二人のあらたなる旅路
チュン、チュチュン――。
可愛い小鳥たちが庭先で戯れながら歌っている。
快晴で今日も爽やかな一日になりそうだ。賢者の館は新しい朝を迎えていた。
「ううむ、実にいい朝だ」
「幸福。ずっとこんな日が続けばいいのに」
窓辺に立って朝日を浴びる。マニュフェルノは寝台の上に座り、ポーチュラとミントを交互に抱いて授乳している最中だ。
「続くさ」
若干フラグめいたセリフを、俺は笑って聞き流した。
ここから先、過酷な運命が待ち構えていようとも、負けるわけにはいかない。屈することなどない。守るべき大切なものが、こんなにも出来たのだから。
気持ちも新たに庭先を眺めると、庭木にぐったりした様子の猫耳の青年が縛られていた。ルゥローニィだ。
「ところで、庭木にルゥが縛り付けられているのだが……」
館スライムが周囲に集まり、死肉を期待するハゲタカのような構図になっている。
「あ、ルゥの兄貴が死んでる……?」
「帰りが遅くて、スピママに怒られていましたからねー」
早起きなラーズとラーナが目ざとく見つけ、どうすべきか悩んでいる。
「折檻。朝帰りをスッピに見つかり、しばかれて追い出されていました」
「ははは。男の付き合いなんだから許してやってくれよ」
夕べ、ルゥローニィはエルゴノートの婚姻祝い。騎士団や戦士団、剣士たちとの交流の飲み会に参加していたらしい。屈強な男たちの宴で、さぞかし酒も飲んだことだろう。
「交際。私は、男同士の裸の付き合いは推奨していますからね! レントミアくんとは今後とも親密にどうぞ」
マニュフェルノが微笑んでメガネを光らせる。
「いろいろ誤解をしているようだが、俺とレントミアは清らかな関係だからな」
「耽美。清らかな肉体関係ですね、わかります」
「わかってねぇ」
朝から笑いの絶えない俺たちだが、楽しいといえば昨夜の「メティウス酒場」も楽しかった。
恋バナが大好きな妖精やリオラにスピアルノ。彼女たちは大盛り上がりだった。そして暗躍していたマニュフェルノも。彼女たちによる「レントミアとファリアをカップリングさせよう!」という試みは、一応の成功を収めたようだ。
「お二人は、次なる恋のステージへと進まれましたわ!」
瞳を輝かせる妖精メティウス曰く、レントミアとファリアは「互いを恋愛対象として意識する」という、新しいステージへと進んだらしい。
恋の駆け引き、男と女――。
ファリアとレントミアは、傍目には互いが恋の相手に求める条件が合致する。しかし人の気持ちは複雑で、一筋縄ではいかないものだ。
だが、昨夜の交流を通じ二人に何らかの気持ちの変化、あるいは認識の変化が、少なからずあったことは間違いない。
肉体派と頭脳派。肉食と草食。おおらかで細かいことを気にしないファリアに、細かいことばかり気にするレントミア。
今更ながら正反対すぎて互いに新鮮というか、意外に相性がよいということを自覚したと思う。
ファリアが、「レントミアを(婿?)養子にする!」といい放ったのは、酔った勢いの冗談だったのだろうか?
リオラは「半分本気だったかもしれませんね」と言っていたが、さもありなん。二人はなんだかんだと楽しそうに話していたし、最後は「また旅にいきたい」と意気投合していた。
「満室。部屋がいっぱいだという流れで、同室にしてしまえばよかったかしら」
「流石にそれはやりすぎだろ」
「残念。それにレントミア君のことだから、満室だとググレ君と寝る、っていいそうね」
口惜しそうなマニュフェルノ。
「恋のペースは人それぞれですわ、賢者ググレカス」
「あぁ、そうだな」
妖精メティウスの言うとおり、あとはレントミアとファリアに任せることでいいだろう。
朝を迎えた賢者の館は、慌ただしい一日になることを予感させた。
やがて、ファリアはルーデンスに帰る支度をし始めた。
「というわけで、僕も行くことにしたよ」
「そうか。気を付けろよ」
レントミアの申し出は半ば予想していた。
目的はファリアとのデート……ではなく国境地帯の敵対勢力の排除だ。
相変わらずキョデッティル大森林やルーデンス自治州周辺ではプルゥーシアによる領域侵犯と威示行為が活発だという。
ヘムペローザやアルベリーナが遭遇し、排撃した輩だ。ルーデンス人たちも黙って見過ごしてはいないが、魔法に長けた人間が少なく、被害が出てしまっているという。
「ファリアと一緒だから大丈夫だよ」
「そうだな。ファリアも王都から、最強の魔法使いを連れ帰ったとなれば、顔も立つだろうさ」
「あはは、そうだといいけど。ファリアと夕べは戦闘時の連携についても打合せしていたから、後れはとらぬさ」
「はぁ!? そんなことを話していたのか」
「そうだよ、楽しかったなぁ。六人で旅をしていた時みたいで」
あっけらかんと笑うレントミア。
「そ、そうか」
いい雰囲気だと思っていたが、顔を突き合わせてそんなことを話していたとは。マニュフェルノが聞いたら歯噛みしそうだ。
それはそうと、ファリアとレントミアは生粋の前衛と後衛の間柄。
竜撃の戦士と魔法使いの最強コラボ。戦闘に関しては何の心配もないだろう。唯一、俺のように幻影などを駆使する術者の「搦め手」には気を付けねばならないが……。まぁ二人が連携すれば油断もなく、大丈夫だろう。
「はっはっは、ルゥ猫も連れていきたかったが……。あの様子では昼過ぎまで起きないな」
ファリアが庭先を指差すと、庭木の根本でルゥローニィが眠っていた。色とりどりの館スライムに好き勝手吸い付かれているが、起きる気配はない。
「俺もルゥも子持ちで、何日も家を空けられないんだよ。その点、ファリアとレントミアは……」
「みなまで言うな。夕べのことは感謝している。目から竜のウロコだ」
目から竜のウロコ。ルーデンスの諺だろうが、意味は大体通じる。
ファリアの視線は、レントミアに向けられていた。
「レントミアはきっとお前を守るよ。男だからな」
「あぁ、私も同じ気持ちだ。大切な仲間……友人だから必ず守る」
「お前らなら大丈夫だよ。行けよ、よい旅を」
「また会おう、ググレ!」
「じゃぁ行ってくるね、ググレ」
俺は二人を送り出した。
ルーデンスへの旅路、そして少しの冒険と危険は、二人の関係をより深く、絆をもっと強くするだろうと信じて。
友人が恋人にかわる日は、そう遠くないだろう。
<つづく>