王宮に潜みしもの
レイストリアが空中に浮かび上がらせたのは、魔法による城の模式図、それも三次元の立体地図だった。
「メタノシュタット王城の模式図……! 光属性魔法の応用で、こんなことが出来るなんて」
「すぐに魔法の本質を見抜くとは、流石ですねレントミア」
「僕には逆立ちしてもできないよ。とても綺麗な魔法だね、皆に見せたいくらい」
「こ、これは異なる光の干渉により、視覚的に立体的な像を結んでいるのであり……。認識撹乱魔法のような実用性はありませんが、言葉で伝えるよりも情報を共有する上で便利な場合がありますから」
「すごいね君は、レイストリア」
その言葉に微笑みを湛えるレイストリア。
スヌーヴェル姫殿下の側近中の側近。白光の魔女の異名をもち、持ち前の冷徹さで宮廷魔術師の中でも恐れられている彼女にとって、レントミアは互いに心を開ける数少ない相手になっていた。
二人は美しい光が織り成し結んだ幻像を同じ方向から眺める。
格子状の城の中を無数の光点が、まるで働き蟻のように動き回っている。
「……こほん。城に出入りする者たちの動向は、概ね全て把握しています。薄く青い光は衛兵や侍女、役人や清掃人などです。 この、あまり動かない黄色い光が魔法使いです」
「わかっちゃいたけど、半分は地下のサロンに入り浸りだね」
「えぇ」
「まさに巣窟だ」
城内に点在している黄色い光の数は、青い光の十分の一以下だろうか。
宮廷魔法使いたちは、城の魔術的な防衛を担うことは勿論、王侯貴族たちの求めに応じ占いやまじない、時には困りごと相談などを生業としている。それらの仕事が無いときは日がな一日を王立魔法協会のサロンで過ごし、魔法の研究や議論に勤しむのだ。
「魔法使いは城内の壁に仕込まれた検知魔石により魔力の波動を捉え、必要に応じて動向を注視します」
「いつも全員を視ているの?」
「流石にそれは無理です。城を訪れた魔法使いや魔女の監視が目的です。本来は要人の安全確保のためですが。おもに内務省から情報を得て、要注意と目された対象者は、私がこうして行動を監視することはあります」
あくまでも人物の所在特定が目的であり、会話などはトレースできないのだという。
「ちなみに最初の頃、賢者ググレカスも監視対象でした。魔王大戦の先勝記念パーティでは宮廷魔法使い達や、他国の魔法使いとやりあっておられましたから」
「あはは、あったねそんなことも」
懐かしい話に思わず苦笑する。宮廷魔術師達の魔術的な小手調べや「ちょっかい」は、今にして思えば王城の防衛機能として有効なのだろう。
だからこそ外部からの侵入者など考えにくい。
となると獅子身中の虫。城内の誰かが裏切っている、というレイストリアの推論が現実味を帯びてくる。
「ここからが本題ですレントミア。国王陛下を疑心暗鬼に駆り立てていると思われる者は、限りなく近い側近。おそらく、近衛魔法使いの二人。彼らのうちいずれかが扇動している『神託者』であると私は踏んでいます」
国王陛下に仕える二人の近衛魔法使い、ハロルドとメリハメール。彼らは実直で目立たない存在だが、国王陛下の古き友人で盟友と自他共に認めるところだ。
「まさか。でも……そう考えざるをえないよね」
豪傑で知られるコーティルト国王陛下は、老いたことで頑迷さに拍車がかかっている。並みの側近の大臣や宮廷魔法使いの話などに耳は傾けるとは思えない。となれば長年共に死線を潜り抜けた盟友。共に戦い、近衛としての地位を確立した二人の魔法使いが怪しいことになる。
「怪しいとは思うけれど、問題は動機だよね。今さら国王陛下と姫殿下を仲違いさせて、国を混乱させて一体何の得があるのかな」
「外国の敵対勢力に通じていると考えればどうでしょう。何か利益になるものを約束されているのかも」
「あぁそうか。例えば魔法の秘密とか、だれも知り得ない秘術とか。そういう類いの報酬をチラつかされたら……」
レイストリアが頷く。魔法使いなら金や地位よりも、深い知識、魔法の秘術を欲しがってもおかしくない。
「可能性として、その過程で何らかの術を仕込まれ、意図せずして意識を遠隔操作により操られている、という事も考えらますが」
「彼らは実力派の最上位でしょ。操られるなんて、まさか……」
レイストリアやレントミアと並ぶ最上位に位置する彼らが、諸外国の敵対勢力に後れをとるなど、俄には信じがたい。
遠距離で他人を傀儡にして、しかも実力のある術者を配下にして操るには相当の魔法力と術式が使えなければならない。体内に術を仕込まれでもしない限り難しいだろう。
けれど……ふと、レントミアは考え込んだ。
北の国境沿いの大森林で、アルベリーナの調査隊が遭遇したというプルゥーシアの一団。そこには謎の遠隔系の魔法使いがいたという。
時をほぼ同じくしてイスラヴィア自治州にも出没している。見合いパーティを混乱させたのは、謎の遠隔操作系で操られた魔女だった。
「あれ……? おかしいな。どっちも高位の魔法使いが居るところが狙われてない?」
「北はアルベリーナ殿、西は……マジェルナがいましたね」
「妙だね。そんなの簡単に撃退されるに決まっているのに」
偶然、国境付近で調査隊が遭遇したように思えるし、エルゴノート総督の見合いパーティの乱入者も、痴情のもつれに端を発したように思える。
だが、その場にはメタノシュタット最高位クラスの魔法使いがいた。アルベリーナに対して相手はプルゥーシアの魔法使いだと名乗った。マジェルナの対峙した相手――憑依された女――はプルゥーシア訛りの言葉を発したという。
それらが全て、用意周到に計画され仕組まれていたとしたら?
「そういえば」
「何です、レントミア」
「ググレのところにも先日、プルゥーシアから魔法使いが来て、揉め事があったって」
「報告は受けていません。あの男……相変わらずですね」
レイストリアが苦々しい顔をする。
「まぁまぁ、それはさておき。プルゥーシアの術者が陰で糸を引いているのは間違いないよ。そして遠隔操作系魔法を操る何者かが暗躍しているってことかなぁ」
「推測の域を出ませんが。確かに時期が重なりすぎています」
おぼろげながら何が起こっているか見えつつある。
アルベリーナにマジェルナ、それにググレカス。いずれも魔術界隈では知らぬ者の居ない猛者たちだ。撃退されることを前提に、試しに挑んだとしか思えない。
それに他の、宮廷魔術師や軍の魔法使いたちが、何者かに狙われたという報告は上がっていないのだ。
「でもググレの話では、世界樹の街で揉めた魔法使いたちは、遠隔操作系の魔法使いじゃなかったみたいだよ。普通のプルゥーシア人だったって」
「……それはますます妙ですね」
いきなり推測が崩る。何故ググレカスのところには、遠隔系の魔法使いではないのだろうか。敵対勢力にとってはもっとも厄介な相手であるはずだ。
「あ、単に遠かっただけかも。黒幕がプルゥーシアにいるとして、遠隔操作で世界樹の街にいるググレを狙うには距離がちょっと離れすぎでしょ」
「確かにそれなら説明がつきますね」
レイストリアは納得した様子だった。
「だったら、国王陛下の近衛魔法使い、二人が遠隔操作系の魔法使いに接触していないかを確かめてみようかな」
レントミアが提案する。
国王陛下に仕える二人の近衛魔法使い、ハロルドとメリハメール。彼らがもしプルゥーシアからの刺客、遠隔操作系の術者に遭遇していたとすれば、何か情報が得られるかもしれない。
「ですがここ最近、彼らがプルゥーシア皇国に属する魔法使いと接触した形跡はありません」
「うーん。なら外出した時はどうかな。彼らも休日や用事で出掛けることもあるでしょ」
「内務省特務機関の職員が監視していたようですが、それといった形跡は。でも……」
レイストリアは何か思い出したように、ゆっくりと長いまつげに縁取られた瞳を細めた。
「メリハメールは数日置きに王立図書館を訪れています」
「図書館? 魔法使いなら利用するのは珍しくはないよ」
メタノシュタット王城には巨大な王立図書館が存在する。巨大な知識の殿堂であり多くの学士や、魔法使いたちが訪れて日々利用している。
ググレカスの大のお気に入りの場所だった。王都に居たころは、三日に一度どころか毎日通っていた時期もあったほどだ。
「誰かと図書館で密会しているかもしれないね」
「司書に見られる可能性がありますからそれはどうでしょう」
「なら本を通じて……ってのは? そうだ、本を介して何か伝言のやりとりがあるとか?」
「面白い考えですね。何か思い当たることでも?」
「まぁ、いろいろとね」
思い当たる節が無いわけではない。
いや、むしろレントミアにとっては有りまくりだ。
王立図書館には、立ち入り禁止の書庫エリアのみならず、怪しげな『図書館結界』というトラップが存在した前例がある。
賢者ググレカスもそこに迷い込み、当のスヌーヴェル姫殿下の妹君――病死したとされる――メティウス姫の魂に邂逅、迷える予言者と化していた魂を救済している。
メティウスという妖精はその証なのだから。
「今、メリハメールが図書館に向かっています」
城の模式図の一部が拡大され、廊下を進む黄色い光点に、ポップアップで名前が表示される。
「僕が調べてくる」
レントミアは立ち上がると、レイストリアの左手の甲に恭しくキスをする。そして部屋を飛び出した。
「気をつけて、レントミア」
「任せといて」
とはいえ油断は禁物、か。
レントミアは魔法の通信で、ググレカスに一報をいれる。
「今から探りを入れるけど、バックアップよろしく」
『――面白そうなことしてるなぁ、レントミアは』
<つづく>
【作者よりのお知らせ】
今年中にもう一話UPします!




