待合室の余興 ~マジェルナの魔術戦闘~
★作者よりのお詫び。
大変長らくお待たせいたしました。連載、再開しますね!
◇
審査の順番を待っていると、やがて紅茶とお茶菓子が運ばれてきた。
白い陶磁器のカップに注がれた紅茶は、色も鮮やかで、ほのかにバラの香りもする。甘い焼き菓子は白砂糖を使っているらしく、雑味のない上品な味がとても美味しい。
「ほぅ、流石に良い茶葉を使っているな」
「焼き菓子も美味いにょ」
「お茶会だけだったら実にいいのだがな」
「まったくじゃのー」
本気で花嫁になるつもりなど毛頭ないマジェルナとヘムペローザはお気楽なものだ。お茶の香りを楽しみ、甘い焼き菓子を堪能する。
しかし、宮殿の待合室はお茶会の様相を呈してはいるが、空気はピンと張り詰めていた。互いに話しをするでもなく、ライバル意識を剥き出しに牽制しあっている。
待合室のそこかしこで、ときおり火花が散っている気がする。
ざっと見回して40人ほどいる花嫁候補たちは、イスラヴィアの各地から集まってきた自薦他薦の美女たちであり、人生を総督の花嫁選考会に賭けているのだろう。
なんとしてもエルゴノート総督――彼女たちにしてみれば元王子――に見初められたい。そう考えているに違いない。
「なんだか殺伐としているな」
「いっそ全員を宮殿に招きいれて、ハーレムでも作ればよかろうがにょ」
「エルゴノート元王子ならやりかねん。だが、そうもいかないのが今のイスラヴィアの懐事情さ。伝統ある砂漠の独立国家イスラヴィア王国のままならばハーレムだろうと好き勝手すればいい。だが今はそうもいくまい」
マジェルナがティーカップをソーサーに戻しながら、ヘムペローザに肩をすくめてみせた。
「なるほど、大人の事情じゃの」
「今や自治権を認められた特別行政区に過ぎない。メタノシュタットのいち地方の首長が、婚期だからといって好き勝手に花嫁候補を集め、あげくハーレムなど認められるか。これ以上派手にやられたら本国でも問題になりかねん」
「もしかして、姫殿下のご意思でマジェルナ姉ぇさんはここに遣わされたのかにょ?」
「今だから言うが、それもある。だが……」
なんだろう? とヘムペローザが訝しんだ。焼き菓子に伸ばしかけたマジェルナの指先が、不意に止まる。
会場の反対側で悲鳴があがった。カップの割れる音が響く。
「きゃあっ!? へ、蛇! 腕に巻き付いて……!」
混乱した様子で立ち上がり席から逃げ出したのは、地方部族の代表らしき女性だった。紅茶をこぼしたらしく、せっかくのドレスが台無しよ!? と泣きだしてしまった。
「だいじょうぶですか!?」
「一体何があったのですか?」
「蛇が、カップに巻き付いていたの!」
メイドや担当官たちが慌てて駆け寄り、周囲を調べるがどこにも蛇など見当たらない。
「蛇なんて何処にもいないが……?」
「そもそも宮殿の中に蛇など……。災い祓いの呪法で守護されているのだ。害をなす獣や害虫などは入れないはずだが」
役人たちも困惑しているが、蛇などは見つからないようだ。
「変なおくすりでもお飲みになられたのかしら?」
「あらやだ、ホホホ」
こそこそと花嫁候補生たちは意地悪く囁きあう。
「魔法、幻術か何かにょ?」
「あぁ、おそらくそうだろう。ライバルを減らしたいのか、花嫁候補生の胆力を試したいのか……。あるいは魔術の力量を測る主催者側の粋な計らいかな?」
マジェルナが「ふん」と鼻で笑いつつ瞳を鋭くする。
「なんにせよ無粋じゃにょぅ」
ヘムペローザは紅茶を口にしつつ、一瞬だけ目を閉じた。
静かな闇の中で、自分を中心に波紋が広がるイメージを膨らませる。輪のような波が会場全体に伝播してゆく。何か魔力的な存在があれば波紋は乱れ、波が返ってくる。
――受動的・索敵結界。
師匠である賢者ググレカスと、大魔法使いレントミアより指導を受けた護身の魔術。
特に賢者ググレカスは自在に索敵結界を操っていた。戦闘時の索敵はもちろん、魔法の精密誘導や、相手側の索敵魔法の撹乱などに応用していた。単なる感知の魔法の枠を越えて、極めれば応用範囲は広いのだ。
自ら魔力波動を積極的に放つのが、アクティブ・サーティクル。
静かに魔力を周囲に張り巡らせ、波動を受信するのがパッシブ・サーティクル。
魔法を使う相手がどこにいるか不明の場合は、こちらの存在を悟られにくいパッシブ・サーティクルを使うべきだと教わった。受動的に魔力波動を感知することで相手の位置を特定できる。
「……いたにょ」
ヘムペローザは確かに魔法の存在を感じ取った。
しかもたった今、魔力を使った者がいる。会場内で魔法が励起されたのがわかった。
会場の壁際の席、奥から3人目。よく見えないが白い肌の女だ。
ほとんど同時にマジェルナも波動を感じ取ったらしかった。最上位魔法使いである以上、高精度の索敵結界を標準で展開しているのだろう。
「仕掛けてきた」
冷たい波動が這うように、床を滑ってきた。それは明確な形を持ってこちらに迫ってくる。すでに距離は3メルテほどにまで近づいていた。床の上をかなりの速度で滑るように、テーブルとテーブルの間を進んでくるのが感じられた。
「蛇にょ……!」
ヘムペローザがマジェルナに視線を向けると、嬉々とした顔があった。
「ちょうど退屈していたところだ」
腕はおろか指さえも動かさず、マジェルナは魔法を励起した。
無詠唱の魔法。ヘムペローザがわかったのは、魔法の励起があまりに早く、そして「鋭い」ということだけだった。
ナイフのような白い刃が、迫ってきた蛇の脳天を正確に貫いた。
その蛇は魔力を持たない者には見えない存在だった。一種の呪詛か、幻術か。特殊な魔法で構成された蛇の姿をした魔法だ。
二人が座る席の2メルテ手前で、蛇は止まっていた。
蛇の脳天には、白く光る「バールのような」ものが突き刺さっている。身動きが取れなくなった蛇は、全身を不気味にくねらせると、灰のようになって消失した。
「ぎゃッ!? ぁ……熱ッ!?」
壁際の席で白い肌の女が紅茶を噴き出した。
その周囲で「きゃぁ!?」「何!?」と騒ぎが起こった。
「今の魔法、刃で蛇を狙っただけじゃなかったのかにょ?」
「蛇を狙ったのはそのとおりさ。だが、魔力糸で誘導するタイプの魔法を想定した『反撃術式』を仕込んでおいた。魔法を破壊された衝撃が、術者に跳ね返るよう調整してある」
「ほぉ……」
「意地の悪い魔法だろ?」
マジェルナは物足りないと言わんばかりの顔で冷めた紅茶を飲み干した。
「痛快じゃにょ。賢者にょに使ったら効きそうじゃにょ」
ヘムペローザは思わず苦笑する。
「あいつには効かなかった」
「にょえ?」
「……あの賢者と名乗る男、病的なまでに慎重だからな。カウンターマジック・キャンセラー。つまり、逆流防止の術式を仕込んでいやがった。カウンター攻撃が無効化されたよ」
実に悔しそうな表情だが、どこか楽し気な様子で鼻を鳴らすマジェルナ。
かつて二人の間に一体、どんな手合わせがあったのか……。恐ろしいほどに高度な魔法戦闘があったのだろうか。
「フハハ! 効かんよ!」
メガネを光らせたググレカスの高笑いが聞こえてくる気がした。
――高度な魔術戦闘で勝つには、相手の手の内を知る事が重要だ。更に裏を読んで出し抜き、意地悪く慎重に準備しておくことだよ。
師匠はそんな事を言っていた。
だから賢者と呼ばれ恐れられているんだと納得しつつ、弟子としては誇らしい気がしないでもない。だが胸のうちは複雑である。
「余興は終わりか。そろそろ審査の順番がくるようだ」
<つづく>




