★女心と賢者の驚愕
◇
ジュウジュウと音を立てる大きな肉の塊がテーブルに運ばれてくると、飢えた獣のように皆が色めきたった。
「にくッ! お肉なのですー!」
「でかっ! やばいうまそう!」
とりわけプラムとイオラの反応速度といったらそれはもう、そのまま飛びつくんじゃないかというほどの勢いだ。
こんがりと香ばしい肉の香りが漂い、はらべこ軍団の食欲を刺激する。
図書館を後にした俺達は、メタノシュタット南通りを一本裏に入った通称グルメ通りの一角にある有名店、『フレッシュミィトの店・ブッチャー』に居た。
世紀末救世主伝説に出てきそうな頭のはげた巨漢の店主自らが肉の大皿を運び、俺達のテーブルにデンと置いた。
「ウチの店に今話題の賢者さまが来てくれるなんざ、今日は最高の日だ! 腕によりをかけた肉祭りを馳走しますぜぇええ!」
「あ、あぁ……それは嬉しいな」
賢者の評判はここまで届いているらしく、店主は太鼓のような腹を揺らしながらガハハと笑う。
ほかにも客が大勢居るが、絡んでくるようなガラの悪そうな者も居ないので気持ちよく食事が出来そうだ。
ふと、以前レントミアとこの近くの店で食事をした時は夜も更けていたせいもあって、ガラの悪い連中に絡まれて……俺が必死で血の惨劇を回避したことを思い出す。
――レントミアやエルゴ達も今頃は夕飯だろうか……?
「ググレさま、離してくださいぃー」
「ダメだ! 明らかに今、直接かぶりつこうとしてたよな?」
「ち、ちがうのですー、匂いを近くでかごうと思っただけなのですー」
俺はプラムの首根っこを押さえて、全員分の皿とフォーク、そして飲み物がが運ばれてくるのを待つ。
俺は図書館の一件でヘトヘトだったが、俺を探し回り頑張ってくれた皆も空腹だった。
ディナータイムには若干早かったのだが、店も空いているだろうしということで、この店の扉をくぐったのだ。
マニュフェルノは何処で油(同人誌か?)を売っているのか、「合流。後でするね」と伝言が魔力糸を通じてあったきり、音沙汰は無い。
まぁ、マニュのやつも特段何もなさそうだし、こっちは先にメシにさせてもらおう。
「すごいねイオ! こんなお肉見た事無い」
「あぁ、テンションあがるぜ!」
「にょほ、肉で盛り上がるとはお子様よにょぅ……」
「ヘムペロちゃんヨダレ、ヨダレ」
リオラもイオラも食い盛りだし、凝った料理よりは直球な肉料理にして正解だった。
ヘムペローザも「ダイエットにょ!」とか抜かしてた割には、その目は肉に釘付けだしな。
テーブルの真ん中で湯気を立てているのは店の看板料理、「ブッチャーミート」だ。
岩塩と数種類の香草をまぶしてじっくり数ヶ月熟成させた肉をオーブンでローストしたもので、茹でた野菜が周囲に添えられていて見た目も豪華で栄養価もバッチリだ。
この地方では一般的に食べられているのは水牛の肉だが、本来は硬くてそのままでは食えたものではない。
料理に使われているのは、岩塩をすりこんで低温貯蔵庫で数ヶ月熟成させて柔らかくしたものなので、子供達の口にも優しいのだ。
ちなみに女戦士ファリアは採れたての水牛を丸焼きにして一番硬いモモの肉を旨い旨いと食っていた。文字通りの肉食系女子だったが、俺はそんな野生の肉には歯が立たず、とても食えたもんじゃなかった。
だが、優しいファリアは「ここなら柔らかいし、歯の弱いググレでも食べられるぞっ!」と笑顔で「肝臓」を取り出してくれたのだが……今となってはとてもいい思い出だ。うん。
「メティウス、いい加減出て来いよ、お前の歓迎会も兼ねてるんだから」
「……賢者ググレカス、やっぱり恥ずかしいわ」
「一度皆とは顔を合わせただろ?」
「はい……」
淑やかに声を漏らすと、小さな光る妖精が俺のローブの内側から顔を覗かせた。
ぴょこ、と少し辺りを伺ってからようやく飛翔する。
スローモーションのようにゆっくりと放物線を描いて、妖精メティウスがテーブルの上に降り立った。
あらためて見るその可憐な姿に、そこに居た全員が息を飲んだ。
「妖精さん……ググレさまの新しいお友達、なのですねー」
「ぐっさんはもう、何でもアリだな……」
目を輝かせるプラムと、ジト目のイオラ。
「えと、妖精さん……メティウスさんは、ゴハンはたべるの?」
リオラが戸惑い気味に質問を投げかける。
「私は、生きる糧を賢者ググレカスから貰っているの……だから、いらないの」
「賢者さま……から?」
瞳を僅かに細めて、怪訝な顔をする。
「リオラ。この妖精メティウスは、ワケあって俺の魔法でこの世に繋ぎ止めている仮の姿だ。もし、俺の魔力が途絶えたり、俺が死んだりすれば、消えてしまうのさ」
「にょ……賢者にょ、それでは……、お前の魔法の一部となった、というコトかにょ?」
流石ヘムペローザだ。と俺は心の中で舌を巻く。
プラムはそもそも話を聞いていないが、妖精と友達になりたいとワクワクした様子だ。
「あぁ、検索魔法という俺の魔法に……、人型魔術対話術式として一体化させたんだ」
俺の言葉の意味を理解できたのは、皮肉な事にこお褐色のダークエルフクォータ少女、ヘムペローザだけだろう。
擬態霊魂である姫の存在を維持させる為、擬似的な肉体を再構成し最小化――。その「存在」を維持する為に必要となる魔力消費を最小に抑えた。
その上で、俺の検索魔法の人型魔術対話術式としてリンクさせる事で常時「必要だ」という無意識下のエネルギーを供給し続ける仕組みだ。
つまり、検索魔法の対話術式として姫を組み込む事で、存在を維持している、と言えばいいのだろうか?
「……よくわからないけど、賢者さまと一心同体、ずっと一緒……ってコトですね」
リオラがすんなりと核心を突く。
その表情は柔らかく口元には笑みが浮かんでいる。けれどその笑顔はどことなく寂しそうに見えた。
――リオラ……?
そしてヘムペローザもむっつりと黙り込んだままだ。
お前が不機嫌になる理由が判らない訳じゃないが、別に四六時中この姫がいるわけじゃない。
「だが、妖精としての姿を維持する為、メティウスが動けるのは一日3時間程度だ。それ以外は充魔力が必要で、まぁ……本の隙間で寝ている状態だよ」
つまりメティウスは一日の大半を本の隙間で「睡眠状態」で過ごす事になるという制約もある。
決して、全てが「自由」というわけではないのだ。
行動範囲も俺の周囲5メルテ程に限られる。
世界の理に反し、現世に留めた姫の魂は、結局「賢者の魔法の一部」という新たなる檻に捕らえられたに過ぎないのではないだろうか?
果たしてこれが、彼女にとって幸せなのか……俺には判らない。
「それでも……私は嬉しいの。賢者ググレカスさまのお傍に居られるのですから」
小花のような笑みを浮かべるメティウスの姿を、俺は複雑な思いで見つめた。
と、
「おまたせッデッス! 飲み物とお皿デッス!」
ハーフ獣人のケモナー耳のおねぇさんが明るい笑顔を振りまきながら俺やプラム、そして皆の前に皿を置いていく。
イオラにだけは得盛りの笑顔で擦り寄りながら皿を置いているが、隣のリオラと目があって肩をすくめて退散する。
飲み物も運ばれてきて、いよいよ俺達は乾杯と言うその時――、
「合流。なんとか間に合いましたっ!」
と、聞きなれた声が店に駆け込んできた。
ぱたぱたっといつもの足音が俺たちのテーブルに近づいてくる。
「マニュ、遅いぞまったく……」
俺はそこまで言いかけて、皆の様子がおかしい事に気がついた。
イオラとリオラはぱちくりと目を瞬かせ、驚いた顔をしている。ヘムペローザもあんぐりと口を開け、プラムは固まっている。
―振り返り、そこに居るはずの僧侶に視線を向けた。
――え……?
俺は目を疑い、そして間抜けな言葉を口から発する。
「ど、どちら様、ですか?」
「マニュ……さん!?」
「にょぉおお!?」
「え!?」
「マニュ姉ぇ! 可愛いくなったのですー!」
それは髪型を変えた僧侶マニュフェルノだった。
「転換。気分を変えてみました。変……かな? ググレくん」
トレードマークである銀色のお下げ髪を下ろし、ストレートに梳かれた髪は綺麗にトリートメントされていた。つやつやの前髪にボリュームをもたせ、サイドは緩やかにシャギーをいれて軽やかなボブ風に仕上げてある。
――え、ぇ、ええええええ!?
「何があったんだよ……マニュ?」
俺は、自分の顎がカクンと落ちるのを感じていた。
<つづく>