メガネの賢者、推理する
◇
『……というわけにょ』
「そうか、エルゴノートが」
国費でお見合いパーティを開催し嫁探しとは、なんともけしからん。流石は元エロ勇者、砂漠のハーレムキング(?)の名は伊達ではない。
しかも途中でお見合いを中止して投げ出したとなれば、刺されて当然だろう。
『傷は深くなかったにょ。すぐ治療を終えて参加した女性全員を見送りながら一人ずつ謝っていたしにょ』
「あいつはタフだから、その程度ではくたばらんさ」
『でも女性たちに何発か叩かれていたからにょ。そっちのダメージの方が大きいかもしれぬが……』
「ははは、いい薬になるだろうさ」
ここは世界樹村の執務室。魔法通信ガジェットの向こうからヘムペローザの元気そうな声が届いている。
謎の魔法使いに婚活パーティを荒らされたと聞いて慌てたが、ヘムペローザは無事とのことでホッと胸をなでおろしたところだ。
旅に同行していたのがメタノシュタット魔法使い四天王――と勝手に俺が呼んでいるに過ぎないが――の一角、マジェルナだったのが幸いだった。
彼女は軍属上がりの魔法使いで、姫殿下の信任も厚い片腕だ。目の前の敵を殲滅する破壊力は間違いなく最強。おまけに姫殿下に仇なす脅威を排除することを微塵も躊躇わない。その揺るぎなき信念と精神力こそが強さの源だろう。
『明日は、砂漠の緑化具合を見てから帰るにょ。ワシの蔓草の調子をこの目で見ておかぬとな』
「そうか、だが気を付けろよ。そうだ、護衛をしっかり付けてもらうよう王政府経由で頼んでおく。だが気を抜くなよ」
『心配性じゃのー』
「心配なんだよ、大事な弟子だからな」
『賢者にょ……』
俺の弟子だからこそ狙われでもしたら……。と思うと気が気でない。だが四六時中見守ることも出来ない。魔法使いとしての成長を信じるしかないのだが。
今回の件は、正直なところエルゴノートが居ながらなんたる失態か! と腹立たしく思った。だが、宝剣も王権も失った元王子。総督という肩書の役人という立場では、期待するほうが酷というものか。かつての勇者としての輝きは失せ、昔のように自由奔放で、ひたすらに強かった憧れの対象ではないのだ。
一抹の寂しさを感じつつ、ヘムペローザとの魔法通信を終える。
「賢者ググレカス、なんだか良くないことが起こりつつあるような予感がしますわ」
妖精メティウスがふわりと窓辺から飛んできた。
「メティ、君の言うとおりかもしれないな」
「お気をつけあそばせ」
妖精メティウスの勘はよく当たる。
なぜなら元々は、図書館結界に囚われていたメティウス姫の魂から生まれたものだからだ。メタノシュタットの第一王女、スヌーヴェル姫殿下の妹君。姉君同様に『未来予見』という天性の魔力を宿していた彼女は、未来を予見し行動していた。
「今回、イスラヴィアの王宮で暴れた魔法使いも遠隔操作型だった。北の地でプラムとアルベリーナの調査隊が遭遇したヤツと同じ穴のムジナかな」
「でも、距離があまりにも遠いですわ。キョディッティル大森林の最深部から、イスラヴィアの砂漠までだいぶ離れておりますわ」
「北に出現した奴はプルゥーシアがどうのこうのと言っていたらしいが、イスラヴィアに出現したやつは、尋問する前にマジェルナが再起不能にしてしまったしなぁ」
戦術情報表示を眼前に浮かべ、半透明の地図の上にマーカーを示す。
ひとつ目は王都メタノシュタットのはるか北、キョディッティル大森林の最深部。
もうひとつは王都メタノシュタットより西方、カンソーン砂漠の真ん中に位置するイスラヴィアの州都インクラムド。
妖精メティウスの言うとおり、互いの距離は千キロメルテ近く離れている。
「魔法をかじった程度の初級魔法使いを依代として、はるか遠方から操る。そういう魔術なのか……」
「本人が使えないはずの強大な魔力を行使する、というのも凄い魔術ですわ」
「なにか触媒、あるいは事前の仕込みがないと難しいだろうが……。二か所で出現した相手が、どちらも同じ系統の遠隔系魔術だと考えた場合、距離は問題にならないのか?」
疑問は次々に浮かぶが、距離をものともしない遠隔操作系の魔法となれば問題だ。
ここまでに集まった情報によれば、北のプルゥーシア皇国の魔法使いたちが何か関係している可能性が高いようだが。
「北の魔法使いの方々は、転生や憑依……魂に関する特殊な魔法に通じておられますからね」
「魂を肉体という器に移し替える魔術か。それは千年帝国から脈々と連なる魔術の系譜だよ。殆どは失われてしまったがね」
「魂を操る魔法……なんだか触れたくないお話です」
「そうだな」
目の前の妖精メティウス自身、その魔法の系譜に関係している。図書館の結界に『擬体霊魂』として囚われていたのだから。
かつて戦った遺物――『八宝具』にも千年以上前の魂が封じられていた。それは地下墓所や宝物庫から強大な魔力を放ち、人々を惑わせ、世界を意のままに操ろうと企てていた。
プルゥーシア皇国ではそうした魔術を研究し続けているといわれている。
転生を繰り返した怪人『白き聖人』バッジョブ。
邪教の怪僧エラストマ・プラスティカと戦闘魔法集団『十二神託僧』。
最強の『神域極光衆』のキュベレリア・マハーンまで。程度の差はあれ、全員がプルゥーシア独特の同系魔術で繋がっているのが何よりの証拠だ。
「けれど賢者ググレカス、プルゥーシア本国から、メタノシュタット領内にいる魔法使いを操れるとなると、もう安全な場所は無くなりますわ」
妖精メティウスが俺の手の上に乗り、不安げな面持ちで見上げてくる。金色の髪に青い瞳の妖精は、殆ど重さを感じない。代わりにほんのりと日だまりのような暖かさが伝わってくる。
俺は戦術情報表示を指し示した。
中心部に王都メタノシュタット。ずっと南方に俺達がいる世界樹の街がある。そのまま西に広がる砂漠の中央にイスラヴィアの州都インクラムド。はるか北にはキョディッティル大森林。
その更に北側に件のプルゥーシア皇国の版図がある。
「いや……まてよ」
俺はメガネのブリッジを指先で持ち上げながら、あることに気がついた。
アルベリーナの話しによると遭遇した敵は『プルゥーシアの栄光を取り戻すために……! 我が名はゼロ。ゼロ・リモーティア・エンクロード』と名乗りを上げたという。
開発途中の魔術の試験なら、秘密裏にやればいい。
わざわざ名乗り敵愾心を煽り立てているのか、あるいは……。
プルゥーシアの仕業と思わせたいのか?
「次はここが襲われるかもしれませんわ」
「それは困る。だが、もしそうなれば敵の居所の目星がつくよ」
「え? どういうことですの賢者ググレカス」
「見てくれ、王都メタノシュタットを中心に考える」
「……まぁ? 北の襲撃地点と、イスラヴィアの襲撃地点がほぼ同じ距離ですわ」
「そう。そしてこの世界樹村も王都から見れば……」
「ほとんど同じ距離!?」
妖精メティウスが背中の翅を震わせる。
「そもそも、プルゥーシアから砂漠まで、いくらなんでも千キロメルテを超える遠隔操作なんて出来っこないんだ」
超遠距離魔法通信は中継気球を使ってもせいぜい三百キロメルテが限界だ。
「アルベリーナ様やヘムペローザさまと魔法通信が出来たのは、王都の通信網を経由したから……ですわよね?」
「そういうことさ」
超竜ドラシリアとの戦役を経て、全世界のホットラインとして水晶球通信を発展させたものがある。一気に各国の王宮や政府機関に設置されたメタノシュタット製の魔法の通信道具、それが通称『全世界魔力通信網』と呼ばれるものだ。
「まさか……敵は、全世界魔力通信網を経由して!?」
「ありえなくもない話しだな」
高度に暗号化されたメタノシュタット製の魔法通信網。本来は音声と簡易的な映像のみを超遠距離で通信する魔法道具。
それに高度な遠隔操作用の魔力波動を乗せれば、かならず痕跡が残るはずだ。
外部から侵入するとなれば軍の魔法通信監視部隊が黙っていない。となれば、唯一考えられる事。それは敵が王都の内側に居る……ということだ。
「まぁ、世界樹に敵が来ればハッキリするさ」
俺は笑みを返しつつ、執務室のソファから立ち上がった。
<つづく>




