賢者と僧侶とみんなの晩餐
「一応。わたしも女の子ですし、ちょっと気分を変えてみようかな、と。……おかしい?」
マニュフェルノが下ろした銀色の艶やかな髪を指先に絡ませながら、わずかに眉尻を曲げる。
皆の反応というよりは俺の答えを待っている様子だ。
「お!? お、おかしくないです! あ、いやその……いいと思いま……うぞ。ちょっと見違えたというか、き、綺麗だというか」
あまりの動揺に敬語になってしまう俺。
「安堵。ググレくんがそういうなら、よかった」
メガネも外していたし誰だか一瞬わからなかったが、ほにゃっとした柔らかい喋り口調や、優しい目元は間違いなくマニュそのものだ。
「お、おおぅ? あ、そうだ、丁度良かった、皆で乾杯しようとしていたところなんだ」
なんとか言葉を続けたものの、マニュフェルノの変容ぶりに俺はかなり動揺していた。
――まさかコスプレか? 可愛い……よな? ていうかマニュってこんなに髪とかきれいだったっけ?
ぽけー、と間抜け顔で俺はマニュを眺めていたらしく、マニュの赤味がかった瞳と目が合って、思わずはっと目線をずらしてしまう。
マニュフェルノは俺の右斜め向かい、一つ空いていたプラムとイオラの間の席に腰を下ろした。俺達が座っている円卓は6人掛けなのでこれで丁度ピッタリ満席だ。
俺から見て右回りに、プラム、マニュフェルノ、イオラ、リオラ、そしてヘムペローザという具合に車座に座っている。
「…………」
見ればイオラが隣で頬を赤くしている。流石は思春期男子。女の子の変化にはやはり敏感らしい。
気がつけば『フレッシュミィトの店・ブッチャー』は大分込み合ってきていた。ざわめきと時折沸き起こる笑い声が、そう広くはない店内に響く。
夕飯時ということもあるだろうが、俺のほうを見て麦酒のジョッキを掲げ親指を立てる客たちは、どうやら「店に賢者さまが居るらしい」という噂を聞きつけてやってきた連中のようだ。
「マニュさん似合いますね、可愛いです!」
リオラも女の子らしく、イオラを挟んだ席から目を輝かせている。
「妹君。ありがと。奮発していい美容院で手入れしてもらいました……」
「わー、マニュ姉ぇの髪さらさらですー、触りたいのですー!」
「幼女。プラムちゃんの髪には及ばないのだけど」
と、恥ずかしそうに謙遜するマニュ。
「いいなー……、大人って感じです」
「うおにょれ……マニュ姉ぇ可愛いにょ! ワシだって、胸さえ……あれば、ぐぬぬ……」
褒めつつも涙目のヘムペローザ。なんだか今日は黒いオーラを発している気がするが、悪魔神官の記憶は徐々に失っているはずだし気のせいか……?
とは言え俺も、調子が狂う。
3年も一緒に居たはずなのに今日のマニュは印象がまるで違うからだ。
同い年という事で、本来はもっと仲良くなれたはずなのに「魔王を倒す」というシリアスな旅では、学園生活のように楽しく打ち解ける機会が無かったせいかもしれない。
俺は僧侶マニュフェルノの「冒険者」と「腐朽魔法」にメガネ。そして時折俺達を題材にした同人活動をしている……。という姿以外を知らないのだと気づく。
館に住むようになってようやく軽妙に会話を交わせるようになった気がするが、それでも全ての面を知っている訳じゃないのだろう。
――実は、俺が知らないだけで、マニュはいつもこういう姿なのだろうか?
目の前の僧侶と別れてからおよそ二刻(※2時間)、俺でさえ「異空間に閉じ込められて擬似肉体を持つ霊魂と話をし、更に妖精に変化させてお持ち帰りしました!」なんて、もう何を言ってるのかさえよく判らない程の体験をしてきたのだ。
ディカマランの六英雄の一人であるマニュフェルノには、何が起こっていても不思議じゃない。もしかすると同人誌仲間の危機を救うため奔走し、メタノシュタットの地下街で同人誌業界(?)を牛耳る悪の魔道士相手に壮絶な戦いを経てきた……なんてことは無いか。
世界は平和になったのだし、みんな少しづつ変わっているのだろう。
だが、それはきっと嬉しい変化なのだ。
マニュも今まで我慢してきたやりたいことや、楽しいことを見つけようとしているのだと思う。
俺が館で本を呼んだり、プラムやヘムペロの相手をする愉しみを見つけたように。
マニュは、やはりどこか俺に似ているんだと思う。
「妖精。グ……ググレくん!? 妖精さんがそこに!」
はわっ! と叫んで指を差す。さすがのマニュも妖精メティウスの姿に気がついて驚きを隠せないようだ。外していたメガネを取り出してかけ直し、妖精メティウスをガン見する。
「は……! はじめまして。貴女が英雄の一人の僧侶様? わあぁ……! 素敵! 私の想像通りに美しくて、可憐なお方なのですわ!」
「驚愕。ググレくん……何が一体どうしてこんな妖精さんと知り合いに……」
マニュが複雑な表情であわあわと口を動かす。
皆も同じ疑問を持っているだろうから、メシでも食いながらかいつまんで、ゆっくり説明するさ。
妖精は小さな指を胸の前で絡み合わせて、目を輝かせていた。
メティウスは俺たちの仲間が現れてしばらく様子を伺っていたのだが、自分がかつて考えていた「六英雄」の一人がマニュだと知って、嬉しそうにフワリと浮き上がった。
ちなみに妖精メティウスは俺の(葡萄ジュースの)ジョッキにちょこん、と腰掛けていたのだが、今は湯気を立てる肉の大皿の上でフワフワと浮かんでいる。
「優しそうで美しくて! あぁ、私が想像していた通りだわ!」
「いや、今日はたまたまこんな感じだけど、普段はもっと……」
と言い掛けて、無粋な事だと思い俺は口をつぐむ。
気がつくとマニュフェルノが俺に穏やかな視線をむけていた。
「ググレさまぁ、おなかペコペコなのですー」
「おっと、そうだな!」
思わず顔が熱くなるのを感じつつ、俺は皆に肉をとりわけることにした。
賢者自ら皆に料理を振舞うのは、感謝の気持ちを現す為、そして新しく加わった仲間と、綺麗になったマニュの記念を兼ねて、だ。
「では、みんな」
「「「「「「乾杯っ!」」」」」」
そして――、いよいよ俺達の宴が始まった。
◇
俺達が王都を後にしたのは、日も暮れてからだった。
星が空でまたたくのを眺めながら、俺は手綱を取って屋敷への岐路についていた。
振り返ると暗闇のなかに煌々と輝く王都メタノシュタットが見えた。
見渡す限りの黒い地平線から突き出した人工的な光の塊――巨大な都市は、多くの人々の生活の音と匂い、そしてランプや松明の明かりの集合体だ。それは人類の繁栄と栄華を誇るかのように輝いている。
ゆっくりと進む馬車を先導するのは、「燐光魔法」だ。青白い鬼火のような明かりがフワフワと幾つも浮かび、道を照らしている。
馬車の荷台には沢山の荷物と、俺の大切な仲間達が乗っている。
積載オーバーギリギリの荷物の山にイオラとリオラ、そしてプラムにヘムペローザにマニュフェルノが載っている。皆満腹で眠くなったのかウトウトしているので、随分と静かだ。
今日は買物で歩き回ったし疲れたのだろう。
荷物が満載だし、お腹も満腹。何だかんだで楽しかったし、なんというか……とても幸せな感じだ。
「あぁ、素敵。空が、星が、こんなに沢山!」
「そうだな、天の川が見える」
妖精メティウスは外の景色がとにかく珍しいらしく、俺の頭上をくるりと旋回してみたり、道端の風車や標識でさえ珍しい何かを見るように興味深げに眺めていた。
だがプラムのように「あれは何ですか?」と聞いてこないのは、彼女自身が「検索妖精」と同等の力を有しているからだ。
恐らくは脳内で仲間の妖精たちと知識を共有し、事象を理解しているのだろう。
俺は検索魔法の拡張機能として、「メティウスに尋ねる」という音声による検索を行う事ができるようになった。
もちろん従来どおりの機能や使い方もできるが、会話形式でメティウスと情報を整理して調べることもできるだろう。
――まてよ……。
例えば「背徳」「禁断」「師弟愛」みたいなキーワードで検索を実行した場合、えっちい本が検索されてきたりすると、メティウスにジト目で見られてしまうじゃないか!?
これはとんだ誤算だった。だが、メティウスは常時動けるわけじゃない。一日の中でも活動できるのおはわずか三時間ほどだ。
「ふぅ、とりあえずは無問題……か」
俺はメガネをすちゃりと整えた。
「どうかしましたか? 賢者ググレカス」
「あ、いや」
ふわり、とメティウスが俺の肩に乗った。妖精が散らすキラキラとした光は、手元の本が読める程度の明かりだ。
――メティウスが手元を照らしてくれれば、夜の読書が楽かもな。
更に妖精にページをめくってもらったり、ウトウトし始めたメティウスをそのまま本の「しおり」として挟んだり……。夢は広がる。
「はは、悪くないな」
「……? おかしなお方ね、賢者ググレカス」
俺が一人ごちると、メティウスがころころと可愛らしい声で笑みをこぼす。
――レントミア、お前はちょっと怒るかもしれないが、新しい友達が出来たんだ。
だが、返事は無かった。
いつもなら名を呼べはすぐに「なに? ググレ」と返ってくるのだが……。
「まぁ……夜も更けたし寝たのかもな」
<つづく>