繋がる糸
「結界があるのは、どうやら確かのようだねぇ」
「プラムが見てきますねー」
「おまち、罠があるかもしれない。ここは……」
目的の教会の廃墟は、魔王大戦により放棄された集落にあった。
家々の屋根は朽ちて崩れ落ち、壁は苔むしている。その様子を目にしたイオラは遠い目をする。自分の生家も同じように朽ちてしまったことを想起してしまう。
「プラム、ここは俺が先に行くぜ。ったく、いつの間に誰が妙なモノを仕掛けたんだよ……」
イオラは気を取り直すと、スタスタと廃教会へと近づき始めた。
腰に下げた剣の柄に手を添えて、何かを言いかけたアルベリーナとプラムに向かって、小さく手を上げる。それは「まかせて」という身振りだった。
大切なゲスト、それも女性二人を先に行かせるわけにはいかない。何か仕掛けがあるにせよ、まずは自分が確かめねばならない。
「イオくん、危ないよ……!」
魔法使いのマプルが気弱な声で訴える。杖を抱えたまま、自分も追うべきか迷っていると、イオラが何故かスタスタと歩いて戻ってきた。
「あれっ?」
きょとんとした顔で、回れ右。もう一度、今度は小走りで廃教会に向かう。
すると、やはりUターンして戻ってきた。
「って! なんだよこれ、近づけないじゃん!?」
イオラ本人は真っ直ぐ進んでいるつもりなのだ。
教会の廃墟に向かっていたはずが、無意識に進む方向をねじ曲げれている。すると目の前にマプルやアルベリーナたちが出現したように思うのだろう。
「あのね、それが妙な結界なの……。なぜだか近づけないの」
危険なことにはならず、ホッとした様子のマプル。
「中に誰か隠れてんじゃないのか? あぁクソっ、おりゃぁ!」
三度目の正直とばかり、イオラは全力ダッシュで教会に突撃する。だが、いつのまにか右斜め前方へと方向転換し、藪に突っ込んで盛大にコケた。
「ちきしょう!」
「あはは……」
「イオ兄ぃは相変わらずですねー」
イオラは大きくなっても昔のままだった。
「でもこれ、ググレさまの『賢者の館』と同じではー?」
「似ているね。あの男、家に妙ちくりんな結界を張って、客人を近づけないようにしていたからねぇ」
いよいよ出番だとばかりにアルベリーナが進み出て、教会の手前で立ち止まる。そして、あたりの魔力の気配を探るように静かに手をかざす。
他人にはほとんど見えない隠蔽型魔法円を展開。結界にぶつけて反応を探る。
プラムはその様子を横で眺めつつ、指示を待つ。
「……構成言語は古代ユークルシア系。多少オリジナルも交じっているね。撹乱系術式を基本に、視界と空間認識に誤情報を送り込む魔法術式をアセンブル……。更にクラマス空間干渉系の結界の重ねがけ。随分と手の込んだ術式だこと。並の術者の仕事じゃないね」
「凄い……!」
マプルは思わず手帳を取り出して、手早くメモをとる。
自分でも調べてみたけれど、幾重にも重なった魔法術式が干渉し、構成言語すら判別できなかった。アルベリーナはそれをほぼ瞬時で分析、解読したのだから感嘆するのも無理はない。
流石はメタノシュタットでも片手で数えられる程しかいない最上位魔法使いだ。
「違和感を感じさせぬよう、巧妙に偽装されているね。こんな辺鄙な村に人知れず、コソコソ隠さねばならないモノとは一体なんだろうねぇ?」
面倒なので教会ごと吹き飛ばしても構わないが、中に何が隠されているかが重要だ。ゆっくり表面から解鍵するより、プラムに引き千切ってもらうほうが早そうだ。
アルベリーナがうなづくと、意を汲んだプラムが屈伸運動をして、両腕を頭の上へ伸ばす。
「プラム、いきまーす」
「外側を切り裂くだけでいい。あとはアタイが綻びからこじ開けるよ」
プラムは了解! と敬礼をすると突き進み、教会の廃墟の何もない空間で手をあげた。
すると気合いと共に、まるで見えないカーテンでも引き裂くような仕草で空間を斬り裂いた。
何もないはずの空間が歪み、赤い光が放たれる。
「おっ!?」
「ええっ!?」
イオラよりもマプルが驚く。
賢者ググレカスの生み出した人造生命体に宿る謎の力が、竜人族としての力を変質させている。それ故の結界の強制解除や魔法円の破壊……。魔法使いにとっては実に厄介な芸当ができるのはプラムならではだ。
「結構、粘っこいですねー」
切り裂いたそばから結界が再生する。
「いいや上等さねプラム、あとは任せな――結界自壊因子展開、解呪……!」
高速詠唱で呪文をいくつか唱えると、切り裂かれた空間の傷口から光の粒子が漏れ広がり、教会の周囲を一巡。やがて歪みが消えた。
「結界を解除した……!」
気がつくとマプルは呆然と地面にしゃがみこんでいた。目の前で繰り広げられたのは、魔導書には書かれていない魔法の極意だった。実戦仕様の高速魔法詠唱、その密度に威力。どれをとっても超一流の為せる技だった。
「なんだ、ありゃ?」
イオラが教会の廃墟の上を指差した。
礼拝堂自体の見た目は何も変化はない。しかし屋根の上に、銀色の棒のようなものが天を向いて生えていた。先端には皿のような形の板が二枚。まるで双葉のように北と南を向いて開いている。金属の支柱の根本からは、樹脂で被覆されたケーブルが伸び、教会の一階部分の窓から中に引き込まれている。
「魔法のカラクリ。それも通信用かねぇ?」
アルベリーナが屋根の上の機材をしげしげと見上げる。
ケーブルが引き込まれているのは礼拝堂。中に何か気配を察したイオラは腰から短剣を抜くと、素早く教会の入り口に歩み寄った。
プラムもイオラを真似て後に続く。
破壊され開け放たれた礼拝堂のドアから、静かに中を覗き込む。すると中央の祭壇の上に何かの魔法装置が置いてあり、人の気配がした。二人、青いローブを羽織った男たちだ。
「動くな! ここで何をしている!」
イオラが叫ぶと、二人は一斉に慌てて逃げ出した。
「嘘だろ!? 結界が破られたぞ……!」
「ヤバイ、早く消去して……あぁもう」
一人は裏口へ、もう一人は窓に向かってダッシュ。逃げ出そうとして窓枠に足をかける。
「まて、こらぁ!」
イオラはダッシュして、窓から逃げようとする男の背中をひっ掴み、引きずり下ろした。
「いっ、痛い」
「抵抗すんなよ、何かやましいことでもあるのかよ!」
「あっ、あっ、いや……」
言葉の訛り、服装から見てプルゥーシア人だ。それも学生のような若さ。弱々しく怯えて縮こまる。
「なんで逃げるんだよ!」
「いやいや、違うんです! これ、その大事な宿題なんで」
「はぁ? 何いってんだ!?」
剣先を突きつけると、壁に背中をつけて降参のポーズ。
両手を挙げて顔を青くする。魔法使いだろうか。イオラは詠唱に警戒し、喉を刺し貫ける位置で剣を向ける。
「ぎゃぁ!」
裏口から声がして、ドッガラガッシャン……と男が一人吹っ飛んできた。ともうひとりの逃げた男だった。
「お友達を置いていくのはダメですよー」
裏口に素早く回ったプラムが逃げた男を、真正面から蹴飛ばしたらしかった。
何故か手をパンパンと払いながら、イオラと合流する。
「大丈夫か、チョフリン」
「ガルパートフ……ゲホッ」
互いの名を呼び合い、その場で投降の意思を示す。
「ありがとプラム、怪我は……」
「むしろその人を心配してあげてくださいー」
「だな」
苦笑するイオラ。
遅れて教会の入口に立ったアルベリーナとマプルが、中の様子を見て軽い驚きの声をあげる。
「おやおや、中途半端な魔力を感じたと思ったが、また魔法学園の生徒さんたちかい?」
「えっ!?」
「なんでそれを?」
床に座らされた二人は、バレてる? といった感じで顔を見合わせた。
どちらもイオラよりも若いくらいの青年たちだ。巧妙に隠しているが、襟元に輝く校章が見えた。
アルベリーナが歩み寄り、テーブル上に載せられた木箱のような立方体に手をかけた。窓の外から引き込まれたケーブルが接続されている。上部は操作パネルと表示装置の組み合わせだ。水晶の結晶がいくつも埋め込まれ、表示装置らしいガラス板にプルゥーシア語とメーターのようなものが表示されている。今も動いているのだ。
「こいつは魔法通信の中継……増幅機かい?」
「……っ」
「……ぅ」
「お前らさ。別に盗みも殺しも、何も悪事は働いていないんだろ? 正直に話しなよ。村としちゃぁ部外者が勝手に忍び込んだのは見過ごせないけど、事情を話してくれればいいんだぜ」
「お家でお母さんが心配してますよー」
プラムの優しい言葉に二人は一瞬心が揺れ動いたようだ。それでも頑なに口を閉ざす。
「あたしゃ時間が貴重でね」
答えを渋る二人の前で、アルベリーナが静かに古びた礼拝堂の長椅子の背もたれに手を乗せた。
すると手が触れたところからブスブスと黒く焦げ、瞬く間にそれが広がってゆく。しかし炎を上げることもなく赤い光だけが舐めるように椅子を食い荒らし、やがて灰になって崩れてしまった。
炎は見えず、延焼することもなく、椅子だけがその場で高熱で焼失したのだ。
「いいい!?」
「嘘でしょ!?」
二人の学生が唖然とする。
「強力な火炎魔法の精密制御……! 熱量と範囲を麦粒レベルで制御できるものなの……!?」
マプルが魔法の精度の高さに思わず震え声でつぶやく。
元々は金属加工用の火炎魔法の上位制御術。アルベリーナの手にかかれば、血を一滴も流すこと無く、腕を焼き切ることさえ出来るだろう。
「屋根の魔法具と、これは何の目的で?」
「はい! 魔法の中継装置です!」
「プルゥーシア本国と王都メタノシュタットを繋ぐ専用魔法通信回線です」
姿勢をただして床に正座し、素直に応じる二人。
「ふん、なるほどね」
「ボクらは、プルゥーシア皇国ボリショタリア魔法学園の生徒なんです。三年のガルパートフです」
「同じく三年のチョフリン。村への潜入と設置、その維持を交代でやっていました。これは卒業試験のひとつだって。卒業論文をかくための、魔法通信の実験で……」
「ゼロ・リモーティア・エンクロード」
二人の学生はアルベリーナの発した名前に、ギクリと体を強張らせ、脂汗を垂らした。
「ルーデンスの森で君らのお仲間とひと悶着あってね。まさかとは思ったんだが……。こんな場所に中継基地を作っていたとはねぇ。北の皇国は人材不足なのかい? 学生を拠点管理につかうなんざ。誰が指示したんだい?」
遠距離で他人に憑依して力を発揮する謎の魔法使い、ゼロ・リモーティア・エンクロードが各地に出没できる秘密はこうした中継基地あるようだ。
国と国とを結ぶような、超遠距離の魔法通信技術は確立されていない。こうした中継点が必要なのだ。メタノシュタットでは高空に気球を浮かべて通信距離を稼いだり、マイルストーンを街道沿いに並べたりして通信帯域を確保している。
「それと、外の結界。あれお前たちの仕業じゃぁないね。かなり上位の、手練の魔術師によるものさね」
アルベリーナがゆっくりと指を学生の額に近づける。
「マトリョー・シルカス様!」
「セッ……魔法聖者連の序列第3位の凄い、魔法使い様なんです」
「貴女と同じダークエルフの魔女……」
「ほぅ?」
どこかで聞いた名だと、アルベリーナは思った。だが三百年近い人生のなかで数多の魔法使いに出会っているのだ。印象に残っていないということは如何程の魔法使いであったのか……。
<つづく>




