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 元勇者、ヘムペローザの胸に目を奪われる


 ――エルゴノート総督閣下、生涯のパートナー候補大選考会


 垂れ幕を横目に、マジェルナがヘムペローザの耳元に顔を寄せてきた。


「さっきの蛇の魔術を使った女だが」

「にょ?」

「あんな稚拙な魔術でちょっかいを出してきたのは、目くらましだと思う」

「どうしてそんなことをするにょ?」


「おそらく我々の目をごまかすための囮だろう。あの時、他にも妙な気配がした」

 マジェルナが声を潜める。


「ぜんぜん気付かなかったにょ」


 マジェルナの言葉に、ヘムペローザは会場を見回した。怪しいと言えば全員が怪しいし、誰が何かを企んでいてもわからない。

 審査は進んでいるようだが、終わり次第、解散というわけでもないらしい。審査を終えた女性たちは同じ会場に戻って来ていた。緊張が解けた女性たちは軽い雑談を交わしている。

 一人五分程度の簡単な審査、インタビュー形式の顔合わせのようなものだろうか。


「エルゴノート総督の暗殺目的か、それ以外のもっと魔術的な目的かもしれん」

「物騒な話になってきたにょ……」

「何か仕掛けてくるつもりかもしれない。この花嫁候補の会場に紛れている者が他にもいるのだろう。メタノシュタットから来た私たちは目立つ存在だ。さっきのは威力偵察。こちらの出方と力量をみたかったのだろう」


「なんで主催者側は放って置くにょ?」

「……イスラヴィアは伝統的に魔術師の力が弱い。ここに来るまでに何人かいた、宮廷魔術師も決してレベルが高いとはいえなかった。災いや虫や病を退ける儀式を生業とする、『まじない師』の域をでない」


 確かにイスラヴィアの総督府の中にも、元宮廷魔術師の姿は何人か見かけた。

 だが、流しの雇われ魔術師なのか、服装も雰囲気もバラバラだった。この総督府に仕込まれている「守りの術式」も出来が良いとは言えないのは、ヘムペローザの目からも明らかだった。


 それに対して王都メタノシュタットの王宮は違う。王城内を気ままに彷徨(うろつ)く、大勢の「宮廷魔法使い」達は別格だ。良い意味でも悪い意味でも、多種多様な魔法のエキスパートたちであり、それぞれが相当の力を持っている。

 他国の密偵、余所者の魔法使いが入り込んで、何かを仕込む余地などない。

 それだけ宮廷魔法使いや王立魔法教会の力は絶大だ。その魔法協会の幹部たちから一目置かれているのが、師匠である賢者ググレカスなのだが。


 毒を以てて毒を制す。

 そんな言葉が思い浮かぶ。


「つまり、ワシらは意図せずして、助っ人……ということかにょ?」

「非公式にそんな役目を期待されているのかもな」


「でも、エルゴの兄貴が、ワシを本気で花嫁にするつもりじゃなくて安心したにょ」

「それは全力で阻止するから心配ない」

「にょほほ、頼もしいにょう」


 マジェルナとヘムペローザにも審査の順番が回ってきた。

 席を立ち審査室に向かう。

 係員に案内されて扉をくぐると、小さめの部屋に通された。正面には簡素な机と椅子がありエルゴノートが中央に座っていた。例の老婆がそのとなり、さらに審査官らしい中年女性と男性職員が一人ずつ並んでいる。


 ヘムペローザとマジェルナを見るなり、エルゴノートが立ち上がった。


「おおっ! よく来てくれたヘムペローザ、久しいな……! 美しく、そして実にたわわに……大きくなった」

「……何処を見ていっているにょ」

「胸だ」

 ガン見である。


「清々しいほど欲望に正直じゃの!?」

「ハハハ、冗談だ」

 真顔で言うエルゴノートに、顔を赤らめて胸を隠すヘムペローザ。

「どこがじゃ……!」

 このエロクズ男が! と言ってブン殴りたいところだが、流石に以前の「エルゴ兄ぃ」ではない。この場で総督(・・)を罵るのも躊躇われた。セクハラで訴えてやりたいが、エルゴノートなりの親愛の情なのか。


「そもそも、去年もこの国に来たじゃろ? 砂漠の緑化事業は、ワシの『蔓草魔法(シュラブ・ガーデン)』を基にやっておるんじゃからのぅ」


「深く感謝している。おかげでかなりの面積が緑化できたんだ! 食糧生産の安定化の功績は、国民の皆が知るところさ。この後でヘムペローザ()の歓迎式典を開きたいぐらいだが……」


 ちらりと横を見ると中年女性と男性職員が笑顔で、やや渋い顔をした。あきらかに「予算が無い」と言いたげな困惑した表情で。


「気にするでない。賢者にょには魔法の修行と研究を兼ねてと言われておるからにょ。ボランティアじゃ」


「ありがとうヘムペローザ」

「ワシに礼など言わんでもよいじゃろ」

「まさに砂漠に咲いた可憐なる花だな! うん」

「……ったく」

 以前は完全に子供扱いしていたのに調子のいいことだ。


 しかしエルゴノートの気さくな笑顔はあいかわらず。全体的にどっしりと風格が増しただろうか。より大人になったような印象をうける。

 かつて勇者と言われた男は紆余曲折を経て地元の君主、いや総督の地位でようやく落ち着いたのだろう。


「で、ググレカスは元気か? みんなは? ここに居ると情報に飢えてな。噂程度しか聞こえてこないんだ」


「賢者にょは相変わらず。世界樹村で好き勝手やっておるにょ。プラムにょは研究員になって……今はチュウタと北の方を冒険しているところにょ」


「アルゴートが……!」


 エルゴノートはチュウタと聞いて実に嬉しそうな、それでいて遥か遠く懐かしいものを思い浮かべるような顔をした。浮かせていた腰をようやく椅子に下ろす。


「ここでその名は慎むように」

「すまないエンジャ婆、つい」

 向かって右側に座る老婆がエルゴノートを(たしな)めた。

 齢はかなりのものだ。顔に刻まれた深いシワが、重ねた年月を物語っている。しかし背筋は伸び、瞳の光は強い。座りながら、じっとマジェルナとヘムペローザの様子を観察しているのが窺えた。


「あぁ紹介するよ。こちらはエンジャ婆。育ての親だ。乳母というか俺が小さい頃に、面倒を見てくれた人でな。魔王大戦で王宮が焼かれた時、数少ない生存者だよ……」


 マジェルナとヘムペローザはあらためて会釈をした。エンジャ婆も静かにイスラヴィア式の会釈を返した。


「私たちを花嫁にでもするつもりですか?」

 マジェルナが静かに口を開く。


「それなんだが……うぅ……」

 エルゴノートが眉を寄せて悩んでいる。本気で嫁探しをしているのか、一体なんだというのか。勇者らしからぬウジウジさだ。


「リカ坊ちゃま」

「その名で呼ぶなと……えぇい」

 老婆に横から促されたエルゴノートが話を切り出した。リカとはおそらく、本名のエルゴノート・リカルのセカンドネーム呼びだろうか。元、乳母らしい呼び方である。


「すまんがワシはお断りじゃぞ」

 と、ヘムペローザが目を細めて正面の大男を睨みつけた。


「そ、そうじゃないんだ。そうじゃないけど……このままだと強制的に結婚させられてしまうんだ」


「……? よくわからんにょ」


「お世継ぎがこの国には必要なのです。王国としての主権を失い、総督と名は変われど、心のうちでは王として民草はエルゴノート・リカル様を慕っておりますゆえ。国民には、希望を示していただきたいのです」


「エンジャ婆……」


「ご結婚、そしてお世継ぎと……。私には出過ぎた真似だとは承知しております。ですが、陰ながら国を支えてきた者の生き残りとして、先王様や皆の無念を思うと…………孫の顔を見たい……と願うばかりなのです」


 エンジャ婆が目をうるませながら訴えた。

 口の重いエルゴノートに代わって説明をした格好だが、もっともな理屈だった。あとは気に入った女性をさっさと見つけて結婚なりなんなりすればいいのに、と思う。


「俺は……」


 エンジャ婆の勢いに対して、エルゴノートは歯切れが悪い。


「これだけ大々的に国中にお触れを出し、女性たちに集まっていただいたのです。……誰も選ばない、では収まりませんよ? エルゴノート様にはかならずお相手を選んでいただきますからね」

「いや、しかしだな……」

「出来れば魔法の力に秀でたお二人から……」


「そもそも彼女たちを連れてきたのは誰だ!? 国のゲストだろうが!?」

 役人らしい中年女性と男性職員に対して、顔を赤くしながら叫ぶエルゴノート。マジェルナとヘムペローザは巻き込まれただけなのか。


「総督は気が進まない様子ですが」

 マジェルナが静かにエルゴノートを見据えている。ヘムペローザはそこでピンときた。


「心に秘めた相手がいるんじゃにょー」

「……!」

「そんな目でワシを見るでない」


 地獄に仏を見たような目をヘムペローザに向けるエルゴノート。


「二人をお連れするように手配したのは私です」


「エンジャ婆……?」

「エルゴノート様にとって、『心に秘めたお相手』に通じるお二人ですからね」


 深くため息をつきながら、エンジャ婆はマジェルナとヘムペローザに向き直った。


「それと……女性の中には魔法を使う輩も混じっております。私たちの雇っている魔法使いでは、太刀打ちできない可能性もありました。失礼ながら、巻き込む形でご協力を願いたかったのです」


「そんなことだろうと思ったにょ」

 つまりマジェルナが予想していたとおりだったようだ。


「姫殿下……スヌーヴェル姫殿下はお元気ですか!?」


 エルゴノートが意を決した様子で、マジェルナに向かって声を上げた。ようやく、というかやっとその名を口にする。


「お元気ですよ」

「そうか……」

「お手紙も預かっております」

「なっ、本当か!?」

 ガタンと立ち上がり身を乗り出すエルゴノート。静かに懐から、魔法の封印が施された封筒を取り出した。

 一番はじに座っていた男性の役人が手紙を恭しく受け取ると、エルゴノート総督へ手渡す。


「スヌーヴェル姫から……」

 紅潮した顔が元勇者の感情を物語っていた。さっそく魔法の封印を解いて、便箋を取り出した。


「匂いを嗅ぐでないにょ」

「……!」

 何故にビクッとしたのかと、ヘムペローザはジト目になった。


<つづく>


★新作、連載開始しました★


『異世界ヒッチハイク・Beyond ~最果ての塔』


少年と幼女がいろいろな国を旅しながら、

「最果ての塔」を目指す物語です。

明るい雰囲気のノンストレスw よろしければどうぞ♪

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