復興のティバラギー村 ~イオラの疑惑
◇
調査母船『方々(ホウボウ)号』で南下すること半日。
パルノメキア山脈は遥か後方に遠ざかり、キョディッティル大森林も針葉樹から、広葉樹へと徐々に植生が変わっていた。
夏から秋へと向かう心地の良い季節は過ごしやすく、旅をするには都合がいい。上空を翼竜の群れが悠々と北へとむかって飛んでゆく。
やがて旧ルーデンス王国の最南端とされるメールハンス川を渡る。森に覆われた丘陵地帯を過ぎ、小さな森が点在する平野部へと至る。
「このあたりは、もうヴァースクリンとティバラギーの中間領域です」
「ここからは南南東へ。ティバラギー村中心へ」
「了解艦長、南南東へ」
操舵を握るニーニルが復唱する。立派な竜人の成人は、メタノシュタット航海士の制服を身につけている。
兄のニーニルと交代したアネミィはプラムと甲板で休息中だ。ブリッジの窓から、甲板で剣の鍛錬中の騎士アルゴートと、船の舳先で景色を眺める二人の赤毛の少女が見えた。
背中に小さな翼を生やしたプラムと、立派な竜人の羽を生やしたアネミィが仲良く並んでいると、似たような緋色の髪色と相まってまるで姉妹のようだ。
「あ、イノブーですねー」
「狼が狙ってるね」
大型のイノシシ魔獣、イノブーを狙っていのは、狂狼属。狼の群れはこちらの船に驚いて狩りを止めて逃げ出した。
「このあたりは魔物の気配が濃い領域さぁね」
アルベリーナ艦長が、水晶球と魔法道具で構成された機器を掌でなぞる。
魔法機関は安定稼働、内蔵された『高密度魔力蓄積機構』の残量も王都まで十分持つ計算だ。
「あぁ。だが邪悪な魔力波動が薄れてからは凶暴性は失われたな。いまでは概して大人しいものさ。信じられないが、普通の野獣と変わらない」
艦長席の横の参謀席にファリアが座り、窓の外を眺めながらつぶやいた。
誇り高い狩人をイメージするルーデンス伝統の旅装束に身を包み、銀髪をポニーテールに束ねている。
「昔に戻ったようで良いことだねぇ」
「昔……? 私が子供の頃はもう、魔物は凶暴で家畜を狙う恐ろしく迷惑な存在だったが……」
ファリアが形の良い眉をわずかに持ち上げる。
「あぁ、すまないねぇ。つい百五十前ほど前のことさ、賢王メーハイヘリアが三賢者と共に大陸を統治していた時代は穏やかだった」
「ははは……? 流石はアルベリーナ殿だ」
ガシガシと歩く船を見て、森の木々の間から青鬼の家族が慌てて逃げまどう。
より大型の大鬼や、悪鬼の代名詞のような小鬼と同様、亜人族に分類される彼らは、狩猟と採集生活を営みながら小規模の集団で行動する。
魔王大戦では真っ先に魔王の手先となり人々を苦しめたが、本来は人の気配を嫌い、こうした場所で静かに暮らしている。
――千年帝国の時代に彼らは生み出された。様々な使役魔法生物の残滓さ……。連中の一部は土木作業の使役用魔法生物が改変……いや、この話はよそう。千年帝国が行っていた人間の上位互換種開発計画は闇が深すぎる。
かつて、アルベリーナは現代の賢者ググレカスからそんな話を聞かされたことがあった。与太話と思って聞き流したが、ググレカスは書物や知識へアクセスする特殊な魔法を行使しているらしい。つまりあながち嘘でもないのだろう。
そして、現在進行系の世界の変革は、ヤツが引き金になっているのだけどねぇ。自覚が無いってのが危ういったらありゃしない。
「ま、お互いほどよい距離感が大事さね」
「ん……? そうだな」
やがて『ホウボウ号』はティバラギー村の周辺部へと近づいた。
「ティバラギー村だ」
点在する家々と周囲に広がる畑、そして放牧地。のどかな農村を絵に描いたような風景が広がっている。森林を切り拓いたルーデンスとは違った広々とした風景が特徴だ。
村道を通り、村の中心部へと向かう途中で、野菜を積んだ馬車と何台もすれ違う。農夫が驚いた様子で此方に手を振り、歓迎の意思を示してくれる。
メタノシュタットの調査船が立ち寄る話は、村人たちは伝え聞いていたようだ。
「よかった、皆逃げちゃうかと思った」
「この村の人はググレ様のお家が歩いたり、空を飛んだりしたのを見ていますからー」
「そっか、プラムのお家は空を飛ぶんだっけ……」
とはいえ、賢者の館が空を飛んでくる恐怖に比べたら、舳先にいるアネミィとプラムが可愛らしく手を振り返すので、ずっと好印象だ。
いよいよ村の中心部へ近づく。周囲を見渡すかぎりのジャガイモ畑に囲まれている。その中央部は小さな町になっていて、神聖教会の鐘塔や行政庁舎の建物、それに商店が軒を連ねている。教会の鐘塔前の広場には、水を湛えた池と石畳が見える。
広場には大勢の人が集まってバザーが開かれている。
麦の収穫も終わり、ジャガイモ収穫の最盛期。いろいろな取引が行われているようだ。
『調査船ご一同大歓迎!』と大きな横断幕が見える。役場の職員や関係者が慌てて集まって、広場の端へ誘導してくれた。
「船は此方へ……!」
他の行商の馬車を避け、既に準備されていた停泊区画で船を停止させる。昆虫のような脚部を折り曲げ、着底姿勢で機関停止。
周囲には物珍しさに、大勢の村人や行商の人たちが集まってきた。あっというまに人垣ができて、歓迎のムードだ。
プラムとアネミィ、そしてアルゴートが桟橋代わりの「やぐら」へと艀を渡す。
珍しい竜人の娘アネミィを見て驚き、指差す人もいる。
「つきましたねー」
「なんだか人が多い……」
「大丈夫、僕がいるから。足下に気をつけてプラム、アネミィ」
アルゴートが騎士らしく、ふたりに手を差し伸べて上陸をエスコートする。
「あ? あれって……」
プラムが駆け寄ってくる人影に気がついた。人の輪をかき分けて手を振りながら、笑顔でやってきたのは栗毛の青年――イオラだった。
「おーっ!? プラム?」
「イオ兄ぃ、久しぶりですねー!」
すっかり凛々しく成長した姿に、日焼けした顔。けれど変わらぬ気さくな笑顔。
「あっ!? 騎士様……チュウタ……? 見違えた!」
「イオラさん、お久しぶりです」
久しぶりの再会を喜ぶイオラの後ろから、ハルアもやってきて挨拶をかわす。
「夫がお世話になっております」
「あ、いろいろあって結婚して……」
見るとハルアのお腹が大きい。
「イオ兄ぃ、おめでたですねー」
「俺が妊娠したみたいじゃん!?」
「リオ姉ぇも逢いたがっていましたよー」
「うぅ……そうだよな。いろいろ忙しくてさ」
簡易的な革の鎧、腰の後ろに括り着けた短剣。以前と変わらぬ半戦士半農夫のいでたちだ。
聞けば村の復興を担い、今では青年団と自警団の代表を務めているらしい。
アルベリーナ艦長が出迎えの村長と挨拶を交わしている。
「おぉ、イオラ!」
と、船の上からの声に振り返り、驚く。
「ファリアさんも……!? えっ!? いいの?」
「なんだかいろいろ事情があってー大変みたいですよー」
プラムが小声で囁く。
「ははは、久しいなイオラ。こんなに……すっかり立派になって」
「ファリアさん、お久しぶりです!」
船から降りてきたファリアと熱い抱擁を交わす。
「イオラーその女だれー?」
「イオ兄ぃの知り合いー? また女のひとー?」
「あ、こっちのお姉ちゃん羽があるよー?」
「みせてみせて、かっこいい!」
「わー!」
「あらー可愛い子たちがたくさんですねー? 村にこんなに子供いましたっけー?」
「子供がこんなにいっぱい!?」
気がつくとプラムとアネミィの周囲には、小さな3歳ぐらいの子どもたちが、何人も集まってきていた。
竜人の村では小さな子が珍しいので、アネミィは人間の幼子たちの元気で無邪気な好奇心に、戸惑っている様子だ。
みんな栗毛で目が丸くて、可愛らしい。
「あぁそうなんだ。村にどんどん人が戻ってきてさ。おかげで復興も加速して」
イオラが誇らしげに子どもたちの頭を撫でる。
「そうなのですかー? でも……」
「でも?」
プラムの手をにぎり、太ももにしがみつく可愛い子どもたちを見て、あることに気がつく。
「みんなイオ兄ぃやリオ姉ぇに……似てませんかー?」
「えっ? そ、そんなわけ……。あっそうか、同じ村出身だから、そりゃぁ髪の色とか瞳とか、似てるんじゃないかな‥…」
「……ですよねー」
奥さんのハルアが大きなお腹を抱え、イオラが子どもたちと戯れる様子を、ニコニコと見つめている。
「イオラ君の子供なの?」
スバッと斬り込んだのは騎士チュウタことアルゴートだった。
「ちっ違うよ! なわけあるか」
「そういえば聞いたことがある……」
「何をです!?」
ファリアの肩には二人、背中に三人。幼児たちがよじ登っている。
「コラーおまえたちやめなさいっ! って、何を聞いたことがあるんですかファリアさん?」
イオラが慌てて子どもたちを引き剥がそうとする。こころなしか笑顔がひきつっている。
「この村は魔王大戦で大勢の若者や男衆が命を落とし、未亡人が多い……と」
「おっ……!? 多かったですよ、そりゃぁ。でも……戻ってきた村人たちと若者もいてそれで……って、なんだよその目はっ!?」
「未亡人ですかー」
「なるほど……」
「ふむ?」
絵に描いたようなジト目を向けるプラムとチュウタ、そしてファリア。
「違うぅうう! 誤解だってば!」
<つづく>




