レントミア、愛と友情と結婚願望
「所帯を持ちたい……というのか? レントミア」
俺は俄には信じられない思いで、ハーフエルフの相棒を眺めた。
「まぁね。ググレが幸せそうなのを見ていたら、羨ましくなっちゃって」
「良い意味で影響を受けたのなら幸いだよ」
「本当は……ググレと幸せになりたかったけどね」
じっと上目遣いで見つめられる。エメラルド色の瞳を縁取る長いまつげ、美しく艶やかな若草色の髪。青年らしい精悍さを増しつつも、少年の頃のあどけなさを残す面影に、色気さえも感じてしまう。可愛いだけでなく綺麗な、と形容詞が変化している事に気づき、かすかに鼓動が跳ねる。
「ちょっ……よせよ」
「もう、冗談だよ」
「お前がいうとシャレにならん。人目が気になるから、部屋にいこう。そこで話を聞かせてくれ」
「うん」
向こうからマニュフェルノが俺たちの様子を見て、ぐっと親指を立てた。
歓迎、推奨、ごゆっくり。と、顔に書いてある。
――ったく。
人目――マニュフェルノの喜色満面の視線――から逃れるように俺はレントミアを二階の書斎に連れ込んだ。信愛のハグを交わしてからソファに座らせる。
「ふぅ、ここなら安心だ」
「二人だけだね」
「おう。話を聞こうか」
可愛い女の子にしか見えなかった少年時代はいつしか過ぎ、精悍さも併せ持つ美青年へと成長したハーフエルフの相棒、レントミア。メタノシュタット王国最強の魔法使いの一人にして、俺の恩人、魔法の師匠でもある大切な存在だ。
レントミアと俺の間に横たわる黒歴史――。
回想せずにはいられない。
結ばれたいという気持ちが、冗談といえない時期もあったのは事実なのだから。
結婚して子供も出来た今だからこそ、レントミアとの関係、封印していた黒歴史、消し去りたい過去の記憶と、こうして向き合うことが出来る。
かつて、俺はレントミアに恋していた。
端的に言えば恋愛感情を抱いていた。
誤解のないように言うが、レントミアは美少女にしか見えなかったのだから、16歳の俺がそんな気持ちになるのは無理からぬことだった。そうだとも、仕方がない。
俺は異世界に転移したばかりで、右も左もわからず不安と恐怖に怯えていた。そんな迷える子羊みたいな不安な心を、優しく温かい光で照らしてくれたのがレントミアだった。
最初は言葉も満足に話せず、意思疎通にも苦労した。だが、徐々に言葉と心を通わせることができるようになった、親切に魔法を教えてくれたハーフエルフの美少女のお陰だった。
俺の中に眠っていた魔法の才能。それを見い出し、魔力の使い方を教えてくれたのだ。魔法による意思疎通、翻訳魔法が使えるようになったこと、互いの意思疏通が格段に楽になった。
『もっと眉間に、光を集めるイメージで』
『あ、お、おぅ』
そして魔法を教えるという特性上、手を重ねたり、身体を密着させたりするスキンシップも多かった。親切なハーフエルフの美少女が、気になる存在から「好き」に変化するのに、時間はさほどかからなかった。
『す、好きなんだ』
『うん、ボクも』
好きだと告白すると、なんと互いに両想い。舞い上がるほど嬉しく、師弟から友情以上の恋愛へステップアップ。
時効ついでにいうと、初めてキスをしたのはレントミアとだった。
今にして思えば笑い話だが、本気で好きで恋愛感情を抱いていたのだがら、それは自然の流れだった。あぁ、死にたい。
何はともあれ、固い絆で結ばれた二人は、素晴らしい最強の師弟コンビかつ、恋人同士となった。それが魔王大戦の過酷な状況を生き抜くため、有利に働いたのは否めない。
攻撃属性の魔法使いレントミアと、防御と撹乱系魔法に特化した俺。二人は息のあった魔法の連携で、互いに背中を預けて戦った。
脳筋パワー押し一辺倒だったエルゴノートとファリア、ルゥローニィの前衛チームをサポートするのは後衛、魔法使いチームの役目だった。上手く役割を分担し、戦いを有利に進めることができたのは、互いを想う気持ちが強かったからだろう。
俺たちの関係はさらに深まった。
だが、そんなある日、レントミアが男の子だとついに気がついた。まぁ、詳しくは言えないが、そういうことだ。
『……あれ?』
『やん……』
俺の気持ちを想像してみてほしい。混乱と、騙されていたのかという絶望。此方が勝手に勘違いしていたのだという自嘲と脱力感。
しかし、好きなのだから性別は関係ない! 愛を貫く揺るぎない気持ち。
しばらくの間、気持ちは激しく揺れ動いた。
『両性。ハーフエルフは思春期になるまで性別が曖昧。どちらにでもなれる』
『そ、そうなのか』
『恋愛。だから問題ないわ。グゥフフフ』
そんな与太話をニタリと、素敵な笑みとともに教えてくれたのは他ならぬマニュフェルノだった。
無論、誤情報だが、すこしは気が楽になった。
さまざまな葛藤と紆余曲折を経て、いまは互いに強い「ゆーじょー」で結ばれている。
今にしておもえば、一緒に旅をしていたエルゴノートやファリアも「あれは男の子だよ」と、一言教えてくれれば良いものを、妙に俺を気遣っていたらしく、教えてくれなかった。
最初は言葉もろくに通じない異邦人だった俺が、心を通わせることの出来た最初の友人。それがハーフエルフの美少女(正しくは美少年)レントミアだったわけで、その友情を温かく
、そっと見守りたい。そんな要らぬ心配りだったらしい。
さて。
そんな仲睦まじい俺とレントミアの「清らかなる友情」を、陰からじっと観察し続けていた暗い影があった。
常につきまとっていたマニュフェルノだ。
出会った当時の第一印象は、正直あまり良いものではなかった。分厚い瓶底メガネに適当なお下げ髪。独り言をぶつぶつ言いながら、時折ブフッと笑う陰キャ。俺も人のことは言えた義理ではないが、「あまり関わり合いたくないな」という感じの女の子だった。
マニュフェルノは何をしていたのかと言えば、俺とレントミアの関係――極めてプラトニックな純愛――を観察してはメモし、時にはスケッチし、膨大な資料として残していたらしい。
魔王大戦後、王都メタノシュタットに住みはじめたマニュフェルノは、同人誌を描きはじめた。
いわゆる「薄い本」というやつで、英雄たちの赤裸々な関係を描いたものだった。
世界が平和になり、娯楽に飢えていた女性たちは、めくるめく禁断の愛の形に夢中になった。瞬く間に話題となり売れに売れた。
メタノシュタットの裏路地で、エロ同人作家として名を馳せたマニュフェルノの創造力に、一部の女性たちは歓喜した。だが莫大な富をもたらしたのは、実は俺とレントミアの観察日記であったという事は三人の公然の秘密となった。
そんな黒歴史も今は昔。
笑って思い出せるのは、大人になった余裕が故か。
「はっはっは、まぁいろいろあったなぁ」
「もう、笑わないでよ。本気なんだから」
「すまんすまん。レントミア、お前はその気になればモテるだろ?」
顔立ちは整っているし、美青年。魔法に関しても右に出るものはいない。高等魔法学校の学舎では、講師を頼まれれば大人気。黄色い声援が飛び交っているようだ。
ちなみに、俺も頼まれて魔法学舎の教壇に立ったことがあるが、なぜか女子生徒たちが警戒気味だったのはとてもショックだった。講義の題目は「戦闘時の非殺傷魔法について。 ~スライムを利用した武装解除の可能性~」という自信の講義だったのに。スライムで相手の服を溶かし、戦闘意欲を失わせる実例を紹介したのがいけなかったのか。
それはさておき………。
「普通の女の子にあまり興味が持てないんだ」
窓の外に視線を向ける。
何やら意味深な、重大な発言だ。
俺との疑似恋愛が引き金になり、普通の恋愛が出来なくなった、と暗に脅しているのか?
責任をとれと?
いやいや。それならマニュフェルノと俺が恋愛している時に、嫉妬し妨害してきそうなものだが。
言葉通りに解釈するならば、自分の魔法の才能に見合う女子がみつからない、ともとれる。しかしそれは、明確に否定できる。
「というかレントミア、たしかレイストリアと結構仲がよかったんじゃないか?」
スヌーヴェル姫殿下の側近。もっとも信頼されている近衛魔法使い。長寿種族のハイエルフで年齢は不詳。いちど年齢を聞いたら、殺されかけたっけ。
「つきあってないよ。親しくはなったけど。それ以上にはならないかんじ」
「……そうなのか」
「全然、大人の関係とか無関心な感じで。まるで、綺麗な彫刻と話しているみたいなんだ」
なるほど。わかる気がする。超然としたハイエルフは、生殖などしなくても構わない。長寿命種族にはありがちで、個体数も極めて少ない。そのためどこか無機質な、人間的な感情の希薄さを感じる時もある。
恋愛対象、花嫁候補としては「違う」ということか。
「な、ならアルベリーナなんてどうだ? 師弟関係だけど」
「ググレはお母さんと結婚できるの?」
「うぐ。そういう目線なのか」
「そりゃそうだよ。拾って育ててくれたんだもの。魔法の師匠としても尊敬しているし」
「なるほどな」
うーむ。困った。
レントミアに似合いそうな相手。なかなか難しい。
以前、ハイエルフのお見合い希望者が王都に来たことがあったが、彼女らもレイストリアと同じ理由で却下されそうだ。
「僕さ、気がついたんだ。家庭的なっていうか、この館みたいな賑やかな、温かい場所が欲しいんだって」
正直な気持ちを打ち明けたのだろう。エルフ耳をすこし赤くしている。
「……わかった。俺が一肌脱ごう」
「ググレ、ありがとう。あ、でも別に急いでないからね。ちょっとだけ、そんな気持ちになったってだけなんだからね」
「おうおう、いいともいいとも」
ぺしぺしと軽いパンチをくりだしてくるのを受け止め、二人で昔みたいにじゃれあう。
大仕事を引き受けてしまっただろうか。
だが、大切な友人の悩みを放ってはおけない。
見合い相手、いや。レントミアの恋愛のお眼鏡に適う相手を見つけられるのは、俺しかいないのだ。
「ところで、マニュも入ってきたらどうだ?」
書斎の扉の向こうでゴトゴトと音がして、扉がすこし開いた。丸メガネを光らせて、微笑むマニュフェルノ。手にはメモ帳を持っている。聞き耳をたてていたのはぜんぶお見通しだ。
赤子二人を下の女性陣に預け、探りに来たのだろう。
「人肌。ググレ君が脱ぐと言った後に、肉体同士がぶつかる音がしましたが?」
俺とレントミアが裸でないことを見てガッカリした様子だ。
「何もしとらんわ。一肌脱ぐとはいったけど」
「困惑。あたらしいネタが欲しいのに……」
「育児の合間に同人誌を描くのはどうかと思うぞ?」
「使命。読者が待っていますからね。新章突入! 妻に隠れてかつての恋人、かっこ美青年! と逢瀬をくりかえす、禁断の関係を描きます……という予告編プロットを入院中に編集さんに渡したら、反響がすごくて」
ふむっと鼻息も荒くメガネの鼻緒をくっと持ち上げる。育児疲れもノイローゼも無さそうだ。妊娠中も館でずっと執筆していたものな。
「やれやれ……」
「あはは、いい夫婦だね。ふたりとも」
<つづく>




