一路、北へ ~不穏な旅立ち
大変長らくおまたせしました。
連載、再開いたします!
◇
メタノシュタット王城での会議は短時間で終了した。
国王陛下が下した結論は、じつに単純明快だった。
――領土に関し一切の譲歩を認めぬ
王国軍の将軍や騎士団長、それに王政府の重鎮や大臣たち。おまけに俺を含めた王立魔法協会、魔法使いのトップたち。錚々たる顔ぶれを並べた御前会議の場で、白ひげの巨漢、コーティルト国王陛下は鼻息も荒くテーブルの天板に拳を叩きつけた。
「ルーデンス以北の森も、我が国の領土である。プルーシアの田舎貴族が何を言おうが、その事実は変わらぬ。心して交渉せよ」
「……はっ」
スヌーヴェル姫殿下とエルゴノートのご成婚により、すっかり元気を取り戻された国王陛下は、気力体力ともにご充実。『武王』の名を欲しいままにした、若かりし日の輝きを取り戻された感がある。
一時は病気による重体説さえ流れていた国王陛下が、王政の中心に返り咲いた瞬間であった。
兎にも角にも、強力なリーダーによる鶴の一声。メタノシュタット王国は一枚岩となって動くことになった。
国境を接するプルーシアとの国境線、策定の交渉を進めることになったのである。
「ルーデンス自治州の北部国境線は、メタノシュタット王国の核心的利益である。ゆえに一歩も譲るな――か」
俺は出発の準備を整えていた。
この結論ありきでは、相手も態度を硬化させるだろう。
交渉は困難なものになることが予想された。表向きは、事務方による平和的な交渉だが、その裏側では熾烈な魔法戦の火花が散るだろう。
「食料や物資は向こうでも手に入る、館が揺れたときの物の固定だけ気をつけてくれ」
「はーい」「りょーかいデス」
賢者の館では、メイド長のリオラに、妹分の亜人の娘ミリンコが、掃除と支度を進めている。
マニュフェルノは部屋でミントとポーチュラに授乳中。いつもどおりの朝の光景だが今日中に「賢者の館」を浮上させ、一路ルーデンスを目指すことになる。
2日後にルーデンス自治州の州都、アークテイルズで会議が行われる。
交渉の場に赴くのは元王国聖騎士団長ビルシュタイン卿以下、王政府の事務方たち。リーゼハット局長以下、王政府の大物たちは、魔導列車にて既に王都を出発。街頭を北へと向かっている。護衛としては、通常の騎士や戦士団以外に、選りすぐりの魔法兵団がついている。
つまり、俺たちは「別動隊」だ。
スヌーヴェル姫殿下の近衛魔法使い、あるいは王宮魔法使いから密かに選抜された魔法使いたち数名が、交渉団の裏側で行われる魔法戦への対応を仰せつかった。
「今回はググレ得意の、暗闘になりそうだね」
賢者の館にやってきたレントミアが、くっくと含み笑いをする。
真っ白なマントを羽織ったハーフエルフの魔法使いは、余裕しゃくしゃくのようだ。
「おいおい、人聞きの悪い。俺は別にコソコソした暗闘が好きなわけじゃないぞ? 裏でこそこそ仕掛けてくる連中の、さらに裏をかくのが楽しいだけなんだよ」
「性格悪っ……! ね、まさに適材適所でしょ」
「にょほほ、類は友を呼ぶというからにょぅ」
リビングダイニングのテーブルで、俺達は出発前の作戦会議と称し、お茶をすすっていた。
レントミアの横に座っているのは、弟子のヘムペローザ。自慢の長く艷やかな黒髪を静かに耳にかきあげながら楽しそうに目を細める。
「プルーシアとは毎度毎度モメているが、今回は遠慮はいらない」
メタノシュタット側の暗躍班のメンツは、俺は当然として、魔法協会から若手のホープかつ事実上のトップとなったレントミア。それに俺の愛弟子のヘムペローザ。
加えて、スヌーヴェル姫の側近中の側近。武闘派魔法使いのマジェルナが向かう。もっとも、マジェルナは交渉団の直衛として、馬車の車列の護衛についている。
他にも王立魔法協会から選抜された実力派、上級・中級の魔法使いが5名ほどいるという。
彼ら彼女らは頼もしい味方となる。魔王大戦でも活躍した猛者、忠誠心も篤く信頼の置けるメンバーであり、王宮の地下サロンでも顔見知りのメンツとなる。
ここまでは予想通りの顔ぶれだ。
戦い慣れしているうえに、互いに手の内を知っているので共闘しやすい。
「アルベリーナは来ないんだね」
レントミアが残念そうにお茶を口にする。マニュフェルノ特製のハーブティーは良い香りで、心が落ち着く。
「加減が利かない面があるからなぁ……。ガチの戦争ならいざしらず。暗闘向きではないというか……」
俺でさえ勝てるか怪しい実力の持ち主、アルベリーナ。
底しれぬ魔術の使い手。ダークエルフの最強魔女。
彼女にも声がかかるかと思ったが、王都での「待機組」となった。
現在のアルベリーナの肩書は『遺物探査研究特務機関・ヴリル』の特務魔法研究主任。言い換えれば王国お抱えの食客であり、知恵袋たる「賢者」に近い扱いだ。
実際、アルベリーナは歴史の様々な局面で影響を与えてきた。近年では砂漠の王国イスラヴィア崩壊のきっかけを作った……と、いえなくもない。
放っておくと他国に与し「最悪の敵」になりかねない存在だ。
故に、世界樹や『聖剣戦艦』の残骸から回収した遺物の研究という、興味を抱く物を捧げものとして、メタノシュタットに留まってもらっているにすぎない。
気まぐれな魔女は、いつかまたフラリと姿を消すかもしれないが。
「この館でルーデンスまで移動するにょ?」
「あぁ。空飛ぶ馬車で俺たちだけ行ってもいいが、万が一ということもある」
「それにルーデンスはファリア姉ぇの地元じゃろ? 危険はなそうじゃがのー」
「まぁ、今回は念の為さ」
王都や世界樹の街でさえ安心はできない。
以前、プルーシアから遠路はるばる遠征してきた魔法使いが、世界樹の街で騒ぎを起こしたことがある。
特にも最強の魔法使い軍団、『魔法聖者連』の上位ランカーは要注意だ。
序列七位のフィルドリアは話のわかる男だった。
しかし先日、序列第4位の錬金魔導工術師、ボキュート・タイタニアを再起不能にしてしまったばかりなのだ。
逆恨みを買っていないわけもないし、他のランカーの動向も気になる。
「離れているよりは安心さ。プルーシアの工作員が何か仕掛けてきたとき、近くに居たほうが護りやすい」
「なるほどにょ。あ、プラムが帰ってきたにょ」
ヘムペローザが立ち上がり、玄関へと向かっていった。
「ただいまですー」
「王宮から装備を持ってきました」
プラムとチュウタも王宮から戻ってきた。武器やら支援品やらを受け取ってきてくれたのだ。
赤毛の半竜人、プラムは軽冒険に出かける装束で。騎士のチュウタは騎士らしい軽装甲の装備に魔法剣『量産型・雷神剣』で身を固めている。
「おかえり。これでメンツは揃ったな」
「じゃ、出発しようか」
レントミアも立ち上がる。
これから庭先に出て、館を浮上させる。
久しぶりの飛行なので、俺とレントミアの共同作業だ。
「ググレ、今回は慎重だね」
「子供が出来たせいかな。なんだか慎重にならざるを得ないのさ」
「ふぅん。そういうもの?」
「自分でも驚いてるよ。メティ起きてくれ」
呼びかけると妖精メティウスが、本の隙間から舞い上がった。あくびをして、背中の透明な羽をふるわせる。
「今から館を浮上させる。例のワイン樽ゴーレム、先行偵察術式と広域監視術式を頼みたい」
「承知いたしましたわ、賢者ググレカス」
納戸からワイン樽ゴーレムが4つ、ゴロゴロと転がり出てきた。
樽の底から空気を噴出し、ゆっくりと浮上する。
「無人偵察機、先行して飛行させ偵察させる。もう片方は更に上空からの驚異監視用さ」
「すごい念入りだね」
「空も以前ほど安全じゃないからな」
対空迎撃術式も多様になってきた。
超巨大な弓矢に魔法をかけて狙い撃ち、あるいは『鉄杭砲』のような金属弾体を魔法で加速させる魔法加速砲も実用段階にはいりつつある。
ワイン樽ゴーレムたちが先行して空に舞い上がり飛んでゆく。
周囲を警戒し、魔法の気配を察知する。
早期警戒偵察型ワイン樽ゴーレム。
眼前に浮かべた戦術情報表示には索敵結界と併せて、幾重にも警戒網が敷かれている。
相手は極北の軍事大国プルーシア皇国。
交渉を有利に進めるため、プルーシアはあらゆる手段をつかってくるだろう。特別交渉使節団と共に、相手方も強力な魔法使いを送り込んでくることが既にわかっている。
今回はそれを見越しての「賢者の館」ごとの移動だが、それさえも狙われる危険がある。
俺の大切な家族であるマニュフェルノや子供たち。それにリオラ、プラム、チュウタも一緒ということは守りやすいが、危険も大きくなる。
魔法使い同士は交渉の場とは違う次元での、場外戦を行うことになる。
互いに水面下で火花を散らし、相手を圧倒するほうが、国境線の交渉さえも有利に進めることができるのだから。
「浮上……! 目標、ルーデンス自治州」
賢者の館は、ゆっくりと王都の空へと舞い上がった。
<つづく>




