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 リオラ、頭蓋骨を割る


 ◇


「リュードリック、生きていたのか?」

「……フィルドリア様こそ、ご無事でなによりです」

 

 銀髪の大男が、憔悴しきった様子で椅子に座っていた。

 筋肉を操る魔法を使うリュードックだが、目は虚ろで焦点が定まっていない。


「拷問を受け、泣き叫びながら命乞いでもしているかと思っていたぞ」

 俺との模擬戦(・・・)を終えた序列7位のエリート魔法使い、フィルドリアが仲間の無事を確かめる。どこか小バカにしたような調子は、二人の力関係を如実に物語っている。


「そのほうがマシだったぜ……」

「お前も陰湿な魔法で痛め付けられたのか?」

「……国に帰りてぇ」

「むぅ?」

 フィルドリアは怪訝そうに眉を持ち上げた。俺に事情説明を求めているらしい。


「陰湿とはなんだ、高度な戦術のぶつかり合いだろう」

「ググレカス殿、すまない。そのとおりだ。少なくとも私は全力で勝負を挑んだ」

「それは認めるよフィルドリア卿」

 ついさっきまで『全霊没入(フルダイヴ)』型の遊戯で、俺と本気の勝負をしていたフィルドリアは、どこか吹っ切れた様子だった。

 わだかまりのある相手と全力でぶつかり合えば、理解しあえる……。実に素敵な事だと思う。正々堂々、爽やかな汗をかいたあとはなんとも心地よい。


「賢者ググレカス、リオラ様の方も楽しかったですわよ」

 妖精メティウスが飛んできて。ふわりと肩に止まる。

「それはたのしみだ。あとでプレイ動画を拝見しよう」

「えぇ、是非」

 ここは『世界樹の冒険 ~ユグドヘイム・オンライン~』のギルドの一角にある特別ゲストルーム。

 周囲には自警団が数名、眼を光らせている。壁際では書記官が二人の調書を書いていた。世界樹の街で禁止されている危険な魔法を使ったので拘束されたが、取り調べに素直に応じれば、すぐに釈放となる。


「リュードックはどんな目にあわされたんだ?」

「君の相棒の大男は、私の()と遊んでもらっていた」

「妹……」

「無論、義理の妹だが美人で気立てもよい」

「わからぬ。リュードックが廃人みたいになっている説明になっていないのだが……?」

 

 ――最近運動不足なんです。ストレス発散したいなぁ。


 そんな風に言いながら、キッチンで「干し肉」の塊をサンドバッグにしていたリオラに丁度いいと考え、協力してもらったのだ。

 悪漢の大男を倒すゲームだよ、と説明して。


「……あ、あ、あれはねぇぜ。オレは全力だったんだ……なのに。痛ぇ、あぁ心が痛ぇ……」

 リュードックは特に拘束もされていないが、手に持ったお茶のカップが小刻みに震えている。ガクガクと歯が噛み合っていない。


「もう、ぐぅ兄ぃさんってば、酷いですよー」


 ドアが開き、メイド服を着た栗毛の女性が駆け寄ってきた。可愛らしい顔に微笑みを浮かべたリオラだ。


「リオラ、楽しめたかい?」

「楽しかったですよ! でも、ストレス発散のゲームだっていうから、気軽に参加したのに。あのひと、急に(ケダモノ)になって襲ってきて……」

 きゅっと俺の服の裾をつかみ、くすん……と悲しげな顔をするリオラ。


「いっ……いやいやまてぇええ、獣はおま……お嬢ちゃんのほうだろうがぁああ!?」

 リュードックが冷や汗をかきながら椅子から腰を浮かせた。


 ニヤニヤする俺に、眉間にシワを寄せてため息をつくフィルドリア。

 何が起こったか大体の察しはついたのだろう。


「きゃぁ、怖いです」

「コワイ男コワイ」

 リオラが俺の後ろに隠れた。

 気がつくとメイド見習いのミリンコまで一緒にいる。


「ちょっ、ちょっまてよ!? そうでもしなきゃオレが殺され……マジでボコボコにされたんだぞ!? 小娘に……この俺が……!」


 涙目でリオラを指差す。するとリオラは肩にかかる栗色の髪に指を滑らせながら、

「おじさん、身体が大きいだけで動きは鈍いし、パンチも大振り。隙だらけだったので、つい思い切り殴っちゃいました」


 えへっと小さく肩をすくめるリオラ。


「えへっ……て。頭蓋骨割られた身にもなれ」


 幼い頃から母親に「女の子だから」という理由で、叩き込まれた護身術。それによりリオラは、クルミを殻ごと砕く握力と、人間の頭蓋骨を砕く必殺の打撃力を身に付けていた。


「つい叩き割っちゃいました。獣みたいな怪物だったし、ゲームだから手加減いらないって……。ぐぅ兄ぃさまが」

「つい、じゃねぇよ!? 左腕骨折、肋骨のヒビ二ヶ所。おまけに頭蓋骨が割られたわ! 普通に死んでるぞ! 激痛(・・)で失神しかけても動ける時点で、おかしい…………と思ったら。この空間自体が賢者の魔法、遊戯空間だって言うじゃねぇか……!」


「てっきりおじさんはゲームの架空の登場人物かと。だって普通の人間は変身しませんよ?」

 リオラがミリンコと腕を絡めながらリュードックに反論する。


「俺ぐらい上位の魔法使いになると変身するんだよ! あと俺はおじさんじゃねぇ」

 ぐびっとお茶を飲み干すリュードック。敗北のショックからまだ立ち直れないのか、声が震えている。


 ここにリュードックたちを連行した後の顛末はこうだ。認識撹乱魔法(イマジンンジャマー)により前後不覚にし、それから仮想空間に強制フルダイブさせてやったのだ。

 フィルドリアは俺との模擬戦。リュードックは暇をもて余していたリオラとの模擬戦だ。

 それぞれ本体における肉体的なダメージは皆無。だが、リュードックのほうは痛覚のフィードバックを止めるのを忘れていた。なまじ痛覚が残っていたために、精神的に大ダメージを受けたようだ。


「なんか悪いことしましたかね?」

「いや、気にするなリオラ。肉体を傷つけていないのだから、セーフさ」

「いやアウトだよ! オレは賢者にスライムまみれにされ、あげく小娘のメイドにボコボコにされたんだぞ? 『獣化(ワルド)強化魔力内装(マギノインデックス)』が通じない段階で、心折れるっつうの……」


「リオラ姉ェ、頭蓋骨を叩き割り、大男を撲殺……と」


 亜人の少女ミリンコがメモをとっている。

 ぱっちりとした小動物のような金色の瞳。短く切りそろえたおかっぱヘアー。浅黒い肌の亜人族の娘は、賢者の館の内情を探る「ゆうしゅうなスパイ」なのだ。


「ミリちゃん、ゲームって感じに書かないと、私が怖い人みたいだよっ」

「あっ、ソウデスヨネ」

 リオラに指摘され、慌てて書き加える。


「リオラ姉ェ、ゲーム感覚で頭蓋骨を叩き割り、大男を撲殺」

「もっと怖くなった!?」


 思わず苦笑する俺。リュードックの顔は青ざめたまま、フィルドリアも顔をひきつらせている。


「君の家にだけは近づきたくないな」

「おいおい、遊びに来てくれてもいいんだぞ」

 友達が少ないんだから。


「ところで、二人にお願いがあるのだが」

「釈放の条件、というわけか?」


「あぁ。この街での狼藉は許しがたいが、観光に来て気持ちが高ぶったのだろうから無理もない。田舎から世界樹の街に来るとよくあることさ」

「再戦を申し込みたい気分だ、次はリアルで()る」

「おっと、気に障ったかな? うむ、言葉とは難しい。翻訳魔法(ヤクトゥス)だと些細なニュアンスが伝わりにくくてね」

 フィルドリアの額で血管がヒクついている。

「……大陸共通語しか喋っていないだろう」

「ははは、そうだったね」


「で、釈放条件とはなんでぇ?」


 リュードックが割って入ってきた。


「あぁ、簡単さ。パドルシフに今後一切手を出さないで欲しい。可愛そうな子さ。ノルアード公爵の忘れ形見」


 今回の騒ぎはそもそもパドルシフを狙ったものだった。もっといえば『賢者の石』を。だが、彼らはひとつ勘違いをしている。


「あの小僧には興味はない。あるのは体内にあるモノだ」

「『賢者の石』を手にいれないことには、国には帰れねぇ」


「そういうことか。なら賢者の石がパドルシフと無関係なら、手は出さないのだな?」


「人を殺めずとも目的が達せられるのならな」


「そうか。ならば……俺が『賢者の石』を君たちに貸そう(・・・)。なぁに、激闘の末なんとか手にいれたとかなんとか言えばいい」


 二人の魔法使いは驚いた様子で顔を見合わせた。

「ググレカス、(たばか)るのもいい加減にしろ」


「からかってなどいないさ。そもそも君たちの掴んでいる情報が古い。間違っている。大いなる勘違いさ。賢者の石はあの子の中には、無い」


「なん、だと?」

 フィルドリアの顔色が変わる。


「初期の段階では確かに、ノルアード公爵が持っていて研究を盛んにしていたよ。それにより目的を達したのは間違いない。だが問題はその後さ。ご子息パドルシフの病を治し、仮死状態だった身体を復活させたのは……公爵の高度な魔法によるものだからね」


 後半は虚実を織り混ぜたが『賢者の石』に関しては嘘ではない。正確に言えばもともと『賢者の石(偽)』だが。


「つまり、『賢者の石』は……」

「あぁ俺が持っている。返してもらったんだ」


 驚く二人の目の前に、俺は石を取り出した。

 腰のポーチから気軽に取り出した黒い石。


『――むぅ? ……おおぅ? ここは……?』


 忍ばせていた『賢者の石(偽)』がしゃべった。正体は封じ込めていた千年前の亡霊――プロキシアン・コーラルだ。


 かつてヒカリカミナにあった異空間へ通じるゲートの門番「ゲートキーパー」として重要な役割を果たしていたという。

 だが経年劣化により記憶をほぼ失い、大言壮語。適当な大口ばかりを叩いては周囲を惑わす。

 血眼になって手にいれた魔法使いは大抵、プロキシアン・コーラルの戯言に振り回される。意味ありげな言葉や比喩に、あたかもそれに重要な意味があるように思い込むのだ。


「まさか、ばかな……!?」

「それが……!」

「あぁ『賢者の石』だ」


『ひれ伏すがよい。我こそが賢者の知恵の源。大いなる知恵の神の代弁者たるワシに忠誠を誓うのなら、哀れにも何も知らぬ無知蒙昧なる者共に知恵を授けてやらぬこともない……』


 黒い結晶は、べらべらとしゃべりはじめた。プロキシアン・コーラルは相変わらず絶好調のようだった。

 

<つづく>


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