のような飛行用ゴーレムの機体には、鷹を模した紋章が描かれている。
白鳥に似た優美なシルエットの機体は、極薄の金属板と骨で形成された飛行型ゴーレムだ。
――プルゥーシア公国、試作型飛行ゴーレムフランカート
流線型の胴体に、鳥のような形状の翼。両方の翼の長さは十五メルテにもおよぶ。それはまるで翼を広げた白鳥のように、悠々と飛行しつづけていた。
特殊な塗料と対魔法探知キャンセラー術式による不可視化機能を有し、国境を越えて南下しても尚、メタノシュタット側に探知された気配はない。
「メタノシュタットの防空網はザルだな」
スホイ・ベールクルトはほくそ笑んだ。
翼下には、竹筒のような魔法火炎直撃槍砲が六発吊り下げられている。
強力な火炎魔法が仕込まれた、遠距離投射が可能な魔法兵器。
飛翔して相手を叩く武装だが、質量兵器として弾道飛行を行うメタノシュタットの鉄杭砲とは原理からして異なっている。
見えない高空から、これを連中に叩き込めば任務は完了だ。
宣戦布告もない、強襲と空爆。それは一方的な蹂躙劇となるだろう。
既に空飛ぶゴーレムフランカートは、ルーデンスの森林領域を越え、メタノシュタット内陸へと侵入していた。すでにルーデンスから百キロメルテ南の地点を飛行している。
帰還を考えれば航続限界ギリギリだが、最悪でも魔導列車のレールだけでも破壊すれば良い。
メタノシュタットの交渉団は、木道レールの魔導列車に乗り、北のルーデンスを目指している。
各所に軍部隊が展開、厳重な警戒態勢が敷かれ地上からの接近、何かを仕掛けることは不可能だ。
故に、空からの奇襲。
メタノシュタット領域内で、事故により交渉団が足止めされれば、彼らは国境線会議への出席が困難となる。
権威は失墜し、メタノシュタットの信頼性に疑問符がつく。
そうなれば、情勢は祖国プルゥーシアに有利となる。
だが、気になる情報が伝わっていた。
あの男、賢者ググレカスが飛び立った、というのだ。
いよいよティバラギー村上空に差し掛かったとき、前方に魔法の反応が検知された。
「飛行物体……!? 大きい、これが『賢者の館』か!」
工作員からもたらされた情報通りだった。
時間と飛行航路から考えても間違いない。
交渉団一行と前後して、賢者ググレカスの飛行要塞、通称『賢者の館』が浮上。一路北を目指している、とメタノシュタットへ潜入した工作員は伝えてきた。
――賢者ググレカスの魔法は『第五世代』じゃ……。侮るでないぞ。
再起不能となったドワーフの魔法使いが、うわ言のように言っていた。
「ふん、オレが確かめてやるよ……!」
◆
<つづく>




