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 聖都ムスクシアの霊廟(れいびょう)

 ◆


 聖都ムスクシア――。


 メタノシュタット王立図書館所蔵『プルゥーシア皇国探訪記 ~エッグボゥロ公爵の北方旅行見聞録』より。

 以下検索魔法(グゴール)による抜粋。


 極北のプルゥーシア皇国の王都にして最古の皇都。

 政治的・軍事的な首都としては勿論、創世神話の時代から残る、歴史的・文化的に価値の高い史跡や建築物が数多く存在する。暮らしを営む人々の多くは急激な変化を嫌い、穏やかで伝統的な暮らしを好む。

 弱い冬期の光を効率よく吸収するため、建築物の屋根は黒く塗られ、扉は鮮やかな赤で彩られている。炎を崇拝する原始的な信仰と、魔除の意味があるのだという。

 そうした古都としての趣は、実に味わい深いものがあり、旅行者は特別な感慨に耽ることができるだろう。

 常に新しい文物を創造し、発展、新しく変化してゆくことを好むメタノシュタット王国とは、情緒的に相反する部分があるのも事実である。

 聖都ムスクシアは芸術と文化の中心都市としても知られており、メタノシュタットからの留学生もいるほど、様々な学問が盛んである。


 更に聖都ムスクシアには別の側面もある。すなわちプルゥーシア皇国における魔法使いたちの総本山、霊的な聖地(・・)としての顔だ。

 その点に関しては、メタノシュタット王国との共通点、類似性が認められる。すなわち象徴的な「塔」が皇都の中心付近に存在する事である。

 漆黒の都市のイメージが強い聖都ムスクシアの中枢には、深い闇を凝縮したような『霊廟(れいびょう)』が存在する。

 都市の中心部に位置する構造物は、高さ数十メルテに及ぶ。巨大な黒曜石の結晶を前にすると、想像を越えた異様さに圧倒されるだろう。

 地面から斜めに突き出す格好で飛び出ている漆黒の塔は、プルゥーシア聖教の神官たちによると「天から堕ち、ここに突き刺さった神威(カムイ)である」という。

 真偽は定かではないが広く信じられている。

 周囲を囲むように建造されたドーナツ型の神殿に囲まれ、地下には墳墓のような空洞がある。それが『霊廟(れいびょう)』と呼ばれる所以(ゆえん)になっているのだ。


 歴史学者達の研究によれば「霊廟(れいびょう)はおよそ千年もの昔から存在し、栄華を誇った千年帝国(サウザンペディア)の時代の魔法技術により建造された」遺構であるという。


 この点について、奇しくも我がメタノシュタット王国にも同じものが存在することが立証されている。今や世界に名を轟かせるメタノシュタット王国、王家の正統性の象徴たる『聖剣戦艦・蒼穹(ファティマート)白銀(プラチナ)』を守護していた巨大な塔が存在していたからだ。

 人類にとって魔王大戦を超える未曾有の災厄となった『超竜ドラシリア戦役』についての経緯は割愛する。だが星界を渡る『飛翔する剣』と伝えられた船は、かの賢者ググレカスと魔法使い達の叡智により永き眠りより覚醒したことは記憶に新しい。

 超竜ドラシリアの驚異を前に、絶望の淵に沈みかけていた人類を、奇跡の魔法で救った歴史的事実は、永遠に記録されるだろう。神代の聖遺物の力と人類の強さを、我々は確かに目にしたのだから。


 話が少々逸れたが――。

 神の領域に至った太古の魔法文明の結晶、その精華は確かに存在した。

 プルゥーシアにも同様のものが存在するのでは、と推測したくもなるが、残念ながら明確に否定されている。

 なぜなら『霊廟(れいびょう)』の外殻は、想像を絶する超高温により融解して急冷され、ガラス化したものと推測されるからだ。

 ドワーフ族の鍛冶屋組合(スミスギルド)技術長老の見解では、三千度から一万度を超える極超高温(筆者は専門家ではないので口述をそのまま記するが……)により融解。構造体は元の姿は保っていない。冷え固まった結果生成された「造形物(オブジェ)」に過ぎないという。


 ◆


 同、聖都ムスクシア。

 地下霊廟(れいびょう)エリア――。


 静謐な空気に満たされた神聖な空間は、静まり返っていた。

 「祈りの間」と呼ばれる半球形の地下空間は、直径30メルテほどの広さがあり、繋ぎ目のない壁で構成されている。

 壁全体がぼんやりと白く淡い光を放っているが、その光は千年前から変わらないのだと云う。


 ドーム状の部屋の中央、高さ5メルテの空間には巨大な球形の水晶球(・・・)が浮遊し、青白い光を放っていた。

 眺めていると、表面に魔法円や文字、幾何学的な図形が波紋のように浮かんでは消えてゆく。時折、見たこともない旧世界の風景や、建築物の映像が浮かぶこともあるという。

 見る人間の思念、あるいは魔力波動と関連していると思われるが、詳細は不明。

 千年もの太古から浮かんでいる球体は、一体どのような原理の魔法で浮遊し、用途が解明されないまま現在に至っている。


「フィルドリア卿の報告は、実に興味深い」


 球体を囲むように6人(・・)の人影が浮かび上がった。


 ――『魔法聖者連(セントモレア)最上位(・・・)魔法使い。緊急招集され集った者たちだ。


 全員が聖職者のように法衣を纏っているが、色や細部の装飾が異なる。神話上の蜂鳥(ハチドリ)を象った模様が刺繍されたもの、旧世界の鳥である(たか)が描かれているものなど様々だ。


「我ら『魔法聖者連(セントモレア)』の悲願たる『賢者の石』……! それを持ち帰った功績は讃えられるべきだ」

「あぁ、称賛に値する」

「賢者ググレカスを出し抜いたとは俄に信じがたいがね」

「一方的に叩きのめされたとも聞くが? だとすればとんだ恥さらしよ」

「フィルドリアは我ら最上位(ハイクラス)の中では、最弱」

「フフ、実際のところ、どうなのかしら」


 集まった面々が好き勝手なことを言う。


「……ふん」

 6人のうち一人はフィルドリア卿だ。

 苦々しい顔つきで、鋼色の外套の襟元をきつく締めている。刺繍は竜を象ったものがあしらわれている。


 ――魔法聖者連(セントモレア)序列、第7位

 ――竜血術使い、フィルドリア・ユードフォルム

 ――種族:人類種(貴族系伝統魔法使い)


「だがッ! 我らが仇敵たる賢者ググレカスと対峙し、敗北したとはあぁ、実に無様なるぞ……! そこが我慢ならぬ、実に情けない限りだッ」

 無骨な武人といった風体の巨漢が床を激しく踏みつけた。黒い眼帯男だ。


 ――魔法聖者連(セントモレア)序列、第6位

 ――五行術使い、ミューグ・フルクラム

 ――種族:人類種(プルゥーシア軍属・魔導兵団長)


「お言葉ですが、ミューグ・フルクラム閣下。フィルドリア卿は全力を出さなかったのでしょう。民間人も諸外国の人間もいる場所で、殺し合いをしろと?」

「う、ぐむ……」

「貴公はメタノシュタットとの全面戦争をお望みか?」


 細身で飄々とした様子のハーフエルフの若者が、顔を真っ赤にする軍属の魔法使いを茶化す。翻したマントには、(タカ)の意匠が施されていた。


 ――魔法聖者連(セントモレア)序列、第5位

 ――飛翔術使い、スホイ・ベールクルト

 ――種族:ハーフエルフ(王宮魔法使い)


「だとしてもだッ! ググレカスの首だけでも食い千切ればよかったものを!」

「その勇ましさで、魔王軍と対峙されておられれば、さぞ戦果をあげたでしょうにねぇ」

「ぐぬ、ぬっ……!」


 プルゥーシア皇国は魔王大戦の際、消極的な対応に終始した。

 国境の防備のみを固め、僅かな兵力のみを人類連合に援軍として差し向け、戦力を温存した。


 皇帝ピョードルリテリア7世の「腰抜け」政策によるものだが、その結果、西国ストラリア諸公国の失望を買い、メタノシュタット王国の増長と軍事大国化の引き金となったとされる。

 更に国際関係におけるプルゥーシア皇国の発言力低下を招く結果となった。

 消極的対応は『超竜ドラシリア戦役』においても同様で、超竜ドラシリアに対抗する術を、彼らは持ち合わせていながらも――プルゥーシア皇国は十分な失地挽回の機会を得ることが出来なかったとされる。


「くだらぬ言い争いは止さぬか。我らが目的を忘れるな。プルゥーシアの栄光を再び」


 ――魔法聖者連(セントモレア)序列、第4位

 ――錬金探求術、ボキュート・タイタニア

 ――種族:ハーフ・ドワーフ(スミスギルド魔法長)


「そうそう、目的は皆同じさボキュート卿。それにしても……目的のためとはいえ、少年(・・)を人質に取って盾にし、あげく『賢者の石』を要求するとは……! 貴族である君にしては、なかなかに大胆! とんだ悪党を演じたわけですねフィルドリア卿。でも、私はむしろ高く評価しますよ?」


 カラカラと甲高い声で小馬鹿にしたように笑うのは、ダークエルフの少年。といっても実年齢は二百を超えていると思われるが。


 ――魔法聖者連(セントモレア)序列、第3位

 ――無幻術使い、マトリョー・シルカス

 ――種族:ハーフ・ダークエルフ(王宮魔法使い)


「そんな理由で手に入れたわけではない! 侮辱する事は許さんぞ」

「侮辱? 君を? 序列下位の分際で(さえ)ずると殺すよ?」


「およしなさいシルカス。ここは『仲良し倶楽部』だと言ったはず。それより、狡猾と噂のググレカスさん(・・)が、あっさりと秘宝を引き渡したのは、確かに気になりますよねぇ」


 美しい銀髪の女神官が横槍を入れる。穏やかな口調で話しながら、錫杖で床をコンコンとつつく。グラマラスなボディが神聖な法衣の上からでもよくわかる。

 

 ――魔法聖者連(セントモレア)序列、第2位

 ――神官長・輪転魂使い、パンティラスキ・ケルジャコフ。

 ――種族:人類種(聖職者)


「ググレカスは少年の命のほうが『賢者の石』よりも大切だ、と言った。その言葉に嘘は無いと思う。だから私達に引き渡した。和議……無駄な争いを避け、少年の命を守るために」


 フィルドリア卿が強い口調で訴えると、その場に居た者たちはそれぞれに思いを秘めた顔で押し黙った。


「まぁ、素敵だこと。流石は賢者様と呼ばれるだけはありますね」

 女神官が妖艶な笑みを浮かべる。


「貴公を始末することも出来たはず。なのに、なぜ追手を差し向けなかったのかな?」

「石はもう必要無いと言っていた。少年……西国ストラリア最強の魔法使いのご子息は完治したからだと。だから渡した。もう『賢者の石』が此方にある以上、手出しも不要と云う条件でな」


「秘宝をそれであっさり引渡す理由にしては弱いけど……。はるばるメタノシュタットまで遠征する理由も無くなるわね」


「僕らプルゥーシアが誇る先輩方、聖人や伝説級魔法使いを倒した男にしては、随分と寛大だねぇ」

 ハーフ・ダークエルフのマトリョー・シルカスはまだ疑っている。


「『賢者の石』は本物だ」


 忽然と、7人目(・・・)が現れた。


「ッ!?」

「ヴォズネッセンス様、いつからそこに?」


 その場に居た全員が、声の聞こえた方に視線を向けた。

 この場には最初から6人しかいなかったはずだ。


 ――魔法聖者連(セントモレア)序列、第1位

 ――時空監察魔術、アドミラル・ヴォズネッセンス

 ――種族、ハイ・エルフ


 凛とした雰囲気、知性と教養を感じさせる顔立ち。まるで彫像が動き出したかと見まごうばかりに神々しい美しさを湛えたハイ・エルフの青年だ。

 肌も髪も白く、瞳だけがサファイアのように青い。


「私は、最初からここにいた」


 気配を消していたというレベルではない。

 まるで空間を瞬時(・・)跳躍(・・)したと説明されても疑わない。

 誰もその術式や魔法を説明できない。これが序列1位の魔法術式なのかと息を飲む。


「中の人工霊魂(・・・・)霊廟(・・)と反応している」


 手には『賢者の石(偽)』を持っていた。ゆっくりと空中に浮かぶ水晶球に向けて差し向ける。すると――巨大水晶球の表面が波打つように揺れ、波紋が広がった。そして魔法円が幾重にも浮かび、見たこともないような複雑な文様を描き出した。


 やがて『賢者の石(偽)』が声を響かせ始めた。


『――リンゲージ……か、確認。コード・プロキシアン・コーラル。個体番号A:Z985。ジ……じ、自己修復術式ダウンロード……成功。修復箇所、特定開始……』


「間違いない。多少壊れてはいたけれど、これは千年帝国(サウザンペディア)の遺物。生きている(・・・・・)貴重な宝具だ」


<つづく>


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