★デートの誘い……なの!?
村一番の美少女、セシリーさんが戸惑い気味に口にした依頼は意外なものだった。
――野イチゴ摘みをご一緒に……だと?
ゴクリ……。
それはつまり……デートの誘い!?
彼女の方から誘ってくれるんなんて超展開。
フラグ立ちまくり、これは……俺の時代が来たのか!?
「デデデ、デー……ですな? ハ、ハハッ……」
もやは言葉にならない呟きをブツブツと垂れ流す俺の口。
元の世界なら確実にキモがられること請け合いだ。
が――、ここでの俺は尊敬を一身に集める『賢者ググレカス』様なのだ。
「ググレ……さま?」
俺の怪訝な様子に気が付いたのか、セシリーさんがわずかに首を傾げている。
いかん、何か気の利いたことを言わねば。
汗を流しながら焦る俺だったが、ここでナイスな助け舟。
「ぐぐれさまー、イチゴ摘み、プラムも行ってみたいのですー」
ぴょこっ、と俺の腕にしがみ付いて、メイド姿のプラムが甘えた声を出す。
長い緋色の髪をツインテールに纏めているのが可愛いが、ロリ属性のない俺にとっては今は目の前のセシリーさんとのデートの方が重要だ。
落ち着きを取り戻した俺は、一つ軽く咳払い。
玄関から見える空の方に視線を泳がせ、
「イチゴ摘みですか、ふむ……風が心地いいこの季節、たまには散歩も悪くない。うちのプラムにも少し息抜きをと思っていたところでしたしね」
ぽむ、と俺はプラムの頭に手を置く。
「プラムも行くのですー!」
と、無邪気に腕を振り上げる。
「よかった!」
セシリーさんが胸の前で手を合わせ、ぱぁっとした笑みを浮かべる。
可憐だ。まさに花の咲くような、といった笑顔。
うむ……ここまではいい流れだ。
俺の寛大さと優しさ、そしてガツガツしない「草食感」をさらりとアピールできたのだからな。好感度パラメータ絶賛上昇中だ。
――麗らかな日差しの下、野イチゴを二人で摘みながら笑いあう俺とセシリー。
思わず同じイチゴに手を伸ばし、指先が触れ合っちゃったり。
野イチゴの茎にあるトゲが刺さった彼女の白い指先を、さりげなく気遣ったり。
くはぁ……ッ!
(ちなみに、プラムはキノコでも探して来いと言って森の奥に追いやる作戦だ!)
「でも、その。実は……最近、魔物が出るらしいのです」
「――へ?」
「村でも困っていて……野イチゴを摘みに行きたいのですが、一人では行けないのです…」
――あれ? デートの誘いじゃないの? 魔物? え?
俺の幻想が、脆くも打ち砕かれる。混乱する俺をよそに、セシリーさんが続ける。
「王政府の苦情窓口にも行ったのですが、村はずれに出るような低レベルの魔物の駆除に回せる人手は無い、の一点張りで……」
セシリーさんが憤慨したように眉を曲げる。少し怒った顔もまた可愛らしい。
『賢者の館』が建っているフィボノッチ村の特産といえば、野イチゴのジャムにキノコの塩漬け、そして季節の野菜といったものだ。
村の男たちは麦畑を耕し、女たちは暇を見つけては森に分け入り、イチゴやプルーンに似た果実、そしてキノコなんかを採集しては暮らしの糧にしている。
そこで魔物が出るとなれば、日々の暮らしにも影響が出て困るだろう。
ましてや、いつも世話になっている村のオバちゃん組合もだ。
「うむ……それは、確かにお困りでしょうな」
俺は顎に手を添えて神妙な顔つきで唇を引き締めた。
デートだと思いこんだのは俺の早とちりだったわけか。賢者は話を最後まで聞く癖をつけねばな。反省。
――だが、まてよ。これはむしろ……、チャンスではないか?
慣れない二人きりの(?)デートで幻滅されるよりは、魔物退治はむしろ俺の魅力をアピールできる絶好の機会じゃないか!
少なくとも『ディカマランの6英雄』として名の知れた賢者である俺が、この辺りに出没するような低級雑魚モンスターに後れを取る事など無いからだ。
元の世界のRPGで例えるならば、賢者としてのレベルは99ぐらいある。
さすがに暴竜クラスを一人で相手にすることはできないが、一般的な兵士でさえ苦戦する様な相手であっても、負ける気はしない。
とはいえ……攻撃魔法を持たない俺は、防御と攪乱は出来ても直接的な攻撃手段に乏しいのだ。
どちらかというと最後列で「頭脳労働」をするのが俺の役目だしな。
「さて、どうしたものか」
俺がわずかに思案する様子に気が付いたのか、セシリーさんの可憐な唇が言葉を紡ぐ。
「あの……、村の大人たちは王政府に任せろの一点張りですが、うちで預かっている子達が退治してやると張り切っていて……」
セシリーさんが、少し困った様な曖昧な表情で肩をすくめて苦笑する。
と、聞き覚えのある声が屋敷の外から聞こえてきた。
「賢者さまー!」
「リオ気をつけろ! 偽賢者が襲ってくるかもしれないぞ!」
――まさか。
「あー! イオにぃと、リオねぇなのですー!」
プラムが庭に駆けだす。
眩しいお日様の下、芝生と雑木と花壇の間を、赤毛の少女が一直線に向かう先。
蝶が舞う前庭の向こう側、門柱の横に姿を現したのは、勇者志望の双子の兄妹――
イオラとリオラだった。
「……やれやれ」
――面倒なことになりそうだ。
俺は溜息交じりに、眼鏡をスチャリと持ち上げた。
(つづく)