賢者の館と歓迎の腕相撲
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賢者の館は時ならぬ熱気に包まれていた。
パドルシフと保護者兼、専属メイドのロベリーの一時受け入れ歓迎会だ。
二人を当面うちで預かることにしたのだ。
急なことだったので料理はありあわせ、普通に夕飯に招待したような感じになってしまったが、二人は大いに喜んでくれた。
まぁ二人は俺の家族にとっても、完全に初対面というわけでもない。
パドルシフは治療の関係で2年ほど前、館にいた時期もあるのだから。
世界樹の街、ヨラバータイジュに流れ着いた彼らは、プルゥーシアの放った刺客から命を狙われた。
原因はパドルシフ・ノルアードの父親にある。
西国ストラリア諸侯国、随一の大魔法使いとして名を馳せたオートマテリア・ノルアード公爵――。
すこしだけ回想する。
彼が生涯をかけて追い求めたのは治癒の魔法。ご子息であるパドルシフの不治の病を癒し、健康な身体を取り戻すという、願いを越えた妄執に囚われていた。
所有する者に無限の知恵を授け、不老不死さえも可能とする伝説の『賢者の石』。千年帝国の叡智の結晶。そんな僅かな希望に縋り、国を捨ててまでメタノシュタットに渡り『賢者の石』を求めた。
やがて俺たちは魔法の奥義をぶつけあい戦った。
だが俺が持っていたのは偽物で、すべてが偽りだと悟ったとき――彼は失意と共に絶望し、敗北を喫した。
戦う気力も、魔法の源となっていた強い意思さえも挫かれたからだ。
俺は息子を想うオートマテリア・ノルアード公爵の心意気に打たれ、和解。ご子息パドルシフの治療に協力することになった。
世界でも稀有な、治癒の魔法の使い手であるマニュフェルノが力を貸してくれた。それに秘蔵の『竜人の血』から生成した秘薬を組み合わせた。
今のパドルシフは現代魔法医学の限界を突破した結果なのだ。あの男、オートマテリア・ノルアード公爵の願いはこうして叶えられた。
「ありがとうございます、皆さん」
「またまたお世話になります」
さすがは公爵家のお坊ちゃま。育ちの良さを感じる立ち振舞いのパドルシフ。
その傍らには見た目麗しい正統派メイド姿のロベリー。
二人が居候するのは、俺としては大歓迎なのだ……が。
「居候。うちは出入りが多いから慣れっこです。ゆっくりしていってくださいね」
「そうですよね、賑やかな方が楽しいです」
にっこり。
二人は笑顔で微笑みつつ鋭いジト目を俺に向ける。
「えぇ……?」
マニュフェルノとリオラの笑顔が怖いが「二人は命を狙われたんだ、だからしばらくの間ここで」と頼むよ、なんとか納得してくれた。
実質的に館を取り仕切る妻と妹リオラ。二人の同意なくしては、何事も始まらないのが『賢者の館』。
うん? 俺が館の主だったはずだが……。まぁそこは深く考えないようにしよう。
「お友達が増えて嬉しいのでーす」
「いや、そういう感じでもないだろ」
天真爛漫なラーナとちがって、ちょっとクールなところがある弟のラーズ。
「ラーズはお友達が少ないんだから、仲良くするのですよ-?」
「うっ、うるさいなラーナ、今から友だちになるんだよ、えぇと……パドルシフ」
「よ、よろしくね」
「おう、まずは腕相撲で勝負だ。どっちが上かきっちりしとかないとな!」
何故か腕相撲対決をする流れになった。
赤毛の少年が自信ありげに笑う。
「あまり無茶するなよ、病み上がりなんだから」
「平気ですよ賢者様」
「だとさ、グゥ兄ぃ」
「う、うむ」
パドルシフ対ラーズの腕相撲対決が始まった。
身体が細く色白な少年パドルシフ。それに対してラーズは年下ではあるが、日焼けして元気いっぱいの腕白少年と言った感じだ。
「コレデ、勝負するといいデス」
メイド見習いリオラの弟子、亜人少女のミリンコが丸いテーブルを運んできた。
リビングダイニングの隅っこにあった丸いサイドテーブルは、普段は花瓶置きか、通信用の水晶玉を載せる台になっている。腕相撲の台にするにはもってこいだ。
「よーし、勝負だぜパドルシフ」
「うんっ!」
二人は丸いテーブルを挟んで、向かい合った。腰をすこし曲げてテーブルに肘をつき、右腕同士をガッシリと組み合う。
「じゃぁ、ふたりとも準備はいい?」
「は、はいっ」
「お、おう」
リオラが二人の手にそっと手を重ねると、パドルシフとラーズが顔を赤くした。
「ファイッ」
「ぐっ……ぬぬ」
「え、えいっ!」
二人の対決は意外といい勝負だった。だが、最後はやはりラーズが勝った。
「や、やったぜ、お前は俺のダチ公だ」
「ま、まけたー」
「頑張りましたね、パドルシフ」
よしよしと姉のように頭を撫でるロベリー。
「そうだ。この際、お屋敷の中で最強決定戦をやりませんか?」
「……お望みとあらば」
リオラとロベリーの視線が交わり火花が散った。
提案したのはリオラだ。
明らかにロベリーを意識している。
どうも「屋敷に真のメイドは一人で十分」とでも言いたげだ。
「家主。あるじたるググレくんも参加しないといけませんね」
「えっ? 俺もやるのか? 女子たちと腕相撲をか?」
「そうですね、ぐぅ兄ぃさん。やってみませんか?」
マニュフェルノの挑発にリオラも加わった。
「はっはっは……」
笑う俺をリオラがじーっと見つめている。
「あぁもう、わかったよ。いいともさ」
「そうこなくっちゃ。ぐぅ兄ぃさま」
俺はこう見えても男だ。
いくらなんでもリオラに負けるなんてことは……ことは……あれ?
リオラってクルミを指で平然と「割る」よな?
頭蓋骨を拳で砕く殺人拳の使い手だし。
……あれ? もしかしてヤバイ?
「ぐぅ兄ぃさん。魔法を使ってもいいですよ? 身体強化の魔法があるんですよね?」
栗毛のリオラが小首をかしげながら可愛らしく微笑む。
「ばっ、使うかそんなもの」
「そうですか?」
妖精メティウスがふわりと飛んできて肩に腰掛けた。
「賢者ググレカス、ここはお言葉に甘えたほうが」
御身のためでは? と耳元で囁く。
「うぐぐ……」
負けたら男としての沽券に関わるが、魔法を使うのはいくらなんでも……。
<つづく>




