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 賢者様は首をつっこみたい


「何か困ったことがあったら遠慮なく相談してくれ、ナルル」

「ありがとうございます、賢者様」

 新進気鋭の魔法工術士(マギナテクト)であり、店の商品開発リーダーでもあるというナルル。少女の面影を残しているが、言動や立ち居振る舞いを見ていると成長していることを実感する。


「迷惑な客はたまにくるのかい?」

「ちょっと困ったお客様は、今までも何度かいらっしゃいましたけど……。店のみんなで何とかしてきました」

 ナルルは工房の仲間たちに視線を向けた。

 後ろのオープンガレージでは、何人もの魔法工術士(マギナテクト)たちが忙しそうに働いている。今は農耕用の大型魔法道具の修理を行っているようだ。


「そうだ! 店の前に『賢者様立ち寄りの店』ってポスター貼っていいですか?」

「なんだ俺は厄よけか」

 さっきの魔法使いの怯えた反応を思い出し、ちょっと切なくなる。

「いいアイデアだと思ったんですけど……」

「うーむ。まぁ構わんが、効果があるだろうか」

「ありがとうございます! きっと二つの意味で効果抜群ですよ」

 なにか裏の目的がある客なら避けるだろうし、信頼のおける商品を売っている店と思ってくれるなら良い、というわけか。


 実際、さっきの貴族のように『高密度(ハイ)魔力蓄積機構(キャパシスタ)』を狙う輩は後を絶たない。背後にいるのは国家か、あるいは謎の組織か。背景や目的はさておき、様々な勢力が狙っている戦略物資だ。

 魔法道具用に提供しているのは、小型で小容量の普及品だが、それでも製法などの秘密を暴かれるわけにはいかない。


 今や『高密度(ハイ)魔力蓄積機構(キャパシスタ)』は世界樹(ユグド)――ネオ・ヨラバータイジュ経済における重要な産業の柱になっている。

 原材料はここでしか採れない世界樹の種子であり、加工と保存の難しい特殊な有機素材なのだ。

 組み込んだ魔法道具が万が一分解された場合は、瞬時に分解・自壊するよう何重もの防護策を講じている。


 素材の加工から製品にするまでは、複数の秘匿工程を経る。機密保持のため、ナルルの所属する魔法工房組合(マーセナルギルド)内で分業制により製造しているのだ。

 各魔法工房(マーセナル)で一次加工、二次加工、三次加工をそれぞれ行い、最終工程には俺の考案した「セキュリティ術式を埋め込む魔法道具」が使われている。

 簡単に製法や成分の分析が出来ないような魔術的(・・・)な防護を講じているのだが、ここで手間を惜しむと製法と素材加工技術の流出につながるので念入りに防護してある、というわけだ。


「見回りの回数を増やすよう、自警団に言っておこう。彼らは頼りにしていい」

 巡回していた自警団の若者二人は、店先の騒ぎが事なきを得たことを確認し、再び巡回に戻っていくところだった。

 ルゥローニィ道場出身、剣術の腕も心意気も信頼の置けるものばかりだ。


「嬉しいです。あの人達、みんなに優しく声をかけてくれますし親切で。このあたりのお店の人たちも、とっても安心できるって言っています」

「それはよかった。ところで……」


 俺はプルゥーシア人の魔法使いが店に来なかったかを尋ねた。

 最近世界樹(ユグド)の街をウロついているという、怪しげな魔法使いたちの行方が気がかりだったからだ。


「うーん、そういえば組合(ギルド)の寄り合いでそんな話がありましたが……。ウチでは特に気になるお客様はいらっしゃっていませんよ」

「そうか、ありがとう」


 ナルルの話ではプルゥーシア人の貴族や商人が何度か来たが、それらしい人物は居なかったとのこと。


 てっきり、魔法道具に搭載している『高密度(ハイ)魔力蓄積機構(キャパシスタ)』を狙っているのかと思ったが、どうも違うようだ。


 となると、狙いは『世界樹』の中に散在して眠る『聖剣戦艦』の遺物か?


 その時だった。

 眼前にポップアップで魔法の小窓が浮かび上がった。


『――警報。域内で高密度魔力反応。許可されていない攻撃性の魔法励起の反応を検知。第三層エリアC:3。付近の自警団は急行されたし』


「……ぬ?」


 赤い警告性の文字とともに、戦術情報表示(タクティクス)には現場付近の地図も表示される。

 世界樹(ユグド)の街、ネオ・ヨラバータイジュには、いたるところに魔力検知用の『索敵結界(サーティクル)』に似た仕組みを仕込んである。警報はそこで検知した情報を基に発せられる。

 同じ情報を音声ベースだが自警団員も聞いているはずだ。


「っと、今日はここで失礼するよ。行くよ、ラーナ、ラーズ」


 ラーナとラーズに「おいで」と合図する。


「もしリオラが俺たちを探して尋ねてきたら、館に戻るように伝えてくれ」

「はい、わかりました。またお越しくださいね!」

 ナルルが敬礼に似たポーズで俺たちを見送ってくれた。

「うむ」


 すたた、と二人が駆け寄ってきた。

 ラーナとラーズを店に預けてもいいが、一緒に居たほうが安全だろう。


「ぐーぐ、何か急いでる?」

「もしかして事件か!?」


 ラーナとラーズが瞳を輝かせた。

 人通りの多い通りを歩く速度を速めながら進み、街角を曲がる。


「そうかもしれないが、おそらく俺の出番はないぞ。この街には大勢の頼りになる連中がいるからな」


「それでも行くのですねー」

「首を突っ込もうってわけだな?」

「そんな言い方するなよラーズ。さっき魔法使いに避けられたばかりで……。俺だって本当はいろいろ事件に首をつっこんで、ずばっと解決してみたいんだよ」

「その性格、ずっと変わりませんねー」

「ラーナ、それをいうか」

「えへへっ」


 というか、場所が場所だけに気がかりなのだ。


 第三層エリアC:3、そこは特殊遊技場、『世界樹の冒険 ~ユグドヘイム・オンライン~』のある場所だからだ。

 ギルドマスターであるスピアルノからの連絡が無いところをみると、店の外だろうか。

 単なる客同士の「揉めごと」だろうか。それにしても攻撃性のある魔法力の励起とは穏やかではない。


 戦術情報表示(タクティクス)に表示された街の地図を視線誘導で拡大、回転させる。

 三次元の地図情報をズームし、現場の状況を把握する。

 現場はやはり『世界樹の冒険 ~ユグドヘイム・オンライン~』の店の前だ。


 魔力反応を放っている赤い光点が二つ。

 これが容疑者たちか。

 他にも光点があり複数の人間が付近にいることを示唆している。

 現場には俺たちに先行して、青い光点が二つ、急行しているようだ。青い光点は自警団員。識別ナンバーは12と37。最初に出会った亜人と半獣人の若者、シュリトとタツガンだ。


 他にも通りの逆方向から青い光点が一つ近づいている。

 識別コードが無いところを見ると、たまたま近くに居た「街の魔法使い」だろう。ならば友軍(・・)と考えていい。


 街では王立魔法協会から派遣された者、あるいは自らの意思で出稼ぎにきている魔法使いが多く働いている。

 彼ら彼女らは魔法工房(マーセナル)で働くことで糧を得ている。王城の談話室(サロン)で議論をするばかりでは身銭は入らない。食うには困らないであろうが、よりいい生活を求めてネオ・ヨラバータイジュに来ているのだ。


「あそこだ……!」

「人垣ができていますねー」

「何で盛り上がってるんだー?」


 徐々に現場に近づくと、騒ぎの様子が見えてきた。


 まず目に飛び込んできたのは二人の魔法使いだ。

 ダークシルバーの長髪の男と、短い金髪をテカテカに撫で付けた男。肌の色合いは白く、彫の深い顔つきから遠目にもプルゥーシア人だと思われた。

 ラフに羽織っている青灰色マントは銀色の装飾が施され、かなり位の高い魔法使いだろうか。


 店の前で、女性と子供相手に何か因縁を付けているようだ。


「手荒な真似はしたくない。我らは貴方がたを必要として……」


 意外にもダークシルバーの長髪男が、丁寧な口調で話しかけているのが聞こえてきた。


 だが、女性と少年はそれを拒んでいる。

「いやだ」

「それ以上、近づかないでください」

 少年を庇うようにしているのは、黒いメイド服を身に着けた、ストロベリーブロンドの髪の女性だった。見覚えがあるどころか、知った顔だ。


「ロベリーにパドルシフか!?」


「メイド風情が……そこをどけ!」

 金髪をオールバックに撫で付けた魔法使いが、苛立たしげに仲間を押し退けると声を荒げた。


「どきません」

 黒い大きな旅行バッグを手にしたロベリーが、毅然と拒絶の意を示す。パドルシフを庇うように前に立ちはだかっている。


「生意気な小娘が……! 両目を黒鉛のような闇に染めてやろうか」

 その言葉が脅しでないことは、戦術情報表示(タクティクス)の発する警告を見るまでもなかった。

 肌が粟立つような不快な魔力の高まりとして感じられる。街中ではご法度の攻撃性のある魔法を使うつもりだ。


 しかし現場に、二人の自警団員が到着する。

「まて!」

「そこで何をしている!」

 人混みをかき分けて駆けつけたのは、先ほどの若者二人だった。


「先を越されましたねー」

「まぁいいさ」

 ラーナが俺の袖をつかむ。


 首を突っ込みたいところだが、彼らの仕事を奪うわけにもいくまい。


「まずはお手並みを拝見することにしよう」


<つづく>


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