エルゴノートはどうせまた
三人の男たちはイスラヴィア人民福祉厚生局の者、と名乗った。
確かに身なりは小奇麗で、伝統と格式に則った制服姿。ヒゲと髪を几帳面に整えている。
「メタノシュタット本国からの使者、最高位の魔法使い……。スヌーヴェル姫殿下の片腕、破砕神マジェルナ様とお見受けシマス!」
「そちらは永遠の魔法少女! 伸びる希望のつる草! 可憐な白き花吹雪! 賢者様の一番弟子、ヘムペローザ様でございますね!?」
「私達は、歓迎シマス! ウェルカム、イスラヴィア!」
三人はぐぃんぐぃんと回転しながら交互に入れ替わり、挨拶の口上を述べた。
「丁寧なご挨拶をありがとう。だが、イスラヴィア州政府には入国申請を受理してもらっている。いまさら報道業者みたいに騒がないでほしいな」
マジェルナは食事を邪魔されたことにムッとしつつ、静かに応じる。
イスラヴィアも一応は地方自治を行う国と同じ扱いである。入国には簡単な申請が必要であり、滞在の目的も日数も申請している。
「てか、微妙な二つ名じゃのー。センスを疑うにょ」
ヘムペローザも肉汁で汚れた指先をナプキンで拭く。
唯一無二の魔法、白い花を咲かせる『蔓草魔法』の使い手であることに異論はない。しかし「可憐な白き花吹雪」や「永遠の魔法少女」とはなんなのか。
「失礼イタシマシタ!」
「私達、イスラヴィア人民福祉厚生局は国民の健康と福祉の増進!」
「幸せな生活を推進するための特別組織デス!」
ヒラヒラと舞うように動きながら三人が代わる代わる話す。そのため一人に文句を言おうとしても分散してしまう。役人ならではの知恵なのか。
「それは知っている。メタノシュタット王政府が認めた組織ではない。あくまでもイスラヴィア州政府内部の、独自の組織だろう?」
「イエス」
「そうですが」
「何か問題でも?」
マジェルナが羊皮紙を突きつける。
『花嫁候補大募集! 年齢不問! 厳正な審査のうえ、先着10名様を王宮にご招待。貴女も花嫁候補!?』
「この企画を考えたのはお前たちだろう? エルゴノート総督の花嫁候補大募集。おかげで私は……この馬鹿げたパーティに参加することになったんだ」
忌々しいと言いたげに羊皮紙を握りしめる。
潜入調査、内偵といいつつ完全にバレバレな物言いだが、姫殿下の右腕があえて参加することで、示せる意思もあるのだろう。
「ご参加アリガトウゴザイマス!」
「エルゴノート提督もお喜びデス!」
「優秀な魔法使いの血統、大歓迎デス!」
「あぁ、そうだろうともさ」
花嫁候補になどなるつもりはない。ブッ潰す、と顔に書いてある。
「で、何の用かにょ?」
ヘムペローザが次の料理が運ばれてくるタイミングを気にしている。三人が邪魔でボーイが料理を運べないのだ。
「ハイ、実は……」
「ヘムペローザ様にも参加して頂きたいのデス」
「エルゴノート猊下の花嫁候補……! 素敵デス!」」
「断るにょ」
即答である。
「そうオッシャラズニ」
「是非、ご参加を……」
「皆で幸せにナリマショゥ!」
「なんでワシがエルゴ兄ィの戯れに付き合うにょ。冗談じゃないにょ」
取り付く島もない。
そもそも今回、ヘムペローザが砂漠の国イスラヴィアに来た目的は別にある。
魔法の蔓草による砂漠の緑化事業。その進捗を確認しに来たのである。
ヘムペローザの『蔓草魔法』の種子。それを魔法で改変し、他の魔法使いでも魔力を注ぐことで成長を促進できるような種類を作り出した。
それを砂漠の緑化に役立てるため、イスラヴィア州政府へと託したのだ。
一部では植生が数世代を経て完全に着生。砂漠を緑豊かな土地へと変えつつある。
「お前たちは何を企んでいるんだ? 単なる花嫁探しじゃないと自白しているようなものだぞ」
マジェルナの瞳が鋭さを増す。三人は口数も少なくなり動きも大人しくなる。
「ヘムペローザ嬢は大切なオレの旅仲間だからな。好き勝手にはさせないぞ」
「マジェルナ姉ぇ、惚れてしまうにょ」
イケメン過ぎる姉御肌の魔女にウットリする。
「ワ、我々ハ、イスラヴィア王国……州政府の未来の為ニ」
「エルゴノート総督をシアワセにシタイのデス!」
「寂しい、心のスキマをお埋めシマス!」
「……? どうも要領を得ないな。まぁいい用が済んだのなら帰ってくれ。食事中なんだ。花嫁候補パーティにはオレが参加する。それでいいだろう? だが……覚悟しておけよ」
ギロリ、と睨みつける。
とても花嫁候補に参加する顔つきではない。
「「「……」」」
引きつった顔のまま硬直する三人の横を、ボーイがすり抜けて料理を運んできた。
今度は温かい羊肉のスープだ。
ヘムペローザはスープにスプーンをつっこんでかき混ぜる。
そして、三人にチラリと視線を向け、
「どーせまた、エルゴ兄ぃが悪い魔法使いにでも、操られておるんだろうがにょ」
ポツリ、とつぶやいた。
「……また?」
テーブルの向かい側でマジェルナが片眉をもちあげる。
「イ……イエ」
「ソ、ソンナコト」
「ナイデス! ゼンゼン!」
「あー、皆まで言わんでよい。ワシも賢者の弟子じゃ。いろいろ話は聞いておるから、おおかた予想はつくにょ」
面倒くさそうに言いながら、スープを口に運ぶ。
猫舌なので、舌先でちろっと確かめる。
かつて、魔王討伐の旅の最中にあって、勇者エルゴノートはその魔法耐性の低さから、敵に操られたことがることが日常茶飯事であったという。
幻に惑わされたり、容易に魔法使いにより行動を阻害されたり。苦戦を強いられた事が度々あったのだ。
やがて賢者ググレカスがパーティに加わり、魔法防御を担うようになってからは被害は減った。とはいえ「女性の色仕掛けと魔法に弱い」というのは、勇者の弱点として語り継がれているのも事実なのだ。
イスラヴィア王国は伝統的に魔法学に関しては熱心ではなく、高名な魔法使いも輩出していない。王宮に出入りする魔法使いも諸外国からの出稼ぎや、言葉巧みに取り入った者も多かった。そのため邪悪な魔法使いの暗躍を許すことになった。
特にも魔王大戦の前後、国の混乱に乗じ、西国のストラリア諸侯国からの魔法使いが入り込み、悪巧みをして国体を弱体化させたのは、歴史が示すとおりである。
「デ、デハ私たちはコレデ」
「シツレイシマス」
「明日はヨロシクです」
三人の役人はヘムペローザの勧誘を諦め帰っていった。
「ま、明日になれば判るじゃろ」
「そうだな。パーティが楽しみだ」
◇
<つづく>




