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 リオラVS賢者、リオラVSロベリー

 ◇


 お互いの手をぎゅっと握る。

 息がかかるほどの距離に、リオラの顔がある。

 ぱっちりとした鳶色の瞳に、長いまつげで縁取られた二重のまぶた。栗色の髪が肩からさらりと流れる。いつも見ているのに、こうして間近に来ると可愛くて緊張する。


「覚悟は良いですか、ぐぅ兄ぃさん」

「ふふふリオラよ、家長(・・)の力、見せてやる」


「賢者ググレカスは魔法をお使いにならないそうです」

 審判役の妖精メティウスが、丸テーブルの隅からリオラに囁く。


「……大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ!」

 リオラにちょっと今、本気で心配された。

 肉体強化系の魔法は使わずに勝負に挑む。それがせめてもの矜持だ。

 正直、リオラの握力は尋常ではない。

 クルミを殻ごと潰し宝剣(・・)を砕いだこともある。

 今、リオラが手を握る力を本気で込めれば、俺の手の指など骨ごと砕かれてしまうだろう。

 だが怯むわけにはいかない。

 負けるにしても男として(安い)プライド、意地がある。


 腕相撲会場となった賢者の館のリビング・ダイニングに静かな緊張が漂う。

 

 マニュフェルノと亜人娘のミリンコが並んでソファに腰掛けている。

 その横ではロベリーとパドルシフがハラハラした様子で勝負の行方を見守り、ラーナとラーズは焼き菓子を奪い合っている。


「では、おふたりとも見合って」

「んっ」

「ぬん」

 互いに真剣な眼差しで向かい合い、視線を受け止める。


 リオラ、君は大きく成長し美しくなった。

 この館に来た頃はまだ幼くて、あどけなくて。純朴で可愛らしい少女だった。

 兄のイオラも今ではティバラギー村を守る、防衛隊のリーダー。

 君の成長を嬉しく思う。

 だから全力で挑もう。

 容赦はしない。


 ――はぁ……あああああッ!


 全力で上腕に力を込める。

 ファリアが居たら俺の膨れ上がる闘気が見えたことだろう。背後にドラゴンでも背負ってる気分だ。


「はっけよい……のこったっ!」


 妖精メティウスが合図をした、刹那。

 ダンッ! と俺の腕がテーブルに叩きつけられた。


「ぐあっ」

「えっ……!? あれっ?」

 驚き叫んだのはリオラだ。いや、俺も叫びたい気分だが口からは呻き声しか出ない。

「い、痛ッ……えぇ? え?」


「秒殺。目にも留まらぬほどの」


 館の皆の目が点になっている。


「ぐぅ兄ぃさま、力いれてました? 何か考え事してませんでした?」

 リオラが慌てた様子で俺の手を気遣い、すりすりする。骨に異常は無いようだ。


「ゆっ油断したというか、あれ? 一応、全力で腕に力入れていたつもりだったんだが、あはは……?」


「賢者ググレカス、一応聞きますが、再戦されますか?」

「いや、いい」

「勝者、リオラさま!」

 妖精メティウスがリオラの上で舞い、勝利を宣言すると拍手が沸き起こった。


「今夜は私がマッサージして差し上げますね」

「いいよ大丈夫だって」

 リオラは妊娠中のマニュフェルノの代わりに、日々家事をこなし、食事の支度をし、館を切り盛りしてくれている。

 プラムやヘムペローザがいる時は人手があって良かったが……。二人はそれぞれ忙しい時は館に帰ってこない。メイド見習いのミリンコは半人前だし、ラーナもまだ幼い。だからますますリオラへの負担が増している。


 だから今回、ロベリーとパドルシフを館に連れてきたのは二つの意味があった。


 二人が忙しいリオラの手助けになるだろう、という目論見。

 家事をこなせるメイドを増員する意味も込めて、メイドのロベリーを館に招いたのだが……リオラは何故かすこしご機嫌斜めのようだった。


 だから腕相撲で上下関係をハッキリさせよう、などと言いだしたのだろう。


 俺も出来る限り一緒に皿洗いや掃除を手伝ってはいるが、あまり手助けになっていない。

 だから、せめて労りと感謝の気持を忘れないようにと心がけている。

 夜ともなれば、マニュフェルノとリオラをソファに並べ、肩もみや足の疲れをとるツボのマッサージを丹念にに行う。こうして日々の疲れを取り除くため奉仕をしているのだ。

「フフフ、ここか、ここがいいか? んー?」

「絶妙。力加減が丁度いいの……」

「あぁ、気持ちいいです……手の力がほど良くて」


 腕力と握力が弱いのが良いらしく、二人はうっとりだ。

 妻とメイド長のマッサージをしている賢者など、世界中を探しても俺ぐらいだろう。


 ――と、話がそれた。


「賢者さま、大丈夫ですか?」

「心配ない、次は君の大切なロベリー姐ぇさんとウチのメイド長の対決だが……」


「……平気です。全力を尽くします」


「怪我しないようにね、無理をしないで」

「はい、パドルシフ」


 パドルシフは賢い子だし素直で可愛く、俺を頼りにしてくれている。

 かつての好敵手(ライバル)のご子息で他に身寄りが無いとなれば尚の事。うちで預かることもやぶさかではない。

 そうすれば館の貴重な男手として、俺の味方になるかもしれない。……フフフ。


「またよからぬ企みをなさっているお顔ですわね?」

「ばっ、何をいうかメティ。将来設計、深謀遠慮だよ」

「まぁ?」


 ちなみに男手として期待の新星といえばラーズだ。しかし最初から姉貴分(・・・)のラーナの尻にしかれている。

 イオラは早々に自立し巣立ってしまったし、後継者と期待していたチュウ太(・・・・)も今や立派な王国の騎士だ。

 うちは男手が少なすぎる。まぁ男まさりの妹分(・・)ならいるのだが……。


「では、決勝戦! リオラさま対、ロベリーさま。準備はよろしいでしょうか?」


「いつでも」

「こちらこそ」


 メイド姿の二人が腕を組み合う。

 鍛錬に次ぐ鍛錬を重ね、極限まで研ぎ澄ましたパンを捏ねる腕前のリオラ。

 方や戦闘メイドとしてお坊ちゃまを守ることを前提に構成された腕力をもつロベリー。

 

 向かい合う二人は、丸テーブルを互いが左手で支え、右手同士をガッシリと握り合う。


「レディ、ゴーッ!」

 掛け声が毎回違うのは妖精メティウスのお茶目なところだ。皆が注目する大一番が始まった、と思った次の瞬間。


 ――ドンッ!


 空震(・・)のようなものが館全体を震わせた。

 ビリビリと窓が振動する。


「衝撃。何が?」

「な、何……?」

「地震デスカー?」

 皆はそれぞれ天井や窓の外に視線を向ける。何事が起こったのかと顔を見合わせ、やがて原因に気がついた。


 震源(・・)が、腕を組み合う二人(・・)であることに。


「お、おい見ろ」


 リオラもロベリーも、まったく動いていない。


 否――動けないのだ。


「……く」

「うっ……」

 互いの力が拮抗し、せめぎ合っている。

 ギリギリと腕の筋肉が増大し、力同士がせめぎあう。

 腕の筋肉のパワーに強弱をつけ、幾度も幾度も、巨大なエネルギー同士が真正面から衝突している。

 激突するたびに衝撃が振動として周囲を揺るがしているのだ。

 ゴゴ、ゴゴゴッ……! と家具が震え、窓ガラスがビリビリと振動する。


「あ、あわわ……!?」

「どうなってるのでーす!?」

「ヒェ、マジデスカ、リオ先輩ィイ……」

 パドルシフもラーナもミリンコもマニュフェルノを囲むように集まって、館の異変におびえはじめた。


 ビシッ、と魔法で強化しているはずのガラス窓にヒビが入った。共鳴現象により、固有振動が重なったのか。

「んな、ばかな!?」

 思わず俺も叫んでいた。審判のはずの妖精メティウスはリビングダイニングの天井付近で右往左往して悲鳴をあげている。


「ずぁっ!」

「くう……ッ」

 リオラが攻めた。今までに見せたことのない必死の形相。腕に覆いかぶせるように身体ごと力を込め、歯を食いしばる。

 ミィシイイッ……! と丸テーブルの脚が軋む。


「限界。テーブルがっ」

 マニュフェルノが叫ぶが、胎教に良くない気がしてきた。

 がんばれリオラと心のなかで応援する。


「まけるな、ロベリーッ!」

 今度はパドルシフの声援に応えるかのように、ロベリーが押し返した。

 ビキビキと机の天板が歪み、悲鳴を上げる。

「ううっ、ぐ」

「ふんぬっ……!」

 ロベリーが一気に畳み掛ける。だがリオラは耐えている。テーブルの脚に続き、今度は床板がミシミシと限界を訴えはじめた。


「リオ先輩!」

「リオラ姉ーっ!」

 ふたたびの声援にリオラが奮起。

「ぬっうん、ずあああっ!」

 両足を踏ん張る。足首、脚、腰、胸、そして肩に腕。全身をバネのようにして、力を振り絞り、腕に逆流させ、押し返す。

「ああっ、つあっ!」

「なっ――!?」


 気合一閃。

 リオラが押し込んだと思った次の瞬間。

 バリィィンンと音を立て、テーブルの天板が砕けた。


 だが、割れて歪んだ天板に、最初に手の甲が触れたのは、ロベリーの方だった。


「しょ、勝者……リオラさま……!」


 丸テーブルはその場で崩壊、もはや原型をとどめていなかった。


 はぁ、はぁ……と荒い息遣いのリオラとロベリーの、鋭い視線が交錯する。


 一瞬、静まり返る館のリビングダイニング。


 しかし


「すごい、ロベリーさん!」

「リオラさんこそ、凄いです、初めてです……こんなの」


 がっしりと固い握手を交わすと、強く抱擁し互いの健闘を称え合う。

 拍手と歓声に包まれた。

 リオラとロベリーの間のわだかまりも、これで溶けてくれると良いのだが。


「ふぅ、やれやれ。これで一件落着か」


「それでね、ぐぅ兄ぃさまはマッサージがすごく上手で……! 肩が痛い時、優しく揉みほぐしてくれるんですよ」

「マッサージなんて受けたことがありません……」

「なら、絶対おすすめだよ! ね、ぐぅ兄ぃさま」

「え、えぇ……!?」


 リオラがロベリーに俺のマッサージをえらく推していた。


「義務。(ねぎら)いと友愛は、家長の義務ですから」

 ぽむ、とマニュフェルノが俺の肩に手を乗せる。

「まじか……?」

 丸メガネを光らせながらニッコリ微笑む。


本気(まじ)。責任をとってくださいね」

「……責任」


 その夜から俺は、ソファに並んだ三人に心を込めたマッサージを施すことになった。


<つづく>


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