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 マジェルナと魔法のステッキ


 吹き飛ばされたオレンジドレスの女が動いた。


『……惜しい。もう少しで仕留められた……ものを』


 首をぐらぐらさせながら髪を振り乱し、まるで操り人形のような動きで立ち上がった。


 周囲で遠巻きに見ていた女性たちから恐怖の悲鳴があがった。

 エルゴノートは脇腹を押さえ、部下に支えられながら自力で会場の外へと退避。会場にいた女性たちも、スタッフの指示に従い出口から避難を開始している。


 オレンジ色のドレスの女は、明らかに様子がおかしい。意識が朦朧としているのか目は虚ろ。身体だけがまるで操り人形のように、不自然な動きで立ち上がった。


「貴様何者だ? 我がメタノシュタットに仇なすつもりなら容赦はせぬぞ」


『……ククク、暗殺も可能だという……実証実験のようなものでな……』

「何を言っている?」


 唯一、青髪のマジェルナだけがオレンジドレスの女へ近づいてゆく。

 マジェルナは完全に戦闘態勢だ。戦闘出力の魔法結界を展開、魔力を全身に血液のように巡らせている。


「気をつけて、そやつの魔力は妙だにょ!」


 確かにオレンジドレスの女が発する魔力波動は、尋常なものではなかった。混濁した波動、何か意味のわからない魔力の波動が、遠くから不協和音のように響いてくる。


 マジェルナは視線を片時も相手から離さず、ヘムペローザの声に小さく親指を立てる。


 ヘムペローザは入口付近まで後退しつつ、推移を見守っていた。

 避難する女性たちを守れるのは自分しか居ない。魔法戦闘が想定を超える事態になれば、師匠(ググレカス)への応援要請も考えねばならないだろう。

 そこへ女性たちと入れ替わりに、剣を携えた兵士たちが駆け込んできた。

「ご無事で!?」

「一体これは!」

「おのれ、曲者……!」


『失せろ、ッシャァ……!』

 オレンジドレスの女は、首を真横にしたまま何かを投げるような仕草をした。室内全体に澱んだ魔力の波動が伝播する。


「ヒッ!?」

「ぎゃっ!?」

「蛇が……蛇がぁああっ!?」

 室内にいる人間に魔力波動が接触した瞬間、それは無数の蛇へと変化。半透明の実体を持つ蛇はヌルリと首や腕に絡みついた。途端に兵士たちの足が乱れ、次々と転倒。ある者は叫び声を上げながら剣を捨て床の上で転げまわった。

 他にも逃げ遅れた女性たちが、悲鳴をあげて倒れ込んだ。


 魔法の効果範囲は室内全体に及んでいる。


「呪詛と幻術の混合術式、しかも全体攻撃か……!」


 だが間近に居るマジェルナは無傷だ。展開している魔法結界により防御できた。集中攻撃ではなくフロア全体に分散させたのが幸いだった。


『……ほぅ? ぬしには効かぬか……。忌々しいメタノシュタットの魔法師(・・・)めが』

「効くか、こんなもの」


 オレンジドレスの女は当初、そんな魔力を持っている様子は微塵も感じられなかった。

 だが今は違う。恐ろしい呪詛の全体攻撃を行うほどの魔力を発現させている。


 ――急速に魔力が高まっている。何処からか魔力が供給されているのか?


 マジェルナは確かに相手の異変を感じていた。

 オレンジドレスの女は本来、魔法を「かじった」程度の使い手だったのだろう。

 まじないや占星術など。そういった類の延長で、女同士の争いで相手にマウントする程度の「魔法の使い手」であることは間違いない。


 だが、今は女の表層と内側の魔力波動が違っているのだ。

 まるで、皮の内側に邪悪で強大な魔法使いが潜んでいるかのように。


「幻術が半実体化しておるにょ!?」

「ヘムペロ嬢は無事か?」

「なんとかにょ」

 ヘムペローザの足元からは緑色の蔓草が伸び、盾のように茂っていた。そこに数匹の半透明の蛇が絡みつき、のたうっている。

 展開した防御結界、『蔓草(シュラブ)の守護(ガードナ)』――対魔法防御能力に加え、物理的な防御も可能な優れものだ。


「流石だな。身は守れるな?」

「はいにょ」

 蔓草がしゅるる……と成長しながら蛇を絡め取り、蔓と葉で幾重にも包み込む。圧力を加えると呪詛で出来たヘビたちは分解、霧散した。


「すまないがヘムペロ嬢。一人ひとり解呪(ディスペル)してる暇はない。あそこの陰で震えている魔術師どもに頼んでくれ」

「わかったにょ!」


 マジェルナに言われたとおり、ヘムペローザは苦しんでいる近くの兵士たちの蛇を蔓草で取り除いた。他にもまだ呪いを受けて苦しんでいる兵士や女性が大勢いる。

「かはっ……た、たすかった」

「蔓草の魔法……! あ、貴女さまは我が国の救世主……! 女神ヘムペロさま」

「あーいいからホレ! あそこのヤツらを集めて、解呪させるんじゃ!」

 回復した兵士たちの尻を叩くと、柱の陰に逃げ込んでガタガタと震えている魔術師たちを集めるように頼んだ。

 あの様子ではどれほど役に立つか怪しいが、呪詛の解呪(ディスペル)ぐらいは出来るだろう。


 広間の中央では首をぐわんぐわんと回すオレンジドレスの女と、青髪のマジェルナが対峙している。


『……ククク、威勢がいいが……。これはどうか、なぁっ!』

 オレンジドレスの女が右腕全体を蛇に変化させ、マジェルナに叩きつけた。傍目にはそう見えているだけで、実際は呪詛と破壊的な波動を練り込んだ、対人用の高度な攻撃魔法だ。


「マジカル、ステッキ!」

 マジェルナは可愛らしく叫ぶと、右手に青白くかがやく魔法のステッキ――解体用のバールに酷似した――を出現させた。

 そして右手で一閃。迫る蛇の頭を思い切り殴りつけた。

 ばぁん! と蛇の腕が木っ端微塵に砕け散り、オレンジドレスの女がよろめいた。

『ど、どこがマジカルステッキじゃい!?』

 魔法の断片が辺りに飛び散った。


「汚い魔法だな」

 マジェルナが唾棄する。


『くっ……この身体(・・)、スペックが低すぎる……!』

「ウダウダうるせぇな、来なよ!」

 手を出されたことでマジェルナがキレた。眼光鋭く啖呵をきりながら、威嚇するように魔法のステッキ(バールのようなもの)をブォン……と振り下ろす。


『だ……だまれ、貴ッ様ぁあ!』


 オレンジドレスの女が両手の拳を握りしめ、魔力を極大化させる。そして両腕を一気突き出し、開放。左右同時の魔法攻撃をしかけてきた。

 右腕はパワーを増した破壊的な大蛇へと変化。左腕は禍々しい紫色の毒蛇と化し、マジェルナへ襲いかかる。明らかに殺傷を目的とした最上級の攻撃魔法による二連撃だ。


「マジェルナ姉ッ!」

 ヘムペローザが叫んだ。


 が――。


「効かねぇって! 言ってん、だろうがぁあッ!」


 ブォン! と魔法のステッキ(バールのようなもの)をフルスイング。左右から迫る「魔法の腕」を同時破壊してのけた。

 魔力特性の違う二つの魔法攻撃を破砕すると、そのまま床を蹴り一瞬で間合いを詰める。


『おの……レッ!』

 オレンジドレスの女が大口を開けると、真っ赤な蛇の舌に似たニードルを放った。

 近接戦用の刺殺術式。灼熱の鉄の針がマジェルナの顔面めがけて伸びる。

「ふッん!」

 マジェルナは目前に迫る赤いニードルを、左腕で掴み取った。

『なガッ!?』

 目にも留まらぬ早業だった。ブシュウ……と左手のグローブが焼け焦げる音がしたが、そのまま握りつぶす。


『グゲッ……ゲッ、ファァアッ?』


「終わりか? オラァッ!」

 全ての術を防がれ唖然とするオレンジドレス女の脳天に、マジェルナは容赦なく魔法のステッキ(バールのようなもの)を振り下ろした。

 鈍い音と共にオレンジドレスの女がべちゃん! と床に叩きつけられるように倒れ込んだ。


『グバァ……!?』

 もしこれが物理攻撃ならばザクロのように脳天が割れていただろう。

 だが、あくまでも魔法による衝撃波。魔法使いの体内に溜め込んだ魔力波動を、無慈悲に粉砕したという意味においては、撲殺に近い行為だが。


「何処ぞのお嬢様の身体じゃなきゃ、マジで脳天ごとブチ割ってたぞ」


 焼け焦げた左手のグローブを外し投げ捨て、魔法のステッキでオレンジドレスの女の身体を小突いた。


『……(ザザ)バッ……ばかな(ザザッ)ま……まだ、まだ勝てん……(ザザ)だと!? 今の我々の魔術では……今の中継媒体(ルータ)では、最上位クラスには……勝て(ザザッ)……』


「その訛り、まるでプルゥーシアの術者だな」


『……クッ覚えておけ……次は(プツッ)……ツー、ツー、ツー』


 オレンジドレスの女はそれきり動かなくなった。


「チッ……逃げたか。聞きたいことがあったのに」


 マジェルナは魔法のステッキで肩をトントンとしながら、頭をかいた。


<つづく>


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