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 ゼロ・リモーティアの尻尾


 魔導を極めんとする者ならば、誰しも一度は耳にしたことがあるであろう伝説の秘宝――『賢者の石』。

 それは千年帝国(サウザンペディア)に実在したと云われている。

 超高度な魔法文明を築いた帝国には、数多(あまた)の名だたる魔導師たちがいた。彼らは魔法の真髄を操り、神の領域に達していたと伝えられている。

 生命を自在に操る魔法。

 知恵を自在に集められる魔法。

 巨大な構造物や船を空に浮かべる魔法。

 記憶や魂を結晶に封じ永遠に留めておく魔法。

 身体を(ドラゴン)など、様々なものに変化する魔法。

 枚挙に暇が無いほど多彩な魔法が生み出され、魔法文明は栄華を極めた。

 しかし現在、それら多くの魔法は失われた。僅かに(いにしえ)魔導書(グルモワール)に断片が記されているのみだ。


 それはさておき――。

 魔法の真髄の産み落とした寵児(ちょうじ)、人工的な精霊である『プロキシアン・コーラル』も、長らく異世界への扉『ゲート』を制御していたという。まぁ、それなりに凄い存在には違いないのだが……。


『カーカカカ、ひれ伏すがよい……! 今、愚昧なる貴様たちは千年帝国(サウザンペディア)の偉大なる知恵の結晶、奇蹟の前にいるのだ! 余こそが魔法の真髄、究極の叡智! だぁが、塵芥(ちりあくた)も同然な貴様らの貧弱な頭脳で、果たして余の言葉が何処まで理解できるかは知らぬがな』


 まさに絶好調の『賢者の石(偽)』。俺にこんな事を抜かしたら、地面に思い切り叩きつけるところだが、ありがたく思う連中もいるようだ。


「それが、本当に『賢者の石』なのか……!」

「我ら『魔法聖者連(セントモレア)』がずっと探し求めていた究極の秘宝……! 賢者ググレカスが手にしていたというのは、事実だったのか!」


 極北のプルゥーシアからのこのこ(・・・・)とやってきた上級な魔法使いたちは目の色を変えた。

 唖然呆然、瞬きをすることも忘れ、俺の手にある黒い石を食い入るように見つめている。


 俺が自作した『賢者の石(偽)』は、本物なのだから……いや、限りなく本物に近い紛い物、見破れるはずもない。


 伝説の『賢者の石』は魔法文明の叡智の結晶であり、所有するものに無限の知恵を与え、永遠に近い命さえ与えたという。


 とはいえ「永遠の命」うんぬんの(くだ)りは眉唾(・・)ものだ。

 自分たちを永遠の命を持つ、「神」に近い存在だと(うそぶい)た『八宝具』という前例があるからだ。宝具に魂と記憶を封じ込めたところまでは良かったのだろうが、結局は魂も記憶も経年劣化。自分たちが世界を裏で支配している妄執に取り憑かれ、結局は消滅した。

 さらに俺の手のひらの上で、今も適当なことを饒舌に言い続ける『プロキシアン・コーラル』も『八宝具』に似た存在だ。


 この『賢者の石(偽)』に封じ込めてあるのは、千年帝国(サウザンペディア)の賢者の英霊の魂でもなんでも無い。

 異次元への門の番人、制御用(・・・)の人造精霊プロキシアン・コーラル。相当、劣化しているが中身は千年帝国(サウザンペディア)時代の遺跡から掘り出した本物(・・)なのだ。本物だからこそ、俺は淀みなく自信満々で「本物だ」と言える。


「あとで好きなだけ千年帝国(サウザンペディア)に関する質問をしてみるといい」


『カカカカ、アァ、何なりと聞くが良いぞ魔道の探求者達よ。ただし……! 蒼き月、時の砂、空ろなる青銅の器が満ちた時にならねば、真の鍵は見つからぬと思うがの』


 さっそく適当なことを吹聴するプロキシアン・コーラル。

 頭の中の回路がどうにかなっているらしく、本人は至って真面目だが、八割は無意味なデタラメ。残り二割には史実や本物の魔法に関する知識が混じっているから余計にたちが悪い。


 俺も最初はどれほど時間を無駄にしたかわからない。妖精メティウスは話を聞きたくないらしく、ひっこんでしまった。


「……? 何を言っているか、オレには難しくてさっぱりわからん」


 筋肉質の魔法使い、リュードックが腕組みをして唸る。


「フフフ、学のない愚か者にはわからぬさ。今の一節は……おそらく、エポシリアヌル口述聖伝、第五巻に出てきた散文詩に似ている。つまり偉大なる太古の魔導書(グリモワール)の一説の解釈さ。あぁ確かに感じるぞ、その魔力波動は……本物だ!」


 見事なまでに罠にひっかかった。プライドが高ければ高いほど陥りやすいのだが、これほどまでとは。


「そいつはマジかよフィルドリア()ぁ?」


「間違うことなどあるものかリュードック。かつて私は見た。聖都ムスクシアの霊廟で。最古の宝物庫、最下層の禁書館に封じられた、宝具(・・)の断片と同じ魔力波動なのだ……! 深淵から響く銅鑼(どら)の音のような、魔力波動を感じる」


 見たものと目の前のものが同じとは、実に気の毒だ。しかし気に入って頂けてなによりだ。


 熱に(ほだ)された様子のフィルドリアを横目に、リュードックは耳の穴をほじる。


「ま、そこまで言うなら本当ってことかねぇ。メタノシュタットの賢者、ググレカスさんが持ってたって言えば、本部でも信用されるわな」


 フィルドリアは心酔した様子で石に魅入っている。

 リュードックは、メイド長のリオラに殴り倒されたショックからか、気もそぞろでどこか投げやりだ。早く故郷に帰りたい心境が見て取れる。


「この『賢者の石(偽)』を、君の返答次第では少しの間なら貸してやってもいい。わかるかね、これは取引だ」


 石が本物なら、彼らは本国で勲章ものだ。

 偽物とバレたところで俺のせいにすればいい。


 それと『賢者の石(偽)』は手放しても、何故か俺のところに戻ってくる。

 理由は様々だが、持ち主が『賢者の石(偽)』の尤もらしい戯言(ざれごと)に惑わされ、解明を諦める。あるいは大失態をやらかして不幸な目に遭う、等など理由様々だが。手放しても痛くもないどころか、むしろ貰って頂きたいくらいだ。


 お互いに悪い取引ではないだろう。


「条件は確か、パドルシフ君とロベリーさんに手を出さない、だったかな」

 フィルドリアがそわそわした様子で、さも普通の調子を装って確認する。


「あぁ、ついでにメタノシュタットの仲間たちにも手を出さないで頂きたい。賢者の石が目的なら私達はいがみあう理由など無いはずだ。……私はね、こんな石のために少年と女性が命を狙われるのが忍びないのさ」


「な……!? 秘宝たる賢者の石を、あの没落貴族の少年と侍女のために渡すと申すのか?」


「いくら貴重な宝石も、可愛い少年と乙女の命の価値とは釣り合わない。それが俺の価値基準でね」


 キラッキラな瞳を向けて、フッと微笑む俺。


「……ググレカス殿」

「手合わせしてわかった。君は本当の実力者だ、フィルドリア卿。男と見込んで、君に託したいんだ」


 俺もすっかりプロキシアン・コーラルばりだ。レントミアが横にいなくてよかった。腹を抱えてケラケラ嗤うだろうから。


 すると、フィルドリア卿の瞳から猜疑心の色が消えた。


「わかった。ググレカス殿()! 貴公の友好的な提案を受け入れたい。本国で開かれる『魔法聖者連(セントモレア)』の大合議で申し送りをしてみる」


「貴公を信じて良いということかな?」


「あぁ。(セント)プルゥーシア皇国の名において、最も古き七公爵家の名を継ぐ私に二言はない」


 フィルドリアが金髪をなでつけると、真剣な顔で胸を張る。


 何やら有名貴族の出身らしいが、信頼できるかはわからない。

 だか『賢者の石(偽)』を持ち帰れば向こうは大騒ぎになることうけあいだ。侃々諤々(かんかんがくがく)の議論を巻き起こし、混乱と時間の浪費は必至――。

 ここは、勿体ぶりつつ渡してやろう。


『ククク、余の教えを乞いたいとな? よかろう。この賢者ググレカスという青二才同様、偉大なる知恵の一端を授けてやっ……』


「袋に入れて渡して進ぜよう」

 革袋に『賢者の石(偽)』を押し込みつつ、魔力糸(マギワイヤー)を突っ込んで球体の内側をグリグリと撹拌してやる。


『やっ、やめっ!? そんなにかき混ぜたら記憶が薄まるぅッ……』

 黒い宝石は特殊な『隔絶結界(アパルトバリア)』であり隔絶された超空間。俺だけが内側に対する干渉を行える。

 小さな悲鳴が弱々しくなったところで、内側に魔力糸(マギワイヤー)で音声信号を送ってやる。


「いいか、調子に乗り過ぎてバレてみろ。野蛮なプルゥーシァの魔法使いどもに、極北の氷の海に沈められるからな。肝に銘じて励めよ」


『よっ、余はずっと誠心誠意、賢者の石であり続けるぞい!』


「その心意気だ」


 姿勢(?)を正し、前向きな気持を表明してくれた。


 布袋ごと石をフィルドリアに手渡すと、本当に持ち帰れると実感したようだ。気難しい貴族出身の魔法使いの口元が、今までにないほどに緩む。


「ググレカス殿。さ、先程たしか『ゼロ・リモーティア』がどうしたと申していたな?」


「あぁ、我が国にちょっかいを出してくる迷惑な輩がいる。何か特殊な遠隔系の術を使う魔法使いらしい」


「実は……噂なのだが」


 リュードックの目を気にしてか、小声で耳打ちするようにささやく。


「ほぅ?」


「不動の序列、上位三人が何かを企んでいるらしい」


「君の所属する魔法組合、『魔法聖者連(セントモレア)』の?」


「あぁ。序列一位から三位はここしばらく変動がない。連中は結託しているからだ! 互いに裏で連携し、四位以下の者を潰し……。その不動の地位を守っている」


 余程腹に据えかねるものがあったのだろう。序列七位(・・)のフィルドリアは、一息にまくし立てた。

 プルゥーシアの魔法使い組合の思わぬ裏側がわかったが、俺はその内部抗争に首を突っ込むつもりはさらさら無い。


「三人の中に『ゼロ・リモーティア』なる人物は居ないはずだが?」


「連中が、それぞれの得意な術を持ち寄り、さらなる上位存在を生み出そうとしているという噂がある」

「さらなる、上位?」

「序列零、つまりランクゼロの魔法使い。自分たちが操れる、絶対的な強さの傀儡(くぐつ)魔法使いを作ろうとしているということさ」


「なるほど、だから……ゼロか」


 これは、思わぬ情報が得られた。

 ゼロ・リモーティア・エンクロード。正体はやはり仮想の魔法使い。ようやく尻尾がつかめたぞ。


「私たちは、リュードックも含む下位のランキングの者は皆、上位三人組に命じられ『賢者の石』を探していたのだ」


「そうだったのか、それほどまでに絶対的な存在か」

「私が序列三位の魔法使いと対戦したときは、一分と持たなかった」

「……貴公が?」


 信じられん。フィルドリアも相当の使い手だ。切磋琢磨して強くなった男と、上位三人はまるで次元が違うというのか? それとも何かカラクリがあるのか。


「ググレカス殿、だからいっそ君に負けたことにして……」


 フィルドリアは深刻な顔をした。「上位三人をここにおびき寄せて倒して欲しい」とでも言い出しかねなかったので、話はそこで丁重に切り上げさせてもらった。


 冗談ではない。キュベレリア並の連中と遊んでいるほど暇ではない。


「感謝する、ググレカス殿」

「良い知らせを期待しているよフィルドリア卿」


 ◆


<つづく>


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