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 元勇者エルゴノートの計画

「ヘムペロ、エルゴの奴がどうしたっていうんだ?」

『……それがにょ……(ザザ)』


「音声が遠いな……」


 超遠距離の魔法通信はやや途切れがちだ。


 ネオ・イスラヴィア首都インクラムドまでの距離は、王都メタノシュタットからおよそ180キロメルテ離れている。西方の砂漠地帯に位置しているため、砂嵐の影響もあるだろうか。


 俺が居るのは、王都から更に100キロメルテ南方に位置する世界樹村だ。

 ネオ・イスラヴィアの首都(インクラムド)までは直線距離にして、およそ300キロメルテ以上も離れている。


 だが北に遠征中だったプラムとは、比較的クリアな音声で会話できていた。プルゥーシア国境に近いキョディッティル大森林は、距離もイスラヴィアと同じぐらい離れている。


 となれば、やはり砂嵐のせいで通信用の魔力波動が減衰しているのか。妨害されている可能性もあるが、そこまで嫌な感じでもない。


 波長を調整してゆくと、音声は多少クリアに聞こえるようになった。


「テステス、あー、ヘムペローザ?」

『あ、ちゃんと聞こえたにょ』


「で、エルゴノートがまた何かやらかしたのか?」


『にょほほほ……! まだやらかしてはおらぬが、面白い事になりそうだにょ』


 どうやら緊急事態というわけではなさそうだ。

 笑いをこらえている様子からも、緊迫感は感じられない。


「なんだよ、もったいぶらないで教えてくれ」


『それより、このググレ・スライムで映像が見れるんじゃろ?』

 プラムと同様、御守り代わりに館スライムを一匹、お供にしている。通称ググレ・スライム。色艶といいプニプニ具合といい、実に可愛い奴だ。


「あぁ。少し調整するからそのまままっていてくれ」

『はいにょ』


 戦術情報表示(タクティクス)を操作して、通信の調整をする。


 手を動かしながら思い巡らすのは、かつての冒険の仲間であるエルゴノートのことだ。


 ――()勇者、エルゴノート・リカル。


 現在は、ネオ・イスラヴィア自治領の初代総督の要職についている。

 元々は独立国家だったイスラヴィアだが、魔王大戦で国が崩壊。その後の混乱期を経て、メタノシュタットへ編入された。


 広大なイスラヴィアの国土はほとんどが砂漠。

 熱い砂に覆われている不毛の地だが、西方のクンルニア山脈には膨大な金属資源が眠っている。鉱山の再開発と金属の交易により、ネオ・イスラヴィアは再び活気を取り戻しつつあった。


 エルゴノート総督は元王族(・・・)なので、地元部族の信任も得られ易かった。イスラヴィア人ならば誰もが知るとおり、エルゴノートは「正統なる王の血筋」にあたる。統治における象徴的存在としてメタノシュタット側としても都合がよかったのだろう。


 もし『波乱万丈の人生』というタイトルで本を出せば、十冊は書けるであろう。幼少期から魔王大戦までのエピソードは、まさに生きた英雄譚。実に英雄的(ヒロイック)な半生を歩んでいると言えよう。

 魔王軍の襲来で祖国を追われ、廃王子として荒野へ落ち延びた。やがて復讐を誓い、仲間を集めて冒険の旅に出た。イスラヴィア王国に伝わる宝剣(・・)雷神(サンダガート)黎明(ホルゾート)』を手に、敵を薙ぎ払う姿は、まさに伝説の勇者(・・)の名にふさわしい活躍ぶりだった。

 

 と、まぁここまでは栄光の部分。

 まさにエルゴノートの絶頂期だった気がする。


 かつての俺をして「勇者属性の見本市」と言わしめただけのことはある。


 魔王を討滅した後の世界は、それでも波乱続きだった。平和を取り戻した後も、次々と新たなる脅威は現れた。その都度エルゴノートは勇者としてそれなりに活躍した。


 あのまま順調に行っていれば、メタノシュタット王国の第一王女、スヌーヴェル姫殿下と結ばれ、王国の王配として天下を取るはず……だった。


 しかし、転機は訪れた。


 浮気疑惑(・・・)により三行半(みくだりはん)を突きつけられたのだ。

 大国の姫との婚約を破棄されたわけだから、一歩間違えば処刑され兼ねなかった気もする。

 運よく故郷へと転属し、気がつけば地元であるイスラヴィアの総督に収まっていた。


 とまぁ、数え切れないほどのエピソードをもつ男。知名度は抜群なので、自伝を出せばさぞ良い商売にはなるだろう。


 あれこれ逡巡しているうちに、調整は完了。不鮮明ながら映像が見えた。


「おっ……映ったな」

『にょ?』

 くりっとした青い瞳が瞬いた。目の端はやや切れ長で、シャープな印象。そんなヘムペローザの顔が大写しになった。


 やや褐色を帯びた肌に、先の尖ったクォーターエルフの耳。エキゾチックな印象は砂漠の風景によく似合っている。


 周囲の様子もわかる。砂岩と漆喰により建てられた建物の中だ。整然と並ぶココミノヤシの下に丸いテーブルが均等に配置されているので、レストランか高級宿のテラスのような場所だろうか。


 空はすでに夕焼け色に染まり、建物の窓からは柔らかな明かりが漏れている。


「まぁ懐かしい。砂漠の風景ですわね」

「イスラヴィアの首都、インクラムドの中心街だな」


 魔法の小窓の向こうを、妖精メティウスも覗き込む。中心部らしく特徴的な民族楽器の奏でる旋律や、街の喧騒も聞こえてくる。


「今からディナータイムかい?」

『そうだにょー』


 ググレ・スライムをテーブルの上に置いたらしく、ヘムペローザは長い黒髪を指先で整える。ずいぶんと大人びて綺麗になったと思う。王都でも「賢者様の一番弟子さんは実に美しい魔女ですね」と言われるし。


 ところで、ヘムペローザの伝えてきた「大変なこと」とはなんだろう?


 と、不意に映っていた映像が反対側を向く。


 おそらくテーブルの反対側に座る人物が、ググレ・スライムを掴み向きを変えたのだろう。


『お前の弟子は預かっている』


 鋭い視線がググレ・スライムを睨んでいる。青い髪はショートカット。随分と男前(・・)だが、その顔には見覚えがあった。


「マジェルナ、真顔でいうとシャレにならんぞ」


『なんでこんな可愛い娘がお前の弟子なんだ。……この、犯罪者め』


 ギリリと眉根を寄せてググレ・スライムを睨みつける。キュー……と、スライムが縮こまるのがわかった。

 スヌーヴェル姫殿下の近衛魔法使い。最上位魔法使いのマジェルナだった。

 

 今回は、護衛を兼ねてヘムペローザの旅に同行してもらっている。


 いつもは姫殿下お付きの近衛魔法使いとして王都に居る。だが、片割れであるハイエルフのレイストリアとは違い、あちらこちらに遠征しては様々な秘密のミッションをこなしているようだ。

 その点は「姫の懐刀(ふところがたな)」と呼ばれる俺と立ち位置が似ている。


 マジェルナは以前からイスラヴィアに遠征しては、様々な仕事をこなしていた。特に不穏な動きを続けている西方の国々の魔法使い。連中を牽制する意味が大きいようだ。


 誰が見てもひと目でわかるメタノシュタットの最上位魔法使いの威厳を示す純白のローブ。それを肩からラフに羽織っている。


「人聞きの悪いことを言うな。ヘムペロも何か言ってやれ」


『そうじゃにょー。ワシもプラムもリオ姉ぇもググレにょに拾われてからは、毎日可愛がってもらったにょ』


『貴様……。戻ったら審問会を開いて少女を(かどわ)かした罪で絞首台におくってやる』

『ニョホホホ。優しいのは本当だにょー』


「ヘムペロの言葉通りだ、フハハ!」

『ちっ……』

「ていうか、用件はなんだ?」


『そうじゃった。実はエルゴノートがにょ』

「ふむふむ」

『花嫁を大募集……! ってイスラヴィア中にお触れを出しているにょ』


「なんだと!? マジか……」


 羊皮紙をひらりと見せる。


『花嫁候補大募集! 年齢不問! 厳正な審査のうえ、先着10名様を王宮にご招待。貴女も花嫁候補!?』


「10人の花嫁候補……だと!?」

「まぁ……なんてこと!」

 妖精メティウスが赤面している。


 あの男、ついに自分の欲望を開放しやがった。

 姫殿下と別れてから早5年。まぁそろそろ次の恋を見つけても咎められないだろうが……。


 確かにイスラヴィアは一夫多妻を認めている。正妻の他に側室をとってもいいという、羨ましいような、そうでもないような……。そんな婚姻制度が認められている。


「で、お前らはそれを阻止するのか?」


『参加することになった』


「は……?」


『あくまでも内偵……潜入調査だ! か、勘違いするんじゃないぞ』


 声の主は青髪のマジェルナだった。心なしか頬を赤らめている。


「え、えぇえええ……ッ!?」

『にょほほ、大事件じゃろ?』


 ググレ・スライムの向こうで、ヘムペローザが白い歯を見せてニヤリとした。


<つづく>


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