謎めいた勇者の暗号通信?
◇
――エルゴノート総督、花嫁候補選考会場。
外は燦々と強い日差しが照りつけているが、王宮内は冷たい空気で満たされていた。
大理石と日干しレンガで築かれた王宮は断熱作用が高く、熱い砂漠の国ならではの構造になっている。
しかし、王宮の広間に集まった女性たちの熱気は、砂漠の熱さに負けないほどすごかった。
大勢の女性たちが色とりどりの民族衣装を纏い、化粧や髪の手入れに余念がない。むっとするような香水の香りが立ち込めている。
「花嫁候補生をこんなに集めたのか」
「物好きもいるもんじゃにょー」
呆れた様子で会場を見回すのは、青い髪のマジェルナ。その横にはヘムペローザが付添人としていた。会場に足を踏み入れたときから、冷めた目で女性たちを眺めている。
「ざっと見回して4、50人ぐらいといったところか。イスラヴィアの各部族や街から粒ぞろいの美人を集めてきたのだろうな」
「みんな美人揃いじゃにょ」
「あぁ、場違い感がハンパないな」
「マジェルナの姉御も綺麗じゃにょ」
「ばっ……言うな恥ずかしい」
悪戯っぽい笑みを浮かべて「にしし」と笑うヘムペローザの横で、顔を赤くするマジェルナ。
ボーイッシュなショートカットのマジェルナは、珍しく輝石の埋め込まれたカチューシャをつけている。これは頭部を魔法の干渉から保護する防具としての意味あいが強いのだが、アクセサリーには違いない。
服装は真っ白な最上位の魔法使いのローブを羽織り、内側は奇麗な青いドレス姿。
普段は露出の多い『亜熱帯野戦用の戦闘服』が制服代わりのようなものだが、流石に場の空気というものもあるからだ。
マジェルナがコホンと咳払いをしてから、ライバルたちを観察する。
エキゾチックでグラマラスな民族衣装は、露出が多くてお色気たっぷりだ。ギラギラとした飢えたような目つき。婚期真っ盛りといった感じの女性たちの色香が立ち込めている。
「殺気、いや……婚気かこれは?」
「みんな本気なんじゃにょー」
エルゴノートの今の評判はさておき、肩書は確かに今でも凄いものがある。
イスラヴィア国王の忘れ形見、最後の正統王家の生き残りの元王子。
そして世界を魔の手から救った英雄にして勇者。
今はイスラヴィア自治州の総督として、手堅く統治を行っている実績もある。
かつてはメタノシュタット王国第一王女、スヌーヴェル姫殿下とのラブロマンスがしきりに喧伝されていたが、破局したと伝えられている。
その後、色恋沙汰の話はついぞ聞かない。
年齢的にもそろそろご結婚では? と囁かれている。
そこにきてこのコンテストである。
『花嫁候補大募集! 年齢不問! 厳正な審査のうえ、先着10名様を王宮にご招待。貴女も花嫁候補!?』
イスラヴィアの女性たちが色めき立つのも無理はない。
先着10名ということは1名が正室。残りは側室。
実質的には王妃と目される総督夫人ならば、正室だろうが側室だろうが富と名誉、それなりに豪華で満ち足りた暮らしが保障されるのだから。
「問題は、この花嫁候補話を利用しようとしている輩がいるってことだがな」
「昨日の連中といい、なんだか胡散臭いにょぅ」
ヘムペローザを勧誘に来た三人組は、イスラヴィア人民福祉厚生局の者、と名乗った。
広い選考会の会場を見回すと、それらしい職員が何人も忙しそうに走り回っている。
何本もの太い柱で支えられた広間は、かつてイスラヴィア王が玉座に座って陳情を受けた謁見の間に続く前室になっている。今は王家のものではなく、イスラヴィア王朝の滅亡に伴い、メタノシュタット王国に併合された傀儡、総督府の施設だ。
やがて、一段高くなったフロアの前方に、砂色のローブを身につけた上級役人が姿を見せた。髭をたくわえたそれなりに地位のあるお役人だろう。
「――えー……みなさま、長らくおまたせしました。只今からエルゴノート総督閣下の、生涯のパートナー候補の、選考会を開催いたします!」
開始が宣言され、ルールや開催の順序が説明された。
この会場にいる時点で、書類選考などの第一次審査を通過した候補生ということらしい。
続いては一人ひとり別室に通されての、自己アピールタイム。
エルゴノート総督の前で、持ち芸や特技を披露し、御眼鏡に適うかを審査される。
説明が終わるとエルゴノートが姿を見せた。
他の男性よりも一回り大きな体躯、燃えるような赤毛は整えられている。
相変わらずの精悍な顔に、自信に満ちた表情。
虚飾を廃した貴族服は、質実剛健で無駄がない。かつてのイスラヴィア王国なら考えられない地味さだが、それが今の総督の地位を示しているといっていいだろう。
エルゴノートがゆっくりと手を振って会場を見回した。
「エルゴノートさまぁあ!」
「きゃぁあああ!」
「素敵……!」
ドォオオ……! と会場全体が熱気に包まれた。
女性たちは目の色が変わっている。みんな本気で、我こそはと思っているのだ。
――にょ……?
だが、ヘムペローザは気がついた。
エルゴノートの赤銅色の瞳にかつての覇気はなく、どこか諦めのような色が浮かんでいることに。
「見ろヘムペローザ嬢、総督の後ろを」
「……あの老婆かにょ?」
「あぁ」
エルゴノート総督から数歩下がった後方に、老婆がひとり付き添っている。元王家に縁のある人物だろうか? ただなぬ威厳を漂わせている。
マジェルナとヘムペローザは視線を交わした。
あれが今回の騒ぎの元凶、裏で糸を引いている人物だろうか。
しかし、総督府はメタノシュタット王国の傀儡であり、内務省・特務機関の諜報員が多数潜入している。そこであらゆる政治的な情報、他国の魔法使いに関する活動の兆候など、事細かに把握しているはずだ。その中にあって、イスラヴィアの反逆とみなされる動きを見逃すはずもない。
つまり、このパーティを企画した人物は、すべての手続を合法的にクリア。その上で開催させているのだ。
となれば背後で糸を引く人物は、相当のやりて。国内外の政治、統治に関する事に精通した人物ということになる。
すると、エルゴノートが大勢の女性たちの中から、マジェルナとヘムペローザを見つけたらしかった。派手な民族衣装の中で真っ白なローブが逆に目立ったのかもしれないが、ぱぁっと表情を明るくする。
「お…………!」
右手を上げて手をヘムペローザに振ろうとしたところで、背後から老婆に制止される。
審査の公正を守るため仕方がないようにも思えたが、エルゴノートが何か、助けを求めているようにも思えた。
エルゴノートはその後も続いた開催の意義の説明などの間、ちらっとこちらに視線を向けてはしきりに瞬きをしたり、口をモゴモゴと動かしたり、眉を左右別々に持ち上げたりしている。
「なにか言いたげだにょ」
「そうか? 顔見知りを見つけて喜んだだけだろ」
何か特別なサイン、勇者の謎めいた暗号通信だろうか。
――賢者にょやレン兄ぃなら何か、わかるんじゃろうか?
けれど付き合いの浅いヘムペローザには、勇者の真意はつかめなかった。
<つづく>




