★まことの「賢者」
俺たちの馬車、「陸亀号」が賢者の館に到着したのは、それから半刻(※約30分)ほど後だった。
村外れに建つ館の周囲は麦畑が広がるばかりで外灯なんてものは無い。だが、真っ暗闇の中に屋敷の門灯が二つ、ぽつんぽつんと灯台のような光を放っていた。
それは敷地をぐるりと囲む石塀の唯一の出入り口である「正門」の上に飾られた水晶灯が光を発しているのだ。
つる草を意匠とした鉄門扉の上部には、太陽をイメージした鉄のオブジェが設えてあり、そこに林檎程の大きさの水晶が嵌め込まれ、煌々と灯っている。
蓄積された魔力で光る「水晶灯」は、雨でも風でも消えないので常夜灯として重宝する。
俺が館に近づくにつれて、館の窓に明かりが次々と灯り始めた。
「凄い……こんなの初めて見た!」
「お屋敷がお迎えしてくれているみたい!」
俺の左右に座っていた双子の兄妹が、小さな歓声をあげる。
鉄門扉をくぐると自動的にガレージは勿論、玄関やキッチン、主な部屋の明かりが次々と暖かな光で満たされてゆく。
これは魔力を蓄積する性質を持つ水晶や銀などの品物に、自律駆動術式を仕込んでおいて、俺の接近に合わせて点灯するようになっているからだ。
まるで、館自体が意思を持ち、主の帰りを歓迎しているように見える。
ちなみに、高価な本や魔法の材料などの宝庫でもある俺の館は、在宅不在を問わず、警戒用の結界と施錠魔法を常時展開している。
最初の頃は忍び込もうとする泥棒がいたのだが、賊は一人の例外も無く、朝まで鉄門扉の前をぐるぐると回り続け、最後は白目をむいて卒倒していた。これは「触手を振り回す化け物に追われ続ける」という一種の幻覚を見せる魔法をかけてある為で、俺が許可した者以外が強引に入ろうとすると発動する仕組みになっている。
朝になり駆けつけた衛兵を見るなり「たすけてくれ!」と涙ながらにすがり付き、捕まることを喜ぶものさえいたほどだ。
賢者の館にかけられた施錠魔法の恐ろしさは賊業界(?)に広く知れ渡ったようで、最近では忍び込もうという賊は誰一人としていなくなった。
「なかなか、かっこいい眺めだろ?」
俺は自慢げにイオラとリオラにチラリと視線を向ける。
夜は出歩かないし、二人にこんな光景を見せるのは初めてだったかもしれない。
「魔法の力って凄いな」
「何でも出来ちゃうのね」
「でも、肝心な料理や洗濯はできないんだけどな……」
あはは、と皆で笑う。俺達は並んで御者席に腰を下ろし、いろいろな話をしながらここまできたのだ。賢者と居候という垣根を越えて、普通の言葉で談笑し、以前よりもずっと距離が縮まったような気がした。
マフラーは暖かいし暗い夜道でも寂しさは感じなかった。
馬車を館のガレージに滑り込ませ、ワイン樽ゴーレム『フルフル』と『ブルブル』の魔力制御を切断、休息モードにして駐馬させる。
「よし、着いたぞみんな!」
ガレージは館の西側に作られていて館と一体化した造りになっている。雨の日でも濡れずに出入りできるように、裏口で館と繋がっていた。
ガレージは倉庫も兼ねているので、いろいろな品物や、樽が沢山置いてある。俺がいろいろな場面で利用する「樽」はここから調達しているのだが、元々はブドウジュースやジャガイモ等が詰め込まれていたものを再利用している。
俺は御者席から飛び降りて荷台に回りこむと、着いたよとマニュフェルノに声をかけた。
「覚醒。うっかり寝てました。……今日はこれから大事な準備が……」
「え? なんだって?」
マニュが何やらごにょごにょと言い篭る。
見た目は可愛く変身したが、中身はいつものマニュフェルノだと俺は自分に言い聞かせ、勤めていつもどおりに話しかける。
そうでもしないと思わず見とれてしまいそうになる。絹糸の束のように流れる髪とか、メガネ無しで俺をじっと見つめる瞳とか。
何故だかちょっと鼓動が早まる。
「所望。ここから先、私の部屋は決して覗かないでください」
「……はぁ?」
思わず間抜けな声を出してしまった。元より覗くつもりなど無いんだが……。
「部屋。決して……覗かないでください。大事な事なので二度言いました」
「別に覗かんわ! てか、機織りでもする気かよ?」
「秘密。乙女の準備です」
人差し指を唇に当てて、片目をぱちんとつぶる。
その仕草がどうみても付け焼刃で、思わず俺はぷっと吹き出す。
「……はは! プライベートな時間は詮索しないよ」
「詮索。べつにしてもいいですけど」
「え?」
「二人。だけのプライベートというのもあるのですよ、わかります?」
「わからん」
まぁ大方、同人誌原稿の仕上げでもやるつもりなのだろう。
見た目は可愛いくなっても、やっぱりいつものマニュフェルノだとわかり俺は内心ホッとする。
「ぐっさん、荷物どうしようか?」
イオラが馬車の荷物を降ろすと言い出すが、今日はもう夜も遅い。
「あぁ、それは明日にしよう。今日はもう疲れたし、シャワーを浴びて寝たいな」
「あ、はい」
双子の兄妹は、じゃぁ暖炉とシャワーの準備をしますと言い残し、屋敷の中に入っていった。今までは全部俺一人でやっていた事が、こうして人手があるだけで大分楽になるものだ。
次は荷台ですぴーすぴーと寝息を立てているヘムペロとプラムだが、揺さぶっても起きそうもない。
「やれやれ、手間が掛かるな」
俺は嘆息しつつも一人ずつ「お姫さまだっこ」で寝室まで運んでやることにする。
「ぐ……?」
プラムの体は軽そうに見えて、イザ抱かかえてみるとと小麦の袋を2、3個ほど同時に持ち上げたほどの重さがあった。思わず重い! と声を上げそうになるが、そこは俺も男だ。
小柄な身体をひょいっと持ち上げる。
「意外。ググレくんって結構、力持ちなのね」
「ふふん、俺は結構身体を鍛えているから……なっ!」
嘘です。
……実は魔力強化外装を展開しただけなのだが。
鍛えているといったのは、脳内で敵を倒したりするイメージトレーニングをしているという意味だ。一応は平均的な男子ぐらいに走ったりできる程度の体力はあるつもりだが、俺は基本的に頭脳労働専門なのでな。
プラムを抱きかかえたまま、プラムとヘムペロの二人の共同の部屋に連れていき寝台にそっと寝かす。
巨大怪獣の一件以来、二人は夜になると怖いと言って俺の部屋で寝るようになった。だが、流石に今日は大丈夫だろう。
たまには俺だって、のびのびと一人で寝たいしな。
もう一度馬車に戻り、まだぐーぐー寝ているヘムペローザを抱きかける。
と、
「にょほほ……捕まえたにょ賢者……これで動けまいにょ……」
「寝言かよ」
どんな夢を見ているのか想像がつくが、ほっぺたをにゅっと引っ張ってみる。
「にょ? いたひ……いきなり強引だにょ……」
夢が切り替わったようだ。面白いのだが起こすのも可哀想なので、そっと抱きかかえて部屋まで連れて行くことにする。
「お……?」
ヘムペローザの方が若干軽いだろうか? 身体もふにゃりと柔らかく、同じ女の子でも違うもんだなぁと、妙な事に俺は少し驚く。
二人をそっと寝台に並べて寝かせ、寝顔を確認してから扉を閉める。
「ぐっさん、暖炉とお風呂、準備できたよ」
イオラがキッチンの方から顔を覗かせた。
暖炉というものは薪が燃え尽きてしまえば消えてしまうのだが、流石に俺も魔法使いの端くれ。賢者の館の暖炉には「薪が程よく燃え続ける魔法」をかけてあるので、チロチロといい具合に種火が残っている。
新しい薪をくべればすぐに勢いよく燃えるので、常に暖かさを維持できる。
暖炉の煙突内部に通された金属パイプの中は、スターリング・スライム・エンジンを応用した「魔法のポンプ」で汲み上げた水が循環している。それが暖炉の火で暖まり樽に溜められて、お湯となってキッチン脇の風呂場で使える仕組みだ。
だが、館も大人数になってきたのでお湯がすぐに尽きてしまうのが目下の悩みの種だ。
いっそ二人ぐらいでまとめてシャワーを浴びたらどうだろうか?
プラムとヘムペロは、大抵リオラと一緒にシャワーを浴びているからいいとして、節約のために俺とイオラも一緒でもいいのではないか?
「イオラ、一緒に風呂に入ろうか?」
「いやそれは遠慮しとく」
ううむ、即答か。
「……けど、俺とリオからお願いがあるんだ……よ」
何か言い出しにくそうに、イオラが照れたようなはにかんだ笑みを浮かべて俺の顔を伺う。
「……ん?」
「今夜さ、一緒に寝てみたいんだけど」
「は……あぁ!?」
◇
風呂も入って、いよいよ俺の賢者エネルギー蓄積タイム、と思った矢先。
「ぐっさん! きたぞっ!」「失礼しまーす」
イオラとリオラ、二人の弾んだ声が飛び込んできた。予告通り、両手には枕と毛布を抱えている。そしてそのまま俺の寝台にダイブ――俺の左右に双子の兄妹がサンドイッチするように寝転がった。
ふわりと鼻をくすぐる甘い香り。そして柔らかくて暖かい体温に、心臓が跳ねる。
イオラは男の子だから少し硬い感触で、リオラはその……プラムやヘムペローザとはまた違うふんわりとした柔らかな感触がする。双子とはいえ当然そこは違うのだ。
――くはっ!? こ……これは天国か!? 遂に俺の時代か!?
「お、おまえら、ホントにここで寝る……の?」
俺はあまりの事態に照れを隠すこともできず、戸惑いを露わにする。
「だってこんなチャンスないじゃん?」
「いつもヘムペロちゃんとプラムちゃんの優先席だしね」
「あと、レントミアさんの!」
あはは、と俺を挟んで顔を見合わせて二人は笑みをこぼす。
「もしかして俺は……抱き枕扱いなのか?」
だがイオラが言うには、こうだ。
――みんながぐっさんと寝たいって言うのは「安心できるから」だと。
「最初は……正直ちょっと近寄りがたかったです。でも……、プラムちゃんやヘムペロちゃんがあんなに心の底から慕ってるのを見て、だから……きっとすごく優しい人なんだって思うようになったんです」
「ぐっさんは強いし優しいし……。その、傍にいると安心できるんだと思うぜ?」
だから皆いつもぐっさんの傍にいたいんだ、と。
「それに賢者さまは絶対、私に変な事したりしないし」
静かにリオラが微笑んで、信頼と尊敬が混じった眼差しを向けてくる。
だが俺は思わず曖昧に目をそらした。正直に言えば、健全な男子である俺は、妄想と欲望の煩悩にまみれている。
――そんな大層な人間じゃないんだ、俺は。
「だって『賢者』さまなんだぜ? あたりまえじゃん」
「イオ、そんなにくっついたら、賢者さまが狭くて苦しいよ」
リオラが微笑んで、そのまま俺の隣で横になった。
その顔は、なんというか、父親の横で安心しきって寝ている子供みたいだった。
「あぁ……、うん。……そうさ。そうだな、ははは」
なんだろう?
このものすごく嬉しい様な、絶望的に悲しいような、複雑な気持ちは?
――と。
『……グレ……』
「――レントミア?」
俺ははっとして右手の銀の指輪を掲げた。イオラとリオラが何事かと目を丸くする。
指輪を通じて伝わってきた声は、雑音交じりで良く聞こえない。
レントミアなのか? もしそうなら、無事だという事になるが……。
「レントミア!?」
俺は指輪に向けて呼びかけた。
<つづく>
【作者より】
と、いうわけで、日計ランキング123位登場記念イラストです。
えぇ、レントミアくんですw
お気に入り登録してくれた皆様、評価ポイントを入れてくれた皆様、大変感謝でございます!
(40分ほどで描いたものなので多少荒いですけど)
タイトルは
「ここで……?」 です(w
【みてみんメンテナンス中のため画像は表示されません】
ググレカス「何をだよ!?」
レントミア「やだなぁ、きまってるでしょ」