狙われたパドルシフ ~魔法使いの暴走
「いぎっ……あっ? い、痛い!? ばかな……ッ」
殴られて吹っ飛んだのは、シルバーグレー髪の魔法使いリュードリックだった。
半獣人の自警団員、タツガンによる素手の一撃が顔面にヒット。痛みか、あるいは驚きと混乱により野獣じみた顔を歪めている。魔法を強制終了された挙げ句、まさか素手で殴られるとは思っていなかったのだろう。
「き、貴様らぁ、衛兵風情がこんなことをして、ただで済むと思うなよ……!」
「おぅ、どうするってんだ? 最初に手を出してきたのはそっちだからな。古今東西、万国共通、先に手を出したほうが悪い。公務執行妨害の現行犯だ!」
自警団員のタツガンは怯むことなく、簡易量産型の魔法剣をリュードックの鼻先に突きつける。
思わぬ方向に騒ぎが広がり、それまで冷静を装っていた金髪の魔法使いフィルドリアが逆上しはじめた。
「開拓地の田舎者共が……! 貴様等はプルゥーシア皇国、魔法聖者連の序列七位であるこの私、フィルドリアに恥をかかせたのだぞ!」
冷静で物静かな雰囲気を装っていたが、化けの皮が剥がれ、本性を現したようだ。
「お偉い魔法使いなら尚更だ。お国の顔にドロを塗ってるのは、おたくらの方だと思うぜ」
「黙れ、亜人風情が……!」
もはや包み隠す気もない。凄まじい勢いで手のひらに魔法を凝縮させてゆく。
「魔法力の励起を検知、戦闘系の術式……! 気を付けろタツガン」
「てめぇ、抵抗する気か、大人しくお縄を頂戴しろ」
「じきに応援部隊も到着する。如何な魔法使いとは言えど、多勢に無勢。これ以上騒ぎを大きくするつもりなら、こちらも実力を行使するぞ」
タツガンとシュリトが警告するが、相手は聞く耳を持たない。
「黙れ、雑魚どもが!」
金髪の魔法使いフィルドリアが、何かを投げつけるような仕草で左手を振り払った。ドシュッと半月のような形状の、紫色の火炎を伴う魔法が二発放たれた。
「うおっ!?」
「街中で魔法を……!」
直撃すれば身体に裂傷と呪詛を負いかねない上位魔術だ。
二人の自警団員は背後にいるパドルシフたちを庇う位置にいるため、避けない。
「なんの」
「迎撃できるッ」
二人は剣術にも長けている。魔法剣をタイミングよく振り抜き、魔法を迎撃。霧散させることに成功する。
「いっ痛てて、こんちきしょー」
「あの男、正気じゃない……!」
だが、魔法剣は一撃を受け止めたことで、表面にジワジワと錆びと腐食が広がっていた。剣はこれ以上の魔法戦闘には耐えられそうもない。
「ちっ、限界だぜ」
「私の放った魔法を剣で中和するとは……驚きだ。ただの衛兵ではないのか」
ようやく世界樹の自警団の実力を感じ取ったようだ。にわかに表情を引き締めると、後ろのリュードックに命じる。
「リュードック、私はこいつらを殺る。お前はあのガキの腹を引き裂いて、体内から『賢者の石』を取り出せ!」
「え、俺が……?」
腫れた左の顔を押さえながら、ダークシルバー髪の魔法使いが露骨に嫌そうな顔をする。
――賢者の石……だと!?
何故それを知っている。いや、当然か。
敵勢力にとっては「裏切り者」であるノルアード公爵の動きは、逐一監視されていたに違いない。西国ストラリア諸侯国に根を張る魔法秘密結社、ゾルダクスザイアン。それを影で操っていたのがノルアード公爵だ。
3年前、俺との決戦に敗れ、最後はプライドも地位も全て捨てメタノシュタットに亡命。そこまでして息子であるパドルシフの再生を願った。悪の組織の支配者であったが死に囚われた息子を蘇生したいという一心だった。その哀しき男の末路は、言わずもがな。
奴の足跡を辿り、賢者の石(俺がこしらえた偽物だが)を狙い連中は世界樹の街へとやってきた、ということか……?
「拉致して連れ帰り解剖するより、ここでバラしたほうが楽だろう。手ぶらでも戻れぬ、手土産が必要だ」
「しかしフィルドリア様ぁ、この状況じゃ手にいれても、とても逃げられませんよ」
むしろ冷静なのは殴られた魔法使いの方だった。周囲を見回し増援部隊に気がついたのか、逃げ腰になっている。
「タツガン! シュリト! 大丈夫か」
「軍の騎馬隊にも応援要請をしてきたぜ!」
人垣をかき分けて自警団員がさらに数名、加勢しにやってきた。
「ありゃぁ、プルゥーシアの上級魔法使いじゃねぇか、相当やべーな」
「じょ、上級ぅうう? ひぃいい」
近くで騒ぎを聞きつけたのか、魔法使いの有志達もやってきた。あまり期待はできないが頭数は多いほうがいい。
珍しい魔法使いと自警団の揉め事を、一目見ようという見物人たちも集まり始めている。
「数頼みの雑魚ばかりだ。なぁに、私が『竜化』し、空へ逃げればいい。いいからおまえはあのガキを殺れ、リュードック」
邪悪なまでの余裕でそう言い放つと、両手を胸の前でクロスさせ一気に振り下ろした。
「どわー!?」
「ぬぉお……っ!」
「まっ、魔法防御ですーっ!」
周囲を吹き飛ばす爆発が次々と起こった。魔法使いが咄嗟に結界を張ったが、それでも爆風で自警団の一人が吹き飛ばされた。
「……チッ、しゃぁねぇ……なッ!」
その様子を見て覚悟を決めたのか、リュードックが、立ち上がり気合を込める。
ドウッ! とリュードックの全身が一気に膨張。ビキビキと内側から筋肉が盛り上がり、服が千切れ飛ぶ。そして魔法使いとは思えない巨漢へと変化してゆく。
『はぁ……あぁあああっ! 獣化級・魔力強化内装ッ!』
顔には幾筋もの黒い血管が浮き上がり、ダークシルバーの髪を振り乱した異形と化す。
体内の血管に魔力を巡らせて肉体を強化する方式の魔法。
北方のプルゥーシァやカンリューン公国の魔法使いがよく使う術だ。
「な、なにぃ……!」
「タツガン、間合いをとれ!」
『さっきはよくもぁお……うらああっ!』
乱暴に地面を殴りつけると、ボゴアッ……! と衝撃で周囲が陥没。振動と衝撃が周囲を揺るがした。
「わぁあああっ!?」
「きゃぁああ!」
人々は驚き、人垣の輪が一気に崩れ逃げ出した。
『ゲブブ……こうなったら、もう優しい紳士じゃぁねぇ……ゼぇええ!』
「ヤバイぜ、これは」
「手に負えんな。とりあえず援軍が来るまで、時間を稼ぐか……」
だが、獣化したリュードックは自警団員たちと魔法使達を無視。爆発的な脚力で地面を蹴ると、巨漢とは思えない勢いで、一直線にパドルシフへ向かってゆく。
「いかんっ! 逃げろ君ッ」
シュリトが叫ぶが、遅かった。既にパドルシフとの間合いは詰まっていた。
『悪く思うな……小僧ッ……』
「わぁ、あああっ!?」
「パドルシフ!」
ハンマーのような腕が振り下ろされた。だが、そこにロベリーが目にも留まらぬ速さで飛び込んだ。
素早く旅行バッグを盾のように構えると、パンチの直撃を受け止めた。
「うっ……!?」
バキビキィ! とロベリーの足元が半円形に陥没した。
中に鉄板でも入っているのか、旅行バッグ自体もかなりの頑強さだ。それを持ち上げたままロベリーは、超圧力の運動エネルギーにギリギリと耐える。
『うほぉおお、耐えたか!? この一撃にッ! 流石はノルアード公爵の最高傑作といわれる人造人間ってやつかぁ……!』
ロベリーの足元の地面が更に一段凹んだ。全身暴走状態と化したリュードックが、筋肉だけで口角を持ち上げる。
「お逃げ……ください、パドル……」
ロベリーが必死の形相で、後ろで尻餅をついたままのパドルシフに叫ぶ。
「う、あぁ……」
『ダァメだね、お前はここで死ぬぅううんダァアアッ!』
ロベリーを殴りつけた右手とは逆、左腕を大きく振りあげる。そしてゴキゴキ……と関節を外す音がした。リーチを伸ばし、腕をムチのようにしならせて、後ろのパドルシフを殴り飛ばす算段か。
「パドルシフッ!」
と、その時だった。
一陣の風が吹き抜けた。
たん、たたんっ……と、実に軽い身のこなしで、地面、腕、とワンツーステップで宙を舞う。そして獣のような巨漢と化したリュードックの頭上へ、ひらりと着地してみせた。
「店の前で、騒がれちゃ困るッスよ?」
スピアルノだった。犬耳の半獣人の元暗殺者。子供を産んでいるのに衰えないプロポーションと身のこなし。
『がっ……なっなぁあっ? てめ……っ降りろっ』
「それと――」
ナイフを二本、腰のホルダーから両手で引き抜くと、容赦なく両の瞼を斬りつけた。
『ぎゃ……ッ!?」
ブシュァアア、と血管の圧力の均衡が破れ鮮血が噴き出した。
「あぁああッ、目が、目がぁあああッ!?』
目を押さえながら仰け反り、ぐらりと背後へと下がりながら叫び続けるリュードック。
「大袈裟っすねぇ。眼球は傷つけてないから失明はしないっスよ」
スピアルノはダークシルバーの頭をバキンと蹴りつけて飛び、パドルシフの前に着地。
「男の子が情けないッス」
「あ、ありが……とう」
「ほら立つッス」
手を差し出し、立たせてやる。
「う、うん……。あ、ロベリー大丈夫!?」
「私は平気です」
ボコボコになった旅行バッグをみて嘆息する。
スピアルノはすんと鼻を鳴らし、目を半眼にする。
そして見えないはずの俺の方をくるりと向いた。
「……で、そろそろ出てきたらどうっスか、賢者ッス」
<つづく>




