双子の姉弟、ポーチュラとミント
しばらく嵐のような日々が続いた。
マニュフェルノと俺の子どもたちは、産褥期の経過を診るため、三日ほど産院に継続入院することになった。
しかし難産だったという心配を他所に、マニュはすぐに元気になり、子どもたちもよく乳を飲むようになった。
子どもたち――姉と弟。なんと双子(!)が誕生したのだから、俺たちは喜んだ。
イオラとリオラの兄妹のように、二卵性の姉弟になる。未来が開けた。新しい時代を生きていく子供たち。
名前についてはあまり悩まなかった。
姉はポーチュラ、弟はミントと名付けた。
ハーブ好きなマニュフェルノが思いついた名前だが、俺は一瞬で気に入った。
ポーチュラはハナスベリヒユから。花言葉は「無邪気」「いつも元気」。
ミントはミント類から。花言葉は「徳」「元気」「爽快」。
どちらも生命力に溢れていて、元気いっぱい。お日様を浴びてどんどん増える植物だ。
俺もマニュフェルノもどちらかといえば、日陰な人生を歩んできた。せめて子どもたちは太陽の下で元気に、たくましく生きる子になってほしい。そんな願いを込めて。
ちなみに、俺も名前を考えていたが笑顔で却下された。
ウィキペディとチューバー。頭にぱっと思いついた名前だが、マニュには「不明。ググレカスぐらい由来が分からないね。語感は素敵だけど」と半笑いで言われてしまった。
俺の名前は由来不明なのか、そうなのか。
軽くショックを受けつつも、同じ日に生まれた同士のことも忘れてはいけない。
フィノボッチ村の農夫ギムハットと、騎士団長ヴィルシュタイン。
それぞれの大切な赤ちゃんも経過は順調だった。再会を約束しつつ、俺達よりも一日早く無事に退院していった。
「また城でお会いしましょう、賢者どの」
「フィノボッチ村にまた来てくだせぇ」
「あぁ、また!」
やがて俺たちにも退院の日が来た。
賢者の館は、実に見事なほど受け入れ態勢が整っていた。
「準備万端整って、何のご心配もないッス」
「ありがとうスピアルノ、助かるよ」
それもそのはず。なんといっても四つ子を産んで育てた大先輩、スピアルノがいるのだから。
「あかちゃんだ!」
「かわいーニー!」
「ちっちゃーい!」
「ふたごなのー?」
五歳になるスピアルノの子どもたちも迎えてくれた。犬耳の女の子ミールゥ、猫耳の男の子ニーアノ。猫耳の女の子ニャッピに犬耳の男の子ナータ。
「ちゃんと面倒みるっスよ、お兄ちゃんお姉ちゃんなんだから」
「「「「はーい」」」」
「館が保育所になっとる」
「微笑。頼もしいね」
リオラもプラムもヘムペローザも、俺達の帰りを待っていた。
さっそく赤ちゃんをおくるみに包んだまま、宝物のように大切に抱き上げて、歓声をあげる。
「おーよしよし、ポーチュラちゃん、可愛いですねー」
「これがミントくんかにょー、賢者にょの子とは思えぬ愛らしさよのぅ」
「あんまりスリスリするんじゃない」
「髪の毛は、お姉ちゃんが黒っぽい銀色で、弟くんが明るめのシルバーなんですね」
リオラの言う通り、髪の色が少し違う。姉のほうが燻し銀に近いグレー。弟はやや青みのある明るいシルバーだ。
「ググレさまとマニュ姉ぇが程よく混じったのですかねー?」
「目はマニュ姉ぇそっくりで良かったのー。賢者にょ似だと鋭いからにょぅ」
「あはは、おまえら好き勝手いいやがって。ま、いいけど」
俺はなんだかもう幸せいっぱい。ニヤニヤがとまらない。
それはそうと、魔力はどうなのだろう?
誰もが気になるらしく、報道業者が嗅ぎつけて「賢者様にご子息、ご令嬢が誕生! 稀代の魔女、魔法使いが誕生か!?」などと王都ニュースで盛んに報道されていた。
王城からも使者が来て、姫殿下からのお祝いを頂いた。
賢者である俺と「治癒の魔女」として名の知れたマニュフェルノの子供なのだから、世間が期待するのも無理はない。
しかし、生まれて間もない赤子の魔力特性などわかるはずもない。
意識とは別に発散する魔力波動もあるにはあるが、微弱で特性まではわからない。つまり今の時点では魔力を持つとも持たないとも言えないのだ。
だが、数百年に一度ぐらいのレベルだが、魔王と呼ばれるような超絶な魔力を持って生まれてくる子もいるという。
もしそんな事になっていたら、様々な思惑を持った者たちが近づいてきて、平穏な生活など望めないだろう。
幸か不幸か、ポーチュラとミントには魔力の気配は感じない。
と、賢者の館の結界を乗り越えて誰かが近づいてきた。
警告も何も無いのは身内認定されている人物だからだ。
「ググレ! マニュ! おめでとう!」
それはレントミアだった。
魔法使いの正装、貴族服のようなしゃんとした身なりに、白いマントを身に着けている。
そして大きな花束をマニュフェルノに渡す。
「感謝、レントミアくん」
「どうしたんだ、レントミアその格好……」
「今日は王立魔法協会からの使者として来たんだ。運命の子の誕生を祝して」
「運命の子?」
「少なくとも魔法協会では期待しているよ。そりゃググレとマニュの子供だもん。どんな魔力を持つか、みんな興味津々さ」
レントミアはポーチュラとミントを覗き込んだ。
プラムとヘムペローザが抱いている横から顔を近づける。魔力の気配を抜け目なく探っているようにも見えるが、どうだろうか。
「わぁ……! 可愛い! ググレとマニュ、どっちにも似ているね! お姉ちゃんの目はマニュ、弟くんの顔はマニュ、鼻はマニュ。眉は……ググレ?」
「俺の成分が少なすぎるだろ」
「あはは」
兎にも角にも、暫くは元気に健やかに育つよう、みんなが見てくれる。
俺は安心して王城でしばらく働くことにする。
と、子どもたちの輪を離れ、レントミアが近づいてきた。
「ねぇググレ」
「なんだ?」
「僕も……赤ちゃんが欲しいな」
にっこり。
なんとも意味深な笑顔を浮かべ、上目遣いで。
レントミアは身体を密着させてくる。
「んなっ……!?」
いやいや。
産むのか? レントミアが?
男の娘っぽい見た目だが、流石にそれは無理だろう。
しかし、魔法で人工子宮を構築し、人造生命体を錬成する手も無いではないが。
「まて、俺とお前でそれはその」
「はぁ? 何言ってるの?」
「えっ?」
「普通の意味でだよ」
普通の、意味?
「もう! 何考えてたのさ?」
「だっておま、誤解を生むようなことを」
「結婚して父親になりたいなって、そんなふうに思ったってことだよ」
俺の胸板に指でのの字を書く。
「お、おぉ……?」
そこで視線に気がついて、ハッと振り返る。
マニュフェルノが「ニタァ」と、実に嬉しそうな笑みを浮かべ、俺とレントミアの様子を見つめていた。
<つづく>




