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 コードネーム『罪人』(フェロン)

 ◆


 プルゥーシア皇国・聖都ムスクシア。

 極北のプルゥーシア皇都であり、悠久の歴史を誇る古都。伝統様式に彩られた建築物が立ち並ぶ中心街に、厳重な警備が敷かれた一角があった。皇国の魔法兵器開発局(マギアウェーポ・アーガンス)。その中枢となる施設だ。


新型ゴーレム(フェロン)の稼働を確認したぞな」

 老魔術師が白い顎髭を撫でながら、ほくそ笑んだ。

 背が低くがっしりとした体形、ドワーフ族の魔術師の伝統衣装に身を包んでいる。錬金魔導工術師(アーケミアテクト)、ボキュート・タイタニア。

 プルゥーシア皇国魔術師の最高位『魔法聖者連(セントモレア)』の序列、第四位を誇る魔術師。


「――神域極光衆(オーヴァ・オーラリア)の魔女、マガルータが魔力供給を開始、接触します!」


 作戦中の魔女の指令により、現地に展開させていた実証機が稼働した。魔法のウィンドゥに映るパラメータが刻々と変化してゆく。


「ボキュート様、かなり不利な戦況下での投入となります。相手はメタノシュタット最上位級の魔法使いです……!」

 矢継ぎ早に薄暗い指令室に声が響く。オペレータの術者たちが数名、魔法のモニターを食い入るように見つめている。

 壁に並んだ投影装置には、戦場の映像が映し出されていた。それは七色砦における戦闘の様子だった。メタノシュタット王国に編入されたとはいえ、旧ルーデンス王国との紛争地帯、領土を巡る確執は続いている。


「戦況などどうでもよい。実戦データさえ取れればの」

 今回の急襲作戦自体は、南部統括軍の急進派(・・・)による暴走に過ぎない。領土云々はボキュート・タイタニアにとって興味のない些事だった。

 だが軍事作戦に相乗りする形で、魔法兵器開発局(マギアウェーポ・アーガンス)も一枚噛んでいる。


「魔女一人の犠牲(・・)で、大いなる未来が開けるのじゃ……!」


「魔女マガルータへの浸食、魔力回路の形成を確認……! ゼロによる魔力の接収を開始……!」


『――うがぁぁあ、あああああああああ!?』

 魔法のモニターの向こう側で、魔女マガルータが絶叫。恍惚とした表情を浮かべながら白目を剥いた。魔法力をゴーレムに吸収されているのだ。


 ――新型試作ゴーレム、タイプTX-50

 ――コードネーム『罪人(フェロン)

 ――高集積(ハイポテント)記憶石(メモリア)、領域封入型『ゼロ・リモーティア・エンクロード』状態正常

 ――魔力吸収、充填率65% 稼働臨界を突破

 ――システム・オールグリーン


 フェロンは無人で稼働する戦闘用ゴーレムの技術実証機だ。機体の制御に用いられたのは、自己学習進化型『疑似霊魂(ミリリアンソウル)』の発展系。

 通称、『ゼロ・リモーティア・エンクロード』

「その強化改良型、ブロック2じゃ」

 表向きは破棄した事になっていた人造魔導師計画のバックアップ(・・・・・)。それを流用し発展改良。憑依させた魔法使いたちから吸収した魔法、経験を継承させている。


「しかしボキュート爺よ、こんなことが知れたら、他の者達に怒られるぞぃ」

 物々しい軍事施設の指令室には場違いな、愛らしい少女が回転椅子に腰かけていた。退屈そうにぐるぐると椅子を回していたが、ドワーフの老魔術の方向で回転を止めた。


 まるで人形のような小顔、大きな青い瞳。腰まで伸ばした金髪に、赤いリボンがあしらわれている。こまっしゃくれた面構えの少女は、ふわふわしたロリータ風の黒いドレスを身に纏っている。


「おうおう、アレクシア。何も心配せんでよい」

 まるで孫娘を相手にするかのように、ドワーフの魔術師は優しく声をかけ、ニッコリと微笑む。

 人造人間(ホムンクルス)、アレクシア。

 賢者ググレカスが「友好親善の証」として差し出した『賢者の石』を魔法核(コア)として受肉させた、プルゥーシア魔術の結晶体。

「じゃといいがのぅ。どうもゼロ・リモーティアは好かぬ。継ぎ()ぎだらけの失敗作。そんなものに頼って得た力など、ロクなことにならんぞぃ」

 他人の事を言えた義理ではないが、アレクシアは自分の奥底に眠っていた「太古の魔法の知恵」が、あんな傀儡に流用されていることが我慢ならなかった。


 モニターの向こうで、魔女マガルータが失神。ゴーレムの足元に崩れ落ちてゆく。


 対峙するメタノシュタットの魔法使いの顔がズームされる。

 新型ゴーレム、フェノムの()を通じての映像だ。

 美しい顔のハーフエルフの魔法使いが、驚きと戸惑いの表情を浮かべている。


「……っ!?」


 ――あれは……レントミアぞい……!


 知らぬはずがあろうか。かつて『賢者の石』であったころ、共に旅をしていた時期もあったのだから。

 アレクシアは軽い目眩を感じずにはいられなかった。

 このドワーフの老魔法使いは何もわかっていないのだ。レントミアがこの件に絡むとなると、必ず悪魔のようなあの男(・・・)が出てくるということを。


「ボフォフォ……! 青臭いメタノシュタットの魔法使い。あの細っこいハーフエルフめが最上位じゃとぉ……? プライドの高そうなその顔を、ズタズタにすると、さぞよい悲鳴をあげるじゃろうて、ゲフォフォォ……!」

 人の良さげな表情から一変、口角をつりあげ、嗜虐的な笑みに変わる。


「魔法使い一人相手にゴーレムとは、ちぃと卑怯ぞい」


「おうおう、愛らしいアレクシアよ。大人の世界は結果が全てなのじゃよ。必要なのは実戦データのみ。多少の犠牲もやむ無し。失敗しても経験を積み重ねればよいだけのこと。データは得てゼロ・リモーティアにフィードバックし、次世代の、未来への道を開く。究極の無敵の魔導師を創造する礎となろうぞ。それこそが皇国の栄光につながるのじゃ!」

 興奮した様子で、ボキュートが一気呵成に心情を吐露する。普段は温厚そうだが、ひと度興奮すると歯止めが利かなくなるタイプらしい。


「ふむ。あまり派手にやると面倒なヤツが出てくるぞい」

「メタノシュタットの術者など、何人来ようと恐れるに足らぬわ!」


 ボキュート・タイタニアは血走った視線を魔法のモニターに向けた。野心に燃える者のご多分に漏れず、己の力に慢心し、歪んだ自信に溺れている。


「……やれやれぞい」

 恐れるに足らぬ、か。

 似たようなセリフは何度か聞いた。

 それで何度返り討ちにあったことか……。

 先日とてメタノシュタット王国に対し、ゼロ・リモーティア・エンクロードを放ったばかりではないか。

 自律稼働する実体を持たない魔法使いという特性をいかし、混乱と破壊を目的とした一種の魔導テロ作戦だったが、結果は……失敗。

 途中であの男に勘付かれたのが運の尽きだった。


 ――賢者ググレカス

 信じがたいほどに狡猾で抜け目のない、あの男。きゃつめが居る限り、必ず邪魔してくるだろう。

 しかも今、モニターの向こうにいるのは親友のレントミアなのだ。


「まぁ、好きにするがよいぞい」

 今、自分は生きる宝物(ほうもつ)のように丁重に扱われている。偉大なる千年帝国(サウザンペディア)の叡知の結晶、叡知を継ぐ『賢者の石』として――。

 だが、ググレカスにも恩はある。単なる時空の門番として暗黒の閉鎖空間で過ごした千年間。あの孤独と虚無の絶望に比べれば、今のなんと眩く楽しいことか……。

 異界への転移門。その管理端末に過ぎなかったゲートキーパーたる己に、存在意義と価値を与え、日々の生を謳歌できるきっかけを与えてくれたのだから。

 いつか、その借りは返さねばなるまい。

 

 さて、今回はどんな手並みをみせてくれるぞい?

 アレクシアは内心、心が踊るのを感じていた。

 周囲に悟られぬよう静かに床を蹴る。くるくる回る回転椅子の背もたれに身を預け、静かに目を閉じた。


 ◆

 

 ――同時刻、七色砦。


「えっ、どゆこと? 魔女が……?」

 レントミアは戸惑いの声を漏らした。


 ゴーレムの援軍に狂喜乱舞していたプルゥーシアの魔女が、失神した。ゴーレムの機体に触れた瞬間、白目を剥き、魔力を吸収されてしまったのだ。


 出現したゴーレムは、高さ3メルテ、全長5メルテほどの、多脚タイプだった。昆虫のような関節をもつ四本の脚部。上半身は二本の腕と頭部があり、人間の上半身そっくりだ。

 それは、マリノセレーゼで開発された多脚型ゴーレム、タランティア系統を思わせるシルエットだった。技術流出、あるいは何らかの方法で機体のデータを手にいれたのだろうか。関係性を疑わずにはいられないほどに、機体の雰囲気が似通っている。


 真っ白に塗装された金属製の機体に、プルゥーシア語で何か書かれていた。

 赤い文字で『罪人』と読める。


『――戦闘、開始』

 ボウッと頭部に埋め込まれた輝石が赤く輝いた。次の瞬間、レントミアに右腕を向けると、銀色の矢を放った。


「ま、倒さなきゃいけないってことは、同じだけど……さ!」


<つづく>


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― 新着の感想 ―
[良い点] 公式には破棄されたはずの『ゼロ・リモーティア・エンクロード』を核としたゴーレムの登場。 これは強敵かと思いきや、奴のエネルギーとなる魔法力は、魔女から接収しましたか。 中々に鬼畜な仕様です…
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