メティウス酒場のカップリング大作戦?
◇
香油ランプの明かりが揺れるカウンター席に、露出多めの衣装を身にまとった妖精――。
ここは大人たちの隠れ家。通称、メティウス酒場。
まぁ何のことはない、賢者の館のリビングダイニング、夜の部なのだが雰囲気は大切だ。
「お飲み物は何になさいますか?」
ママ役の妖精は、フルーツを盛った器の縁に腰掛けて、接客をはじめている。
「私がつくりますから、ご注文をどうぞ」
リオラは栗色の髪を一つに結い、黒いチョッキのような上着を羽織っている。妖精メティウスではスプーン一本持ち上ることさえ一苦労なので、バーテンダー役を引き受けてくれている。リオラもだいぶ板についてきた。
「オレンジジュースがのみたい」
「濃厚な豚骨のスープをひとつ」
「おまえらの冗談は、酒場によっちゃ通じない時があるからな」
「あはは、そうだったね」
「ここは通じるのだろう?」
「ったく」
レントミアとファリアは笑うが、タチの悪い冒険者が集まるようなガラの悪い酒場では、何度かヒヤヒヤした場面もあった。ああいう場では空気を読むことも大切だ。
「ま、息はピッタリっスね」
俺の左側に座っていたスピアルノがくすくす笑う。
今宵のメティウス酒場は盛況だ。俺の左横にはスピアルノ、右横にはファリア、更に右隣にレントミアが座っている。
対面にはバーテンダー役のリオラ、そして酒場の女主人役のメティがいる。
家の呑みは気兼ねがなくていい。
マニュフェルノは赤子たちと一緒に休んでいるので、残念ながら不参加だ。
本来ならここにルゥローニィも居るはずなのだが、今朝から出かけて帰ってこない。エルゴノート主催の怪しげな(?)飲み会に誘われて出ていったきりで、今夜は午前様だろうか。
こっそり帰ってきたところで、スピアルノに見つかって、激しく叱責され、土下座……。そんなルゥローニィの様子が、未来予知能力者のように目に浮かぶ。
「レントミアさんは柑橘果汁と蒸留酒のカクテルで。ファリアさんも同じものでいいですか?」
手慣れた様子でお酒のフォローをするリオラ。ちなみにリオラは未成年なのでお酒は飲まないが、スピアルノにレシピは教えて貰ったらしい。
「僕はそれでおねがいするね」
「酸っぱいのは苦手なのだが……」
「なら、ファリアさんにぴったりの甘いカクテルがありますよ。自家製のさくらんぼの果実酒なんです」
「ほぅ、それを頼もうかな、リオラ」
「はい!」
早速リオラは容器から小さな氷を取り出すと、カップに落としいれる。最近人気の魔法工房製、氷を生成する魔法道具だ。
カランコロンという音が心地よい、夜の時間を演出する。
「リオラ、俺もレントミアと同じものを」
「オラには米の発酵酒を一杯、ストレートのお冷でおねがいっス」
「はーい」
最初に出てきたのはファリア向けのさくらんぼの果実酒、チェリーのカクテルだ。マニュフェルノたちが手作りした果実酒は、ほんのりと桜色で可愛らしい。
「おぉ可愛いな、香りも優しい」
ファリアは気に入ったようだ。
スピアルノは南国マリノセレーゼ産の穀物の発酵酒。白濁した酒はドブロクと呼ばれているものだ。
「次はレントミアさんとぐー兄ぃさんのカクテルを……」
南方産の柑橘、オレンジを二つ、両手に一つずつ握る。
胸の前に持ち上げると、両手の平でぐっと潰し始めるリオラ。
「えいっ」
可愛い掛け声と同時に、両手を握りしめ、万力のようにオレンジの果実を締め付ける。やがて、ブシュッと果汁が滴り、カクテルグラスの中へと注がれてゆく。
「おぉ、生搾り」
リオラのパワープレイに息を飲む。こんなオレンジの搾り方があったのか。
「す、凄いパワーだね」
「もう、照れるじゃないですか」
頬を染めつつ信じがたい握力を披露するリオラ。腕相撲で負けたっきリ二度とリオラと勝負はしないと心に誓ったのは正しかった。
搾りたてのオレンジジュースに蒸留酒を注ぎ、マドラーでかき混ぜる。これでオレンジカクテルの完成だ。
「できました、どうぞ」
「じゃぁ、あらためて乾杯だ!」
「かんぱーい」
「乾杯」
「乾杯っス」
――美味い。
皆で乾杯すると始まる大人の時間。
会話もはずみ、笑い声が絶えない。
こうして、酌み交わすお酒は実に美味い。
そして、今夜のメティウス酒場にはひとつ目的がある。
――レントミアとファリアをカップリングしちゃおう大作戦……!
兎にも角にも、恋のキューピットになりたいマニュフェルノのアイデアだ。二人を急接近させるという密命を帯びているのは、俺とスピアルノ、それにリオラにメティ。ここにいる全員が仕掛け人だ。
酒場は時として出会いの場でもある。楽しい時間を共に共有する男と女の間には、恋が芽生えることもある。
特に俺達は、命すら預け合ってきた仲間だ。お互いをよく知る仲間同士だ。苦しく困難な魔王討伐や、超竜退治の冒険を、共に乗り越えてきた。
そんななかで俺とレントミアが熱い友情で結ばれ、俺とマニュフェルノが愛し合い夫婦になったように、レントミアとファリアだって深い仲になれるはずだ。
ファリアとレントミアの組み合わせなど、考えたこともなかったが、探りを入れた限りでは好みは合っている。
何よりも需要と供給のバランスがとれているのだ。
要はお互いにそれを自覚し、いかに意識するかにかかっている。
あとは二人をなんとなくいい雰囲気にして、くっつけてしまえばよいのだ。
「ファリアさんって、知的な男性が好みなんですよねー」
早速リオラが会話をふる。しかし、ファリアは既に二杯の酒を胃に流し込み、酔いが回りはじめているようだ。
「あぁ……。そうなんだ、無いものねだりなのかもしれないが……。この、ググレみたいなのが良かったんだが、マニュに先を越されてしまった」
がっとファリアに肩を抱き寄せられる俺。
「おい、やめ……おぅふ」
ファリアのくせにいい香りがするし、大きな胸が当たっている。
「賢者ググレカス、お気を確かに」
「ググレッスがそんなんでどうするっス」
スピアルノに脇腹をツネられる。痛い。
「あっ、あの! でも、ほら、知的な男性なら横にもいるじゃないですか」
レントミアに視線を誘導するリオラ。
ナイスフォローだ、リオラ。
「男性……? これは美少女の一種だろう」
「美少女ちがう、男の娘……いや成人男性だよ!」
ファリアにツッこみを入れる俺。一種ってなんだ。
「冗談はよせ。レントミアは誰が見ても可愛いだろうが」
俺を解放すると、次にレントミアの頭をそっと撫でる。まるで娘を愛でるような、慈しみの眼差しを向けながら。
「もう、相変わらず子供扱いなんだから、ファリアは」
「レントミアもまんざらでもなさそうに頬を染めるな」
何処からツッこめばいいんだ。
ファリアはレントミアを男性として見ていない。
すくなくとも美少女の類いだと思っている。
レントミアも優しい姉のように慕っている。
まぁレントミアの好みは、ここから来ているのだろうか。包み込むような優しさ、魅力溢れる大人の女性が良いのだ。だからこそ姉さんタイプ、ファリアがピッタリだ。
対するファリアの男性の好みは知的で細身。マッチョはそんなに好きではないらしい。魔法も使えれば好感度はさらに高い。となれば、レントミアを男性と認識させればうまくいきそうだ。
こうなれば作戦の第二段階へ移行だ。
俺は妖精メティウスを通じて指令を送る。
「おつまみなど、いかがかしら?」
「あ、僕はナッツが食べたいな」
森のエルフの血が木の実を求めるのだろうか。レントミアはナッツ類が大好きだ。
「おぉいいな、私もいただこう」
ファリアはエルゴノートに次いで酒が強い。既に果実酒を三杯のんでいる。ほろ酔いにさしかかりつつあるようだ。
「はい、ナッツです」
皿にのせたオニグルミを、ファリアとレントミアの間に置くリオラ。
「ほぅ? この店では客に殻のまま出すのか。レントミアが食べられないだろうが」
流石はファリア。レントミアを気遣うあたりは頼れる姉といった雰囲気だ。
「ファリアさんの男前をみせてくださいよ」
リオラはオニグルミを二つ、手のひらで転がす。
そして気合い一閃。ビキィ! と一息に殻を割った。硬いオニグルミの殻を手で割るとは、恐るべし。
「ふふ、勝負したい……ということか」
「ファリアがんばれー」
挑戦的なリオラの笑みは演技だが、ファリアを挑発するには十分だった。レントミアが頼もしい姉に声援を送る。
ファリアはオニグルミを五個、手のひらで掴んだ。
「な……!?」
「……ふんぬ!」
バキィイ!
気合いをいれると、オニグルミ五個が一気に砕けた。
粉々になった中身をパラパラとレントミアの前に落とす。
「わ、相変わらずすごいね、ファリアは」
パチパチと手を叩き、無邪気に喜ぶレントミア。
お酒が入ると陽気に、笑い顔がいっそう可愛くなるのがこのハーフエルフの特徴だ。
「昔は8個は余裕で砕けたものだが……」
「すごいよ、手を見せて」
自分の体力の衰えを嘆くファリアに、レントミアがじゃれつく。なんだか違う方向にファリアの好感度が上がっている。
「あ、ありえないっス」
「人差し指と親指だけで、野獣の首の骨を砕いたのを見たことがあるからな……」
「負けました、流石です」
リオラが敗北を認めたところで次の作戦だ。
レントミアの男前をアップする。
「ファリアさん。一皿、サービスですよ」
コトッとファリアの前に出したのは、グリーンサラダだった。
新鮮な野菜に酸味のあるドレッシング。しかしその下にはローストしたチキンの肉が見える。
「ぬ、ぅ……?」
つまり、肉を食べたいファリアにとっては、やさいが邪魔。
ルーデンス人は野菜が苦手。
ちょっとしたいじわる大作戦だ。
ここにフォローをいれるのは……
「ファリア、野菜は僕がもらうよ。苦手でしょ?」
「レントミア……」
野菜大好きなレントミアは言わずもがな。サクサクと野菜を平らげてしまう。しかし肉には目もくれない。レントミアはあまり肉は食べないからだ。
ファリアは何か感じるところがあったのか、サラダの下に隠されていたチキンをフォークで刺して口に運ぶ。
「美味いな」
ここです。
ここですわ。
リオラと妖精メティウスが俺にむけ目を光らせる。
「……人生には時として、困難が付き物だ。そんなとき自然に手を差し出し助けてくれる、支えてくれる相手は、とても大事だと思うんだ」
――きまった。
フッと口角を持ち上げて、カクテルをあおる。
やったぞマニュフェルノ、お前のシナリオ通りだ。
「クルミの殻を割ってくれる人なんて、素敵ッスよ」
「苦手な野菜を食べてくれるなんて、男らしいです」
スピアルノとリオラによるダメ押しの援護射撃。
「「あ……」」
鈍感なファリアも、無邪気なレントミアも、流石に互いの事だと感づいたようだ。
顔を一瞬見合わせて、目を泳がせる。
「レントミア……」
「なに、ファリア」
見つめあう二人。
固唾を飲んで見守る俺たち。
くるぞくるぞ、という期待が高まる。
「お前を……養女にしたい。大切にするから」
「あ、それ……すごく嬉しいかも」
ちっ――
「違ぁああああああう!?」
俺は立ち上がり叫んだ。
「え、えぇえええ!?」
「いやいやいや、そうじゃないっスよね!?」
「な、なんだリオラにスッピまで……」
きょとんとした様子のファリア。
「ファリアさまとレントミアさまの、新しい愛の形……! 素敵ですわ」
<つづく>