肉食系ご令嬢、ファリアの結婚願望
本日最後の来客はファリアだった。
旧ルーデンス王国の姫君による表敬訪問――。などと言えば聞こえは良いが、要は昔なじみが遊びに来ただけだ。
「歓迎。ファリア、ひさしぶりね」
「先月、来たばっかりだけどな」
あはは、と気楽な感じで出迎える。
「ググレ、マニュフェルノ、ご子息とご令嬢の誕生、おめでとう!」
「なんだよ改まって。来てくれただけで嬉しいよ」
「歓迎。あがって、今夜は泊まっていくんでしょ?」
マニュも嬉しそうだ。館はだいぶ手狭になったが、ファリアが泊まる客間ぐらいは空いている。
「これは誕生祝いの品、心ばかりの手土産だ」
肩に担いできた物を、まるで花束のように差し出すファリア。
「おっ? 気を使ってくれるなんて」
赤いリボンが結ばれた茶色い塊は、一見すると太い棍棒かハンマーにも見える。だが、よく見ればルーデンス地方特産の巨大なハムだった。
「お、大きいですー!?」
「まんま牛の右後ろ足じゃろ!?」
プラムとヘムペローザが二人がかりで受け取り、ヨロヨロと転びそうになる。完全に巨大な牛の右後ろ脚、太もも付近だ。
「はっはっは、熟成肉をじっくり燻した最高級品の生ハムだ。美味しいぞ」
「武器を持ってきたのかと思ったが、ハムだったとは」
「晩餐。今夜みんなで食べましょう!」
ファリアの故郷であるルーデンス王国は現在、メタノシュタット王国の施政下にある。特別自治区扱いとなった今は、元国王兼族長のアンドルア・ジーハイド・ラグントゥスが総督という地位を賜り、引き続き統治している。そのあたりはエルゴノート総督のイスラヴィア特別自治区と同じ扱いだろう。
その際、ファリアの親父さんはメタノシュタット王国から公爵という高い爵位も与えられている。これによりルーンデンス王国の第一王女だったファリアは、公爵家のご令嬢という身分に変わったわけだ。
あくまでも世間一般、表向きはというだけで、俺たちにとっては友人であり仲間。女戦士ファリアで何も変わることはない。
リビングダイニングに通し、リオラがお茶を出す。
「ファリアさん、こんにちは」
「おぉそうだ、リオラには特別なお土産があったんだ。えぇと……途中で立ち寄ったティバラギー村で貰ってきた村便りだ」
手持ちの書類入れから、紙の束を取り出しリオラに渡す。魔法の活版で印刷された薄い冊子だ。
「同人。薄い本?」
「ちげぇよ、村で出している広報だよ」
マニュフェルノが冊子の薄さに反応する。
「はい、村役場が季節ごとに発行する広報なんです。これは初夏号ですね。ありがとうございます、ファリアさん」
「なぁに、私もイオラが気になるからな。弟分として」
「相変わらず元気でやっていましたか?」
「村の若者たちのリーダーだからな。その冊子の巻頭特集で、イオラが『じゃがいも騎士団』の団長として活躍してる様子が載っていたぞ」
ページをめくるリオラが顔をほころばせる。
「あ、ほんとうだ」
すっかり成長した赤毛の青年イオラ。剣を手に倒した魔物、巨大なイノブーの前で仲間たちとポーズをキメていた。
「すっかりいい男になって。あれは村娘たちにモテている様子だったぞ」
「もう……! イオラの節操なし」
リオラが呆れた様子で笑う。イオラにはハルアという可愛い奥さんがいるので、いまさらモテたところで仕方あるまいが。
◇
「こ、これがググレとマニュの子だと!? 信じられない、天使じゃないか……!」
ファリアが赤子たちを見てまず驚き、すぐにほわぁっと優しい顔になる。
「微笑。抱いてみる?」
「いいのか?」
「勿論。ポーチュラをどうぞ」
「おっ、おおぅっ……小さい、なんという愛らしさだ。いい匂いがする……かわいい、かわいい」
やはりファリアも年頃の女性らしく、赤子を抱くと急に絵になるのは不思議だ。
次に弟のミントも抱っこする。可愛い、小さいと感動している。だが抱き方が違うことに気がついたのか、ミントがふぇぇと泣き出した。
慌ててマニュフェルノにゆっくりと返す。
「ううむ、赤ちゃんか。いたら幸せだろうな」
ファリアは少し神妙な顔つきになった。
親からは早く結婚しろと言われ、幾度か見合いをし、そこそこまで話も進んだこともある。記憶に新しいのは、相手はプルゥーシァ皇国の王家筋のご子息だったはずだ、しかし最終的に性格の不一致と国情の問題も絡んで上手くいかなかった。
「こら、まてラーズ!」
「焼き菓子の残りはオレが食う!」
ドタバタと館の中を追いかけっこしていたラーズを捕獲。ファリアの前に生贄のように突き出す。
「はーなーせ、グー兄ぃ」
「もうワンサイズ大きい子の相手をたのむ」
元気なラーズと遊べば、すこし気晴らしになるだろう。
「おぉ! いいともさ。ラーナにラーズ、赤ちゃんが眠っているから静かに、私とすこし外で遊ぼうか」
「やったぜ、ファリア姉ぇちゃん!」
「先月、剣の稽古で負けて泣いてたくせにー」
「うるせーな、あれから修行したんだよっ」
ファリアは楽しそうにラーナとラーズを連れて庭へと出ていった。
今日の来客は実に多かったが、どうやらファリアで最後らしい。
レントミアから魔法の通信で連絡が来て、このあとは館に来て合流し、みんなと夕飯を食べながら話がしたいという。
「今夜は賑やかな夕食になりそうだ」
「歓迎。そうね」
◇
日が暮れて、リビングダイニングに皆が集まった。
香油ランプの明かりが揺れる長テーブル。今夜のディナーはそれは豪華で、賑やかな大所帯での食事となった。
メインデッシュはファリアが持ってきてくれた巨大な生ハムだ。
長テーブルの中央に、どんっと牛の後ろ脚――生ハムが置いてある。それを豪快に切り分けて、賢者の館特製の香味ソースをかけて食べる。他にも副菜やパン、チーズ、果物などさまざまなメニューが並ぶ。
「……うまい! 絶品だ」
「賢者にょと同じくらい薄いのが好みにょ」
「誤解を生じる言い回しだな、薄いのはハムな」
「そうだにょー」
俺とヘムペローザは薄くスライスしたハムをいただく。食べやすく柔らかいハムが好みなのは一緒なのだ。
艶やかで長い自慢の黒髪、すこし尖ったクォーターエルフの耳。淑やかに微笑む愛弟子は、誰が見ても美人だと口を揃える魔女になった。
だが、テーブルの対面に座る五人の女どもは違っていた。
これでもかというくらい遠慮なく分厚くカットした塊のようなハムを貪っている。
「んむっ、この……肉感が嬉しいですねー!」
「おうっ、骨の周りが一番うまいんだぞ!」
プラムとファリアは骨付き肉の部分をそれぞれ手に持ち、豪快にかぶりついている。
もはや、嫁入り前の娘の姿ではない。
プラムはともかく、ファリアは本当にお嫁に行けるのか俺でも心配になるくらいだ。
「柔らかくて美味しいです、やっぱり肉ですよね、お肉!」
「オラの肉食獣の魂が蘇るっッスね!」
「なんて美味な、長老になんと知らせればいいのデスカ」
メイド服から普段着に着替えたリオラとスピアルノ、それに弟子の亜人娘のミリンコ。見た目は華やかだが口の回りをソースで汚し、肉食獣みたいになっていた。
「お……おぅ、リオラもスッピもミリンコも今日はお疲れさま。しっかり食べておくれよ」
「遠慮なく、いただいています」
「そういう気遣い、好きッスよ」
「食料事情、スパイしてマス」
びっと親指を立てる三人組。
「姉弟。賑やかなのに寝てくれたわ」
マニュフェルノは俺の横でポーチュラとミントの小さな寝台を揺らしながら、皆の話に耳を傾けていた。姉弟はお乳を飲んで眠っているが、油断すると吐いたり、泣いたりするので、目は離せない。
「マニュ、あとは俺が見ているから、ご飯を食べろよ」
「感謝。交代でおねがいね」
さて。
現在、賢者の館で最も騒がしいのは「ちびっこ軍団」だ。
要はスピアルノの四つ子たち。犬耳の女子ミールゥ、猫耳の男子ニーアノ。猫耳の女子ニャッピ、犬耳の男子ナータ。それに加えて元気が倍になったラーナとラーズが加わり、普段ならば食卓は戦場と化す。
今夜も巨大な肉を目の前に、争奪戦になるかと思いきや……大人しい。というのも、意外な助っ人が子供らを引き受けてくれたからだ。
「そのとき、ドラゴンが大きな口をあけて、炎を吐いたんだ。ごーっと」
「きゃぁ!」
「それで? それで!?」
レントミアが語る冒険譚に、子どもたちは真剣に耳を傾けていた。夢中になるあまり、口を開けたまま肉を入れ忘れている子もいる。
「賢者ググレカスが魔法の結界で炎を防いだ。その間に、勇者と猫耳の剣士――君たちのお父さんが左右からドラゴンに斬りかかったんだ」
「「「「おー?」」」」
ハーフエルフの意外な一面を見た気がした。子供好きで面倒見の良いレントミアなど、あまり普段は想像もつかなかった。
先日も俺に子供がほしいとこぼしていたし。やはり、成人に近づき、大人になったから故の心情変化だろうか……。
「む? そういえばスピアルノはいるのに、ルゥはどうしたんだ?」
ファリアがテーブルを見回す。館に来てからルゥローニィに会ってないことに今更気づいたらしい。
「昼前に出ていったきりだよ。朝早くにエルゴノートの使者が来て、戦没者追悼式典があるからと。まぁ、実際は口実のいい飲み会だろうが」
参加者は魔王大戦で戦った剣士と王国の戦士たちらしい。彼らなりの付き合いや繋がりがあるわけで、断れないだろう。
「ルゥ猫は育児放棄して逃げたッス」
スピアルノは吐き捨てた。冗談とも本気ともとれる言い方だが、ナイフでハムを斬り裂く様子に思わずぎょっとする。
「ま、まぁ男には付き合いというものがあるのでは……」
「はーん? で、賢者ッスはどっちの味方ッス?」
スピアルノが半眼を向けてくる。ワインを空けるペースが早い。
「お、俺は子供と妻……家族が大事だよ」
「そうっスよね! そうじゃなくっちゃ。これからも一生ついていくっス! オラと子供もよろしくっス」
目をキラキラさせて身を乗り出すスピアルノ。
「一生っておま……」
「側室。第四夫人ができましたね!」
マニュフェルノがニヤリとする。この館で同居しているのだから家族も同然だが、流石に照れるだろ。
「や、やめんか。もう」
ちなみにマニュフェルノ公認の第二夫人はリオラ。第三夫人はレントミアらしい。
義理の妹に美青年、それに子連れの人妻……。これは、思い描いていたハーレムと違う。
「はっはっは、あいかわらず楽しいな、ここは」
ファリアが豪快に笑う。
「ところでファリアさんは最近、いい人いるんですか?」
リオラがさらりと話を振る。あえて触れてはいけないかな、という微妙なラインに切り込むとは流石なり。
「うーむ、それがなかなか、よい出会いがなくて」
「そうですよねぇ。世の中の男は見る目がないというか」
リオラが共感を示すと、ファリアも苦笑する。
みんな気になっているとおり、ファリアにもそろそろ結婚してほしいと願っている。
「それに私が結婚をしないと、下の妹たちも嫁げないと、父上や母上には常々言われるし。はぁ、困ったものだ」
ファリアは頬杖をつきながら、ハムの骨でテーブルをつつく。
「ルーデンスのご令嬢なんだから、いくらでも相手は居そうだがなぁ」
実は美人だし、身体も……豊満だし。
「名家。竜撃戦士のご子息で、素敵な方はいないの?」
「良い男はいるが、私にも選ぶ権利はあるだろう」
「贅沢言ってると本当にヤバイぞ」
「ググレ、おまえなぁ」
ファリアが少し怒った顔をするが、そういう顔も可愛いとおもう。
「いや、悪い悪い」
「嗜好。それならファリアはどんな男の人が好み? やっぱりマッチョで頼りがいがあるひと? ガンガンひっぱってくれるタイプなんてよさそうだけど」
マニュフェルノがメガネを光らせる。仲人にでもなろうというのか。
確かに見合い相手を親の都合で押し付けるより、ファリアの好みにあった男性を見つけたほうが早いだろう。
「そ……それは、その」
顔を赤らめる女戦士の手元から、バキッと音がした。
「モジモジしながらハムの骨を折るな」
「いいから教えて下さいよー」
「言ってくれれば、オラたちも協力するっス」
リオラとスピアルノも興味津々だ。
「筋肉。強い男性は、私も憧れます」
「マニュ、俺を見て言うな」
「好みというか、その……。実は私は、マッチョな男は好きじゃないんだ」
えー!? と、ファリアの想定外の告白にどよめく。
「意外です! てっきり屈強で、筋肉モリモリの男の人が好きなのかと」
「そうそう。ルーデンスの竜撃戦士はみんな親父さんみたいに、すごい筋肉の塊ばかりじゃないか」
おそらくみんな同じことを考えていたのだろう。
「オラは、エルゴノートがお似合いだと、密かに思っていたっスが」
「それは言える」
実は俺の中でも、ファリアの結婚相手としてはエルゴノートしかいないと思っていた。
なんたって国同士の「幼なじみ」だったわけだし、共に冒険をしてきた強い絆もある。
お似合いだと思っていた。だがエルゴノートはスヌーヴェル姫を選んだ。
「それなら、どんなタイプが好みなんです?」
リオラがぐいぐい行く。今夜のリオラは積極的だ。恋バナに好きな相手の話など、女子は興味があるからなぁ。
「ち、知的で……頭のいいタイプがいい」
おぉ……!? と、再びどよめく。
いつのまにかプラムとヘムペローザもリオラの左右に陣取って、興味深けに耳を傾けている。
「成程。確かにファリアには頭脳派がピッタリかも。例えば……ウチのググレくんみたいな?」
「…………ッ!」
目を泳がせるファリア。みんなが一斉に俺の方を見る。なんなんだその反応は。
「提案。第五夫人にしてあげたら?」
「なわけないだろ」
悪ノリのマニュフェルノにツッこみを入れる俺。
「まぁ冗談はさておき。となりの芝生は青く見える、無い物ねだりで、頭脳派がいいわけだな? 筋肉の量に関わらず」
「いちいち言い方は気にくわんが、まぁ……そんなところだ」
ファリアがボソッと答える。
「魔法。魔法使いなんてどうかしら? 知的で優しいひともいるわよ」
グゥ兄ぃさまみたいに。とリオラ。よせよ照れるぜ。
「そうだな。魔法が使える男性に憧れるな。まぁ昔の見合いはそれでハズレを引いたのだが」
「ははは……」
「父も、ルーデンスにはよい魔法使いが居つかないと嘆いていた。だから魔法使いを何度か呼び寄せて……。ろくなことにはならなかったが」
ファリアがため息を吐く。
思い出すのはこの館が出来たばかりの頃。プラムと俺は二人きりだった。そこにファリアが遊びに来てくれたっけ。
――恋人のふりをしてほしい!
見合いを断る口実にしたい。そんなふうに真剣に頼むファリアに付き合い、決闘騒動に巻き込まれたな。
確かあのときの見合いの相手は、ティンギルハイド。父親が連れてきたカンリューンの魔法使いだ。今でこそ良い奴で友人だが、あの時は嫌な感じの男だった。
「魔法使いで良い男か……」
「照会。王立魔法協会にでも聞いて……」
俺とマニュフェルノはそこで顔を見合わせた。
そして視線を、テーブルの反対側。子供達の相手をしているハーフエルフの魔法使いに向ける。
――レントミア……!
いや、しかし。
でも、そんな。
ファリアとレントミア……だと?
屈強な女戦士と頭脳派魔法使い。
どちらも未婚。結婚願望あり。
「……まて、これは意外とお似合いかもしれんぞ」
「意外。カップリングとして考えたこと、なかったけど」
マニュフェルノと額をつきあわせてゴニョゴニョと会話を交わす。
性格は正反対、だがファリアの願望に実は合っている。しかも知らぬ仲ではない。
何よりもレンントミアは家柄こそ何も無いが、無一文から地位も名誉も手にいれた実力派、信頼のおける男なのだ。
「ちょっと、失礼」
俺は立ち上がり、女たちの会話の輪を抜け出した。
そっとレントミアに近づく。ちょうど物語も終わり、子供達から解放されたタイミングを見計らう。
背後からレントミアの両肩に手をのせて、そっと耳元でささやく。
「好きなタイプは?」
「もう、ググレだよ」
にっこりと微笑んで、手を重ねてくる美青年ハーフエルフ。
ラーナとラーズにばっちり見られた。
「ばっ! そういうんじゃなくて。女性ならば、の場合だよ」
「えー? 何で急に」
「いいから、教えてくれよ」
「もー」
ラーナがラーズの両目を手で隠した。
イチャついているようにしか見えないかもしれんが、重要なところなのだ。
「そうだなぁ、女の人なら年上がいいな。優しくて……包容力があるタイプ?」
「なっ、なるほど! ちなみに背格好は?」
「あまり気にしないよ。逆に僕より大きくて背の高い女のひとばかりだし」
「そうかそうか……! 他にはなにか」
「ハイエルフはちょっと無理……だとおもった。魔法は使えなくてもいいよ。僕が使えるから」
「オーケー、いいこと聞いたよ。ありがとう」
俺はマニュフェルノに向けて親指をたてた。
<つづく>




