幸せのハルア
アルベリーナ一行は、ティバラギー村でしばしの休息をとることにした。それぞれが村の広場と周辺に立ち並ぶ屋台、食堂で思い思いの昼食を取る。
「これが大人買い、ってヤツですよー」
「お給金使うのはじめてかも……」
プラムとアネミィは広場で買い食い中。広場に軒を連ねる屋台のなかでも、とくに人気の屋台『ティバラギー風串焼き肉』で、香ばしいタレに漬け焼きした肉を両手一杯に買い込む。
そして噴水脇のベンチに腰掛けて思う存分その味と肉を堪能する。
「これぞ肉ですよ、至福ですねー!」
「はむっ、おいしい……おいしい」
年頃の娘とは思えない勢いで、容赦なく串焼き肉を平らげてゆく二人。
以前も村を訪れたことがある半竜人のプラムに竜人族の娘アネミィ。赤毛の二人の組み合わせは珍しく、どうしても衆目の的になる。
「あの、お嬢さんたち。よかったら林檎もどう?」
「頂いてよろしいのですかー?」
「もちろん、村で採れた林檎だから味見してみて」
「ありがとうございます!」
近所の子連れのお母さんが林檎をくれた。
「お嬢さんがた、良い食いっぷりだ。見たところ、通だね?」
「つう………?」
「肉通といえばファリアさんですがー」
「ティバラギーは肉よりもジャガイモが今は旬だぜ! ウチの商品も食べておくれよ、これウチの新製品! ジャガイモを渦巻きみたいにひとつながりに切って揚げた……グルグルポテトフライだ!」
「おー!? 渦巻きのジャガイモフライですかー」
「すごい、珍しいねプラム!」
「今は村一番の人気商品よ! どうだいいまなら一本おまけすっから、食ってみてくれよ。一本銅貨3枚」
思いっきり商売の宣伝だが、半額ならばと銅貨を渡す。
「おー、ぐるぐる揚げポテトとは……これも美味しいですねー」
「ただのジャガイモなのに……なんか得した気分?」
「だろう? お友だちにも宣伝しておくれよ」
屋台の親仁も抜け目ない。
「わかりましたー! アネミィちゃん、記録撮ろう」
「えー、恥ずかしいけど……。まぁいいか」
二人でそれぞれグルグルポテトフライを持ち、腰のポーチから小型の映像記録用の魔法道具を取り出す。そして、記録映像をパチリ。
本来は森林調査の際に新種、珍種のスライムを撮影する器具だが、旅の記録にも便利な魔法道具。保存した映像は王都のアカデミーで紙に魔法で転写、王立図書館の博学書庫に保存されることになる。
「なんだか、向こうは賑やかだなぁ」
広場の屋台のあたりは賑やかだ。プラムとアネミィは可愛いしどこにいても人気者だ。
騎士チュウタと竜人のニーニルは村一番の食堂、『オラホー亭』で郷土料理に舌鼓をうっていた。
香草と岩塩で下味をつけ、じっくりグリルした絶品の肉料理と、ティバラギーならではのライ麦のパン。それに新鮮なジャガイモと自家製ベーコンのスープが実にうまい。
「いやアルゴート殿、こちらも……落ち着かないが」
「え? あぁ、まぁ……そうだね」
「うむ……」
「王国の騎士さま……素敵」
「きゃー、やばい、かっこいい」
「竜人さんがごはん食べてる………」
店の給仕さんに、店内の女性客からの注目度が凄い。メタノシュタットの騎士が単身で行動するのは珍しく、おまけに隣りにいるのは精悍な成人の竜人族だからだろうか。
「ファリアさんはどこに行ったのかな……」
「アルベリーナ殿もいったいどこへ……」
なんとも落ち着かない。こういう時、女性の同伴がいれば良かったのだが、今はプラムもアネミィも外にいるし、ファリアやアルベリーナの姿も見えない。
男二人はもくもくと食事に集中することにした。
◇
「てっきりみんなイオラの子どもたちかと思ったぞ」
くすくすとファリアが笑う。
噴水広場の反対側。ちょうどプラムとアネミィたちの横で、『野生肉のサンドイッチ』をファリアとイオラは頬張っている。
ファリアの周りには大勢の子供たちが集まっていた。みんな栗毛で、目がくりっとして可愛らしい。確かにどことなくイオラやリオラを幼くしたような姿をしている。
「子供なわけはないじゃん!? こんなに子作りするかよ!」
「いや、わからんぞ」
顔を赤くするイオラをファリアがからかう。
「だから、俺にはもうちゃんと……その、お、お、おっ……奥さんいるし」
照れた様子でハルアをあらためて紹介するイオラ。傍らには妻であるハルアが腰掛けて、一緒にサンドイッチを喰んでいた。積もる話もあるだろうと、遠慮がちにファリアとの話に静かに耳を傾けている。
「存じているとも。ハルアさんが『賢者の館』で治療していた時から、なんとなくこうなる予感はしていたが……。イオラに大切にされてるみたいで良かった」
「はい、とっても大切にしてもらっています」
「それは何よりだ、ごちそうさま」
ふふふと笑うファリア。
かつて――王都メタノシュタットにジャガイモを売りに来ていた村娘、ハルア。
貧しく不幸な身の上だったが、イオラと偶然出会い運命は変わった。魔王大戦で負った顔の傷を、ググレカスとマニュフェルノの魔法により癒やしてもらうことができた。そして失っていた自信を取り戻し、今はこうしてイオラと幸せになれた。感謝してもしきれない。
イオラのことを心から愛している。
王都メタノシュタットでの出会いは、まさに運命だったのだ。お腹には新しい命も宿っている。
「イオラも村のために力を尽くしているみたいだし、安心したよ」
「ファリアさんにそう言われると、照れるなぁ」
「ちなみにもう一度聞くが、このちびっこたち、イオリオ兄妹に似ているのは偶然……ということでいいか?」
両腕に一人ずつ抱き上げて、幼子の頬に顔をすりすりするファリア。
「それは、元々このあたりはみんな遠縁の親類縁者っていうか……。狭い村だから似てるんだってば」
「……ほぅ?」
「ファ、ファリアさんのルーデンスだって、銀髪の人が多いでしょ? 男も女もみんな筋肉モリモリだし、地方によって似てるっていうか……」
さらっと筋肉がどうとか一言余計なことを加えて反論する。けれどファリアはイオラの頭を昔のように鷲掴みにして撫でた。
「はっはっは、わかったわかった。納得したよ」
「ホントかなぁ……」
「わー! すごーい、本物のえーゆー様だー!」
「ファリアさまー、抱っこしてー」
「すっごぉおおい!」
ファリアを囲む子どもたちは、大きな背中によじ登ったり、手をつないだり、しがみついたりとせわしない。しかしファリアは苦にする風もない。元々妹や弟の面倒を看て育ってきたので、こんなのは慣れっこなのだ。
「みんな元気で可愛い子どもたちだ。しかし、何故に私のことを知っているのだ?」
「あ、それは村の学舎の歴史の授業で教えてるからだよ。えーとファリアさんは『かつて魔王を倒した六英雄の一人、ルーデンス出身、竜撃の女戦士』としてイラスト付きで。村でもしっかり教育してるんだぜ」
村役場にも繋がりのある青年団団長、イオラが誇らしげに自慢する。
「過去の栄光だよ。なんだか照れ臭い。ということは他のメンツも教科書に載せているのか……?」
「うん、もちろんさ。勇者エルゴノートさんに最強の魔法使いレントミア! 最速の剣士ルゥローニィに、癒やしのマニュフェルノさん。それと……『ぐっさん』のことも!」
「そこは、スライム賢者かメガネ賢者……か? まぁどっちでもいいが」
「あはは……!」
イオラとファリアは思わず噴き出した。
懐かしいあのころの思い出が蘇る。ほんの3年ほど前まで、共に賢者の館で暮らし、時々冒険に出向いた日々がとても眩しく感じられる。
「……というわけでイオラ。今から王都経由で世界樹村へ向かうんだ。懐かしのググレに逢いにいくのだが、イオラも一緒にどうだ?」
試しに、とばかりに声をかけてみる。今のイオラにはいろいろな大人事情もある。妊娠中の奥さんの事もあり、簡単に村を離れられないだろう。
「えっ!? マジで?」
「リオラも元気か気になるだろう?」
イオラは突然の申し出に、戸惑いの表情を浮かべつつ、まんざらでもなさそうだ。
「う……うーん。行きたいけど村を離れるのは……」
いまのイオラの立場上、村を簡単に離れるわけには行かない。村の運営をサポートし、農業の生産を支える主力たる青年団。
そして魔物や不埒な無法者から村を守る自警団――通称『ジャガイモ騎士団』の隊長も務めているのだ。
「イオ君、行っておいでよ」
ハルアが手を握る。
「ハルア……」
「大丈夫よ、もう安定期だし。農作業も落ち着いたし。それに皆もいるし」
視線の先で、村の青年団と『ジャガイモ騎士団』がアルベリーナと話している様子が見えた。
大剣を担いだ騎士団最強の剣の使い手、マッスフォード。
弓を持った凛々しい女性狩人のハーリミール。
魔法の杖を抱えた魔法使い、マプル。
共にイオラと村を守るため戦い、冒険をくりひろげてきた仲間たちだ。
「いいの?」
「もちろん。逢いたいんでしょ? メガネの賢者様と……リオラさんに」
「あぁ、ありがとうハルア!」
イオラはぎゅっと愛する妻を抱きしめた。
「これで決まりだな。まぁ往復でも一週間程度だというし」
何も問題がなければすぐに旅立ち、南を目指せばいい。
しかしアルベリーナは何か相談を持ちかけられているようだ。
「む? 何か村で困りごとでもあるのか?」
「えっ?」
「例えば盗賊団が来るとか、魔獣の群れが押し寄せてくるとか、邪悪な顔の魔法使いが村を乗っ取ろうとしているとか……!?」
ファリアが鼻息を荒くし瞳を輝かせる。
「ないない! いたって平和だってば」
強盗団や邪悪な魔法使いが村に攻めてくる気なら、彼らに言いたい。
悪いことは言わないから、逃げろ……と。
「ではアルベリーナ殿は何の話をしているのかな。少々気になるな」
「うん……なんだろう」
<つづく>




