幸せな祝福と来訪者たち
◇
「では、ググレカス殿に何卒よろしくお伝えください」
綺麗な身なりの青年は深々と一礼をした。
プラムと同じ年頃の青年だが、育ちの良さが疑える。
「承りましたのですー」
だが、対応したプラムも負けてはいない。礼儀作法も身に付けた我が家の長女は、贈答品を受け取って恭しく礼をする。
「すまぬのぅ。お返しと言ってはなんじゃが、これは弟子のワシからの手土産じゃ」
「そんな……! ご子息様お誕生のお祝いに来たつもりが、逆にお礼を頂くなど……!」
「大したものではないにょ。魔法の種じゃ。植えれば一晩で芽が出て花が咲く。それは虫除けの力を秘めておるゆえ、これからの季節、窓辺に飾るのによかろうて」
小さなかわいい包みを使者に手渡すヘムペローザ。
すっかり魔女らしくなった弟子は、今や巷では『可憐なる蔓草の魔女』などと呼ばれている。
「あ、ありがとうございます。このような貴重な魔法の品を頂き、大変恐縮です。きっと母上がお喜びになります。虫が苦手なもので」
「うむうむ、こちらこそ心遣いに感謝じゃ。お師匠さまも喜ぶであろうにょ」
「何卒、宜しくお伝えください」
「ませておくにょ」
青年は再び礼をする。
「お気を付けてー」
そして来たときと同じ、館の外に待たせてあった二頭立ての馬車に乗り込み去っていった。
しばらくするとプラムとヘムペローザが二階の書斎に戻ってきた。
「ご苦労、二人とも」
「やれやれ、これで四件目じゃの」
「今朝から十人ぐらい来ましたねー」
「はは、すまんな。駄賃を弾むからその調子で頑張っておくれ」
朝から来客が多く、忙しい。
俺とマニュフェルノの子、ポーチュラとミントが生まれたと聞きつけた人々が、次々にお祝いをと駆けつけてくれるのだ。
とてもありがたく嬉しい事なのだが、名の知れた王侯貴族が直接いらっしゃる場合など、応接間にお通してお茶を出して……と、丁寧に対応せねばならない。
てんてこ舞いなのは、メイド長のリオラに見習いのミリンコたちだ。だかそこは賢者の館のマンパワー。スピアルノやラーナ、ラーズまで動員してくれている。
今もまだ応接間には一組のお客がいらっしゃった。俺はこうして少し抜け出してきたが、マニュフェルノが赤子を見せながら話している。
こうした最中の更なる来客には、長女と弟子の出番になる。
二人には家の主の代理として、他の来客の対応をしてもらうことにしたのだ。
本来なら、お客さま全員を館の中に招きたいところだが、今日ばかりはそうもいかない。それに、お客人の中には「だれだっけ?」という疎遠な方もいらっしゃる。
そこで館の入り口でプラムとヘムペローザが、失礼のないように丁寧に対応してゆく手はずだ。
ヘムペローザと魔法通信を通じて来客の素性を確認。
プラムは相手からお祝いの口上と、場合によっては祝の品も受け取る。手ぶらで返すのが失礼な場合は、返礼品として、ヘムペローザの魔法の種子を用意し、手渡してもらうことにした。
巷ではヘムペローザの手による「魔法の種子」は、とても貴重な魔法の品として知られ、高値で取引されることもあるという。
「とても感じの良い人でしたねー」
涼しげなブルーのシャツに、長めのキュロットスカート姿のプラム。緋色の髪をサイドアップにし、まるでご令嬢のような雰囲気だ。
「今のお客様、あの青年は確か……」
「えーと、サネット伯爵のお使いの方、と申しておりましたねー」
「あぁ、あのサネット伯爵のご子息か! 元気そうでなによりだ。遠いところから来てくれたとは嬉しいな」
サネット伯爵は王都メタノシュタットの南側、ファトシュガー村を治めている。
「賢者にょが対応すると話が長くなるからにょ。ワシらで丁度よいのじゃ」
ヘムペローザは白地のシックなワンピース。裾や胸元のあたりには繊細な植物の柄が刺繍されている。肩に羽織った薄手のヴェールは、スヌーヴェル姫殿下から下賜された魔法使いのマントと同等の権威のある品だ。
サネット伯爵は、去年の暮れに面識があった。今しがた訪ねて来られたご子息にかけられた「呪い」を解いて差し上げたことがある。
ある日、伯爵の大切なご子息が、流れ者の魔法使いに邪な呪いをかけられたのだ。財産目当ての下衆な魔法使い崩れの仕業だったが、呪詛はやっかいな古代イフタリア魔術で、お抱えの魔法使いたちでは、その呪いを解くことが出来なかった。
そこで困り果て、王立魔法協会へ依頼が来て、俺のところに相談が来た……という流れだった。
無論、呪いはものの数分で解呪した。
流れ者の魔法使いは「貴様が賢者ググレカスか!」と、もう何百回も聞いたようなセリフを吐きながら挑んできたが、その場で再起不能にしてやった。
めでたしめでたし。
「ポーチュラちゃんとミントくんへ、お誕生のお祝いの品じゃと。ご丁寧にいただいたにょ」
「これですー」
「おぉ」
プラムは使者から渡された小箱を持っていた。
綺麗な包装にはリボンがあしらわれている。生まれた子どもたちへの贈り物だという。
中身は腕利きの職人が仕立てた二人分の産着ドレスらしい。
「ありがたい。しかし、ウチに子供が生まれたと聞きつけるのが早いなぁ」
「報道業者が、しきりにニュースを流していますからねー」
「まぁのぅ。世界に名だたる賢者にょの子供が生まれたと聞けば、お祝いもしたくなるじゃろ」
「世界中が祝福してくれているみたいで嬉しいな」
いつの間にか、祝いの品も山のようになっていた。後で全員にお礼をせねばならない。それはそれでまたひと仕事だが。
「しかしにょ、中にはこの機に乗じて、一泡吹かせてやろうとか、お礼参りをしてやろうとか、邪悪な考えを持つ輩もいるやもしれぬ。賢者にょの日頃の行いを鑑みれば、さもありなんじゃぞい」
ヘムペローザが切れ長の瞳を細める。不吉なことを言いつつも、口元は楽しそうに歪んでいる。
「日頃の行いだと? 俺は普段から善良な行いばかりしているつもりだがな」
「ググレさまの善良な行いといいますとー?」
「敵を踏みつけて、高笑いするあたりのことかにょ」
「ひと聞きの悪いことを言うな、踏みつけになどしておらん」
暴力反対。敵対してくる相手は無力化して、立ち直れないようにしているだけだ。
「スライム漬けのおしおきですねー」
「魔力も生きる気力も吸いとったあげく、人間としての尊厳も踏みにじっておるじゃろ……」
「勧善懲悪。王国の賢者としての役目なんだから仕方ないだろ」
「そういうところにょ」
「逆恨みということもありますし」
「うぬぬ……」
メタノシュタット王国の賢者として、つね日頃から善良かつ模範的な振る舞いを心がけている。
とはいえ二人の言うとおり、言いがかりに近い逆恨み、幸せな俺へ憎しみを募らせる奴がいないとも限らない。
気を緩めるのはよくない。
「だが心配ない。手は打ってある」
窓から庭に視線を向ける。
今日の来客ラッシュは一段落したようだ。
芝生の上では色とりどりの館スライムがモゾモゾと動き回り、帰ってゆく客人を見送っている。
王立治療院の支援者である大物貴族のマダムだ。マニュフェルノと交遊があるのは治癒魔法による新薬の開発の関係だろうか。
「……例の薄い本、楽しみに……」
「鋭意。執筆中で……えぇ」
グゥフフフ! とマダムの笑い声が聞こえてきた。
そういう交遊関係かよ。
すると階段を駆け上がる軽快な足音に続き、ドアが開いた。
「ぐーぐ、疲れたー」
「あー、かったりー」
プラムとヘムペローザより、ワンサイズ小さな子供らがドタバタと入ってきた。
分裂して増えたホムンクルス姉弟、ラーナとラーズだ
体当りするように抱きついてくる二人は、とにかく元気で騒がしく、可愛い盛りだ。
スライム細胞から進化させ人型を成したのは5年ほど前だが、見た目は十歳ぐらい。小さい頃のプラムとヘムペローザを思い出す。
「今日はまたお嬢様とお坊ちゃまみたいで可愛いな」
二人の柔らかな赤毛をワシワシと撫でる。
「えへへー、いい服を着せてもらったのでーす」
「そうかー? キツくて嫌なんだけどよー」
腰にまとわりつき甘えてくる二人は、少しおめかしをしていた。
子供用の貴族服っぽい服装だ。来客の身分も高いので、普段着というわけにもいかないからだ。
「リオ姉ぇもミリンコちゃんもヘトヘトだってー」
「あとで肩でも揉んでやるか……」
堅苦しい来客の相手はたしかに疲れる。俺だっていつもの気楽で楽しい館が恋しい。
「オレは元気だから遊ぼうぜ、ぐーぐ」
「おまえは無駄に元気だな……」
腕を引っ張るラーズ。剣術の相手は出来ないし、面倒なので魔法で剣の相手ができるゴーレムを作ってやろうか。
「気分転換ならプラムがお相手しますよー」
「いいぜ、プラム姉ぇ。オレと組み手しようぜ!」
今や年長のお姉さんとなったプラムが、弟の面倒を見てくれるようだ。
プラムとラーズが変なポーズで向かい合うと、ばしばしと拳と拳を交差させ、戦い始めた。
「あぁもうお前ら、外でやってくれ! それから上品な服を破くんじゃないぞ」
と、言ったところで、開け放した窓からふわりと光が舞い戻ってきた。
「賢者ググレカス」
「メティ」
淡い光に包まれた妖精は、差し出した手のひらの上に乗ると、疲れた様子で髪を振り払った。
「何かあったか?」
「招かざるお客様が。レントミアさまがお帰りいただきましたが」
「やはり来たか」
実は、賢者の館に通じる道には、秘密の関所をこしらえていた。見えない魔法の結界だ。
ここ数日の来客の多さに辟易していたが、やはり中には素性の知れない怪しい人間もいた。
妙な魔力の気配を持つ人間が検知された場合、職務質問をさせてもらうのだ。
それはレントミアが「面白そう」と引き受けてくれた。
「賢者ググレカスのお子様を、お調べになりたいのでしょう」
案の定というか、一部の勢力は俺とマニュフェルノの子供に興味を抱いているようだ。
魔法の特性、ポテンシャル。あるいは、何か秘めたる力があるとでも考えているのだろう。
だが、ポーチュラとミントは普通の子だ。
今のところは。
「ストラリア諸侯国の貴族の使いを語る魔法使いが一人、プルゥーシアの外交官が二人、お引き取り願いましたわ」
「そうか、手間をかけたな」
「レントミアさまと一触即発でした。もう、ドキドキしましたけれど、穏やかに事なきを得ましたわ」
「あとでたっぷり可愛がってやらんとな」
「うふふ、期待しておりましたよ。レントミアさまが」
メティはサポート役としてレントミアに付いていったが、魔力供給の関係で長時間は離れていられないのだ。
肩に妖精を乗せ休息させる。
と、早速レントミアからの魔法通信が届いた。
戦術情報表示がポップアップで眼前に浮かぶ。
『ググレ、お客様だよ』
「やれやれ大繁盛だな。手に負えないっていうんじゃないだろうな?」
『その逆、僕らの友達だよ』
「ほう?」
索敵結界にも反応があった。
判別コードは青、既知の人物、つまり顔見知りだ。
やがて、地響きのような車輪の音が近づいてきた。
黒い毛並みの水牛がニ頭、先頭で牽いている。馬車――いや、水牛車がやってきた。
大型の分厚い車輪に、客室は金属板で装甲されている。戦車のような車体は、そのまま戦場に遠征できそうな頑強さを感じさせる。
「あれは……!」
旧ルーデンス王国の紋章が見えた。
館の前で停車。客室のドアが開くと、大柄な女性が颯爽と降り立った。ドウッ、と地面が揺らぐ気配がした。
青いドレス姿の女性は着地するや、銀髪の美しい髪を整えた。
「――おぉ、久しいな、ググレの館!」
「ファリアか!」
<つづく>




