幼女センサー反応す
◇
ゼロ・リモーティア・エンクロード。
影のような、幽霊のような、掴みどころのない魔法使いだと思っていたが、ようやく合点がいった。
「姿を持たぬ魔法使い。魔法だけで構成された『仮想の知性体』ということか」
『流石は賢者と呼ばれるだけのことはある。ググレカス殿の解釈は、本質を言い当てている』
戦術情報表示の窓の向こう側にいるのは魔法聖者連の首席、アドミラル・ヴォズネッセンス。
豪奢な衣装を身に纏う、年齢不詳の美形ハイ・エルフの青年だ。しかし彼が嘘を言っているようには思えない。もとよりハイ・エルフは冗談や嘘を口しない。仮にフェイク情報を混ぜているとしても、彼らがゼロの誕生に関わっていたという事実が確かめられたのは大きな収穫だ。
ここはさらに情報を引き出しておきたい。
「なんたる驚くべき発明……! 貴殿らはその至高の芸術とさえ言える高度な魔法の結晶を、易々と放棄したと申されるのか?」
自尊心をくすぐるよう、大袈裟に驚いて見せる。これは効果覿面だった。後方で控えていた数人の魔法使いたちが視線を交わし誇らしげに鼻を鳴らす。
『……我らは魔力のみで存在しうる疑似霊魂の研究を数世代にわたり行ってきた。その集大成として人造の知性、人格、仮想の魔法使いを作り出す実証実験を行った』
「なんと実に興味深い。差し障りのない範囲で聞かせてはくれまいか。無礼な訪問は心より謝罪する」
『よかろう。貴殿には恩もある。賢者の石は我らの友好の証としてしかと受け取った』
「それはそれは。まさかこんなところでフィルドリア卿の所属する組織と対面するとは思いませんでしたが」
思わずニンマリとしそうになる。ここで『賢者の石(偽)』が役に立つとは情けは人の為ならず。
『疑似霊魂に関連する魔法技術の探求、その過程で得られた知見と、魔法への飽くなき探求心。その過程で生み出されたものがゼロだ。だが当初は、満足いく結果が得られなかったが』
「実に興味深い。メタノシュタットとは魔法の探求の方向性が違うのですね。うむ、素晴らしい」
『新興国では満足な知見を得られないでしょう。ググレカス殿もこちらに移籍しては如何かな?』
冗談めかして声をかけてきたのは序列七位の金髪魔法使い。フィルドリア卿だ。やはりというか予想通り彼も向こう側にいる。
「ははは、こうして再び話ができて嬉しいですよ」
表情を窺うと慌てた様子もない。ゼロ誕生の経緯と背景はさておき、彼が語った「上位の三人が結託して作り出した」という話とも符合する。
ヴォズネッセンスはこうも付け加えた。
魔法で維持された檻――おそらく一種の隔絶された結界だろう――に封じ込めた状態で、知識と魔法を学習させるうち、実用段階へと至ったのだと。
思った以上にハイエルフの青年は饒舌だ。単に話好きなのか、実力があるがゆえの余裕なのか。此方の知恵の程度を推し量っているのか。
「ランキング戦の演習相手……にしていたと伺ったが」
ゼロ・リモーティア・エンクロードは、彼らプルゥーシアの魔法使いの最高位『魔法聖者連』を決めるランキング戦のための演習用として流用されたと、フィルドリア卿は教えてくれた。
『左様。模擬戦を繰り返すうちに魔法の知識を会得し、限られた条件下ではあるが……私たちを上回る実力を蓄えた。だから便宜上、第ゼロ位として扱った。だが心が……自我が芽生えた』
「自我……だと?」
ゼロの核心は疑似霊魂。刺激を受けるうちに自己学習し知識を蓄え、人間のように振る舞いはじめたのだろうか。
まぁ、それなら妖精メティウスは最初から自我の塊だが……。元来は人間の魂なので成り立ちが異なるだろう。
『役目を終えたゼロは、破棄した』
「手に負えなくなった、と?」
『否。目的を果たしたので不要になっただけのこと』
「破棄とはいささか勿体ないが」
『もう存在しない』
「しかし、現にメタノシュタットに出没している」
『残念だが、我々は関知していない。そもそも、貴公が言うものが同じ存在か証明する手立てもない』
「ぬ……」
確かにその通りだ。
破棄されたのなら、何故あちらこちらに出没し、魔法使いに戦いを挑み、メタノシュタットに敵対的な工作活動をしているのだ……。
破棄される前に逃げ出したのでは?
その可能性はあるだろう。最上位をも越えた存在ならば、それぐらいの芸当は出来るやもしれない。
だが、なぜメタノシュタットを挑発する? 更なる知恵を魔法を求めてか?
政治的野心や征服心を持つ何者かが、ゼロ・リモーティアを操っているのか?
こいつらが黒幕か? いや、直感だが『魔法聖者連』の連中はどうも魔法オタクのニオイがする。例えるならメタノシュタット王立魔法協会のサロンにいる連中と同じような……。
新しい真実が明るみになれば、新しい謎と疑問も浮かんでくる。
「ひとつ見解をお聞かせ願いたい。仮に、疑似霊魂が逃げ出したとして、魔力の供給に限界が来ると思うのだが。その点については如何であろうか?」
逃げ出したなら魔力を損耗する。存在を維持し自我を保ち続けるのは難しいはずだ。
妖精メティウスや『賢者の石(偽)』のように疑似霊魂を隔絶結界などで覆わない限りは。
『仮定の話については、お答えしかねるが。……存在維持のため魔力は摂取可能だ。魔素が満ちている場ならば』
例えば結界、それと……魔法の通信網……!?
「賢者ググレカス、そろそろ潮時のようですわ」
戦術情報表示が警報をポップアップする。魔法通信の回線を逆探知し、此方の居場所を探っていたようだ。流石はプルゥーシアの魔法使いたちも抜け目がない。だが、そんなことは百も承知。
いくら探ったところで発信源はティバラギー村に、プルゥーシアが違法に設置した中継点。
こちらは世界樹にいるが王都メタノシュタットの通信網を経由し、軍事用の秘匿回線を間借りし、ロンダリングしたうえで更にティバラギー村に繋げている。
攻撃魔法や呪詛を送り込んだところで、ティバラギー村の中継点が失われるだけだ。
「ありがとう、とても楽しい時間を過ごせたよ」
『こちらこそお会いできて光栄です、賢者ググレカス殿。できれば正面玄関から来て頂きたいものですな』
「すまない。いささか遠いのでな」
それはさておき――。
「貴殿らの後ろで怯えている幼子はなにかな?」
俺の幼女センサーが反応する、可愛い子が怯えているように思える。
『……こっ、これはその』
ヴォズネッセンスの背後にいる魔法使いたちの間に、明らかな動揺がはしった。
「魔女……というわけでもなさそうだが……?」
先刻から気になっていたのだが、幼い女の子が一人、魔法使いたちの間から此方をチラチラ見ている。
「まさかいたいけな幼女を、何か如何わしい魔術儀式に使おうというのではあるまいな?」
『ちっ、違うのです賢者ググレカス殿、これは……その』
フィルドリア卿も何やらしどろもどろ。怪しい。場合によっては助けにいかねばなるまい。
『カ……カーカカ! きさまなんぞもう恐れぬぞい! 賢者ググレカァアアス! この愛らしい姿でワシは寵愛を一身にうけ、この地で頂点に君臨する予定なのだぞい』
「え? その声……しゃべり方は」
『け……賢者の石です』
フィルドリア卿が俯き加減にボソッと告白する。
「はあっ!? なぜに、いったい何がどうなって、そうなるんだよ!?」
さすがの俺もすっとんきょうに叫ばざるをえなかった。
まさかこいつらは『賢者の石(偽)』をコアに肉体を与えたと言うのか?
『この者たちは余の下僕……いや、親のような存在ぞい。大切にしてくれるぞい。貴様と違ってのぅ!』
愛らしい仕草であっかんべーをする幼女。
『そうだとも、渡しはせぬから安心せい、アレクシア』
『私たちが守りますからね』
「え、えぇ……?」
<つづく>




