祝砲という名の誤射
「無論、ボダーン大公殿下おひとりの発言と行動で、我が国と貴国カンリューンとの『最も古き強固な同盟』が揺らぐ、などと考えたくもございまん。しかし今の貴公の行動は、お戯れでは済まされますまい」
俺はボダーン卿の繰り出した攻撃をねじ伏せた。
同僚の魔法使い、ロングガットを蹴飛ばしたのは少々心が痛むが仕方ない。操られた魔法使いなど、自分の意思を持たない操り人形も同然であり、同じ手は何度もくわない。
『きっ……貴様ッ!』
「事と次第によっては、我が国に対する宣戦布告とも受け取れますが……』
「黙れ! もう少しですべてが上手くいくはずだった! メタノシュタット王国の中枢を骨抜きにし、姫を我が物とするつもりだった……! なのに、貴様さえいなければ、ググレカス!」
思い通りに行かないとわかるとキレはじめた。歯ぎしりと地団駄が聞こえてくる。
どんなものでも手に入れ、すべてが順調、万事順風満帆な人生を歩んできたのだろう。
計画が狂い、冷静な判断さえできなくなっている。
即ち――その場から「逃げる」という決断さえ。
『それはそれは、高い評価を頂いたようで光栄でございます。お礼と言ってはなんですが、実はボダーン卿のお耳に入れたい事がございまして」
『な、なに……?』
俺は丁寧に、言葉を選びながらボダーン卿の気を引く作戦に移る。うまく話を引き伸ばし、魔法の通信を切らせない。時間を稼ぐためだ。
先に手を出してきたのは向こう。仮想の魔法使いであるゼロ・リモーティア・エンクロードを活性化させたせいで、城内で小競り合いが起こっている。
問題は、こちからから反撃しようにも手出しできない事だ。
一方的なテロ攻撃。自分は安全な場所に隠れながら、仕込んだゼロ・リモーティア・エンクロードを憑依させ仲間割れを誘う。
ボダーン卿はかつて対峙してきた相手の中で最も卑怯かつ、最悪に下衆だ。
実力は未知数だが、調べた限り魔法使いでさえない。敵の風上にも置けない。相手にする意味さえない。
安全圏から裏で糸を引いていただけなのだから。
ボダーン卿は今、反撃する手立てが此方には無いとタカをくくっている。
千キロメルテもの彼方から駒を操り、メタノシュタットを手玉にとっていたつもりだったのだろう。
だが、甘い。
こうして会話を長引かせることで、既にメタノシュタット王国軍の諜報部と姫殿下の直轄軍『中央即応特殊作戦群』が動き出している。
眼前に浮かべた不可視の戦術情報表示には、城内の通信回線を可視化したグラフが映し出されていた。俄に軍内部の動きが活性化、此方の通信を傍受している様子がわかる。
視線誘導で戦術情報表示を操作し、暗号通信を翻訳する。
『賢者ググレカス殿がボダーン卿と接触中、通話内容クリア、傍受できます!』
『……相変わらず、鼻の利く男ですね。利用されることを考慮して暗号化していないのでしょうから、利用させて頂きましょう』
耳障りな声はメタノシュタット王国軍参謀長のフィラガリアか。期待通り、実に頭の切れる男だ。
『魔法通信の発信元特定、カンリューン領内南東部……! ティバラギーで発見された中継施設が使われています』
『よろしい。参謀本部から作戦立案を国王陛下へ、敵拠点に対するピンポイント空爆を進言せり、と』
既に物騒な通話が交わされていた。
ボダーン卿の企みは白日の下に晒され、国王陛下は腹を決めている。
スヌーヴェル姫殿下との確執も消え、一枚岩となった大国、メタノシュタットの動きは予想以上に早かった。
『――国王陛下の許可が下りた。これは勅命である、鉄杭砲の起動準備!』
長年友好関係にあるカンリューン公国の重要人物、ボダーン大公殿下であろうとも許さない。断固とした意思表示は、報復攻撃による殺害も辞さないということだ。その先の戦争という最悪の事態を考えているのか少し不安になる。
「私と貴公の会話は、すべてオープンになっているのです」
『この魔法通信は高度に暗号化されて……』
「男同士で秘密の会話ができる、とでも思いましたか? 貴公は恐れ多くも我が国の国王陛下の顔に泥を塗り、スヌーヴェル姫殿下を侮辱した咎により、極刑を言い渡されている状況です」
『何をふざけたことを! 他国ごときが私を裁けるものか……!』
ボダーン卿が激昂して魔法通信のモニターを叩く。
声が震え、動揺しているのが解る。俺は構わず話し続ける。
「せめてものアドバイスです。お逃げください。ご親族や無関係の使用人まで巻き込むのは、貴公の名誉を汚すことにもなります故」
『――ッ!』
ブッツリと通信が切れた。
だが、もう遅い。
軍の諜報部では位置の特定が完了したようだ。
『通信発信座標特定! ポイントX23-34、E290-S4303、距離1300キロメルテ!』
案の定、ボダーン卿の別荘の一つらしい。
メタノシュタット王国は「やる気」だ。かつて魔法テロリスト組織、ゾルダクスザイアンの拠点を空爆したことがある。それと同じように、隣国の領内を空爆するつもりなのだ。
普通なら戦争になりかねない横暴だが、俺も苦手なほどに狡猾な男が参謀本部で指揮をとっていた。
『カンリューン国防部へ緊急回線を開け。友好国間戦略情報共有条約、第二条7項を発動、緊急伝を』
フィラガリア参謀長だ。
『――メタノシュタット王国軍より至急電。演習中に鉄杭砲制御系に異常発生。制御を失った鉄杭砲が、貴国領内の南東部、座標、E290-S4303に着弾予定。着弾予定はヒトハチマルイチ。至急、該当地区の住民は避難されたし』
僅かの間を置いて慌てた様子の通信が返ってきた。
『――りょ、了解。貴国よりの通達に感謝する。されどこれは国家間の信頼に関わる一大事。当方に発生しうる被害について、別途協議の場を設けることを要求する!』
『申し伝えます。落下予定の弾頭は通常弾頭であり、爆発物、毒物などではございません。単なる鉄の杭です』
怒りの鉄槌ですが。と皮肉るフィラガリアのささやき声は、カンリューン側には聞こえていなかっただろう。
鉄杭砲は既に発射シークエンスに入っていた。
事前通知をしてからの発射により、民間への被害は防げる。ボダーン卿が逃げ出して殺害に失敗しても、当人はその意味の恐ろしさを身にしみて理解するだろう。
メタノシュタット王国は確実に報復をする国だ、と。
――『地中貫通型三式弾・改』装填よし。弾頭内爆裂火炎術式集束媒体を機密保持のため撤去。信管をオミット。
――鉄杭砲『神威鉄槌砲』起動開始
――オペレーション開始。施設内全機能正常、カウントダウン開始
――魔力供給魔道士部隊、魔力供給開始。弾体加速チャンバー内、圧力上昇を確認。臨界まであと200秒!
――指定座標入力完了、カンリューン公国南東部、E290-S4303
――最終着弾位置決定、データリンク! 着弾位置誤差補正、惑星自転周期算出、各種気象データ統合
最大射程1500キロメルテの『神威鉄槌砲』による空爆が行われる。
『聞こえていますか、賢者ググレカス。これは、あくまでも誤射ですから』
「聞かなかったことにするよ、フィラガリア殿」
『呉越同舟、貴殿も同罪ですからそのつもりで』
「どうしてそうなる」
『軍の通信網を盗聴したものは通常、死罪ですが』
「う、ぬぬ……」
「うふふ、賢者ググレカスもタジダジですわね」
妖精メティウスが肩に腰掛けてくすくすと笑っている。
――鉄杭砲『神威鉄槌砲』発射まで100秒!
――弾体加速垂直坑、地表偽装シールド開放!
――発射最終シークエンスへ。弾体加速リング・流体魔法加速装置。1番から128番まで正常、熱移送魔法連続循環点火、開始!
眼前に浮かぶ魔法の小窓、戦術情報表示には「秘匿通信音声解析中」と表示されている。聞こえてくるのは雑音交じりの音声だが、緊迫した様子が窺える。
――『神威鉄槌砲』発射まで10秒! 9、8、7、流体魔法加速装置全機能正常、チャンバー内圧力、臨界!
「さらば、ボダーン卿。もう会うこともありますまい」
俺は水晶玉を床に落とし叩き割った。
――3、2、『神威鉄槌砲』発射!
ズゴォオオオン………!
遠雷のような咆哮が城を震わせた。
――飛翔体リフトオフ……上昇中!
上階ではパーティの準備が進んでいる。
多くの者達は、神威鉄杭砲の咆哮を、天へ昇ってゆく輝きを、エルゴノートとスヌーヴェル姫殿下の婚姻の祝砲とでも思っていることだろう。
「さて、残る仕事はゼロの後片付けだ」
「はいっ」
廊下を進み、騒ぎの起きている談話室の一つへ突入する。
そこでは若い魔女が机の上に乗り、激しい風の魔法を励起して、室内を引っ掻き回していた。同僚の魔法使いたちが「やめろー!」「正気に戻れー!」と涙ながらに叫んでいる。
仮想の魔法使い、ゼロ・リモーティア・エンクロードに憑依された魔法使いたちが、遠隔操作で覚醒状態になっている。人格を喪失し、暴れているのだ。
『我が名はゼロリモオオオーティアッ! 最強、あらゆる魔術を極めしィイ』
「賢者ググレカス! あの御方もゼロに操られておられますわ!」
「やれやれだ。タイプⅢの逆浸透型自律駆動術式で魔女の魔法を阻害しよう」
<つづく>




